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13.主婦、成長する

 それはやっぱり、メトロさんではなかった。

 アンディでもネイサンでもない。

 もっと言うと、人でもなかった。


「あらまあ、次は子供なの? あの二人、カンタレラなんか飲んでるから不味くて仕方なかったのよ。あなたもそうかしら? でも子供って代謝が良いから少しはマシかしらね」


 私に分かる言葉で喋っている筈なのに理解できない。

 いや、理解したくない。


 目の前にいるのは、美しい女性の姿をしたものだ。

 浅黒い肌に濡れたような艶のある黒い髪の毛。

 豊満な胸に細い腰、そこに続く肉感的な太腿を、白く薄い衣が覆っている。

 ただその頭には二本の長い角が生え、唇は赤いもので濡れていた。


「怖がらなくて大丈夫よ。すぐに楽にしてあげるから」


 彼女は近づいて長い爪を持つ手をのばしかけ、はたと目を丸くする。


「あなた『魔王』みたいね。面白いわ、あなたを食べれば私も『魔王』になれるかしら」


 恍惚の表情を浮かべて、彼女は私の頰に手を触れた。


 どうしよう、動けない。

 逃げる事も叫ぶ事も出来そうにない。

 こんな所で食べられる訳に行かないのに。

 こんな所で死ぬ訳に行かないのに。


 どうしよう。


 彼女の手が頰から首へ、そして心臓の辺りへ下がる。


 どうしよう。

 このままじゃ食べられる。


 その爪が服を破り、皮膚を傷つけた。

 と思った。

 次の瞬間、彼女の手は地面に落ちていた。


「悪いが、そいつをお前にやる訳には行かない」


 私は、金縛りが解けたようにその場にへたり込んだ。


「メトロさん……」

「大丈夫か?」


 剣を構えたメトロさんは、私をチラリと見る。

 私は頷いた。

 それを確認して、メトロさんは彼女に向き直る。


「『勇者』ね。何て事してくれるの、私の手が取れちゃったじゃない」


 憮然とした彼女は、しかし怯む事もしない。


「あなたもいつまでもそちら側にいないで、早くこちら側にいらっしゃいな。楽になれるわよ」

「断る。俺にはまだやる事が残ってるんでな」

「そう、じゃあ仕方ないわ。その子を私に寄越しなさい」

「それも断る。こいつは俺の希望なんだ」

「ふうん、まあ良いわ。『勇者』は殺してしまわなきゃだもの」


 彼女は悠然としている。

 対するメトロさんには、余裕がないように見える。

 彼女はそんなに強いのだろうか。


 そんな私の考えを余所に、二人は闘いはじめた。

 メトロさんが上段から剣を振り下ろす。

 彼女は既の所でそれを避けた。

 彼女が爪をメトロさんの顔に引っ掛けようとするが、それは叶わない。

 メトロさんは一気に彼女の懐に入り込み、その胴体に剣をめり込ませた。


 彼女の表情が驚愕に変わる。

 剣を振り抜いたメトロさんは、続けてその首を狙い剣を振りかざした。


「待って! 『契約』しましょう」

「断る」


 彼女の美しい首が、弧を描いて地面に転がる。

 勝負はついたようだ。

 彼女の身体が地に伏せるのを確認するまでもなく、メトロさんは私の前に膝をついた。


「怪我はないか?」

「はい」


 そうか、と呟いてメトロさんは私の肩に手を置く。

 何か様子がおかしい。

 息が上がっているのは今の闘いでの事かも知れないけれど、顔色が悪い。


「メトロさん、どうしたの? 大丈夫?」


 メトロさんは、軽く笑う。

 それで気力を使い果たしたのか、私に覆いかぶさるように倒れ込んだ。


「そろそろ限界だ。このままだとじき俺は死ぬ」


 抱き留めた私の手が、メトロさんの背中で濡れるのを感じた。

 血の気が引く。


「どうしたの、何があったの」

「あまり時間がない。俺と『契約』してくれ」


 さっき斃された魔物も言っていた言葉だ。

 でも何の事か私には分からない。


「そんな事より、傷の手当てでしょう。血を止めないと」


 声が震える。

 しかしメトロさんは静かに返した。


「必要ない。すぐに終わる」


 すぐに終わるなら、さっさと終わらせて手当てしよう。


「何をすれば良いの」

「俺の魂をお前にやる。だから『魔王』を」


『魔王』を斃せば良いんだよね。


「救けてくれ」

「はい……え?」


 今、何て言った?


 それを問う間もなく、メトロさんの身体が軽くなる。

 そして光り輝く小さな珠になり、私の身体の中に吸い込まれた。


 瞬く間の出来事だった。

 何が起きたのか分からない。

 ただ分かるのは、メトロさんがいなくなってしまったという事。


 私のせいで?

 何が何だか分からないけれど、多分私のせいで、メトロさんは姿を消した。


 どうしよう。

 どうしたら良い?

 ちょっと落ち着いて考えてみよう。


 ……。


 落ち着いていられるか!

 メトロさんどこ行ったの!?

 まさか死んで光になっちゃった?

 そんな、メトロさん無しでこれから私はどうしろってのよ!

 メトロさんがいなかったら私野垂れ死ぬわよ!


「あの」


 大体『契約』って何!?

 私何やっちゃったの!?


「チカさん……?」


 もしかして、はいって言っちゃったせいでメトロさんこの世から消えたの!?

 どうしよう!

 私のせいでメトロさんが


「チカさん!」


 肩を揺さぶられて、私は我に返った。

 目の前にはメトロさんではなく、ニコルがいる。


「ニコル?」

「チカさん、ですよね? 一体何があったんですか」

「ニコル、メトロさんが、メトロさんが消えちゃったの!」

「お、落ち着いて。落ち着いてください。ま、まずは何があったか、順を追って話してください」


 うん、落ち着く。

 落ち着くよ。

 落ち着いたよ。


「ええと、魔物が出て、メトロさんが闘って、勝って、でも怪我してて、『契約』して、そしたらメトロさんが消えちゃって」


 ニコルは不思議そうな顔をしている。

 説明不足だった?


「えっと、えっとね。メトロさんが」

「大丈夫ですよ」


 私の頭を撫でて、ニコルはふわりと笑った。


「メトロさんの魂は、今チカさんの中にいます。消えた訳じゃないですよ」

「へ?」

「メトロさんは、魂だけになってチカさんの中にいるって事です」


 私の中に、メトロさんがいる?

 それ、どういう状況?

 何か、すごくいやらしい感じがする!


 自分が耳まで真っ赤になるのを感じた。

 それを見て、慌ててニコルが否定する。


「い、いえあの、そうじゃなくて、何て言うか、その」


 二人共に収拾がつかなくなり、しばらく膠着状態が続く。

 その内私は、何をどう考えていやらしいに飛躍したのか分からなくなってきて落ち着いた。


「ごめんねニコル。何か私、変になってた」

「あ、あの、大丈夫です」


 ニコルも落ち着きを取り戻す。

 そこで違和感に気付いた。


「ニコル、背が縮んだ?」

「い、いいえ。チカさんが大きくなったんです」

「え?」


 立ち上がってみる。

 確かに、先程までより地面が遠い。

 っておい!

 何が起きた!?


「多分、メトロさんの魂がチカさんの中に入った事で、姿が変わったのだと」


 成る程。

 じゃない!

 一瞬で姿が変わるってどんな身体よ!?


 両手を見つめる私の肩から、さらりと何かが落ちる。

 髪の毛だ。

 黒く艶のある髪の毛が、私の胸の辺りまで伸びていた。

 確か、私の髪の毛は肩口辺りまでの茶色い毛だった筈だ。


「そういえば、顔立ちも何となくメトロさんに似てますね」


 ニコルが言う。

 嬉しいとか思ってしまった自分にドン引きだ。


 とにかく、こうなってしまったものは仕方ない。

 次にどうするかだ。


 メトロさんは確かに『魔王』を斃してくれ、ではなく、救けてくれと言った。

 どうすれば「救ける」事になるのかは分からない。

 平和的解決を望んでいるのか、斃す事で救いになるのか。


 どちらにしろ『魔王』に会う事が必要なのは変わらない。

 そのためにはどうすれば良いか。


『勇者』になる。


 森を抜けるにもその先へ行くにも、晶玉の力は不可欠だ。

 まあそれは、メトロさんが持っていたものをそのまま使う手もあるか。

 それよりも重要なのは、報酬だ。


 上手く『魔王』を「救ける」事が出来たなら、王様に『勇者』として報酬を貰う。

 討伐しようが救けようが、この国が平和になれば王様は納得してくれる筈だ。


 その報酬で、メトロさんを生き返らせる。


 私が元の世界に戻れる可能性が一つ潰れる事になるが、仕方ない。

 メトロさんの方が大事だ。


 やる事は決まった。

 後は動き出すだけだ。


「これからどうしますか? 一度町へ戻ります?」

「いや、ここからなら王都の方が近いから、このまま王都に行くよ」

「分かりました。お伴します」

「え? ニコルは町に戻って良いんだよ」

「いえ、私は決めたんです。チカさんとずっと一緒にいるって」


 随分懐かれたものだ。

 多分、町を出た時のように何を言っても付いて来るつもりだろう。

 毛玉もいつの間にか足元に来ている。


 この魔物に好かれる体質、多分『魔王』と関係があるんだろう。

 ニコルを魔物に含めるのはどうかとも思うけど。

 あの魔物も私を『魔王』みたいと言っていた事だし、会って直接聞いてみるのが良い。


「分かった。じゃあ一緒に行こう」

「はい!」


 こうして、私は新たな一歩を踏み出したのだった。

いやらしいって何が?と思った方、スルーしてください。

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