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30.主婦、娘ができる

 今までにも驚く事は沢山あった。

 なのにどうして、私は魔物が喋っただけで悲鳴を上げたのか。


 答えは簡単。


 毛玉が人の姿になっていたからです。


 人の姿といっても、耳は猫耳で尻尾があって、手足は白い毛に覆われていて肉球もある。

 白い髪に白い肌に白い薄衣を纏った、茶色い目の魔物だった。

 背格好は、三歳くらいの女の子だ。


 三人がどうしたとか何とか口々に言いながら部屋に入って来て、それに目を留める。


「誰?」


 ルードが聞く。


「あたしはチカしゃんに毛玉って呼ばれてる生き物にゃ。魔力を貯めて、やっとこの姿になれたのにゃ。こっちはやっぱりあたしたちには過ごしやすい環境だにゃ」


 毛玉と思しき子供が喋っている間に、ニコルは壁沿いにぐるりと遠回りをして私の所までたどり着いた。

 こんな子供、いや毛玉にも、人見知りを発動するのか。


「ち、チカさん。あれ本当に毛玉ですか?」

「多分。私の目の前で変身したから。見間違いじゃなければ」


 ルードは臆する事もなく毛玉に近づいた。


「まあ、魔物だもんね。何があってもおかしくないよね。改めまして、よろしく」


 手を差し出したルードに、毛玉は肉球のついた手を重ねる。


「はああああ、プニプニだあ!」


 肉球を触りながら、ルードは表情を蕩けさせた。

 ちょっとお兄さん、危ない人みたいですよ。


 しかしその感触に、ニコルも興味が湧いたようだ。

 まじまじと肉球を見ていたニコルに、毛玉は空いた方の手を差し出す。


「触ってみるかにゃ?」


 ニコルはおずおずとそれを触り、軽く悲鳴を上げた。


「きゃあ、チカさんも触ってみてください! すっごく気持ち良いですよ」

「う、うん」


 ニコルの勢いに押されながら、私も肉球を触らせてもらう。

 確かに気持ち良い。

 肉球は正義だ。


 そこに冷たい声が降った。


「少し質問をよろしいでしょうか?」


 アルが冷たい目を私含む一行に向ける。

 私の悲鳴で何事かと来てみれば、幼女による肉球おさわりイベントが開始されたんだから、そりゃ怒りたくもなるわな。


「何かにゃ。君も肉球を触りたいのかにゃ?」

「違います。あなたはどうしてチカさんに近づいたのですか? 返答によっては心臓をいただきますよ」


 その言葉に、毛玉は一瞬固まる。


「そ、そそそそんにゃ脅し、ここ、この姿であれば怖くないにゃ!」


 怖いんですね、分かります。


「ででででも、仕方にゃいからこ、答えてやるにゃ。あたしが森を偵察してたら、チカしゃんと出会ったにゃ。主しゃまだと思ったら、一緒にいたのが『勇者』でびっくりしたのにゃ。でもチカしゃんは主しゃまに似てて気持ち良いのにゃ。だから一緒にいる事にしたにゃ」


 分かりやすく言うと、人違いでついて来たけれど、居心地が良くて離れなかったと。


「左様ですか。それで、主しゃまとは一体どなたの事です?」


 アル、主様と言えば良いのに、わざわざ毛玉の真似して主しゃまとか言っちゃうんだ。

 ちょっとときめいてしまったじゃないか。


 毛玉は答える。


「主しゃまは主しゃまにゃ。お城の一番偉い人にゃ」


 つまり主しゃまは『魔王』なのか。


 そして私と『魔王』を間違えたって事は、『魔王』も異世界人って事なのね。


 ルードとアルがわざわざこの旅に同行している理由が、これで分かった。

 私が『魔王』側につく事を恐れているんだろう。

 それ以外に、わざわざ王様が公務を放ったらかしてまで『勇者』について来る道理はない。


 まあ、それなら初めから私を『勇者』にしなければ良かったって話なんだけど。

 きっと王様が『勇者』になれない決まりがあるように、私を『勇者』にしたのにも何か理由があるんだろう。


 ルードもアルも険しい顔をしている。

 きっと、私が何も知らないまま『魔王』を斃して、はいお終い、にしたかったんだよね。


 私も、ただ『魔王』を斃して終われるなら、この世界の事情なんて知った事じゃない。

 でも、メトロさんと『魔王』を救けるって『契約』しちゃったんだ。

 その『契約』を破る訳には行かない。


 私はルードに目をやった。


「『魔王』って、あちら側の人だったんだね」


 ルードは視線を落として頷く。


「黙っててごめん。でも『魔王』があちら側の人間だって知ったら、チカは『魔王』を斃せる? 同郷かも知れない人に、剣を向けられる?」

「それは場合によるよ。『魔王』がどんな人間なのか、どうして『魔王』になったのか、もっと詳しく聞かないと判断できない」


「それにゃら、直接会って聞いたら良いにゃ」


 能天気な声で、毛玉が言った。

 一同が再び注目する中、ドヤ顔の毛玉は胸を張る。


「あたしが、主しゃまの所に連れてってあげるにゃ」



 -----



「ニコル、ちょっとおいで」


『魔王』の棲む城へは、ここから丸一日くらいの距離らしい。

 急ぎたい気持ちもあったが、私の目が覚めた時にはお昼を回っていたのもあって、今日はここで休んで明日立つ事になった。


 晩ご飯の支度を始める前に、私は寝室で見つけた細い紐を手にニコルを呼ぶ。


「何ですか? まだ寝てた方が良いですよ」

「もう大丈夫。ほら、ここに座って」

「はい」


 ニコルを食卓の椅子に座らせると、私は後ろに回ってニコルの髪を手に取った。


「な、何するんですか?」

「向こう向いてて。髪、まとめてないと邪魔でしょ。くくってあげるからちょっと動かないでね」

「は、はい」


 ニコルはいつもの調子で顔を赤らめながら向こうを向く。


 櫛は見つけられなかった。

 ニコルが櫛を使っているのも見た覚えがない。

 仕方ないので手櫛で何とかやってみよう。


 柔らかくてサラサラの髪を触りながら、どんな髪型にしようかとしばし考える。

 アクセサリーもヘアピンもないし、編み込みが精々だろう。


 娘がいたら、こんな感じなのかな。


 毎日髪を結ってやったり、可愛い服を一緒に選んだり。

 息子とはまた違った楽しみがあるんだろうな。


 そうか、ニコルは私にとって娘ポジションなんだ。

 料理をはじめ、私の身の回りの事を一手に担ってくれているから今まで考えもしなかったけど。


 甘えて来るニコルへの対応も、自分の娘だと思えば気持ちが楽になる。

 息子だって「おかあさん大好き」とか言って抱きついて来たりしたもんな。


 ニコルが本当の所どう思っているかは知らないけれど、私は今後そういう立ち位置で彼女に接する事にしよう。


「良し、できた」


 三つ編みの先を縛って、私はニコルの肩を叩く。

 頭をそっと触りながら、ニコルは立ち上がった。


「あ、ありがとうございます」


 その顔には満面の笑顔。

 うん、満足だ。


「チカさん、大好き!」


 ニコルが抱きついても、私はもう動揺しない。

 私はニコルの背中に手を回してポンポンと優しく叩く。


「うんうん、私も大好きだよ」


 しばらくそうしていると、足元に何かがまとわりつく感触があった。

 見ると、毛玉がしがみついている。


「チカしゃん、あたしも! あたしも頭やってほしいにゃ!」


 思わず笑った。

 人の姿になってから、行動も人間らしくなっている。

 見事に三歳児並みに。


 私に抱きついたまま、ニコルが毛玉に言った。


「私がやりましょうか?」

「いやにゃ。チカしゃんが良いにゃ」

「じゃあ、私はご飯の支度をして来ます。毛玉、ちゃんとチカさんの言う事聞いてくださいよ」


 おや、何やらニコルがお姉さん風を吹かせている。

 娘が一人増えたようだ。


 ニコルを見送ってから、私は毛玉を抱き上げ椅子に乗せる。


「しばらくじっとしててね」

「はいにゃ」


 毛玉の髪は短い。

 こりゃちょんまげくらいしかできないな。


 しかし、猫だったから毛玉って呼んでたものの、人の姿になってもそのまま呼んでて良いものか。


「毛玉、ホントの名前は何て言うの?」

「主しゃまにもらった名前にゃ? あれは主しゃまがあたしを呼ぶのに使うものだから、チカしゃんは毛玉って呼んだら良いにゃ」


 本人が良いなら、まあ良いか。


「はい、できた」


 ちょんまげが猫耳の間にちょんと立っていて、何だかアホ毛みたいになってしまったんだけど。

 わーい、とちょんまげを触りながら椅子を飛び降りて、毛玉は家の中を走り回る。


 喜んでるならまあ良いか。

 そして、ちょうど外から帰って扉を開けたルードにぶつかった。


「何、どうしたの?」

「チカしゃんにやってもらったにゃ! 見て見て!」


 ちょんまげを見せびらかす毛玉に、ルードは反応に困って私を見る。


「可愛いって言ってあげて」

「……可愛いね」

「でしょー! 可愛いにゃ!」


 はしゃぎまくる毛玉だが、ルードに続いて入って来たアルには近づかない。

 アルはそれを一瞥する。

 毛玉は目を合わせないように私の影に隠れた。

 それに構わず、アルは私に向けて言う。


「馬は元気なので、問題なく明日出発できるでしょう。この辺りに魔物は今いないようですし、今夜も安心して休めると思われます」

「ありがとう」


 二人は念のため、周囲と馬の確認をしてくれていた。

 問題ないなら安心だ。


 明日『魔王』に会って何がどうなるか分からないが、今日はしっかり休んでおこう。

  私は手伝いをするため、ニコルの元に行った。

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