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大将閣下と、とある母娘の話④

 ロジャー・ゴールドウィン皇国陸軍大将と言えば、先の大戦の大英雄として国中に知られ、“皇国の守護神”、“悪魔の盟約者”という仇名でも知られている。


 前者はいかにも戦争の英雄にふさわしい呼び名だけど、後者の方はなんとも物騒な異名だ。


 ゴールドウィン大将の戦歴は華々しいもので飾られいて、その半生記は皇国中でベストセラーになり、文字の読めない人にまで伝え聞こえられている。


 特に有名なのがゴールドウィン大将が大佐だったときに、大隊兵力およそ1000人で敵兵力数万を相手取り、味方戦力の撤退を助けるために防衛戦闘を行い、普通なら全滅と判断されてしかるべき自軍戦力を半分に減らしながらも任務を達成し、あまつさえその残った戦力を見事に国境まで撤退させたというエピソードだ。


 この奇跡的な戦いの詳細は軍事機密費に該当するものとして、その詳細はわからない、


 それでもゴールドウィン大将は悪魔と盟約を交わしており、そのお陰で数々の戦闘において奇跡的な勝利を得ることができたいう噂が流布している。


 そのロジャー・ゴールドウィンの名前が師匠の口から出てきた。


「師匠、そのロジャー・ゴールドウィンというのは、“あの”ロジャー・ゴールドウィンですか」

 僕はロジャー・ゴールドウィンさんに敬称をつけることも忘れて言った。それほどにロジャー・ゴールドウィンの名前は国中に浸透しているのだ。


 それは、おとぎ話の主人公にわざわざ敬称をつけるのに違和感を感じるのと同じようなものだ。


「さてな、ロジャー・ゴールドウィンなんていう名前はこの国の中にはざらにあるじゃろう。じゃが、お主がわざわざ“あの”とつけて呼んだのなら、多分“その”ロジャー・ゴールドウィンで間違いはないじゃろう」



 僕は驚いて、一瞬言葉を失った。僕が言葉を失ったのが一瞬で済んだのは今まで何度も師匠に驚かされてきた経験のたまものだろう。そうでなければ、僕の驚きはこんなものではなかったはずだ。


「それで、師匠は“その“ロジャー・ゴールドウィンさんと知り合いなのですか?」僕は今までの話の展開から言ってあまりにも当たり前のことを聞いてしまった。やっぱり気が動転しているのだろう。

 何しろ“あの”ロジャー・ゴールドウィン大将の話なのだ。


「うむ。戦時中にたまたま知己を得る機会があってな」

 戦時中の師匠は一体何をやっていたんだろう? なんてことを僕はなかば呆れながら考えた。ロジャー・ゴールドウィンほどの超大物が出でくるなんて話のスケールが大きすぎる。


 師匠が戦時中、従軍していたのは知っていたけど、その具体的な内容については師匠は決して口を開こうとしないので詳しいことはわからない。


 オーティスさんもロジャー・ゴールドウィンの名前を聞いて驚いているようだ。


「それで、ゴールドウィンにこの二人の世話を頼むの?」ノワールさんか言った。


「うむ。ゴールドウィン卿はなぜだか儂に義理を感じているようなので今回はそこにつけこませてもらうことにしよう」


「そうね。ゴールドウィンは義理固いから任せても安心ね」


「ついでに口も硬いから、儂らのことを他言することもないじゃろう」


「まあね」


「それで、どうじゃ? オーティス夫人よ。お主はさっき“どんな仕事でもする”と言ったが。この街を離れてゴールドウィン卿の元に行き職を得る気はあるか? ゴールドウィン卿は信頼の置ける人物じゃぞ」


 社会的地位が信用に繋がるならゴールドウィン卿はこの国の中でもっとも信頼の置ける人物の一人だろう。それに師匠の保証つきなら間違いはないはずだ。


「はい。私のさっきの言葉に嘘はありません。この土地を離れることになろうとも、メアリーのために働けるなら本望です」


「そうか、それなら儂が紹介状を書いてやろう」

 そう言うと師匠は席を立った。多分、自室にいって紹介状を書くのだろう。


 待つこと30分ほど、師匠は封蝋が施された手紙を持ち食堂に戻ってきた。その手紙から微かに魔力が感じられた。師匠はまた何か魔法を使ったのだろう。


 師匠はその手紙をオーティスさんに手渡した。


「ここから、乗り合い馬車で数日行ったところにゴールドウィン卿の領地がある。そこに行き、ゴールドウィン卿の屋敷にこの手紙を渡せば後はゴールドウィン卿がよろしくはからってくれるじゃろう」


 オーティスさんは手紙を受取日ながら黙ってうなずいた。


「ついでにこれも渡しておこう」

 師匠はそう言うとローブの袖から金貨を一枚取り出した。


「これはゴールドウィン卿の領地に行くまでの路銀じゃ。ただしこの金貨をそのまま使うでないぞ。何しろこれ一枚をなくしたとなれば大変なことになる。小銭に両替して財布や服のポケット靴などに色々なところに入れておくのじゃ」


 オーティスさんは目の前に差し出された金貨に驚いている。オーティスさんにとっては師匠からの食事の招待を受けてから驚きの連続だろう。僕はそんなオーティスさんを見ながら師匠と出会ったばかりのときの自分を思い出した。僕もあの頃は毎日が驚きの連続だった。


「両替えの方は冒険者ギルドに行って、頼めば何とかなるじゃろう。ついでにゴールドウィン卿の領地につくまで冒険者ギルドで護衛の依頼を出しておけば安心じゃろう」


「はい」あまりの話の急展開についていけないように、オーティスさんは混乱しているようだったが、とりあえずそれだけ答えた。


「ところで、お主はこの屋敷の掃除など家事はできるか?」


「はい。私は色々なお屋敷でメイドとして働いていたので一通りのことはできると思います」


「それは、ちょうど良い。さっきも言った通り儂はお主に無条件で金を施すつもりはない。お主が他の屋敷で学んだ家事の一通りを儂らに何日間か仕込んでくれ。何しろ儂らの家事と言えば手探りで試行錯誤を繰り返して何とかやっておるだけに過ぎんからの。この金はお主の正統派のメイド術を教授することに対する代価だと思ってくれ」


「はい。わかりました」オーティスさんは何日間かで金貨を得られるという好条件の職を得られたことに喜んでいるようだった。


 それから10日間ほど、オーティスさん母娘は僕たちの住んでいる屋敷に滞在して、色々と家事に関することを僕たちに指導した。

 ジゼルはオーティスさんの指導をうまく吸収していたが、その可憐な外見とは裏腹に力仕事の方が得意な24号の方は苦戦していた。

 オーティスさんは、最初にこの屋敷に来たときとは違って何だか生き生きとしていた。


 僕たちは師匠からの命で、極力オーティスさんに直接家事をさせないようにと言われていたので、その通りにした。

 恐らく、オーティスさんは今まで働き詰めでゆっくりと休む暇なんてなかっただろうから、僕たちの屋敷に滞在している間はちょうど良い休み代わりなったのだろう。


 師匠はそこまで計算して、オーティスさんにあのような提案をしたのだろうか? いや、師匠のことだからきっと考えていたのだろう。


 オーティスさん母娘が屋敷に滞在中に娘のメアリーは師匠に対する恐れもなくなったようで、師匠のことを「まほーつかいの、おじーちゃん」と呼んで皆でラウンジにいるときなどは一緒に遊んだりしていた。師匠はその顎から伸びている白くて長い髭をメアリーに引っ張られても痛さをこらえて「これこれ、痛いぞ」と言いながらも嬉しそうにしていた。

 オーティスさんはそれを見てあわててメアリーを止め

 たりもしていた。


「いやね。デレデレしちゃって」なんてことを言って茶々を入れていたのはノワールさんだ。しかし、師匠はそんな言葉を意に介さないように喜色満面の面持ちでメアリーと遊んでいた。


 そうして10日がすぎ、僕たちは朝食を食べ終えると、みんなでオーティスさん母娘を見送るために街に行った。


 数日前に師匠が手配していたとおりに用意が整っていた。

 馬車に乗り込む前オーティスさんは乗り合い馬車が出発する直前まで、何度も繰り返し僕たちにお礼を言いながら頭を下げ続けた。


 僕にまでお礼を言って、頭を下げていたのには恐縮してしまった。僕は何もしていないのに、なんてことを考えて困ってしまった僕は必死になってオーティスさんに頭を上げてくれるように頼んだ。


 同じように接されたジゼルも僕と同じように困った顔で一生懸命に自分にお礼を言う必要はないと言っている。


 師匠とノワールさんはいつもと態度を変えない。


 24号はいつものように表情を変えずに「礼など必要ない。命令に従っただけ」と言っていたが、その様子はどこか嬉しそうだ


 ━━アレ?


 なんで、僕にいつも表情を変えない24号の感情の機微がわかるんだ? 僕は自問した。

 もしかしたら僕は自分の感情を24号に投影しているのだろうか?


「24号。あなた何だか嬉しそうね」ジゼルが24号に言った。僕と同じことを考えていたようだ。


「別に変わりはない」24号はそっけなく答えた。


 だけど、なんとなく24号の感情がわかるようになってきた気がする。


 オーティスさん母娘が乗り込んだ馬車が出発し、その形がわからなくまで遠ざかるまでメアリーは僕たちに手を振り続けた。


 その姿を見届けた僕たちはいつものようにみんなで、屋敷に帰るために家路を歩き続けた。


 その道すがら、師匠はさっきまでの態度が嘘のように不機嫌そうだった。


「師匠、どうかされたのですか?」いつにない師匠の様子に僕は恐る恐る聞いた。


「まったく忌々しい」師匠が答えた。


「何がですか?」


「偽善的じゃ。まったく偽善的じゃ。儂はあの母娘を少しばかり手助けした。じゃがあんな境遇の母娘はあの街、さらにはこの国にいくらでもいる。儂はその全ての者の手助けはできん。ただ今回はたまたま知り合った母娘の手助けをしただけじゃ。儂はそのことに少しばかりの満足感を感じてしまった。まったく忌々しい」師匠は吐き捨てるように言った。


 どうやら師匠は、自分の行いを自己満足の偽善だと思い、そのことに対して自己嫌悪におちいっているようだ。


「偽善でいいんじゃない?」ノワールさんが言った。


「たくさんの人を一度に救うなんて、お偉いさんたちにまかせておけばいいでしょ。あなたは皇都に住むお偉い“大魔導師”なんかじゃなくて、ただの辺境の街外れに住む“魔法使い”にすぎないんだから。せいぜいたまたま自分と縁のあった人間をできるだけ助けてあげるだけで充分でしょう」


「そうかの?」


「そうよ。それにあなたは畑に種を撒くようにこの世界に種を植えたわ」


 ━━? この世界に種を植えた? 畑に種を植える以外にどんな種をこの世に植えたのだろう? 僕はノワールさんの言っている言葉の意味がわからなかった。


「儂が、この世界に種を植えた? 何のことを言っておるのじゃ?」師匠がノワールさんに聞いた。師匠にもノワールさんの言っていることの意味がわからなかったみたいだ。


「それはねこの子たちよ」ノワールさんはそう言って僕とジゼルと24号の方に手を振った。


「この子たちが、あなたがこの世界に植えた種よ。あなたが正しくこの子たちを導けば、正しく畑で育てた作物がいずれ実るようにこの子たちもこの世界で花を咲かせ、野菜が空腹の者の腹を満たすように、闇に囚われた者の心に光を灯すわ。あなたの行いが偽善かどうかは、この子たちのこれからにかかっているわ」


 そう言われて、僕は少し恥ずかしくなってしまった。ジゼルも恥ずかしそうにしている。24号は相変わらず表情を変えなかったけど、その言葉に対して期待を裏切らないように決意を固めたように見えた。


「そうかな、それで良いのかの?」


「そうよ。それに戦争が終わってからこのかた、あなたがすることで偽善的じゃないことなんかなかったでしょ」


「それも、そうじやな。クェッ、クェッ、クェッ」師匠は機嫌を直したように言ってから笑った。


「それにしても、ノワール様もたまにはいいことを言うんですね」ジゼルが感心したようにノワールさんに言った。

 ジゼルも言うようになったものだ。多分ジゼルの中でノワールさんに対する関係性が近しくなってきた証拠なのだろう。


「たまにとは何よ。たまに、とは。あなたたちと話していると自分が暗黒神だという事実に自信がなくなりそうだわ」ノワールさんは軽くため息をつきながら言った。


 その言葉を聞いて師匠がまた「クェッ、クェッ、クェッ」と笑った。僕も笑った。ジゼルも笑っている。ノワールさんは苦笑いをしている。


 何だか以前にもこんなことがあった気がする。そうだ、あれはみんなで闇魔法占いをやったときの帰り道でのことだ。


 あの時と違うのは、今はあの時のメンバーに加えて24号がいることだ。


 そう思って僕は24号の方を見た。

 24号も何となく楽しそうに見えた。

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