24号の剣③
「ここに来てから、私は考えなければいけないことばかりだ。ここに来るまでの私の頭の中はもっと単純だったのに」
24号がジゼルに抱かれたまま呟くように言った。
「以前の24号はどんなことを考えていたんだい?」僕が聞いた。
「見敵必殺。それだけだ」
「へ、へー」僕は少しためらいながらそれだけ言った。こんなに小さな女の子が「見敵必殺」などという物騒な思考によって行動が支配されていただなんて、それだけで僕は今まで24号の人生が苛烈なものなのだと容易に想像できた。僕が24号に対してこんなことを考えるのは一体何度目になるだろう。
「あと、もう一つ気になることがある」
「何?」ジゼルが優しい声で聞き返した。
「ジゼルは私のことを小さな女の子だと言った」
「そうね」
「アルバートは私を人間だと言った」
「そうだね」
「あなたたちの目にはちゃんと私が人として映っているか?」
24号はしぼりだすような小さな声でそう聞いてきた。
でも、僕は24号の言っている意味がわからずに聞き返した。
「どういう意味?」
「私は元第六三特殊魔導小隊所属人間魔導兵器24号」
「そうだね」
「私は目が見えない」
「そうだね」
「だから、わからない。自分が一体今どんな姿をしているのかが。私はさっきも言った通りたくさんの人を殺した。その中には罪もない人もいただろう」
僕たちは何も言わずに悲痛ともいえる24号の言葉を聞いていた。その声はかすかに震えていた。こんなことは初めてだ。
「私は罪の意味も罰の意味もわからなかった。でも今ならわかる私は罪深い化け物だ。上官たちは私を兵器としてあつかった。だから私は周りが望むように完璧な兵器であろうと自らに言い聞かせ続けてきた」
「そんなの、ひどい」ジゼルが言った。
「それで、君は自分が犯した罪の代償として醜い怪物になったかもしれないと思ったんだね」
「そうだ」
「そんなことは心配しなくていいよ。僕の目に映る24号はかわいい小さな女の子だ」
「本当か? 嘘じゃないか?」
「本当よ。あなたはとってもかわいいわ」そう言いながらジゼルは24号の頭を優しく撫でた。
「24号は軍隊に入るまでどんな生活をしていたの?」僕が聞いた。
「わからない。私には軍に入隊する以前の記憶がない。上官や教官が言うには私は戦場に取り残されていた戦争孤児だということだ」
「じゃあ、あなたはお父さんやお母さんの記憶がないの?」
「ない」
「そんなのってひどすぎる」
「そうか? そうなのか?私は今まで自分を兵器だと思って生きてきた。兵器には父や母の記憶など必要ない。そう思ってきたのだが」
「24号よ。お主に聞きたいことがある」師匠が24号に向けて言った。
「お主は、どうして今生きていられると思う?」
「それは、私が剣技と魔術に長けていたから、戦場を生き延びられたのだ」
「そうではない。それ以前、お主が軍に入る前のことじゃ」
「さっきも言った通り私には軍に入隊するまでの記憶がない」
「つまりわからないというのじゃな」
「そうだ」
24号のその言葉を聞くと師匠は僕の方を向いた。
「では問おう闇魔法使いの弟子、我が弟子アルバート・シルヴィアよ。生まれてから一度も周囲の人間から語りかけられず、微笑みかけられなかった赤子はどうなると思う?」
「それは……、言葉を覚えずに育つのではないでしょうか」僕は師匠の出した問題の答えがわからずに考えられる可能性のある返答をした。
「いや、違うぞ。我が弟子アルバート・シルヴィアよ。生まれてから一度も周囲の人間から語りかけられず、微笑みかけられなかった赤子は例外なく死ぬのじゃ」
「え!? そうなんですか?」
「そうじゃ。まだ喋ることのできない赤子は眠ることや食べることの他にコミュニケーションを必要としている。つまり今生きている我々は全員赤子の頃、親か誰かに語りかけられ、微笑みかけられたということになる」
「そうなんですか」そう言った僕の胸のうちに何とも言えないような感動が去来していた。
「私は子供の頃、誰かに語りかけられ、微笑まれたということか」24号は言った。
「お主が今生きていることがその証拠じゃ」
「それって素敵」手で涙を拭いながらジゼルが言った。
「きっと私のお父さんとお母さんも赤ん坊の私を胸に抱きながら優しい言葉をかけたり、優しく微笑みかけたりしてくれたんだわ」ジゼルは嬉しそうだ。
その言葉に僕も母さんと顔も覚えていない父さんが赤ん坊の僕に語りかけたり微笑みかけたりしているところを想像して嬉しくなった。
「あなたたちはどういう関係なんだ?」
「どういう関係とはどういう意味じゃ?」
「私は目が見えない」24号はさっきと同じように言った。
「そうじゃな」
「そんな私だからわかることもある。あなたたちは何かで繋がっている。それは利害関係などではなくもっと暖かい何かで繋がっている」
「そうか」そう言いながら師匠は少し照れているようだ。
「私はこう思う。もしも私がこの暖かい繋がりの中に加えてもらえるなら、どんなに幸せだろうと」その24号の言葉は今までの壁を感じさせるような口調ではなく、心の中から絞り出したみたいだった。
「儂らとお主はもう繋がっておるよ」
「え? いつからだ?」
「“いつの間にか”じゃ。儂らもみんなそうじゃった」僕たちは師匠の言葉に一斉にうなずいた。
「なぜ、あなたたちは私にそんな優しい言葉をかけてくれるんだ? 私は戦場では兵器として扱われ、冒険者になってからは道具として扱われた。でもあなたたちは私を人として扱う。なぜだ?」
「人が人に優しくするのに理由はいらんよ。儂らがそうしたかったからそうしただけじゃ。それにお主はいい子じゃからな」
「そうか。そうなのか……」そう言うと24号はしばらく黙りこんだ。
「やはり、私には剣が必要だ。この繋がりを守るために、オーティス母娘のような弱い者を守るために剣が必要だ」
「そうか、それがお主が考えた末の結論ならば良いじゃろう。剣を取るが良い」師匠のその言葉を聞くと24号は強い意志が垣間見られる表情でうなずいた。
「じゃあ、今日はもう遅くなったしそろそろ寝ましょう」ノワールさんがそう言うとみんな気が抜けたようになってそれぞれ寝室に向かおうとしたが、ジゼルが24号を呼び止めた。
「24号。今日は私と同じベッドで寝ましょう」
「なぜだ」
「私がそうしてあげたいの。私も前にノワール様に同じことをされたわ。それにあなたは放っておくと床で寝ちゃうじゃない」
「わかった」24号は拍子抜けするくらい素直にジゼルに従った。
──次の日の朝。
朝食を食べていると24号が口を開いた。
「今日はこれから街に行こうと思う」
「なぜじゃ」師匠が聞いた。
「何か武器を買ってくる」
「それにはおよばんぞ、24号よ」
「なぜだ」
「武器なら、この屋敷にもあるから適当なのをみつくろって持てばいい」
「そうか。それは助かる」
「アルバートとジゼル。お主らもそろそろこの屋敷の物置を見てもいい頃じゃ。朝食を食べ終えたら一緒にこい」
この屋敷の物置とは何のことだ? 確か色々なガラクタを放りこんでおくための物置部屋ならあるけど、あそことはちがうのか?
僕たちは朝食を食べ終えると師匠の後について物置部屋に向かった。
そこはいつも僕も出入りしている場所なので少し怪訝に思ったが、師匠は部屋の隅まで来ると「解錠」と呟いくと床の一部が開いた。その床の下は階段があり、地下まで続いているようだった。
こんな所に地下室の入り口があるなんて気がつかなかった。さっきの師匠が「解錠」という呪文を唱えたということは地下室が封印されていたのだろう。
僕らは階段をおりて地下室に入った。
驚いたことに埃のつもった地下室には大きな魔力が感じられた。
この地下室にあるものは全て魔力を帯びている。
地下室に魔力を帯びた道具と目されるものが所狭しと置かれてあった。
「昔、ほうぼうを旅していたときに手に入れたものじゃ。ほれこっちへこい」師匠はそう言うと僕たちを部屋の隅に招いた。
そこには30本ほどの魔力を帯びた剣が置かれていた。魔力を帯びた剣なんて売れば一財産になると言われているのに随分と無造作に置いてあるものだ。
「儂は魔法使いじゃから剣は使わんから。お主の好きなのを持っていけ」師匠は24号にそう言った。
師匠のその言葉を聞いて24号は魔法剣を色々と品定めをしていた。
しばらくすると24号は「これに決めた」と言って両手剣としても片手剣としても使えるバスターソードと、ダガーを持ち上げた。
「2本も使うのか?」
「これから私は二刀流でいこうと思う」
「それもよいじゃろ」
こうして24号は新しい魔法剣を手にいれ、今でも熱心に暇があればその2本の剣を振るっている。




