元第六三特殊魔導小隊所属人間魔導兵器24号3
読み直してみたら、重要なセリフが抜けていたので改稿しました。
僕は結局、その日に朝食の献立はいつもと変わらない物を用意した。
師匠と24号が二人ともうろたえたりせずに落ち着いた様子だったので僕もあえて、特別な料理を用意することをせずにいつも通りの料理を作ることにしたのだ。
食堂のいつものテーブルに座っている、僕たち4人に加えて今朝は24号という来訪者が加わって食事をした。
師匠と24号は昨日と同じように一切の動揺が見られないように、冷静そのものといったように、僕の作った料理を口に運んでいた。
それは、これから二人で殺し合いすると思われないほど静かな食卓だった。
僕が今まで見てきた喧嘩というものは、感情を丸出しにしてお互いに威嚇しあったり、罵倒しながら行われるというものだった。
それなのに、今の師匠と24号にはそんな素振りをまったく見せない。むしろ心配している僕とジゼルは無言で食事をしているために、いつものように話も弾まずに静かな食卓を囲んでいた。
昨日、師匠は24号のことを死線をくぐり抜けてきたと言っていた。師匠も同様にいくつもの死線をくぐり抜けてきたはずだ。
本当に強い人間というのは、死に直面しても無理に強がったり、怯懦な心境に陥ったりせずに粛々として己の運命を受け入れられる人間なのかもしれない、と僕は思った。それとも、与えられた運命に対して必死に抗うのが本当に 強い人間なのかもしれない。もしかしたら真の強さとは様々なものがあるのかもしれない。その結論を下すには自分はまだ若すぎるという、姑息な言い訳を盾にして、僕はこれ以上その問題について考えるのをやめた。
食事をしている最中、不安そうな様子で周りの人間の様子を伺っていたのは、ジゼルだけだ。もしかしたら、僕も同じような態度を取っているのかもしれない。
「先生と24号はこれから本当に戦うんですか?」そんな緊張感に畏れを抱いたようにジゼルは師匠と24号に問いかけた。
「ああ、儂はどちらでもよいが、このお嬢さんは引かぬじゃろう。ならば是非もなしじゃ」
「自分はぜひブラッグス様と戦いたい。その結果私の命が絶たれるなら本望。本当に自分よりも強い人間と戦うことこそ自分の宿願」
「だ、そうじゃ。ことここに至っては他に道はない」
「今からでも、こんな馬鹿げたことはやめましょうよ」
「さっきも言った通り、儂はどちらでも良い」
「その提案は却下する。戦いこそが私の生きている理由」
「儂も命を懸けて、儂に挑んでくる者に対しては命を懸けて対峙するのが礼儀じゃと心得ておる」
師匠と24号の言葉は平行線のままのようだ。どちらも引き下がりそうにない。
もしも師匠が嘘でもいいから戦わずして、負けを認めたとしても、24号は納得しないだろう。
自分が殺されることへの覚悟。それは、自分が他人を殺してしまい、そのことについて否応なしに背負わされる罰を受け入れることへの覚悟ができているということなのかもしれない。いや、もしかしたら24号にはそんな覚悟などなく、ただ機械的に強者を殺すことだけを考えているのかもしれない。
24号にとっての敗北、すなわち死は自分を戦いの中から救い出してくるものだと考えているかのように僕には思えてきた。
「ねえ、24号」
僕は24号に向かって話しかけた。
「何?」
「君は、昨日の師匠との手合わせで師匠との実力差を理解しているはずだ。こんなことやるだけ無駄だと思わないのか?」
「昨日も言った通り、戦うことだけが私の生きている理由。それに今日の戦いはブラッグス様が言った通り、命のやりとり。そういう場では勝負の行き先はわからない」
「その通りじゃ。昨日の戦いは謂わば稽古のようなもの、稽古で強くても実戦では弱いということは、よくあることじゃ。例えば早く相手を殺そうとして、殺意に身を焦がし、隙が生まれ、そこを相手に突かれるるなどということは、ままある事じゃ。実戦での強さと稽古での強さと言うものは別の物じゃ。実戦では何が起こるかわからん。だからこそ、その時にできることを全力で行う必要がある」
正直に言って僕は、師匠と24号の死生観についていけなかった。僕もこのまま師匠のもとで修行をして実戦をいくつもこなしていけば、このような考え方になるのだろうか?
ジゼルは、できるだけ食事を長引かせようとして、わざと遅く食事を食べていた。
ノワールさんは相変わらず何も言わずに食事をしている。 その表情からは今何を考えているのか窺いしれない。
「さて、食事も終わったようだし、そろそろ始めるとするかの」
「でも、私はまだ食べ終わっていません」
ジゼルが言った。
「それなら、お主はこのままここで食べておればよい」
ジゼルのささやかな抵抗を無視するように師匠は言った。
「いえ、すみませんが、食欲がなくてこれ以上は食べられません」
「そうか、本来なら食べ残しは禁止なのじゃが、お主も思うところがあるじゃろうし、この状況では致し方無かろう」
「私も食事を終えた。いつ始めてもいい」
「お主も食べ終えたか、ならば腹ごなしに一人稽古でもしてくれば、どうじゃ? お主とて万全の体勢でこの戦いに臨みたいじゃろう。悔いだけは残したくないじゃろうし」
「必要ない。人間魔導兵器は常在戦場という訓練を受けている」
「そうか。ならばお主らはどうする?」
師匠が僕たちに聞いてきた。
「私は見に行くわ。何はともあれどういう結果になるか見届けたいし」
ノワールさんが答えた。
「僕も師匠と24号の戦いを見届けます」
僕もそう答えた。何となくそれがこの件に関わってしまった僕の義務のように思えたからだ。
「私も見届けます」
ジゼルも必死に意思を固めたように言った。恐らくこの中で一番24号の生い立ちに同情を抱いているのがジゼルなのだろう。
それにしても、24号は不思議な存在だ。この場にいるノワールさん以外の全員にどこか自分と重ね合わせるようところがるように、感じさせる。
「では、行こうか。場所は昨日と同じようにここの庭で良いか?」
「問題ない。だが、できればあなたが先に庭に出てほしい」
「なんで?」
僕は思わず口を挟んだ。
「私はこれから戦う相手に背中を見せるほど放胆にはなれない」
「本当に躾の行き届いた子ね」
ノワールさんが、少し皮肉っぽく言った。
「よろしい。では、儂は先に庭に出てお主を待っておることにしよう」
そう言うと席を立ち、食堂のドアに向かった。僕も師匠の後に続いた。ノワールさんも惰性のように僕たちに着いてきた。
食堂に残ったのはジゼルと24号だけだ。恐らくジゼルは最後まで24号にこれから始まる戦いを思い返させるように、最後まで説得するつもりなのだろう。
僕はそんなジゼルの姿を見ながらもどこか諦念に取り憑かれたかのように、漫然として師匠たちと一緒に庭に出た。
多分、僕はあの殺人犯を殺した時からどこか感覚が麻痺しているか、感情が欠落しているのだろう。
人を殺すということは、そういう事だ。どんなに足掻いても人を殺す前の自分には戻れない。
庭に出ると空は雲一つなく青く晴れ、太陽がその存在意義を誇示するかのように眩しく輝いている。
僕たちが庭に出てから数分後、ジゼルと24号が庭に出てきた。ジゼルが先に立っている。24号はジゼルに対しても油断していないということなのだろう。
こんな気持ちの言い日に、これから僕の目の前でこれから殺し合いが始められようとしている。
師匠と24号は互いに5メートルほどの距離をおいて向かいあった。
僕は思わず『どうですか? 師匠、今日はいい天気ですし、みんなでランチバスケットを持ってピクニックに行きませんか? ほら、24号もそんな下らないことは止めて一緒に行こうよ』と言いたい感情に襲われた。多分、これは現実逃避なのだろう。
そんな僕の思いをよそに、24号は昨日と同じように背負っていた大剣を抜いて師匠に向かって構えた。今にも師匠に向かって襲いかかりそうだ。
師匠も昨日と同じように、泰然として立っている。
しかし、昨日と違うのはこれが真剣勝負だということだ。
そして、戦いは始まった。




