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大将閣下と、とある母娘の話⑥

 “闇魔導師”という言葉はゴールドウィンにとって特別な意味を持つ。

 ゴールドウィンはこれまでにも何人も“闇魔導師”の称号を持つ魔術師たちに会ったことがあるが、ゴールドウィンにとっての“闇魔導師”とは幾度かの戦場でともに戦い、ともに死線をくぐり抜けてきた第四一特殊魔導小隊の隊長であった闇魔導師“殿”のことであった。


 ゴールドウィンが自らが英雄として称されることに違和感を感じていたのは、かねてからあの闇魔導師殿こそが真の英雄であったのだという思いからである。


 第四一特殊魔導小隊は、魔術に秀でた精鋭だけを集めた実験的な部隊であった。特にその特色として第四一特殊魔導小隊には元々軍に属さない志願して入隊してきた在野の在野の魔術師たちが多く、当時の軍の魔術師不足という事情のためその実力が認められた者は即戦場に送られた、そのため第四一特殊魔導小隊の魔術師たちはほとんどが軍事訓練を受けておらず、軍人として必須ともいえるできうる限り個性を消すという技術を持ち合わせていなかった。

 第四一特殊魔導小隊に属する魔術師たちはそれぞれが一騎当千ともいえるほどの実力を持ち、優秀な魔術師によく見られる傾向として皆せいかくに癖がある者が多い。それゆえにそれを統率するためにはそれを上回るほどの実力を持つ者を指揮官に据えなければならなかった。

 それがあの闇魔導師であった。


 あの闇魔導師が少佐という階級にありながら小隊の隊長という地位に甘んじていたのはそのような事情があったのだろう。


(あの闇魔導師殿でなければ、曲者揃いの第四一特殊魔導小隊の隊長などという任は務まらなかったであろう。そもそもが自分の軍歴の中で最も有名なあの後衛戦闘と撤退戦において、大佐である自分が大隊の指揮を取るというのが異例のことであり、それだけにあの戦闘がいかに皇国にとって切羽つまった状況下において行われた物であったことである証座だったのだ。自分があの軍務を命じられたのは撤退していく自軍の最後尾で撤退を支援していたからだ)


 ──逃げ遅れて、貧乏くじを引かされたというのは少し自嘲的すぎるか。

 ゴールドウィンは自らも意識しながらもそんな自嘲的なことを考えた。


(自分も数多くの戦場に身を置いてきた、特にあの自分の軍歴の中で最も有名な後衛戦闘と撤退戦は闇魔導師殿と第四一特殊魔導小隊の存在がなければ決して成功しなかっただろう。あの時皇国は本当に危ういところにいたのだ、私の任務が成功しなければ帝国軍は雪崩をうって国境を突破し、その後の戦況に著しい影響を与えていたはずだ。だからこそ自分も文字通り必死の覚悟で戦ったのだ。それにしてもあれほどの死闘の経験は長い時間を戦場で過ごしてきた私にも後にも先にもあの時だけだ。それなのにあの闇魔導師殿と第四一特殊魔導小隊はその実験部隊としての性質上常に戦況が不利な最前線の場に送られていた。おそらく彼らにとってあのような戦いは日常茶飯事のことだったのかもしれない)


 あの暗黒神すらも召喚して行われた撤退戦の後、ゴールドウィンは闇魔導師に畏敬と尊敬の念をこめて個人的に礼を言おうとしたが、闇魔導師は礼を言うゴールドウィンを制して「お互い命拾いしましたな。クエックエックエッ」と笑っただけだった。


 あの戦いをあのように日常的な些末事のように口にして笑い飛ばした闇魔導師の姿はその謙虚さと、今までにも死地ともいえるような戦場で多くの命を救ってきたのだということを容易に想像させ、ゴールドウィンの胸に強い尊敬の念を抱かせた。


 戦争が終わり、闇魔導師は莫大な金銭と地位と名誉を得た。

 だが、あまりにも強大すぎる闇魔導師の力は国家機密として扱われ決して表沙汰にはされなかった。


(要するに闇魔導師殿は皇国が保有する、強力な兵器として扱われたのだ。その名前だけを喧伝し、闇魔導師殿を他国に対する抑止力としようとしていたのだろう)


 最後に闇魔導師殿と皇都で会ったのは、もう4~5年も前になるか。


 まだ皇都にゴールドウィンと闇魔導師が居を構えていた頃、ゴールドウィンは時々闇魔導師のもとを訪ねていた。


 戦場以外で闇魔導師と時間をともにすることができることに、ゴールドウィンは平時であることの安心感を覚えることができたからである。


 闇魔導師はそんなゴールドウィンをいつも快く迎えてくれた。


 だか、その表情はいつもどこか鬱々としていた。


 最後にゴールドウィンが闇魔導師のもとを訪れた時、闇魔導師は珍しく上機嫌で「クエックエックエッ」と笑った。


 闇魔導師が皇都から姿を消したのはその数日後であった。


 不思議なことに闇魔導師が皇都から姿を消すと元第四一特殊魔導小隊の魔術師たちもその姿を消した。


 ──自分もどこかに姿を消してどこか自分のことを知る者のいない土地へ生き余生を過ごしたいものだ。

 ゴールドウィンの心の中にもそんな考えが浮かぶことがある。


 できれば、魔術師殿が自分を供に連れていってくれればよかったのにともいう軽い恨みや嫉妬にも似た気持ちを抱くときもある。


 ──闇魔導師殿は今頃どこでどんな風に過ごしているのだろうか?

 ゴールドウィンはそんなことを時々思い出したように考えていたときに、今回の闇魔導師から届いたという手紙である。


「そ、その手紙を見せてみろ」

 ゴールドウィンは驚きが混じった軽く震える声で執事に言った。


 ゴールドウィンが手紙を改めると、そこには間違いなく戦時中にゴールドウィンと闇魔導師の間で交さわされる際に使われた印章で封蝋がなされていた。


 ゴールドウィンはその封蝋に軽く手を当てると手紙の封が開いた。


 これは機密書類をやり取りする際にゴールドウィンの手元に一定時間手紙が届けられなかった場合には手紙が消滅するという魔法がかけられているのである。ゴールドウィン以外のダレカガ強引に手紙を開けようとしても同様に手紙は消滅する。


 ゴールドウィンは緊張しながら手紙の文面に眼を通すとそこには「この手紙を持ち来る者に職を与えてほしい」といった旨が簡潔に書かれてあった。


「この手紙は誰が持ってきたのだ!」

 興奮したゴールドウィンは思わず大きな声で執事にそう言った。


「それが…」執事は一瞬口ごもった。

「それが貧しい身なりをした親子と思われる女性と女児でして、とうてい閣下にお会いなられるような身分の者には見受けられませんでした」


「儂に会えるかどうかは自分で決める。その者たちの連絡先はわかっているのだろうな?」


「はい。ですがそこはひどい安宿でして…」執事はまた口ごもった。


「そんなことはどうでもよい。よし、馬車をしつらえろ儂が自らその者たちを迎えに行く。なにしろあの方からの手紙を持ってきた者たちなのだから最高級の礼を尽くさねば」


「いけません。閣下、閣下が自ら馬車をしつらえて女性を宿屋まで迎えに行くようなことがあってはなんと噂をされるかわかりません。場合によってはゴールドウィン家の家名に傷がつくやもしれません」


 そこで家名などどうでもいいと言えないところが、ゴールドウィンの生真面目なところである。ゴールドウィン家は家長であるゴールドウィンだけの物ではなく一族郎党から使用人にいたるまで、全ての物がその家名の恩恵にあずかっているものだからである。


 ゴールドウィンは一度悔しそうにうなり声のような声をあげてから「それならば、その者たちを噂がたたないように隠密にここに連れてこい」とめいじると、執事は一礼をしながら「かしこまりました」と言った。

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