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大将閣下と、とある母娘の話⑦

 ゴールドウィン邸にある豪華な広い応接室に入ってきたメアリー・オーティスは明らかに怯えにも似た気持ちを含んでいて緊張しているようだった。

 隣にいる女児は予想通りオーティス夫人の娘だそうだ。


 ゴールドウィンは先に応接室に入り、立ったままオーティス母娘を迎え入れた。


「どうぞ。お座りください」

 ゴールドウィンはオーティス母娘にそう言った。

 ゴールドウィンに客として扱われて恐縮している様子のオーティス夫人だったが、娘のメアリーはその言葉を聞くと嬉しそうに椅子に飛ぶようにジャンプするとそのまま椅子に座った。


「これ、メアリーはそんなしたないまねはいけないわよ」

 娘の行動に驚いた様子のオーティスがメアリーをたしなめた。


「申し訳ございません。なにしろ教育など受けていない無分別な子供のことですから」オーティスは言い訳するようにそう言った。


「よろしいですぞ。子供は元気なのが一番です。ささ、オーティス夫人もどうかお座りになってください」ゴールドウィンは相変わらず立ったまま椅子を勧めた。


「いえ、それはなりません閣下。閣下が立っているのに、私どもが先に座るわけにはまいりません」


「そうはいきません。オーティスさん母娘は私の客人なのですから。私も礼を尽くさねばなりません。とりあえずお願いでも命令でも良いからその椅子に腰をおろしてくださいませんかな? そうでなければ私も座れない」


 そういわれてようやくオーティス夫人は椅子に腰をおろした。


 その姿を見たゴールドウィンも腰をおろず。


「それで、あの方からの手紙にはあなたに職を与えて欲しいということですが。失礼な質問ですが、あなたは経済的に困窮しているのですかな?」


「はい」オーティス夫人は恥ずかしそうに答えた。


「それでは私が生活を援助しよう」ゴールドウィンは即座に言った。


「いえ、それはいけません。閣下。私はお金を恵まれるために閣下のもとを訪れた物乞いではございません。私はあくまでもこの子と一緒に生活するための職がほしいのです」


 ゴールドウィンはまさか反論が返ってくるとは思わず、目の前いる今にも緊張で震え出しそうなオーティス夫人を見ながら感嘆した。


「これは失礼をした、オーティス夫人。そうだな、その通りだ。夫人ほどの誇り高い女性に対して金を恵むようなことをするのは、失礼にあたる。どうやら私は自分でも気づかないうちに大層傲慢になってしまったようだ。これは申し訳ありませんでした。どうか、私の謝罪を受け入れてはくれませんかな?」


「いえ、とんでもないこちらこそ閣下の優しいお言葉に対して分不相応なことを申してしまいまして申し訳ございませんでした」

 オーティス夫人はゴールドウィンの言葉にさらに恐縮したように答えた。


「うむ。ならば我々は互いに許し合おうではないか。ここからは身分など関係なくただの人間同士として話をしようではないか」


「おかーさん。このおじさん、やみまほーつかいのおじいちゃんみたいなことを言ってる」メアリーが口を挟んできた。


「ほう、その闇魔法使いとはあの手紙を書いた方のことかな?」


「そうです。閣下は先ほど私のことを誇り高いとおっしゃいましたが、私は一度全ての誇りをすてました。そんな私を救いだしてくれ、誇りを取り戻させてくれたのが、あの闇魔法使い様です」


「ふむ。そうか。どうやらあの方もお変わりになられないようでなによりだ」

 ゴールドウィンは闇魔導師のことを思いだし、愉快な気分になると思わず自分が一人でいるときに練習している、隠し芸を目の前の母娘に披露したい誘惑にかられたが、自分の置かれている立場がその気持ちを押し止めた。


「質問ばかりで申し訳ないが、オーティス夫人。ご主人はどうされました?」


 その質問にオーティス夫人は固まったように一瞬押し黙った。


「主人は先の戦争で徴兵され、そこで戦死をとげました」オーティス夫人はあえて“名誉”の戦死という言葉を使わないことにゴールドウィンは気がついた。


 ──先の戦争か…


 ゴールドウィンは今度こそ深いため息をついた。

(下らんな、全く下らん。先の戦争は皇国が政治、経済、外交に行き詰まった結果、戦争さえ起こせば全てが解決すると考えた無責任な楽観主義者たちが、戦争によって利を得る商売人に背中を後押しされて始まった者に過ぎない。皇国民もそんな楽観主義的な言説に踊らされ現実主義者たちの声に耳を貸さずに奴等を支持した。それはそうだ誰だって厳しい現実を直視するよりも、お花畑のような楽観主義に傾きたがるものだ。その結果がこの有り様だ。この目の前の母娘はその結果の一部にしか過ぎない)


 ゴールドウィンがオーティス母娘を見る目が次第に険しくなってきた。


(戦況が悪化すると最も現実主義であるべきはずの軍上層部でさえ忌むべき楽観主義が蔓延する。皇国民の国威を発揚するために嘘を発表し続けるうちに自らもその嘘にすがりはじめる。戦況が不利なときほど現実逃避的な楽観主義によって軍上層部の軍議が図られることも珍しくない。その尻拭いをしたのが現場で戦った我々だ。軍上層部は言う、我々には皇国の守護神ロジャー・ゴールドウィンがいる。彼ならば必ずやこの状況を打開してくれると、彼らが言う“皇国の守護神”ロジャー・ゴールドウィンなんていうものは存在しない。真の英雄は最前線で戦い続けた兵士たちだ。私はその数えきれない兵士の死体の山に立っているだけに過ぎない。将校が英雄になるのは簡単だ。ただ死体の山をうずたかく積み上げて、その上に立ち周りを見下ろせばいい、それだけのことだ。私は“皇国の守護神”という通り名よりも“悪魔の盟約者”という通り名の方がふさわしい。何よりもその通り名の方が敵軍から届いた悪魔と恐れられたあの闇魔導師殿を近くに感じられる気がするからだ。果たして今のこの皇国の現状はあの勇敢に戦った兵士たちの命に見合う物だったのだろうか…)

 そこまで考えてゴールドウィンはいつの間にか眉間に皺を寄せて考えこんでいる自分に気がついた。


 ──自分があの戦争に関して考え込むことは職業病というよりすでに宿痾のようなものだな。

 と、ゴールドウィンは自嘲的に思った。

 果たしてこれからの人生で自分は、最後に会ったときの闇魔導師殿のように腹の底から笑うことができるのだろうか?


「お嬢さん、すまなかったね。怖かったかい?」

 ゴールドウィンはメアリーにそう問いかけた。


「ううん。怖くないよ。やみまほーつかいのおじいちゃんも見た目はすっごく怖かったけど、とっても優しかったから。おじさんもやみまほーつかいのおじいちゃんに似ているから全然怖くないよ」メアリーは無邪気に答えた。


「そうか、私はそのやみまほーつかいのおじいちゃんに似ているか?」

 娘の不作法をたしなめようとするオーティス夫人を手で制してゴールドウィンは言った。


「うん!」メアリーは力強く答えた。


「それにアルバートも言ってたもん。師匠は本当に優しい人なんだって」


「そのアルバートというのは誰だ。」


「やみまほーつかいのでしだよ! とっても優しいの! ジゼルや24号もアルバートのことをとっても強い人だって言ってたけどアルバートはぼくはまだまだ弱いよって言うの」


「そうか、あの方にも弟子がおられるのか」

(闇魔導師殿が弟子を取った理由など容易に想像できる。多分闇魔導師殿はその弟子に未来を託そうとしているのだ。それならば私も尊敬する闇魔導師殿の例に習って子供に未来を託すことにしよう。今の私は何者でもない。ただの一老兵に過ぎない。ならば老兵なりに自らのできることをしよう)


 ゴールドウィンは傍に控えていた執事に話かけた。

「オーティス夫人をこの屋敷の使用人として雇え」


「え、しかし閣下。そのようなことをされては他の者に示しがつきません」


 ゴールドウィン家で働くことは、使用人たちにとって名誉なことであり待遇も他の有力者たちの家よりも格段によい。それゆえにゴールドウィン家に使える者は厳しい審査を経て雇用人となるのが習わしだった。


「私はこのゴールドウィン家の当主だぞ。この程度の強権を振るう資格があると思うがな」ゴールドウィンは当主にふさわしい重々しい態度で言った。


「かしこまりました」執事はゴールドウィンの迫力に圧されたように頭を下げて了承した。


「ありがとうございます。ありがとうございます」オーティス夫人はその言葉を聞いて何度も礼を言いながら頭を下げた。


「うむ。ところで、そこのメアリー嬢は学校に行ったことがあるのか?」


「いえ、恥ずかしながら学校に通わせるお金がなくて…」オーティス夫人の声は恥ずかしさで消え入りそうだった。


「それならば、とりあえず家庭教師を雇え、この領地内でみっともな優れた家庭教師をだ。必要ならば皇都から呼び寄せても構わん。金にいとめをつけるな」ゴールドウィンはそう執事に命じた。


「かしこまりました」


(私も闇魔導師殿のように未来を子供に託す。私たちが出せなかった答をきっとこの子供たちなら出してくれるはずだ。それを信じることにしよう)


「ありがとうございます。ありがとうございます」オーティス夫人は相変わらず礼を言いながら頭を下げている。


「クェックェックェッ」

 ゴールドウィンは誘惑に耐えきれずに今まで誰にも披露しなかった隠し芸を披露した。闇魔導師の物真似である。


「あー、その笑いかたやみまほーつかいのおじいちゃんそっくり!」メアリーは嬉しそうに言った。


「そうか、似ているか?」ゴールドウィンは相好を崩した。


「うん! そっくり!」


「そうか」そう言うとゴールドウィンは満足そうに腹の底から笑った。




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