殺人事件2
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それは、おだやかな陽光が窓から差し込む気持ちの良い朝のことだった。
僕たちが朝食をとっていると、玄関のドアが手荒く何度も叩かれた。
“魔力探知”で様子を探ってみると、どうやら5人ほどの人間が来たようだ。
「師匠、来客のようですが」
「はて、こんなに朝早くから何事じゃろうな。アルバートちょっと行って来て、お客人にご用をうかがってきなさい」
「はい。わかりました師匠」
僕が玄関ホールに行き、鍵を開けて、少しドアを開くとその隙間に手が差し込まれ荒々しく開かれた。
開かれたドアの向こうに5人の衛兵が立っていた。
「ここは闇魔術師グレゴリー・ブラッグスの屋敷だな?」
先頭に立っていた衛兵が僕を睨み付けながら、怒気を含んだような低く大きな声で僕に言った。
それは、僕が日雇い仕事をしていた頃によく聞き慣れた、有無を言わせぬ力で相手を屈服させようとする声だった。
「はい、そうですけど、ご用はなんでしょうか」
「我々は、ブラッグスに用がある。入るぞ」
と衛兵は言うと、僕が了承の言葉を口にする前に強引に僕を押し退けて屋敷の中に入ってきた。
「ブラッグスはどこにいる? 隠しだてするとためにならんぞ」
「師匠なら、食堂で食事をしていますが」
僕は、衛兵の態度にうんざりして、思わずため息をつきそうになったのをこらえて答えた。
「食堂はどこだ。案内しろ」
「わかりました。ついてきてください」
僕は断っても無駄だと思って衛兵たちを案内することにした。もしも、僕が断ればこの人たちは勝手に屋敷中のあちこちを強引に探そうとするだろう。
それにしてもこの人は、いちいち高圧的にならなければ話ができないのだろうか。
それが仕事上のものだとしても、相手にするのは面倒くさい。
僕が衛兵たちを食堂につれていくと、案の定師匠はまだ食事をしていた。
衛兵たちは、食堂に入るなり師匠に駆け寄って、取り囲んだ。
「これは、何事ですじゃ?」
師匠がのんきに尋ねた。
「グレゴリー・ブラッグス貴様を殺人の容疑で拘束する。大人しくしろ」
「は?」師匠が呆気にとられている。
「は?」僕も呆気にとられた。
「は?」ジゼルも呆気にとられている。
平然としているのはノワールさんだけだ。
衛兵たちが、師匠の体に縄をかけた。
「これは何かの誤解じゃ。何のことやらさっぱりわからん。儂は何もやっとらん」
師匠は抵抗するような声で言ったが、衛兵は構わず師匠を引っ立てた。
僕とジゼルがそれに抵抗するように衛兵たちの前に立ちふさがろうとしたが、師匠が「やめよ、アルバート、ジゼル。これはただの誤解じゃ。誤解が解ければすぐに解放される。だから、抵抗するではない」と言ったので僕とジゼルは衛兵たちに道を譲った。
「さようなら、グレゴリー。暇があったら会いに行くからねー」
とノワールさんが殊勝そうな顔をして、師匠に手を振った。
「何を言っておるか、ノワール。ふざけてる場合ではないぞ。大体お主は年中、暇にしておるだろうが」
と師匠が言い返した。こういう所がなんかいまいち緊張感に欠けるなー。
師匠が拘束されたまま衛兵たちが乗ってきた馬車に押し込まれて、屋敷から去って行くのを見届けてから僕とジゼルは、食堂にいるノワールさんのところへ戻った。
ノワールさんはわざとらしく深刻そうに頭を抱えていた。
「何て言うことなの。殺人の罪で拘束だなんて、グレゴリーがそんな罪を犯していたなんて全然気がつかなかった」
「ノワールさん。冗談も時と場合をわきまえて言ってください」
僕は珍しくノワールさんに注意した。ジゼルもうんうんと、うなずいて同意している。
「何よー。つまらないわね」
「そんなことより、師匠はどうなってしまうのでしょうか?」
「まあ、殺人の罪って言ってたから、確かに重大かもね。それにこんな朝からやってくるなんて、あらかじめグレゴリーを拘束する用意をしていたんでしょうね」
「僕たちは、どうしたらいいんでしょう?」
「とりあえず、朝食を全部食べたら?」
「ノワールさんは、なんでそんなに平然としていられるんですか」
「だって、グレゴリーがその気になれば、どんな拘束も意味をなさないし、極端な話、死罪を言い渡されて死ぬ直前にであろうと逃げ出すことができるわ。それに私もいるしね。グレゴリーは自分が冤罪である限り絶対に罰を甘んじて受けるような人じゃないわ。何よりも私たちがグレゴリーの無罪を確信しているでしょ」
「そうですか、そうですよね」
「でも、確かに殺人の容疑っていうのは面倒ね。何か手を打たないと。アルバート、ジゼル。朝食が済んだらすぐに街にいくわよ」
「わかりました」
「はい。ノワール様」
と僕たちはそれぞれ返事をしてから、朝食をかきこむようにして食べ終えると、後片付けもそこそこに街に向かった。畑の野菜の様子を見ないで出かけてきたので、あとで師匠に怒られるかもしれないと思ったが、今はそんなことを考えている場合じゃない。
とりあえず、街についた僕たちは無理だろうけど屯所に師匠のことを尋ねてみることにした。
だけど、結果は予想通り師匠が拘束されているということを知らされただけで、門前払いを受けた。
念のためノワールさんが異空間に潜って、そこから中の様子をうかがって来たけど、何やらひたすらアリバイなどを詰問されているようで要領を得なかったとのことだった。
次に僕たちはノワールさんの提案で、冒険者ギルドに行くことにした。
なんで冒険者ギルド? と思ったが、ノワールさんには何か考えがあるようだ。
冒険者ギルドに入ると、まだ人が少なかったが、その少ない男性の冒険者たちがノワールさんとジゼルの姿を見て、どよめいた。
僕は、こういう風に周囲の男性たちが、ノワールさんとジゼルの美しさを見て色めき立つという場面に、ある程度馴れてしまっているのだが、ジゼルは未だにそういう視線を浴びると恥ずかしそうにする、ノワールさんはいつもと態度が変わらないけど。
ノワールさんは、まっすぐにギルドの受付嬢さんの前に行った。
「あの、どのようなご用でしょうか?」
受付嬢さんが、ノワールさんに尋ねた。
「ギルド長のアルフレッド・ウィリアムズに会いたいから、グレゴリー・ブラッグスのところのノワールが来たと伝えて」
「あの、ギルド長は今、仕事中なのでお会いできるかわからないのですが」
受付嬢さんが困った顔で答えた。
「ついでに、グレゴリー・ブラッグスのことで緊急の用件があると伝えてちょうだい」
ノワールさんは、構わずに続ける。
「わかりました。では、少々お待ちください」
受付嬢さんは、椅子から立ち上がると奥にあるドアを開けて小走りで中に入っていった。
数分後、受付嬢さんが戻ってきた。
「ギルド長がお会いになるそうです。こちらにおいでください」
という受付嬢さんの言葉にしたがい、僕たちも奥のドアの中に入った。
受付嬢さんについて歩くと、廊下の端に“ギルド長室”という札がかかっている部屋の前にきた。考えるまでもなく、ここにギルド長がいるのだろう。
僕は、ギルド長に会うのが初めてなので緊張してきた。
受付嬢さんは、
「失礼します。お客様をお連れいたしました」と言うと、部屋の中から「よろしい。お通ししてくれ」というやや響くような低音の声の返事が返ってきた。
僕たちは受付嬢さんに「どうぞ」と促されてギルド長室の中に入った。
ギルド長は、壮年の大柄の男性で服越しにも筋肉の盛り上がりがわかるような体格をしていた。恐らく元冒険者なのだろう、もしくは戦争に行っていたか、その両方か。とにかく一見してただの事務仕事が専門の人間ではないことが明らかだった。
ギルド長は、その精悍に引き締まって骨ばった顔に柔和な笑顔を浮かべて机越しに椅子に座っていた。
「これは、お久しぶりです。ノワール様。今日はどのようなご用向きでしょうか」
どうやら、ギルド長とノワールさんは知り合いのようだ。
「お久しぶりね、ウィリアムズ。前置きは抜きにさせてもらうわ。実は、グレゴリーが衛兵に拘束されたの」
「ほう、またですかな。まったく毎回毎回、衛兵たちにも困ったものですな。よろしい、うちの者を身元保証人にして使いにやらせましょう」
「今回は違うのよ、ウィリアムズ。いつもみたいに不審者として拘束されたわけじゃないのよ。殺人の容疑で拘束されたのよ」
「何と、殺人の容疑で。ということは最近、街を騒がせている連続殺人に関することでしょうか」
「わからないわ。突然、衛兵がやって来て、突然、殺人の容疑という理由で拘束されたんだから」
「いや、今の状況下で闇魔法使いのブラッグス様が拘束されるというのは、連続殺人関係の可能性が高いでしょう」
「なに、その連続殺人って? 何か心当たりでもあるの?」
「実は最近、街で同一人物の犯行と思われる連続殺人が横行しているのです」
「それと、グレゴリーにどんな関係者があるの?」
「容疑者は皆目わかっておりませんが、被害者は全員攻撃魔法によって殺されているのです。衛兵の方も手をこまねいているわけではありませんが捜査の進捗状況はあまり、芳しいものではない、というよりも全く進んでおりません。そこで上からせっつかれた衛兵たちは何らかの成果を示す必要に迫られることになっているようです」
「なるほどね、そこでグレゴリーの出番というわけね」
「ええ、言いにくいことではありますが、ブラッグス様の街での評判はあまり良いとは言えません。ご存知の通り何度も屯所に連れていかれていますしね」
「それで、衛兵たちはどの程度の確信を持ってブラッグスを拘束したと思う?」
「さあ、どうでしょうな。とりあえず、怪しい魔術師を拘束して当たりが出たら儲け物とでもいったところか、それとも半信半疑といったところか。とにかく、私はグレゴリー・ブラッグス氏の高潔な人間性を存じております。ですから氏が無抵抗の相手に攻撃魔法を放つなど、到底信じられるものではありません。それに日頃ご恩顧を賜っておりますので、私もこの件に関して協力を惜しみませんぞ」
「それは、ありがとう」
「それにうちのギルドに登録している魔術師たちも何人か容疑者として拘束されておりますからな。この事件もあながち他人事ではありません」
「それで、私たちはどうしたらいいと思う?」
ノワールさんも先のことはあまり考えていなかったのか。
「とりあえず、私が自ら屯所に出向いてブラッグス様を解放してもらえるように掛け合ってきます。皆様は帰宅して吉報をお待ちください」
「わかったわ、あとは任せたわよ。さあ、行くわよあなたたち」
と言ってノワールさんは部屋を出て行った。
僕とジゼルもギルド長に「失礼しました」と挨拶をして、ギルド長室を出た。
冒険者ギルドから出た僕たちは、これからのことを相談しようとした。
「それで、これからどうするんですか? ノワールさん」
と僕はノワールさんに聞いた。
「さっきの聞いたでしょ。さしあたり、することもできることもないわ。とりあえず、屋敷に帰ってウィリアムズの言うとおり良い知らせを待ちましょう」
「そうですよね。でも、師匠が無罪なのは確実なんだから、誤解が解けたらすぐに解放されますよね」
「だといいけど。どうなるかしら、何しろ魔法がらみの事件だから。それも強い魔法が関わっている気がするわ。とにかくグレゴリーの身柄を返してもらわないことには動けないわ」
ノワールさんにも珍しく先行きの見通しが立たないらしい。




