1.主婦、異世界に行く
専業主婦は楽だと思ってる人、手を挙げてくださーい。
はい、その通り。
朝起きて夫を仕事に送り出し、息子を起こして幼稚園に送り出したら私ターイム!
子供が帰って来るまで自由時間なのだ。
家事?
今時洗い物は食洗機が、洗濯は乾燥まで洗濯機が、床掃除はお掃除ロボットがしてくれる。
その他細々した家事は、夫が帰って来たらさも忙しそうにやれば良い。
するとあら不思議、夫は「毎日家の事を1人でしてくれてありがとう」と感謝の言葉を述べてくれるのだ。
私は「あなたが毎日お仕事を頑張ってくれるから、私が家事だけしていられるのよ。こちらこそありがとう」と答える。
それだけで我が家は円満だ。
ただ、問題が1つある。
暇なのだ。
贅沢な悩みなのは分かってます。はい、すみません。
だから仕事を探しているのですよ。
本当は息子が幼稚園に入ったら仕事をするつもりだったのだけれど、年少時は初めての事だらけで精神的に余裕がなく、年中時はクラス幹事という名の雑用に追われ物理的に余裕がなく、今に至る。
来年は小学校入学で年少時とは比べ物にならない負担が親子共にあるとママ友さん方に聞かされて、働き始めるなら今! と職探しを始めたのだ。
とは言っても底辺大学卒で特にこれといった資格もない私に出来る仕事は限られている。
選ばなければといっても、平日限定時間制限ありで息子が急病にでもなれば遅刻早退休みを厭わない仕事なんて中々見つからない。
更に家事。
働いてない今でさえ便利家電様様なのに、仕事でエネルギーを消費して帰って来たら何もできそうにない。
ホント、働きながら子育てしてらっしゃる奥様方は凄いなあと思う。
いや、煽りじゃなくて。
そんな訳で、やる気も出ないままにスマホで就職情報サイトを眺めていた私は、場にそぐわない文字を目にした。
『異世界に行くお仕事です』
これ、就職情報サイトだったよね?
ページトップのサイト名を見る。就職情報サイトで間違いない。
広告、じゃないようだ。
他の真面目な募集と同じ書式で堂々と異質な文字が並んでいる。
逆に堂々とし過ぎて違和感を覚える私がおかしいんじゃないかとさえ思う程だ。
いやいやおかしいでしょ!
ツッコミ待ち? ツッコミ待ちなの!?
でも興味はそそられるので詳細ページへ飛んでみる。
会社名 :株式会社 王城
勤務地 :異世界
給与 :出来高制
仕事内容:異世界に行ってみませんか?
異世界での生活をしていただきます。
どう過ごすかはあなた次第。
憧れの勇者も夢じゃない!
何かもう、どこから突っ込んだら良いのかと問いたくなる感じなんですけど。
これが問題なく掲載されるなんて、このサイトの運営大丈夫なの?
それともこれ、新たなスマホゲームの広告?
あ、もしかして新手の詐欺?
これに引っかかるバカ捕まえて個人情報貰っちゃいます的な?
まあどうせ暇だし、個人情報入力しなけりゃ問題ないか。
『この求人に応募する』ボタンから先に進んでみよう。
そういえば子供の頃の私は、もっと言えば大人になってからも、普通じゃない事に憧れていたな。
本当はお姫様だったと妄想してみたり、異世界に召喚されて活躍する夢を見たり。
実際には突出するものなんて何もない、平凡な人生を歩んできた訳だけど。
だから異世界に行けるなんて謳い文句に心踊らされてしまう。
詐欺だったとしたらまんまと術中に嵌っちゃってるよ。
これ考えた人頭良いな。
進んだ先のページには、入力項目と注意事項が並んでいる。
現在の氏名:[ ]
異世界名 :[ ]
※異世界での生活に使うあなたの名前です。どんなものでも構いませんが、途中で変更出来ませんのでご注意ください。
希望職業 :[ ]
※適正により、必ずしも希望の職業になれるとは限りませんのでご了承ください。
入力項目これだけ?
住所とか電話番号とか要らないの?
分かった! この先へ進んだら諸々入力しなきゃいけなくなるんだな。
やってやろうじゃないの。
現在の氏名って何だよ、普通に氏名じゃいけなかったの?
異世界名は、息子がお腹にいる時女の子だったらこれ、と考えてたやつで良いか。
職業は……何でも良いけど取り敢えず異世界といったらこれでしょう!
現在の氏名:[ 秋田智子 ]
異世界名 :[ チカ ]
希望職業 :[ 勇者 ]
よし、下の方に注意事項がツラツラ書かれてるけど気にしない。
芸が細かいのは褒めてあげるとしても、どうせ詐欺なんだろうから関係ないや。
次へ進むには『異世界に行く』のボタンを押すのね。
ポチッとな。
……あれ、画面が切り替わらない?
長々と書いてある注意事項に目を向ける。
その一節にこうあった。
一度異世界に行くと、戻る事ができない可能性があります。
ちょっと待って。
戻る事ができないって何だ!?
その言葉が喉から出る前に、私の身体は光のようなものに包まれたのだった。
専業主婦を貶す発言が見られますが、演出であり本心ではありません。
私も専業主婦ですのでその大変さはよく存じ上げております。