24号の剣①
皇国陸軍大将ロジャー・ゴールドウィンは最近機嫌が良い。
しかし、ゴールドウィンは厳格そのものとでもいったような威厳のある表情を常に崩さなかったためそのことに気がつく者はいなかった。
だが内心では毎日の生活を楽しんでいる。
ゴールドウィンの上機嫌の理由は先日、闇魔導師からの紹介で雇ったオーティス母娘である。特にゴールドウィンは娘のメアリーをいたく気に入っていた。
ゴールドウィンには五人の息子と十人の孫がいる。孫は全員男子であった。
ゴールドウィンは息子はもとより孫たち全員を平等に愛していた。しかし、ゴールドウィンが祖父の特権として孫たちを可愛いがろうとすると決まって息子たちは孫を甘やかさないようにと父親であるゴールドウィンをたしなめようとする。息子たちが言うには何でも質実剛健を家風とするゴールドウィン家にはそのような行いはふさわしくないそうだ。
誰が息子たちをこんな石頭に育てたのかと思い出してみると自分であることに気がつき自己嫌悪に陥ってしまうことしばしばであった。
その上、息子たちは孫たちに先の大戦の英雄ロジャー・ゴールドウィンの名に恥じぬように振る舞いロジャー・ゴールドウィンのように生きろと教育しているらしい。
冗談ではない、とゴールドウィンは思う。自分のように生きたら人生がひどく窮屈でつまらないものになるとゴールドウィンは身をもって知っている。だがその原因を作ったのが当のゴールドウィン本人なのだから息子たちに何も言えない。
妻はすでに鬼籍に入り孤独な老人として自領で老後の生活を送るのかと思われたところに現れたのがオーティス母娘である。ゴールドウィンはこの母娘を歓迎し、母親を自邸の使用人として雇い娘のメアリーには家庭教師をつけてやった。メアリーは今までまともに教育を受けてこなかったため、家庭教師から学校に通えるまでの学力を養わせていた。
──この娘ならば、いくら可愛がっても誰にも文句は出ないだろう。この娘が粗相をしたときに叱るのは母親か家庭教師の仕事だ。私は今さらそんな面倒臭いことはごめんこうむる。
とは言ってもゴールドウィンは女児の可愛がり方などこれまでの人生で学んでこなかったので、どうしたら良いのわからない。
仕方がないのでメアリーに日課として就寝する前にその日あったことを報告させることにした。
メアリーの視点から見る世界は新しい驚きと喜びの連続であり、ゴールドウィンもその話を聞くことを毎日の喜びとしていた。
だが、メアリーの話が元第六三特殊魔導小隊所属人間魔導兵器24号の話に触れるとゴールドウィンの表情は曇った。
ゴールドウィンが特殊魔導小隊計画の全貌を知ったのは少将になってからである。
卓越した魔術師たちを集めた精鋭部隊である第四一特殊魔導小隊のような成功例もあるが、そのほとんどは失敗に終わっている。
特に第六三特殊魔導小隊は皇国の暗部とも言える物であった。
慢性的な魔術師不足に悩んだ軍上層部は禁断の果実に手を出した。
すなわち、魔術を使える女性や子供を戦地に送ることであった。
少年兵と少女兵を集めた第六三特殊魔導小隊は想像以上の戦果をあげた。
特に少女兵の活躍は目を見張るものであった。
軍指令部が兵士に望むことはいつだってただ一つ。個性を消して上官の指揮に従えというものである。
その点において少女兵は少年兵よりも優秀であった。少女兵は少年兵よりも反抗が弱く死地とでもいえるような戦場へ赴くことに対しても諾々として従う者が多かったからである。
実は魔術師を揃えた部隊では、毎回戦闘の度に魔術師の魔法が暴発して部隊の何人かが戦死する。
──仕方がない。戦争とはそういうものだ。
また、味方魔術師の魔法によっての死から逃げおおせた者も、その罪悪感、倫理観から敵軍の兵士を殺すことを嫌がりまともに戦える者は更に少なくなった。
──例外は、あの闇魔導師殿と彼に率いられていた第四一特殊魔導小隊くらいだ。
戦場は常に混乱していた。
ゴールドウィンは軍部が用意していた自叙伝を思い出した。
現実の戦争はチェスのように命令を下せば即座に死ににいく兵士などほとんどいない。
直接の戦場から離れた場所から命令を下す軍上層部はそのことをしばしば忘れる。
そんな中にあって少年兵を中心に構成された第六三特殊魔導小隊は盲目的ともいえる従順さで限りなくチェスの駒に近い働きを見せた。
戦争が終わり政府は軍事費の緊縮化を推し進め、除隊者を募った。
それは第六三特殊魔導小隊も例外ではない、というよりも特殊魔導小隊計画は軍の金食い虫だっため優先的に処理された。
多くの子供たちが特殊魔導小隊に留まった、恐らく戦場で育った子供たちは軍以外の場所に自分たちの居場所を見いだせなかったのだろう。
だが、自らの意思で軍を去った子供たちは平時の外の世界に何を見出だしただろうか。
少なくとも24号とやらは救いを見出だしているはずである。
何しろあの闇魔導師殿と出会ったのだから。
自らを闇魔導師の第一の信捧者として任じているゴールドウィンはそう思った。
─さて、今日もメアリーの話を聞くことにしようか。
そこまで考えてゴールドウィンは日課に戻ることにした。




