元第六三特殊魔導小隊所属人間魔導兵器24号2
「自分のことは24号と呼んでほしい」というのが、師匠に挑みに来た少女がラウンジに集まっていた僕たちに言った言葉だった。
ジゼルが「そんな番号みたいのじゃなくて、本当の名前を教えて」と言ったが24号は「私には個体を識別するための名前を他に与えられていない。だから私は24号だ」と答えた。
それを聞いたジゼルは、なんとも言えないような曖昧な表情をした。気のせいかその表情には悲しみの感情が含まれているようにも見えた。
「それで第六三特殊魔導小隊所属人間魔導兵器って何をするの」
ジゼルはできるだけ話のとっかかりを求めているように質問した。
「任務は簡単。上官から指示されたものを殺すだけ」
「そんな、ひどい。まだこんなに若いのに」
ジゼルは今度ははっきりと悲しそうな表情で言った。
「問題ない。自分はそのために育成された」
24号は話しはじめてから一切表情を変えずに無表情のままだった。
師匠は気まずそうに目を伏せた。多分、先の戦争で起こった数々の悲劇的な出来事を思い出しているのかもしれない。
いや、師匠のことだからもしかしたらこのような少女を戦場に送り出さなければいけなかったことに大人の一人として責任を感じているのかもしれない。
師匠は戦争のことになると何でも抱え込もうとする癖がある。
「それで、お主はこれからどうするつもりじゃ?」
師匠が24号に聞いた。
「明日もあなたに挑む」
「そうか、ならば今夜は泊まってゆきなさい」
「感謝するが、滞在費は支払う」
そう言って24号は持っていた袋から、パンパンに膨れ上がった皮の財布を取り出した。
「金などいらんが、その金はどうしたのじゃ?」
「各地を旅をしながら冒険者ギルドで依頼を請け負ってきた」
「それにしても、これだけの大金を稼ぐには、相当の死線をくぐってきたように見受けられるな」
「私には戦うことしかできない。戦うことで金銭を得られるなら好都合」
「そうか、“戦うことしかできない”か、昔の儂と一緒じゃな」
「私には今まで戦う術しか与えられてこなかった」24号は、師匠の言葉に何の感慨も沸き上がらないような無表情な顔で、その言葉を口にした。
「それでお主はどうすれば自分の敗北を認めてくれるんじゃ?」
「さっきも言った。私を殺せばいい」
「しかし、儂はもう殺しは極力したくない。それに儂がお主を殺して何の得があるんじゃ?」
「あなたは、私を殺すことで何か得がしたいのか?」
「質問を質問で返すものではない。お主はお主が使っているあの大剣と同じじゃな、剣呑そのものじゃ」
「私は私の剣と剣身一体。剣がなければ私はなく、私がなければ剣もない。剣だけがあれば私は生けていける」
「なるほどな、戦い戦い戦いを求めて戦い続けて、最後に戦いに敗れて死ぬのが、お主の生き方か」
「そう」24号は相変わらず表情を変えない。
「よろしい、それでは明日決着をつけてやろう」
僕はそう言った師匠の顔を見た。師匠は決着をつけると言った。それはつまり、24号の言った通りの結末になると言うことだ。
「それは、自分と本気で戦ってくれるということか」
「そうじゃ。お主の望みを叶えてやろう。お主とて若いながらもあの戦争を体験しておるのじゃろう、戦争が終わってもまだ戦い続けているということは、それくらいの覚悟はできているはずじゃ」
「望むところ」
これが明日死ぬことを覚悟している人間の表情なのかと、思うほど24号の顔は事務的な手続きをしている人間のように淡々としている。
その24号の姿は、僕に彼女のこれまで生きてきた人生の過酷さを容易に想像させた。
「そんなこと、やめてください!」ジゼルは悲鳴にも似たような声で師匠に言った。
「この少女の中ではまだ戦争は終わっておらん。24号は自分の中で戦争を終わらせることを望んでおる。儂は戦場の習いにのっとって、その望みを叶えてやるだけじゃ」
ノワールさんは、そんなやりとりを見ながらも何も言わない。
「さて、それではそろそろ寝るとしようかの。なにしろ明日は久しぶりの命懸けの戦いじゃ。儂は臆病じゃから、このままここにいたら重圧に押し潰されてしまいそうじゃわい。24号も明日の戦いに悔いを残さないために、鋭気を養わなければいかんじゃろう。どこか、この屋敷の中で好きな部屋を選んで眠るがよい。あと朝食の時間に寝過ごさぬようにせよ」
そう言うと師匠は、ラウンジを出て自室に向かった。
「感謝する」24号はそう答えると、屋敷のどこかへと向かいラウンジを出ていった。
ラウンジから去って行った師匠と24号の二人の背中を見ていた僕は、どこか違和感を覚えた。
これが、明日殺し合いに臨む二人の態度なのだろうか? 決闘とはもっと、殺伐として特別なものなのではないのだろうか? それなのに二人はまるで街に日用品を買いに行くみたいに平然としていた。これが、死を覚悟して戦争を戦い続けてきた人間の振る舞いなのかもしれない。
二人にとって、戦いの中での命のやりとりは生きる死ぬということを超越したものなのだろう。
僕はその夜、明日行われる戦いについて心配になり、ベッドの中に入っても中々眠れずに悶々として過ごした。
明日、師匠と24号のどちらかが死ぬ。
勿論、僕は師匠の実力に絶大な信頼を寄せていたため、死ぬのは24号だと思ったが、それでもまだあんなに幼い少女を師匠が殺す姿を想像するだけで、僕は僕の心の中の何かが悲痛なうめき声をあげているように感じた。
そんなことを考えながら僕は眠れない夜を過ごした。
そして迎えた次の日の朝。
その日は僕が、食事当番の日だったので朝食を作るために食堂へ向かうと驚いたことに24号が壁にもたれかかりながら大剣を抱きしめるようにして眠っていた。
僕は、そんな24号の姿を見てできるだけ彼女を起こさないようにと厨房へといこうとしたが、24号は僕の気配を察知したのか、目を覚まして立ち上がると大剣を背中に背負った。
「ああ、起きたんだね、おはよう」僕は、これから数時間後に死を迎える運命にある人間に何と言っていいかわからず、できるだけ優しい声色で定番の挨拶を使って使って24号に話しかけた。
24号は何も言わずに、僕を見つめている僕の“魔力感知”は24号の中で魔力が増大していくのを感じた。もしかしたら、僕に対しても警戒感を持っているのかもしれない。
「せっかく寝ていたのに起こしちゃって、ごめんね」
「問題ない。自分はいついかなる時でも臨戦体勢をとれるように、眠りながらでも常に“魔力探知”と“魔力感知”を発動させている」
「そうかもしれないけど、何もこんなところで寝なくてもいいじゃないか。この屋敷には空き部屋がいくつもあるし、そこにはベッドもある。そこで寝た方が良かったんじゃないか?」
「あなたは、闇魔術師」
「うん。まあ、一応そういうことになっているけど、今の僕はまだ師匠のもとで修行している闇魔法使いの弟子という立場だけどね」
僕の言葉に対して、唐突ともいえるほどに話題を変えるような24号の言葉に合わせるように僕は答えた。
「あの褐色の肌をした女性も強力な魔力を持っている闇魔術師」
ノワールさんのことか「ああ、一応そういうことになっているけどね」ノワールさんの正体については、師匠とノワールさんに他言無用と命じられている。その理由がノワールさんが暗黒神だと知られると面倒くさいというのが、二人の言い分だった。まったくあの二人の考えそうなことだと言えばそれまでたが、普通なら強大な力を持っているなら、その力を誇示しようとするものだが、あの二人はその力によって得られるであろう地位や名誉や富などは煩事の元となる物だと考えているようだ。
「あのエルフの少女からも、魔力を感じた」
「ジゼルの事かい?」
「そう、今この屋敷にいる者は全員魔法を使える。いつ襲われるかわからない。全員が敵。そのためにいつでも戦えるようにしておかなければならない」
「そんなことないよ。この屋敷に君の敵なんかいないよ。勝手に君が僕らを敵だと思っているんだ。逆にみんな君の味方になって助けてあげたいと思っているよ」
「信用できない。自分は自分の周りに常に敵の存在を意識しろと言われ続けてきた」
「君が今まで生きてきた人生のことを考えると、僕もどうしたらいいかわからないよ。君は何歳なんだ?」
「13歳」
「そんなに若いのかい。僕と一つしか歳が変わらないじゃないか」
「年齢は関係ない。重要なのは今までどれだけ殺せたのか、だと教えられ続けてきた」
僕はそんな24号の言葉に、実際に戦場での戦いを経験した人間と、そうでない人間との隔絶した距離を感じてそれ以上何も言えなかった。
僕はこれが最後の食事になるであろう24号に対してどんな料理を振る舞えばいいのだろうと考えながら、「そうか」と一言だけ言って厨房に入った。




