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18.主婦、筆記試験を受ける

「まずは筆記試験を行います。今からそちらに机と椅子を用意いたしますので、お座りくださいませ」


 筆記試験!?

 聞いてない、聞いてないよ!


 そんな私の心の声を他所に、机と椅子が五組運ばれて来る。

 他の『勇者』志願者も困惑顔だ。

 まさか『勇者』の試験に筆記があるなんて、誰も想像しなかっただろう。


 いや、何だかやけに得意満面の人がいる。

 ビン底メガネをかけた、いかにもなインテリだ。

 真っ先に一番右の席に座り、メガネをクイックイッと上げている。

 あのメガネ、顔に合ってないんじゃなかろうか。


 他の人も続いて席に着く。

 私は一番左に座った。


 隣を見ると、十歳を越えたくらいの少年だ。

 緊張でガチガチ震えている。

 こんな子供が『勇者』を目指すなんて、一体何があったんだろう。


「では用紙をお配りいたします」


 配られたのは両面白紙の紙だ。


「何も書かれてねえけど、これで何をどう試験するんだ?」


 真ん中に座った大男が、椅子をギシギシ言わせながら問う。

 アルは涼しい顔で答えた。


「この用紙には魔法がかけられております。開始と同時に問題文が浮かび上がりますので、答えをお書きくださいませ」


 おう、と答える大男。

 そのさらに隣では、鎧をガチャガチャさせながら顎の尖った男が用紙を矯めつ眇めつしている。

 筆記試験の間くらい鎧を脱いだら良いのに。


「続いてペンをお配りいたします」


 配られたのはただの鉄の棒のようだ。

 これもきっと魔法でどうにかなって書けるようになるんだろう。

 今度は大男も質問しなかった。


 アルは懐中時計を取り出す。


「私がやめ、と申し上げるまでの間に用紙にご記入くださいませ。それでは、はじめ」


 声がかかると同時に、文字が用紙に浮かび上がる。

 やっぱり日本語とは似ても似つかない、英語でもハングルでもない文字だ。

 残念ながら私には読めません。

 開始早々詰みですわ。


「手、手が震えて、書けない」


 隣の少年をチラッと見ると涙目だ。

 まだ声変わりもしていない、可哀想に。

 私だって相当可哀想だけど。


 でもここで諦める訳には行かない。

 どうにかして突破口が見つからないものか。

 とりあえず、一番上は名前かな。

 でも自分の名前が書けないや。


 鉄の棒でコツコツ机を叩きながら用紙を眺める。

 メトロさんなら読めるんだろうな。

 ん?

 メトロさん今、私の中にいるよね。

 て事は、だ。

 実は私、読めるんじゃね?


 マジマジと用紙を見つめてみた。

 何だか意味が分かる気がする!

 問題は上からこうだ。


 あなたの名前を書きなさい


 あなたの出身を書きなさい


 あなたの特技を書きなさい


 あなたの志望動機を書きなさい


 これって、試験というより学歴と職歴の欄がない履歴書では?

 まあ良いか、この国の歴史とか魔法についての問題だったら、例え読めても答えが書けなかったし。


 私は鉄の棒を用紙に滑らせる。

 知らない筈の文字がスラスラと書けた。

 メトロさんありがとう、あなたのお陰で筆記試験はクリアできそうです。


 名前

 チカ


 出身

 異世界


 特技

 魔物に好かれる


 志望動機

『魔王』討伐の褒賞により『勇者』メトロを蘇らせるため


 これで良し。

 正直すぎる気もするけど、こんな所で嘘を吐いて『勇者』になれなかったら意味がない。


 ちょうど書き終えた所で「やめ」の声が響いた。

 用紙の文字が消え、白紙に戻る。


「では、回収いたします。机と椅子も移動いたしますので、席をお立ちくださいませ」


 アルに従い、皆は席を立って下がった。

 机は扉から外へ運び出され、椅子は部屋の隅に移動される。


「暫し休憩の後、実技試験を行います。この部屋にてお待ちくださいませ」


 アルが出て行き、部屋には五人が残った。

 早速大男が少年に絡む。


「おう、坊主。手が震えて書けないとか言ってたが、ちゃんと書けたのかい?」


 あれ、バカにしてる感じじゃない。

 心配してたのか、優しいなこの人。

『勇者』になろうというだけの事はある。

 縮こまっていた少年も、少し表情を和らげた。


「はい、何とか。ご心配ありがとうございます」


 折り目正しくお辞儀をする少年に、私を含む一同から興味の眼差しが注がれる。


「坊主は何で『勇者』の認定試験を受けに来たんだ?」

「はい。僕の村は貧しくて、大人はみんな出稼ぎに近隣の町へ行ったんです。でも子供だけじゃ何かあった時に村を守れない。それで僕が『勇者』になって村を守ることにしたんです」


 こんな子供が自分の村を守ろうなんて、泣ける話だ。

 実際大男は涙ぐんでいる。

 その手を少年に差し出して、大男は言った。


「失礼、まだ名乗っていなかったな。俺の名はクレイオス。神々の谷出身だ。『魔王』を斃してこの国を平和にするため『勇者』の認定試験を受けに来た。よろしくな」

「神々の谷ご出身ですか! 僕はジョルジュと言います、よろしくお願いします!」


 ジョルジュだけでなく、みんな驚いてるけど何よ神々の谷って。

 異世界人のおばちゃんにも説明して!

 とは言えないので黙って成り行きを見守る。


 鎧の男がクレイオスの前に立った。


「我が名はパーシヴァル。貴殿、我が町カムリに足を運ばれた事はないか?」

「カムリか、懐かしい名前だ。以前その町に魔物が現れた時、たまたま居合わせた俺がその魔物を斃してえらく歓待されたな」

「やはり!」


 パーシヴァルはクレイオスの手を取る。


「我は貴殿の活躍をこの目で見て、自分も『勇者』になりたいとここへ来たのだ。しかし貴殿がまだ『勇者』の認定を受けていなかったとは」

「ああ、行く先々で魔物を斃していたら、ここへ来るのが遅くなった」


 クレイオスさん、認定試験受けなくても既に『勇者』じゃん。

 試験免除で『勇者』にしてあげたら良いのに。


 フフン、とその雰囲気を壊すように鼻を鳴らしたのは、ビン底メガネの男だ。

 クイッとメガネを押し上げると、クレイオスを見る。

 悪い事は言わないからメガネの調整をしてもらってちょうだい、おばちゃん気になるから。


「クレイオス、貴方が『勇者』になった暁には、僕が貴方の仲間になってあげよう」


 えらい上から目線で何を言ってるんだ。

 多分ここにいるみんなが同じ事を考えている。


「僕の名前はセト。この王都出身さ。『勇者』認定試験を受けるのは、これで八回目だ」


 それって堂々と言って良い事?

 七回落ちてるって事だよね。

 四人の冷たい視線にも動じる気配すらなく、セトは続ける。


「君たちは知らないだろうけれど、『勇者』の仲間になるという事は『勇者』になるのと同じくらい意味のある事なのだよ。『勇者』と共に『魔王』に挑み、手を取り合って闘う。仲間の存在は『勇者』にとって不可欠なのだ」


 言ってる事よりずり下がるメガネが気になるおばちゃんは置いといて、他の三人は言われてみれば、と頷いている。


「だから僕はこの認定試験を受け続け、『勇者』が誕生するのを待っていたのだよ」


 つまりあれか、自分は『勇者』になれないから仲間として『勇者』のおこぼれに預かろうと。

 格好は悪いけど、それはそれで賢い生き方かも知れない。


「残念ながら、僕が認定試験を受け始めてから『勇者』の認定を受けた者はまだいない。でも今回は有望そうだ。楽しみだよ」


 だからメガネをクイッとするのはやめてください。


「ところでお嬢ちゃん、あんたはどうしてここに?」


 完全に観客ポジションだと錯覚して油断していた私に、クレイオスが問いかける。


「え、あ、私?」


 今お嬢ちゃんって言った?


「私が女だって、分かるの?」

「バカ言っちゃいけねえ、どう見ても女じゃねえか」


 ちょっと嬉しい。

 三人は「え?」みたいな顔して私を眺め回している。

 まだこの姿になってから日が浅いけど、一発で私の性別を言い当てた人は、ニコルを除いて初めてだ。


「私の名前はチカ」

「チカ、どこから来た?」

「えっと、森に隠れた町から」


 間違いじゃないよね。

 異世界からとは、試験用紙には書けても流石に大っぴらには言えない。


「森の陰か。あの辺りの小さな村が魔物にやられたと聞いた事があるが、近くか?」


 多分私たちが住んでいた村だろう。


「近いです」

「あの辺りに『勇者』がいると聞いた事があるな。知ってるか?」


 多分メトロさんの事だろう。


「私の師匠の事だと思う」

「師匠だと? 何と、君は『勇者』に師事していたのか」


 セトが近づいて私の顔をまじまじと見て来た。

 近い。

 メトロさんの顔なら近くてもむしろ嬉しいんだけど、好きでもない男の顔を間近で見たって嬉しくないな。

 てかメガネの度、合ってないだろ絶対。


「それで、今その『勇者』はどこに? 王都に来ているのかい?」

「いないよ。魔物と闘った時に怪我をして」


 私と『契約』して今は私の中にいるから。

 そこまで言う必要は無いか。


 セトは残念そうに私から離れる。

 クレイオスはまた涙目になっている。この人こんなに涙もろくて良く今までやって来れたな。

 パーシヴァルは器用にも鎧のまま腕組みして頷いている。


 ジョルジュがそっと私の肩に手を置いた。

 子供だと思ってたけど、背の高さは私とそう変わらない。


「チカも大変だったんだね。その師匠の仇を取るために『勇者』になろうと思ったの?」

「うん、まあそんなとこ」


 クレイオスには敬語なのに何故私にはタメ口?

 もしかして歳が近いとか思われてる?


「お互い頑張ろう」

「……うん」


 全員の自己紹介が終わり、一部を除いて不思議な一体感が生まれている会場に、アルが再びやって来た。


「では、実技試験を行います」

登場人物の名前が覚えられません。

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