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殺人事件7

 □□□


 満月の光が降り注ぐ夜の街の中を、僕とジゼルは手を繋ぎながら駆けるように師匠たちのもとへと急いだ。


 僕たちは“闇潜伏”で姿を隠していたので、手を繋がないと相手のいる位置を見失ってしまうのだ。


 僕は“魔力感知”を使えばジゼルのいる位置を把握することができるのだが、ジゼルは“魔力感知”を使えないので、こうするより他に仕方がない。


 繋いだ手からジゼルの手の温度が伝わってくる。やや暖かい。馬鹿馬鹿しい話だけど、僕はさっき“闇潜伏”を使う前に見たジゼルが、月の光の照り返しを受けてまるで美しい人形のように見えたので、ジゼルが人並みに体温を持っていることに安心した。


 夜の街には人影がなく、まるでこの街には僕たち二人しかいないんじゃないかと錯覚させるような静けさだった。


 やはり、最近の殺人事件の影響で街の人たちも夜間の外出を控えているのだろう。


 こんな時期に夜間外出しようなんて考えるのは、よっぽど腕に自信があるか、それともよっぽどの物好きだけだろう。


 僕は腕に自信がないので、どちらかと言うと物好きのほうだろう。


 でも、今の僕にはこのジゼルと繋いだ手の感触がある。

 それは僕にジゼルのためなら、何でもしてあげようと思わせるのに充分なものだった。


 師匠が地図に書き込んでいた、今夜の警備地域まで来た。

 相変わらず人の姿はない。

 師匠だけなら“闇潜伏”で姿を隠しているだけだと思うのだけど、囮役のノワールさんの姿まで見えない。


 僕は“魔力感知”と“魔力探知”の能力を最大にして、師匠たちがどこにいるのかを探った。


 すると、ここからそんなに遠くない場所で使用されている魔法が僕の“魔力感知”に引っ掛かった。


 僕たちは“魔力感知”を便りに街の裏路地の中に入った。

 路地の奥には師匠とノワールさんが立っていて、その足元には“闇の拘束”で拘束されている人が倒れている。


 僕は僕とジゼルにかけていた“闇潜伏”の魔法を解き、師匠たちの前に姿を現した。


 師匠は僕たちを見ると「なんじゃ、お主たちだったのか。儂の“魔力感知”と“魔力探知”に反応があったから、何者かと思ったぞ。それにしてもお主たちには宿屋で待っておるように言っておいたのに外出するとは、どうやら儂はお主らを叱らなければいけないようじゃ」


「すいません、師匠。でもこれには事情があったんです」

 僕はそう言ってからジゼルの顔をちらりと見た。申し訳なさそうな顔をしている。


「ところで、この倒れている人は誰ですか?」


「こやつは、 例の連続殺人犯じゃ。ようやく捕まえたわい」


 倒れている男は何やら絶え間なく小声でぶつぶつと呟いていた。耳をすましてきいてみると時々「天才」だとか「魔法」だとかいう単語が聞こえてきた。


「師匠、この犯人はどうしたんですか?」


「うむ。犯行の動機を聞き出そうとしたらこうなった。現実逃避でもしているのじゃろう。精神の脆い奴じゃ。それでもこやつが為したことに対しては報いを受けてもらわなければならん」


「どうするんですか?」


「まあ、今回は何もせんよ。このまま衛兵の所に連れていくだけじゃ。もしかしたら儂らに先を越されて面子を失った衛兵たちから嫌みの一つも言われるかもしれんがのう。まあ、そんなことは些細なことじゃ」


「でも、とりあえずはこれで一安心ですかね」


「そうじゃのう。まだこやつには素性だとか魔法のこととかを聞き出したいところではあるが、この調子ではのう」


 突然、僕の“魔力感知”が反応した。

 風が硬質化した刃となって隣にいたジゼルに襲いかかって来る。

 殺人犯の呟きはいつのまにか呪文の詠唱となっていたのだ。


 僕はとっさに“闇の盾”を具現化させてジゼルを守った。

 “風の刃”は僕の“闇の盾”に防がれて、その効力をなくした。


 殺人犯はすでに次の攻撃に移るために、呪文を詠唱している。


 僕はジゼルを守らなければいけないということで、頭がいっぱいになりながら、殺人犯の動きを止めるために“闇の刃”を殺人犯に向けて放った。


『大丈夫だ。呪文の詠唱を必要としない分、僕の方が早い』


 そう思いながら具現化した僕の“闇の刃”が倒れている殺人犯の喉を切り裂いたのは、師匠の“闇の拘束”が殺人犯の口を塞ぐのと、ほぼ同時だった。


 殺人犯は“闇の拘束”で身動きできない中で1分ほど必死に身悶えしていたが、やがてその動きを止めた。


 ノワールさんが殺人犯に近づいて様子を確かめてから「死んだわ。ほぼ即死に近いわね」と言った。


 死んだ?

 死んだとは、どういう意味だ?

 僕が殺したのか?


 僕はわけがわからず、混乱して自問自答を繰り返した。

 僕が誰か他人を殺したという事実が受け入れられなかった。

 放心している僕を気にせずにノワールさんが殺人犯の死体を探った。


 ノワールさんは「あったわ」と言って、死体が首から下げていた銀色の鎖つきの銀のメダルを取り上げた。


「これが、魔力増幅装置の役目をしていたってわけね。これを持っていれば魔導適性さえあれば、誰でも一流の魔術師になれるわ」


「そんなものを持っておったのか。いずれ名のある魔導師が作ったものに相違ないじゃろうな。どこでこんなものを手に入れたのか、今となってはもうわからんがの」


「ジゼル」とノワールさんが僕同様放心している様子のジゼルに声をかけて、さっき取り上げたばかりのメダルを見せた。


「これは、あなたが持っていなさい。さっきも言った通りこのメダルさえあればあなたでも一流の魔法使いになれるわ。風の魔導適性に対応しているみたいだから丁度いいわ」


「嫌です。そんな殺人に使われていたものを身につけるなんて。穢らわしいです」

 ジゼルは叫ぶようにそう言った。


 すると、ノワールさんは急に険のある厳しい目付きになった。


「これは命令よ。ジゼル」

 声まで厳しい語調を帯びていた。


「でも」

 ジゼルは戸惑っている。


「それじゃあ、少しだけあなたの運命を教えてあげるわ。あなたはこれから先、何度も死んだ方がましだと思う目に合うことになるわ。でも、私もグレゴリーもアルバートもいつもあなたを助けてあげることはできない。だから、あなた自身が強くなる必要があるの。あなたはまだ勘違いしているみたいだから言ってあげるけど、私とあなたが出会ってから、もう何人もの人間が死んだわ。あなたは、もう人間たちの童話に出てくるような、森の中で歌を歌いながら清廉に暮らすエルフじゃないのよ」


 ジゼルは無言だ。


「いい? 生きるのよ。これは命令よ、ジゼル。生きて生きて生き抜くのよ。たとえ泥水を啜ってでも生き延びるなんていう表現が生易しく感じられる状況に陥っても生き抜くのよ。そのためにはあなたには力が必要なの。だから、このメダルを身に付けなさい」


「……はい、わかりました」

 ジゼルは消え入りそうな声でそう言うと、ノワールさんからメダルを受け取り胸のところで握りしめた。


「さて、それではノワール。死体の処分を頼めるかのう」


「ええ、わかったわ」

 ノワールさんがそう言うと、殺人犯の死体は地面を穿つように広がった闇の中に消えていった。


「何を、したんですか?」


「死体を異空間に送り込んでもらったのじゃ。死体がなければ誰も捕まることはない。なにしろ殺人の証拠といえば儂らが聞いた殺人犯の言葉だけじゃからのう。勝手に人を捕まえて私刑(リンチ)にかけたと思われてもつまらんからな」


「でも、確かに僕があの人を殺したんですよ。それなのに何の咎めも受けずにいるなんて、そんなの間違ってますよ」

 僕は言ってから、改めて自分が人を殺したという罪悪感と虚脱感に襲われた。


「それなら、お主の好きにすれば良い。ただ儂はお主をこの程度のことで失いたくはない」


「“この程度”って言っても人が死んだんですよ。それも僕が殺したんだ」


「そうじゃな。“この程度”は失言じゃったの。儂は戦争で人の死を見すぎたようじゃ。とりあえず、今夜は宿屋に戻って朝になってから改めてこれからのことを考えよう」

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