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大将閣下と、とある母娘の話③

「そうか。それでお主は儂の誘いに乗ったのじやな?」

 師匠がオーティスさんに聞いた。


「そうです。私は死ぬ前にメアリーにできるだけ美味しい物をお腹いっぱい食べさせてあげたかったのです。私の収入ではこの子のお腹を満たせるような食事をあまり用意することができずに、空腹を我慢させることも珍しくありませんでした、だから、だから…。でも…、できなかったんです。私にはどうしても愛するメアリーの命を奪うことなどできませんでした」

 オーティスさんら一度そこで言葉を切り、この部屋の中で唯一事態が飲み込めていない様子のメアリーを強く抱き締めた。


 オーティスさんは今までの放心した様子からやや正常な精神状態へと立て直してきたようだ。


 メアリーは母親の抱擁に喜んでいるようだったが、オーティスさんが力を入れすぎて抱き締めたために苦しそうに「お母さん、苦しいよ」と困ったように声をあげた。


「ごめんね、メアリー」

 オーティスさんはそう言うと、優しげな様子でメアリーの顔を見ながら軽くポンポンとメアリーの頭を叩いた。

 その言葉は単純に今強く抱き締めたことに対する謝罪だけではなく、自分がさっきしようとしたことに対しても謝っているようだった。


 オーティスさんのメアリーを見つめる目は涙で潤んでいる。


 オーティスさんのその姿は、もしもこの場にメアリーがいなければこのまま声をあげて泣き出したいのだという欲求をこらえているよだった。その欲求に抗えたのはただ娘の前では常な気丈な態度を保ち、メアリーを不安にさせてはいけないという今まで母娘二人で過ごしてきた生活の中で培われてきた義務のようなものに基づいるかのように思えた。

 もちろん、これは僕の憶測にすぎないけれど。


 でも、僕はそこに母親が子供に与える愛情の形を確かに見た気がした。


「まあ、大方そんなところではないかと思っておったわい」

 そういうことか。師匠はあの時オーティスさんが切羽詰まった態度で、その全財産と思われる何枚かの小銭を出して僕たちの売っていた野菜を買おうとしたときにこのような事態を予想していたのだ。それで300人目のお客さんだとか嘘を言ってオーティスさん母娘を食事に招待したのか。それならば、あの明らかに不自然だった師匠の陽気な様子も説明がつく。

 オーティスさんが街で評判の悪い師匠の招待を受けたのも自棄になっていた結果だったのだろう。


「それで、今夜の夕食はうまかったか?」


「はい、美味しかったです。この子もあんなに美味しい料理を気がすむまで食べたのは久しぶり━━いえ、生まれて初めてだったかもしれません」


 オーティスさんはそこまで言うと、耐えきれなくなったのか両目から涙を流しはじめた。


 メアリーはそんな母親の姿を見ながら自分も泣き出しそうになりながら困った顔で必死に「どうしたの、お母さん? どうして泣いているの? どこか痛いの?」聞いていた。


「うん。今日は美味しいものをたくさん食べたから、食べすぎちゃってお腹が痛くなっちゃったの」

 オーティスさんは指で涙をぬぐうとメアリーにそう言った。


「なんだー。そうかー。そうだね。今日のご飯は凄く美味しかったものね」メアリーはオーティスさんの嘘を聞いて安心したように笑った。


「ええ、とっても美味しかったわね」オーティスさんが微笑みながら言った。


「うん!」メアリーは元気よく答えた。


「それで、これからどうする? お主が先ほど言った“否定された運命”とやらに抗う力はまだ残っておるか?」


「はい」オーティスさんは、力強さのこもった態度で頷きながら言った。


「そうか、それならばよろしい。儂も下手な芝居を打ったかいがあるというものじゃ。何しろ腹が減っていてはろくなことを考えんからのう。クェックェックェッ」師匠はそう言って笑った。


「それで、これからどうするの?」ノワールさんが師匠に聞いた。


「まあ、とりあえずは夜も更けたことじゃし、皆眠るがよいじゃろう。美味いものを腹一杯食べて心地よいベッドでグッスリと眠る。これに勝る喜びはなかなかないぞ。それにメアリー嬢も眠そうにしておるしな」


 僕がメアリーを見ると彼女は確かに眠そうにあくびをしていた。


「今のオーティス夫人を見るところさっきのような妙な真似はせんじゃろう。話の続きは明日することにしよう。眠って起きたら別の日じゃ」


 僕たちはそれぞれ無言でオーティスさんの方を確認した。確かにその態度は再び娘を守ること決意した強い母親の姿のように見え、僕はほっと肩をなでおろした。おそらく、他のみんなも同じような気持ちだっただろう。


 師匠のその言葉を合図に僕たちはお互いに今夜、二度目となるおやすみの挨拶をしてから、それぞれ自室に戻った。


 部屋に戻った僕はベッドに再び横になると、また“魔力探知”と“魔力感知”を発動させてオーティスさん母娘の様子を窺った。ここら辺のお節介焼きなところと心配性なところは師匠に似たんだと思う。


 早速他の部屋から放たれる魔力が僕の“魔力感知”に引っ掛かった。結局考えることはみんな同じのようだ。例外はノワールさんだけで気持ち良さそうによく眠っている様子が僕の“魔力探知”に伝わってきた。


 結局、ノワールさんとオーティスさんが気持ちよく眠った次の日の朝、それ以外の僕たちは全員寝不足だった。


 ジゼルが作った朝食をみんなで味わったあと、師匠はオーティスさんに声をかけた。

「さて、これからお主らのこれからについて少しばかり話でもしようか」


「私たちはこれからどうしたらいいんでしょうか?」

 オーティスさんが緊張を露にしながら答えた。その言葉はこれからの話しに自分たちのこれからの運命がかかっていると自覚しているようだった。でも、その考えはあながち間違っていないかもしれない。


「オーティス夫人よ。お主に金を恵んでやるのは簡単じゃ。じゃが、儂の目に写るお主の姿は物乞いには見えん。今儂の目に写るお主の姿は誇り高い母親の姿じゃ。そのような者に金を施すなど敬愛すべき淑女に対して失礼だと思うのじゃ」


「それで、どうするんですか? 師匠? オーティスさん母娘をこの屋敷に住まわせるんですか?」僕は言った。


「いや、それは駄目じゃ。この屋敷に住んでいるのは皆どこにも行く場所がない天涯孤独の者ばかりじゃ。オーティス夫人母娘には血を別けた肉親がおる。そういった者たちに対しては、何か別の可能性を示してやらねばならぬ」


「というと、どうされるんですか?」


「簡単じゃ。仕事を世話してやることにしよう」

 師匠はそう言ってからオーティスさんを見た。


「どうじゃ? 儂はお主に仕事を世話してやろうと思うのじゃが、お主はそれに従う気はあるか?」


「はい。私はメアリーのためならどんな仕事でもする気でいます」オークションさんはうなずきながら言った。


「…ですが、私は亡き夫に、操を立てているのでそういう方面のお仕事はお断りさせていただきます」オーティスさんが小さな声でそう言うと僕とジゼルは顔を赤くした。


「い、いや儂とてそのようか仕事を斡旋しようとは思わぬ。安心してくれ」師匠も焦ったように言う。ノワールさんはそんな師匠の顔を見て楽しそうにニヤニヤ笑っている。24号は相変わらず無表情だ。


「儂の知人にロジャー・ゴールドウィン卿という者がおる。その者にお主らのことを頼んでみようと思うのじゃ」


 “ロジャー・ゴールドウィン”。その名前聞いて僕は自分の耳を疑った。ロジャー・ゴールドウィンといえば先の大戦の英雄としてこの国では知らない者がいないのではないかと思われるほどの有名人だ。

 さらにロジャー・ゴールドウィンには“悪魔の盟約者”という剣呑な二つ名があることもこの国の多くの人々が知るところだ。

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