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殺人事件9おまけ

 最近、屋敷の中がなんとなく変だ。


 ジゼルとは、以前と同じように話ができるようになったんだけど、今度は師匠とノワールさんの様子がおかしい。


 なんとも表現しにくいんだけど、なんとなく関係がぎこちないというか、よそよそしいような気がする。


 二人とも僕とジゼルに妙に気を使うような態度で接する。


 それでいて二人とも僕たちのいないところで、いつも何か言い争いをしているみたいだ。


 二人が言い争っているところに、不意に僕かジゼルが来ると二人は途端に言い争いをやめて、白々しくその場を取り繕うとする。


 一体、何が原因で屋敷がこんな状態になったのかわからないまま、僕たちは何日か過ごした。


 その日も僕とジゼルがラウンジに入っていくと、今まで言い争いをしていたと思われる師匠とノワールさんが黙りこんで、お互いに目をそらした。


 さすがに、業を煮やした僕は師匠とノワールさんに何があったのか聞くことにした。


「どうしたんですか? 二人とも最近なんだか妙ですよ。僕たちがいないところではいつも喧嘩しているみたいだし、態度もなんだか様子がおかしいし、何があったんですか?」

 僕がそう言うと、師匠は長いため息を一つついてから、意を決したような態度で僕とジゼルの方を向いた。

 ノワールさんも僕たちを見ている。


「実はのう、この前の晩のことなんじゃが」


「この前の晩っていつの日のことですか?」


「その、お主があの殺人犯を殺した数日後の日の晩のことじゃ」

 師匠は『殺人犯を殺した』というところで言いにくそうに言葉を濁すようにして言った。

 確かに、僕はいまだにあの事を心の中で引きずっている。あんな経験で受けた心の傷はそう簡単に消えるものではない。

 あの時、師匠が言ったようにこれからの人生の中で償う方法を見つけだしていかなくてはいけない。


 多分、僕一人だったら罪悪感の重さに押し潰されていたことだろう。

 でも、僕にはジゼルがいるし師匠もノワールさんもいる。そのことを支えにしてどうにか立っているに過ぎない。


「それで、あの晩のことがどうしたんですか?」


「いや、あの晩お主は、その、ジゼルとベッドをともにしたじゃろ」


「え!?」


「そのなんだ。儂もお主のことが心配で“魔力探知”でお主のことを探っておったんじゃ。そこへジゼルがお主の部屋に入っていくのが感じられてな」


「師匠!」

 僕はその時、師匠と出会って以来初めて師匠に対して怒りを感じた。


「いや、断じて儂も下卑た思いで様子を伺っていたわけではない。誓ってもよい」

 師匠もこの場合は僕に怒られることを、甘んじて受けなければいけないと思ったらしく、話し方が言い訳じみていた。


 僕はそんな様子の師匠を見ていると肩から力が抜けていくのを感じた。


「それで、どこまで“魔力探知”をしていたんですか?」


「お主たちが、ベッドに入るところまでじゃ。さすがにそれ以上様子を伺うのは気が引けるし、野暮というものだと思ってのう」


「はあー。そうですか」

 今度は僕がため息をつく番だった。


「それで、そのことが師匠とノワールさんの喧嘩に何か関係があるんですか?」


「その、なんだ。お主はまだ若いしそういうことをするには、まだ早すぎる気がするが、お主とジゼルがそういう関係になってしまったからには仕方がない」


 なんだか嫌な予感がする。


「その結果として子を授かるのは理の当然。そこで儂とノワールのどちらが、お主らの子供の名付け親になるかを議論しておったのじゃ」


 嫌な予感が当たった。

 僕は顔を火照らせながら、またため息をついた。


 あの晩僕とジゼルは、同じベッドで手を繋ぎながら寝ただけだ。あの時のジゼルの手は少し震えていた。

 僕が安心させようとして、少し強く手を握るとジゼルは軽く手を握りかえしてきた。逆にジゼルの方から強く手を握ってきたこともあった、そうすると僕はジゼルがそうしたように軽く手を握り返した。

 あの時間はどんな言葉よりも雄弁に僕とジゼルの気持ちを語っていたような気がする。

 僕たちはそうしているうちに、どちらからともなく眠ってしまい朝、僕が目を覚ましたときには部屋にジゼルの姿はなかった。

 これがあの晩、あったことの全てだ。


「そこでじゃ。愛弟子と言えば儂の子供、いや年齢差を考えればお主は儂の孫も同然。当然、儂に子供の名付け親になる権利があると思うのだが、どうじゃ?」


「あら、それを言うなら私はジゼルの庇護者も同然よ。私に名付け親の権利があるはずよ。それに私を名付け親にすれば、その子には漏れなく暗黒神の祝福が与えられるわ」

 ノワールさんが、師匠に対抗するように口を挟んできた。


「師匠、それにノワールさんも、僕とジゼルの間にはそういうことは一切ありませんから心配は無用です」

 僕は同意を求めるためにジゼルの方を見た。

 ジゼルは顔面から火が出るのではないかと思うほど、顔を真っ赤にさせて恥ずかしそうにうつむきながら肩を小刻みに震わせていた。


「はい。私とアルバートはまだ、そんな関係ではありません」

 ジゼルは絞り出すような、か細い声でそう言った。


「ふーん、どうやら本当みたいね」

 ノワールさんが言った。


「それより、ジゼルあなた“まだ、そんな関係じゃない”って言ったわね。“まだ”ということは、これからそういう関係になる予定があるってことよね」


「いいえ。それは、言葉の綾というか」

 ジゼルの言葉の最後の方は声が小さすぎて聞こえないほどだった。


 ジゼルの言葉を聞くうちに僕もさらに顔が火照った。ジゼルは今にも消え入りそうだ。


 ノワールさんは、ジゼルのその言葉を聞いて「ふーん」と言うだけで、その言葉が本当だとも、嘘だとも言わなかった。


「なんじゃ、結局は儂らの取り越し苦労だったわけか、しかし、それも良いじゃろう。これからどうなるかわからない方が楽しみも多いじゃろうしのう。クェックェックェッ」

 師匠はそう言ってあの邪悪さを連想させる評判の悪い表情を浮かべて笑った。


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