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12.主婦、悪い予感がする

 快適だ。

 思った以上に快適だ。

 魔法最高!


 私は今、森の中だというのにふかふかの敷物の上に毛玉と一緒に転がっている。

 五人が寝るのに充分な大きさのテントの中は暑くもなく寒くもなく、虫も入ってこない。

 メトロさんと住んでいた家は比べるまでもない、もしかしたら町の宿よりも居心地が良いかも知れない。


 出発してから既に二日目の夜がやってきていた。

 明日には王都に着ける。

 その間、私は歩く以外に何もしていない。

 ニコルがあれこれ世話を焼いてくれるからだ。

 作ってくれる食事は美味しいし、テントの中は魔法で快適に保たれている。


 魔法って、炎を出したり風を起こしたり、そんな事しか想像できないでいたけど、こんな使い方もあるのね。

 考えてみれば元の世界でも虫除けや空調があるんだから、欲さえあれば出来ない事じゃない筈だ。

 ただ、エネルギーの供給が難しいってだけで。


 この世界にエネルギー、つまり魔力が潤沢にあれば、未来の世界みたいに人間が何もしなくても生きて行けるようになりそうだ。

 もしかして、王都はそんな所なんだろうか。

 王都に着くのが楽しみになってきた。


 ニコルは自分の魔力を使ってみんなの身体を綺麗にしてくれたり、こうしてテントの中を整えたりしてくれている。

 それなのに、疲れた様子は全く見られない。

 私たちと一緒に二日間歩いているのにも拘らずだ。


 毛玉は魔力を晶玉に吸い取られて活動限界を迎えたから、魔力が無尽蔵な訳じゃないと思うんだけど。

 体力みたいに魔力の量にも個人差があって、ニコルは持っている魔力が多いのかも知れない。


 ちなみに毛玉はまだ寝ている。

 道中は馬に乗せて運んだけど、これはこれで大丈夫なのか心配になってくるな。

 このまま目が覚めないとか、ないよね。


「チカさん、入って大丈夫ですか?」


 ニコルがテントの外から声をかけてきた。

 私は起き上がって大丈夫と返す。

 入ってきたニコルは、手に器を持っていた。


「お休みになる前に、お水をいかがですか? お三方は明日の打ち合わせがあるとかで、先に休んでいて良いとの事でした」

「ありがとう」


 受け取って、一口飲む。


「ニコルも飲む?」

「い、いえ、私はあちらで頂いてきたので」


 何故か顔が赤いニコル。

 流石に疲れているんじゃないだろうか。


「明日には着くから、着いたらニコルもゆっくり休もうね」

「は、はい」


 器を返そうと、私は立ち上がる。


「あ、私が返してきます」

「良いよ、ニコルも疲れてるでしょ。このくらい自分でできるから、少し休んでて」

「は、はい。ありがとうございます」


 ありがとうはこっちのセリフだよ。

 手を振ってテントを出る。


 ニコルの世話焼きにも困ったものだ。

 私に何もやらせようとしないんだから。

 そうは言っても料理も荷物持ちもできないし、魔法も使えないし、実質何もできないんだけど。

 手伝いすらさせてくれないと、いつまでたっても何もできないままだと思うなあ。


 メトロさんは自分がやった方が早いし上手いからと先に自分でやってしまっていた。

 ニコルのは完全に甘やかしだ。

 どっちが良いって事じゃなく、どっちも子育てには向いてないよな。

 私がロクでもない大人になったらどうするんだ。


 まあ、私の中身は既に大人だから問題ない。


 そんな事を取りとめもなく考えていると、男衆が打ち合わせしている場所に出た。

 メトロさんと一人、何と言ったっけ、アンディだっけ? が向かい合って何か話している。

 少し離れてもう一人、こっちは確かネイサンが、地面に何やら書いていた。


 私はネイサンに近寄る。

 彼は私の気配に驚いたように顔を上げた。


「何だ、お前か」

「ごめんなさい、びっくりさせて。これ、返そうと思ったんだけど」

「あ、ああ。俺がもらっとくよ。明日も早いから子供はもう寝な」

「はい、ごちそうさまでした。おやすみなさい」


 地面には、私には読めない文字や記号が並んでいる。

 やっぱりこの世界の文字は日本語とは違うのか。

 メトロさんがあの本を読めなかったのは、こちらの文字じゃなかったからなんだ。


 テントに戻ると、ニコルは寝息を立てていた。

 やはりこの二日間で疲れが溜まっていたんだろう、横に座ってみても身じろぎすらしない。

 可愛い寝顔だ。

 ずっと見ていたくなる。


 と、目の端で何かが動いた。

 そちらに顔を向けると、毛玉が背伸びをしている。

 やっと起きたのか、ちょっと安心した。


「毛玉、良く寝てたね。魔力は回復した?」


 毛玉はゴロゴロと喉を鳴らす。

 撫でてやろうと手を出すと、こちらに来て自分から体を擦りつけた。


「お腹空いてる? 何かないか聞いて来ようか」


 しかし毛玉は私を通り過ぎて、テントから出ようとしている。


「どこ行くの?」


 慌てて捕まえようとしたが、間に合わない。

 テントの隙間を通って外に出てしまった。

 私も続いて外に出る。


「毛玉ぁ?」


 ぐるりと辺りを見回すと、白いものが視界に入った。

 どうやらメトロさんたちの方へ向かっているようだ。

 よっぽどお腹が空いているんだろう。

 四日も寝てたもんね、当たり前か。


 行き先が分かればそんなに焦る必要はない。

 のんびりと追いかける事にしよう。

 私も歩いていただけとは言え、二日歩き詰めで足が重たい。

 早くテントに戻って寝てしまいたいけど、ここで無駄に体力を消耗するのも馬鹿馬鹿しいし。


 目的地に着いた。

 毛玉はいたけどメトロさんたちはいない。

 どこに行ったんだろう。


 ネイサンが書いていた文字や記号が見えた。

 その辺りは黒く濡れている。

 何かこぼしたにしては広範囲だ。


 さっきから、毛玉が私の方に向かってえらく背中の毛を逆立てて唸っている。

 後ろに何かの気配がする。

 悪い予感しかしない。

 私はそれがメトロさんであるように祈りながら振り返った。

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