元第六三特殊魔導小隊所属人間魔導兵器24号1
その少女はいきなりやって来た。
少女は、幼さを残した可愛らしい顔をしていたが、表情はまるで神が作り出した人形のようにまったく表情を変えなかった。背は低くて、赤い髪は短くショートカットにしていた。不思議なことにその印象的な美しい瞳はどこか違和感を感じさせている。
何よりもその少女が背負っているその小柄な身体に不似合いな巨大な剣が奇妙に思えた。
僕と師匠がいつものように庭で畑仕事をしているときに、その少女が屋敷の庭に入り込んできて、師匠に話しかけてきた。
「お初にお目にかかります。唐突で申し訳ないが、自分とお手合わせしてほしい」
少女はそう言った。
「なんじゃ? いきなり。儂とお主が戦う理由などないじゃろう」
師匠は仕事の手を止めて少し困惑した様子で答えた。
「いきなりの無作法をお許しを。街で最強の人間について聞いてまわったところ、あなたが一番強いと聞いたので、一手御教授してほしくて、こうして押し掛けて来ました」
「儂は少しばかり魔法が使えるだけの、ただの老人に過ぎんよ。して、お主は強い相手と戦うのが望みなのか?」
「そう、それが私の生きている理由」
「ふむ。“生きている理由”とな、これはまた大きな理由が出てきたものじゃ。よろしい儂程度で良ければお相手しよう。せいぜいお主を落胆させないように老骨に鞭を打ってみよう」
「私の勝手な願いを聞き入れていただき、感謝。それでいつどこで立ち合うか?」
「まあ、今ここで始めても良いじゃろう。ちょうど、仕事も休憩しようとしていたところじゃ」
「お心遣い使い感謝。では今、木剣を用意する」
そう言うと少女は担いでいた袋から練習用と思われる木剣を取り出した。
「良い良い。そんな物は必要ないしお主も本気を出せぬじゃろう。その背中に背負った魔力を宿した大剣を使うが良いぞ」
「重ね重ねのお心遣い感謝」
少女は背中に背負っていた巨大な魔剣を抜いて、師匠に対して正面に構えた。
師匠は、普段通りの自然体を保っているように、泰然として立っているだけだ。
少女は魔剣を担ぐと凄まじい速さで師匠に向かって駆け出し、そのまま全力で剣を振り下ろした。
だが、師匠は“闇の盾”でその攻撃を防いだ。
それでも少女は止まらずに、師匠に向かって連擊を加える。その縦横斜めに縦横に繰り出される連続攻撃は一見少女が、巨大な魔剣に振り回されているようだが、逆に魔剣の重さを利用して踊るように剣を振るっているようだった。しかし、その攻撃のことごとくが、師匠の“闇の盾”によって防がれる。
僕は、“魔力感知”を使いながら二人の戦いを見守っていた。
僕にとって、師匠の魔法の実力は絶対的なもので万が一にも負けることなどあるはずがないと思っていたので安心して見ていた。
余裕のある様子で少女の攻撃を“闇の盾”で受け続けていた師匠は、不意に途徹もないほどの魔力を使い、強大な“闇の刃”を作り出すと、それを少女に向かって放った。
僕はその瞬間『危ない!』と思い少女の身を案じた。
少女はとっさに大剣を構え直して防御の体勢をとるが、その程度では師匠の攻撃魔法を防ぐことができないと思われた。
すると、師匠から放たれた“闇の刃”は少女に当たる寸前で消え失せた。
「勝負ありじゃな」師匠が少女に言った。
「自分はまだ死んでいない。だから負けてはいない」
「なるほどな、それがお主の戦いに対する考え方か」
「そう。自分が負けるときは死ぬときだけ」
「それならば一応、お主の名前を聞いておこう」
「元第六三特殊魔導小隊所属人間魔導兵器24号」
「特殊魔導小隊!? 人間魔導兵器じゃと!? 軍の連中も下らないことをしたものじゃ。それにお主は目が見えておらんな」
「そう、自分は生まれつきの盲目」
その言葉を聞いて僕は驚いた。目が見えないのに、あれだけの動きをしていたのか。
「そうか、それで光魔法で“魔力感知”と“魔力探知”を使い、相手の存在を察知して刃圏にあるものに対して攻撃を加えるというわけか」
「そう」
「それで、どうする? このまま続けるか? 儂とお主の実力差は理解したと思うが」
「さっきも言った通り、自分が死んでいない以上、負けてはいない。勝つまであなたに挑み続ける」
「そうか、それも良いじゃろう」
師匠がそう言うと、師匠は魔力を発動させた。
「何々? さっきから大きな魔法が使われているみたいだけど、なにがあったの?」と言いながら、ノワールさんとジゼルが屋敷の中から出てきた。
「このお嬢さんが儂に挑んできたので相手をしているだけじゃ」
「へー、ギルバートに挑もうなんて物好きな子もいたものね」
「先生。こんな小さい子が相手なんだから、怪我をさせないようにしてくださいね」ジゼルも僕と同じような不安を抱いているように、そう言った。
師匠が魔法は、いくつもの師匠の分身ともいうべき存在を30体ほど作り出した。“魔力感知”と“魔力探知”だけで相手の存在を把握しようとすれば、その“闇の分身”を誤探知してしまうという、闇の中で戦うことが多い師匠の得意とする魔法だ。
少女は、その幾つもの“闇の分身”に向かって、攻撃を加えていったが、それらの全ては本物の師匠ではなかった。
師匠は、一人で“闇の分身”に向かって斬りかかっていく少女を少し離れた場所でただ見つめているだけだった。
少女が全ての師匠の分身を斬り終わると、師匠はまた50体ほどの“闇の分身”を作り出した。
少女はまたその分身に向かって斬りかかっていく。その繰り返しが何度も行われた。
僕は、畑仕事をしながらその様子を見ていたが、結果常に同じだった。
ノワールさんは最初の方こそ興味深げに少女を誤の戦う姿を見ていたが、段々と飽きて来たようだった。
ジゼルは、常に心配そうに少女のことを見つめている。
やがて日が暮れはじめて、畑仕事を終える時間がきた。
「師匠。そろそろ仕事を切り上げようと思いますが、よろしいでしょうか」僕は師匠に声をかけた。
「うむ、良いぞ。今日はこの辺にしておこうか」師匠がそう答えると、少女はその声を頼りにしたように師匠に向かって斬りかかってきた。
師匠はその斬擊を軽い調子で“闇の盾”で防いだ。
「さて、儂らはそろそろ夕飯の時間じゃから。いつまでもお主の相手をしておられんぞ」師匠が少女に話かけた。
少女はそれを聞いて、構えていた巨大な魔剣を下ろした。
「わかりました。今日のところは勝負預けます」
「それなら、お主も儂らと一緒に夕食を食べていくが良いじゃろう。今から街に戻るのも時間がかかるじゃろう」
「問題ない。明日もまた来る」
「そんなこと言わずに、食べていきなさいよ」
「そうよ。一緒に食べていきましょう」
ノワールさんと、ジゼルが口々にそう少女に進めた。
「わかった。その言葉に甘えよう」
「それなら、今日は賑やかな夕食になりそうじゃな」
その言葉を聞いてジゼルは嬉しそうな表情をした。ノワールさんも心なしか顔をほころばせている。
僕たちはそうして、揃って屋敷に入った。
その日はジゼルが特別腕を振るったと思われる料理が食堂の食卓に並んだ。
少女は、やはり空腹だったようで、その料理を淡々と素早く食べ終えた。
「どう、私の料理は美味しい?」ジゼルが少女に聞いた。
「私にとって食事は栄養補給の手段にすぎない。味は関係ない」
「そう……」ジゼルは少し寂しそうだ。
「ただ、料理の味に対する評価を求められるなら、美味」
「良かった」ジゼルの表情に笑みが浮かんだ。




