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刺客⑤

 □□□


 その日は、朝から空に雲一つなく心地よい陽光が地面を照らす穏やかな一日だった。


 僕と師匠はいつものように朝から畑仕事をしていた。


 ジゼルは、楽しそうに庭の花に水をかけたりして、園芸の仕事をしている。まあ、ジゼルの場合は花の世話は趣味みたいなものだけど。


 24号も、そんなジゼルの傍らでその手伝いをしていた。


 ノワールさんは、珍しくここ数日姿を見せていない。


 そこへ、屋敷の開け放してある朽ちかけた門を通って、馬車がやって来たので、僕たちは皆、それぞれの手を止めて玄関前に止まった馬車を見た。


 止まった馬車のドアが開くと中から出てきたのは冒険者ギルドのギルド嬢のロンダさんだった。


 ロンダさんがわざわざ街からやって来たということは、また魔物の討伐などの仕事の依頼に来たのだろう。


 馬車から降りたロンダさんは、軽く辺りを見回すと、畑にいる僕たちを見つけて少し遠くの距離からでも僕たちにわかるくらいに丁寧に頭を下げた。


 それに対して、師匠が手を振って応えた。


 ロンダさんは、師匠のその動きを見ると再びこちらに向かって頭を下げてから、馬車に乗っていた馭者に代金を支払い何事か言うと、馬車は屋敷から出ていってしまった。


 その時、僕の頭に微かな疑問が生じた。


 ━━あれ? なんでだろう? なんで、ロンダさんは馬車を帰してしまったのだろう? この屋敷から街までは結構な距離があるから、用事が済むまで馬車を屋敷内に待たせておけばいいのに。ロンダさんは帰りは歩いて帰るつもりだろうか?


 そこまで考えて僕は『まあ、こんな気持ちのいい日なんだから、散歩がてらに街まで歩いて帰ろう、なんて思っているのかもしれない。でも、やっぱりロンダさんみたいな若くて美しい女の人が一人で、この屋敷から街に続く人気のない道を歩いて帰るのは無用心な気がする。帰りは僕たちで送ってあげよう』と、自分を納得させた。


「アルバート。お客人じゃ。冒険者ギルドのロンダ嬢が来たということは、また何やら厄介事でもあったのじゃろう」


「はい。そうですね」


「まあ、ちょうど良い。休憩がてら皆で茶でも飲みながら話を聞くとしよう」


「はい」


「おーい。ジゼルと24号や」師匠は、僕たちの方を見ているジゼルと24号に少し大きな声で声をかけた。


「はーい。なんでしょうか。先生」ジゼルがそう答えながら、僕たちの方に少し小走りで近づいてくる。24号もその後ろについてきた。


 そのやり取りを見ていた、ロンダさんも自分だけ屋敷の前に立っているのも悪いと思ったのか、こちらに近づいて来ようとしたが、師匠はそんなロンダさんの動きを手で制するような仕草をした。

 まあ、この場合ロンダさんはお客様という立場なのだから、余計な気づかいをさせても悪いというのが師匠の考えなのだろう。


 ジゼルたちが、僕たちのそばまで来ると師匠は「お客人が来たので、お茶を淹れてくれ」とジゼルたちに命じた。


「はい。わかりました。先生」ジゼルがそう明るく答え、24号もうなずいた。


 僕たちは皆で揃ってロンダさんの前まで行くと、ロンダさんは僕たち全員に頭を下げて丁重な挨拶をした。

 僕たちもそれに応じて挨拶を返す。


「実は、ブラッグス様。毎回お手数をおかけして大変申し訳がないのですが、今回も冒険者ギルドの方からご依頼をいたしたいことがありまして参りました」


「ふむ」と、師匠は一言そう言いながらうなずくと「まあ、話は家の中で茶を飲みながらゆっくりと聞くとしよう」と、続けて言った。


「いえ、そんなにブラッグス様ほどの方に、そんなにお気を遣われると逆に私の方が恐縮してしまいますので、そんなお気遣いはしなくても構いません」


「何、気を使う必要などない。儂が今、茶を飲みながら休憩をしたい気分なのじゃ。それとも何か喫緊の問題でもおこったのかの?」


「いえ。そういうわけではないのですが、正直に申しまして今回の依頼はブラッグス様のお手を煩わせるほどの物かどうかという程度の物なので、こちらといたしましても心苦しいのですが」


「ならば、良いじゃろう。お主の気持ちはどうあれ、儂が茶を飲みながら休憩をしたいのじゃ。何しろ儂のような年寄りになると、一日の仕事も休み休みせねばならんからの。ロンダ嬢が来たのも丁度良かった。年寄りに無理は禁物じゃ」師匠はそう言うとクェックェックェと笑った。


 街の住民たちには評判の悪い、師匠のその禍々しいともいえる笑い声を気味悪がったり、怖がったりする人間はこの場には誰もいない。

 むしろ、僕は師匠のそんな言葉と態度で、その場の雰囲気がさらに和んだように感じた。何だか今日はいい日だ。ノワールさんがいないのは少し寂しいけど。


 しばらくして師匠はロンダさんを屋敷に招き入れるために、僕たちに背を向けてドアに向かった。


 すると突然、強い光が辺りを覆った。僕はその光に目がくらんで、数秒間眼を閉じた。


 再び目蓋を開いた僕の眼に写ったのは、何かロンダさんに向かって魔法を発動させようとしながら、手をかざしたままゆっくりと倒れていく師匠の姿だった。


「師匠! どうしたんですか!」僕はそう叫びながら、何が起きたのかわからず倒れている師匠に駆け寄ろうとした。


 ジゼルとロンダさんも僕と同様に、師匠に向かって駆け寄ろうとしている。


 ただ、24号だけは違った。


 24号は突然、背中に背負った二剣を抜くと、それを両手に握ってロンダさんに斬りかかった。


 24号がロンダさんに斬りかかる。ロンダさんはその斬激を魔法を発動させながら防ぎながら24号の斬激が届かない距離まで素早く飛び下がった。

 間違いなく、その動きは何らかの訓練を受けた者の動きだ。


 僕には状況がわからなかった。


「24号! これはどういうことだ!?」


「強力な攻撃魔法の発動を確認した。発生源を排除する」


「待ってよ! 意味がわからないよ」


「そうですよ私は別に……」そう言いかけたギルド嬢さんに構わず24号が斬りかかる、ギルド嬢さんはそれらの攻撃を魔法の盾でことごとく防ぎ、あまつさえ24号に反撃までしている。

 間違いなく、ロンダさんは超一流の魔術師だ。


「こいつは、敵」

 24号は攻撃の合間の、一呼吸おく間にそれだけ言って、再びロンダさんに攻撃を加えるために斬りかかった。


 師匠はどうしただろう。倒れたまま身動き一つしない。クソッこんな時にノワールさんは何をやってるんだ。


 ロンダさん、いやロンダは24号に向かって光属性の魔法で攻撃している。


 連続して放たれていた24号の斬激の途切れめに、ロンダの放った“光の刃”が、24号に襲いかかった。


 ━━危ない!


 そう思った瞬間、僕は魔法を発動させて“闇の盾”で、ロンダの攻撃から24号を守った。


 ロンダは、軽い悔しさと怒りを含んだような眼で、チラリと僕の方を見ると、僕に向かって“光の槍”を放ってきた。

 突然のことに、僕はその攻撃に反応できなかったが、僕の背後にいたジゼルも魔法を発動させ、“風の盾”で僕の身を守った。


「させない」

 ジゼルが、何かを噛み殺したような声で言った。


 ロンダの表情に今度は明らかに忌々しいとでも言いたげな、怒りの表情が浮かんだ。


 ようやく、僕にも状況が把握できた。

 目の前にいるロンダは僕たちを殺そうとする敵で、さっきまで和やかな雰囲気に包まれていたこの庭は、今は小さな戦場へと化しているのだ。


 師匠に指示を仰げない状況にある以上、僕が指示を出すしかない。


 ━━相手は恐らく戦い慣れた超一流の魔術師だぞ。今の状況からわかるとおり、僕たちを殺すことに躊躇が見られない。一度のミスが文字通りの命取りになる。本当に僕になんか、そんなことができるのか?


 そんな不安が一瞬、僕の脳裡をよぎったが、『それでも、生き残りたいなら、みんなを救いたいなら、やるしかない』と僕は不安を強引にねじ伏せた。


「僕がサポートするから、24号はそのまま前衛で攻撃を続けろ!」

 僕は24号に指示を出した。


「了解」24号が短くそう答えた。


「ジゼルは後衛から、防御魔法と回復魔法で僕たちを援護して!」


「わかったわ」ジゼルもそう答えた。


 24号が前衛でロンダに対して物理攻撃を行い、僕がその後ろから防御魔法と攻撃魔法を使いながら24号を援護し、ジゼルは後衛から防御魔法と回復魔法で、僕たちのサポートに徹しさせることにした。

 これが、僕たち即席パーティーの戦闘の基本形だ。


 ━━今回は、迷っている暇なんかない。できるだけ素早く目の前の敵を殺さなければ、そして早く師匠の手当てをしないと。


 ロンダと僕たちは一進一退の攻防を繰り広げた。

 僕は、24号とジゼルに指示を出しながら戦い続ける。


 実際には数分間にも満たない時間だろうけどもう何時間もこうして戦っている気がする。


 ロンダが僕を攻撃する頻度が、多くなってきた。


『良いか、アルバート。戦場においては敵の指揮官を優先的に攻撃し、その者を排除することを目標とするのじゃ』

 いつか、師匠が僕に言った言葉が甦る。


 今やロンダは、指示を出している僕を指揮官として認識して、優先的に排除しようとしている。


 ロンダの攻撃魔法を防ぎ切れなくなってきた。実際24号とジゼルのサポートがなければ、ここまで粘ることなどできはしなかっただろう。


 突如ロンダが光を固形化した魔法が僕に襲いかかり、僕の頭を痛打した。


 ━━大丈夫だ。これしきのダメージ……。そこまで考えて僕は気を失った。

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