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11.主婦、森を行く事になる

 メトロさんが何の用事でテオに呼ばれたのかは、翌朝聞いた。

 町の警備強化を打診するため、王都に行くと決まったそうだ。

 そこで、メトロさんも王都に行くなら用心棒として一緒に行ってほしいとの事だった。


 王都への道程がどれだけ危険なのかと思ったら、近道のために森を突っ切るつもりらしい。

 森を迂回すると七日かかるのが、森を抜けると何と三日で着くそうな。

 この町は小さくて馬車を出す程の余裕がない。歩いて行くのに四日も短縮できるのは肉体面でも金銭面でも魅力になる。


 だからといって魔物に襲われては本末転倒だ。

 カンタレラを飲んだとして、効果が薄れてきた頃に襲われる恐れは充分にある。

 そこで『勇者』に護衛を頼んだという訳だった。


 正直、護衛を雇ってまで近道するなら遠回りでも安全な方を選べよと思う。

 きっと、メトロさんが王都に行くならついでだとか結論を出したに違いない。

 メトロさんもはじめは子供がいるからと断ったらしいけど、押しに弱い彼では断り切れなかったんだろう。


 今日一日で準備をして、明日朝一で出発する事になった。

 同行するのは二人の男性と馬一頭。

 食料と水は向こうで用意してくれるそうだ。


 そうなると、特に準備する事もない。

 精々、明日からの三日間歩けなくなったりして他の人に迷惑をかけないように充分休んでおく事くらいだ。

 そんな私に、メトロさんが声をかけた。


「ちょっと来てくれ」

「何ですか?」

「手を出してみろ」


 言われた通りに手を出すと、そこにメトロさんは透明なビー玉を落とした。


 ん? これ晶玉じゃ……


 そう思った途端、体がそこに吸い込まれるような感覚に襲われる。

 驚いて晶玉を取り落とした。

 何やら疲労感があるけど、何が起きたの?


 メトロさんを見ると、どうやら想定内の様子でやっぱりな、などと呟いている。

 一人で納得してないでほしいんですけど。


「何なんですか、これ」

「晶玉だな」

「それは見れば分かるから。この状況を説明してくださいってば」

「まあ、実験だ」


 言葉で説明するのが苦手なのは知ってるよ。

 だからってその一言で済ませるのはどうかと思うんだけど。

 無言の圧力に屈したのか、考えがまとまったのか、メトロさんは口を開いた。


「お前はどうやら魔力を持っているようだ。それを確かめようと思った」


 その実験結果がこれって事か。

 私が落とした晶玉は、透明だった筈がモヤモヤと黒い煙を閉じ込めていた。


「ええと、つまり私って、魔物?」

「いや、違う。カンタレラを飲んで死なないのは魔物じゃない」


 じゃあなにもの?


「お前はこの世界では珍しい、魔力を持った人間だ」


 つまり、私の肩書きが魔力を持った異世界の人間に変わったって訳だ。

 でもそれ、今確かめる必要あるの?


「明日から、疲れて動けなくなっても俺が助けてやるのは難しい。だから、疲れたら魔力で補えないかと思ってな」


 なるほど、毛玉みたいに魔力を失くして動けなくなるなら、魔力を補充すれば元気になれるかも知れないのね。

 でもどうやって?

 晶玉を持っただけで自動的に何か、多分魔力を持って行かれたんですけど。


 メトロさんは晶玉を拾い、差し出す。


「これを持って戻れとでも念じてみろ。多分、吸い取られた魔力が戻るから」


 多分という言葉が非常に気になったけど、この先メトロさんに迷惑をかけ続ける訳にもいかない。

 意を決して晶玉を手に取った。


 きっと、この中のモヤモヤが自分に戻って来るようにイメージすれば良いんだろう。

 ほら、中身が透明になってきた!

 と油断するとまた持って行かれてしまう。

 何度か攻防を繰り返し、魔力を自分に戻し切ったところで晶玉をメトロさんに渡した。


「できた!」


 物凄い達成感だ。

 こちらの世界に来て、何かを成し遂げたのは初めてかも知れない。

 料理も片付けも裁縫も絶望的だったんだから。


「良くやったな」


 メトロさんが頭を撫でてくれる。

 嬉しくて、思わずニヤニヤ笑ってしまう。

 釣られてメトロさんも笑った。


 笑った顔、とても素敵です。

 それだけで私はもう骨抜きですよ。

 もうこのまま死んでも良いや。

 いやダメだ、まだまだ先は長いんだった。


 ふと思い出したようにメトロさんが荷物を漁り、また一冊本を出してきた。

 以前渡されたものと似ているが、表紙には「雑記」とある。


「俺には読めないから存在を忘れてたのを、家を出る前に思い出した。何が書いてあるかは分からないが、お前と同じ異世界人の書いたものだ。役に立つ事もあるかも知れない」


 手に取ってパラパラとめくってみる。

 日記のようなものだろうか。この草はこんな味だったとか、こんな魔物が出たとか、そんな文章が目についた。

 先の本よりは少なくとも読みやすそうだ。

 暇な時にでも読んでみようかな。


 その時すぐに読むべきだったと、私は読んでから後悔する事になる。


 自分の荷物にそれを紛れ込ませていると、ドアがノックされた。

 メトロさんが出ると、テオが申し訳なさそうな顔で立っていた。


「メトロさん、少しお時間ありますか?」

「何だ?」


 テオはちらりと私を見る。

 私に関する事なんだろうか。


「実は、ニコルが自分も同行したいと言い出しましてね。どう説得しても聞かないんでさ」


 それで何で私を見たの?


「どうやらチカさんが心配らしくて。自分が一緒に行ってお世話すると聞かないんです。自分だってまだまだ子供のくせに、何を言ってるんだと叱ったんですがね」


 ああ、そういう事か。

 って、何でニコルはそんなに私を心配してくれてるの?

 昨日の女子会がそんなに楽しかった?

 楽しかったのは私もだけど、危険な旅に同行する程だろうか。

 多分『魔王』討伐に行く前に一度はこっちに戻って来るし、しばらく会えないって事もないと思うんだけど。


「とりあえず、チカさんを連れて来ちゃいただけませんか?」

「ああ、構わない。だろう?」

「はい、行きます」


 連れてこられたのは、前に夕食を頂いた部屋だ。


「ああ、メトロさんにチカちゃん。この子を何とかしてちょうだい」


 ニコルを椅子に座らせてその肩に手を置いているジュリアが、思い切り眉間にしわを寄せて言った。

 ニコルは私に笑いかけ、メトロさんに鋭い視線を向ける。


「メトロさん、お聞きします。チカさんはどうしても連れて行かなくてはなりませんか?」

「ああ。今回はチカのために王都に行くんだ」

「それならどうしてわざわざ森の中を抜ける道なんて選んだのですか? チカさんに危険が及ばないと言えますか?」


 テオが慌てて口を出した。


「それは、私たちがお願いしたからだ。メトロさんに非はないよ。それにもう決まった事だ。お前が何を言おうと今更変えられない」

「だったら私が一緒に行ってチカさんをお護りします。それでなくても長い道程なのに、男の方三人でチカさんの面倒を見られるとも思えませんし」


 この子、こんなに滔々と喋れたっけ?

 何か昨日までと印象が違うんだけど。

 私がメトロさんと二人で暮らしている事は頭から抜け落ちているみたいだし。

 そこまで思い詰めてるって事?


「ニコル、少し落ち着こう」


 私が傍へ寄ると、ニコルは私の手を取った。

 澄んだ青い瞳が私を捉える。


「チカさんはご存知ないかも知れないですけど、森はとても危険な所なんですよ。魔物だけじゃありません。虫も出るし足元は悪いし、そんな所にチカさんを送り出すなんて、私にはできません」

「そのくらい大丈夫だよ。ちゃんとみんなについて行くから、安心して待っていて」

「それが怖いんです。何かあった時、傍にいてあげられなかったらと思うと、私はもういても立ってもいられません」


 これは困った。

 テオの言う通り、何をどう言っても折れそうにない。

 普段は素直に人の言う事を聞く良い子だから余計にタチが悪い。

 どうしてこんな事になったんだろう。


「テオさん、私をクビにしてくれても構いません。チカさんと一緒に行かせてください。お願いします」


 そんな事まで言っちゃうの?

 このお店をクビになったら行く所ないでしょうに。

 これはどうしたものか。


「お前、魔法が使えたよな」


 メトロさんが唐突に切り出した。

 ニコルは頷く。


「はい、一通りは」

「魔物についてもそれなりに詳しいだろう?」

「はい、ある程度の知識はあります」

「それなら、一緒に行っても大丈夫だろう」


 何を言い出すんだこの人!?

 みんなでニコルを止める方向に動いてるって分かっての発言ですか!

 そんな私の心の叫びは、当然メトロさんには届かない。


「俺もそいつを連れて森を通るのは正直気が乗らなかった。確かに男三人で魔物はともかく、他の事までは行き届かないと思う。お前がそいつを護ってくれると言うなら、俺としては有り難い」


 私もテオもジュリアも、思わぬ場所からの援護射撃に声も出ない。

 ニコルが私の手を取ったまま、ジュリアの手をすり抜けて立ち上がる。


「ありがとうございます!」


 こうして、ニコルは王都に同行する事になったのだった。

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