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24号の剣②

 □□□

 最近、24号が少し変だ。

 なんだか少し苛立っているように見える。

 そうは言っても24号はいつも表情を変えないから確かなことはわからないけど、なんとなくそう思うんだ。


 この事をジゼルに聞いてみたら、ジゼルも「確かに何か怒っているような気がするわね」と言っていたからあながち僕の一人合点でもなさそうだ。


 24号は朝昼夕と時間が空くと庭に出て練習用の木剣で素振りをしている。

 最近はその剣先にかすかに感じられる苛立ちや怒りを乗せて木剣を振り下ろしているように感じられる。


 最近の24号と言ったが、思い出してみると正確にはあのオーティスさん母娘を見送ってから24号の態度がおかしくなった。


 そんなある日の夕食後、いつものように僕たちがしめし合わせたようにラウンジでくつろいでいるときに、24号が師匠に話しかけた。


「ブラッグス卿。卿に聞きたいことがある」


「なんじゃ?」


「最近、私はおかしい」


「そうじゃな」

 師匠もやっぱりそう思っていたのか。


「いくら剣を振っても剣筋が乱れる。こんなことは今までになかった」


「ふむ。お主には心当たりがないのか?」


「多分……、あのオーティス母娘を見送ってからだ」


「あの母娘がお主に何かしたかの?」


「違う。あの二人は何もしていない。ただあの二人を見ていると、私が今まで戦場で殺してきた者たちにもあんな家族がいたのではないかと思ってしまう。考えまいとしてもどうしても頭に浮かぶ。もし、もしも私が今まで戦場で殺してきた者が私が教えられてきたように単なる敵として認識するだけの相手ではなく本当は家族や友人や恋人がいた、ただの人間だったのかもしれないと思ってしまう」


「その通りじゃ、お主が戦場で殺してきた者たちにも愛する者がいたはずじゃ」

 師匠は冷酷ともいえる態度で少し突き放すように言った。


「そんなことを考えていたら私の太刀筋に乱れが生じてきた。私は今迷っている。こんなことは今までになかった」


「なるほどな、最近のお主の苛立っているような態度は自分の中に怒りを生じさせてその力で迷いを押さえ込もうとしていたのか。だが、そんなことをする必要はないぞ」


「どういうことだ?」


「お主の迷いはいいものだということだ

 。今までお主は一面的な価値観を植えつけられてきて考えることを放棄していたのじゃ。それが人との出会いを通じて自ら考えるようになった。それこそが大切なことなのじゃ」


「私は人を殺した」


「そうか」


「たくさん、たくさん人を殺した」


「そうか」


「私は殺す時に相手のことを人だと認識できなかった。ただ敵だから殺すのが当然だと思っていたし、またそういう風に教え込まれてきた」


「だが、そうしなければお主が死んでいたのも事実じゃ」


「それでも私の手であのオーティズ母娘のような人をたくさんつくりだしたのも事実だ」


「そうじゃな」


「でも今、私の中でその事実が胸を刺されたように痛い。胸が痛い、苦しい。どうしたらいいんだ」


「24号の今思っている正直な気持ちを聞かせてくれないか」僕は思わず口を挟んだ。


「苦しい。苦しい。胸が痛い。私が今までしてきたことの全てが私をさいなむ。胸が痛い。胸が苦しい」


 その悲鳴にも似た声を聞くとジゼルが何も言わずに24号に近づき、24号を抱きしめた。


「何を、しているんだ?」

 24号は意味がわからないという様子でそう言った。


「前にね。私が辛くて辛くて、苦しくて苦しくてどうしようもないと思っていたときにノワール様が私にこうしてくれたの、だから私もあのときの私と同じような人がいたらこうしてあげようと決めていたのよ」


「そうか」


「ええ、今のあなたはまるで怯えた子猫のようだわ」


 ジゼルのその言葉は、僕に24号がまるで高い木に登って降りられなくなった子猫のようだと連想させた。


 ジゼルは24号を抱きしめたまま、その頭を撫でた。あの時のノワールさんのように。

 不意にジゼルの大きな瞳からその美しい顔を伝って涙がこぼれた。


「なぜ、あなたは泣いているのだ」

 24号がジゼルに尋ねた。


「あなたは馬鹿ね。あなたが泣かないから代わりに泣いているんじゃない」


「私は泣かない」


「あなたみたいな小さくて弱い女の子は今みたいに胸が痛くて苦しい時には泣いてしまうものなのよ」


「確かに私は小さいが弱くはない」


「ジゼルの言っている弱さと言うのは君の思っている強さや弱さとは別物だよ」僕は24号にそう言った。


「どういう意味だ?」24号は少し戸惑っているようだ。


「確かに24号は魔法剣士としては強いけど、人間としてはまだまだ弱いということだよ」


「訳がわからない。強さに別の意味があると言うのか?」


「あるよ。本当に強い人というのは師匠みたいな人のことを言うんだ」


 僕のその言葉に今度は師匠が少し戸惑ったような表情をしたが、何も言わずに僕たちのやり取りを聞いていた。

 ノワールさんは何だか少し嬉しそうだ。


「ブラッグス卿が強いのは、私もわかっている。あなたが言う強さとは、私が思う強さ以外の意味があるのか?」


「あるよ」


「わからない。私にはあなたの言っている強さの意味がわからない」


「僕にもまだハッキリとはわからない。ただわかるのは僕も24号と同じように弱いということだけだよ」


「強いとは、なんだ?」


「さっきも言ったように僕にもハッキリとはわからない。でもこうして師匠の元で修行をしていればいつか僕も強くなれると信じているんだ」

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