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殺人事件1

 □□□


 私は戦争が嫌いだ。

 戦争は痛い。

 戦争は苦しい。

 戦争は臭い。

 戦争は汚い。

 戦争は辛い。

 戦争は空腹になる。

 戦争のときは眠れない。

 戦争は疲れる。

 戦争は怖い。

 戦争は悲しい。


 戦争は嫌いだ。

 戦争は被害者を産む。

 戦争が大きくなればなるほど被害者も多くなる。


 戦争の被害者は悲しい。

 戦争の被害者はかわいそうだ。


 私はかわいそうな戦争の被害者だ。

 戦争さえなければ私は幸せだったのだ。

 戦争が私から全てを奪った。


 私は、天才だ。

 数少ない魔導適正の持ち主だ。


 戦争さえなければ、私は皇都にある皇立魔導学園に入学していたはずだ。

 学園で私は天才である私にふさわしい扱いを受けたことだろう。

 誰もが手こずるどんな魔法系の教科でも完璧にこなし、誰もが倒せなかったどんな魔物も私の放つ攻撃魔法の前に一撃で倒れる。


 周囲の私の学友という地位を与えられた凡人どもは、私の活躍する姿を崇拝するような目で見て、その尊敬の念を必死に態度で示そうとする。

 学園中の誰もが私からの友情や愛情を勝ち取ろうと必死になる。

 私は優しい。優しいからそんな周囲の様子を見て凡人どもに、自分をもっと普通の一生徒として扱ってほしいと言う。

 でも、凡人どもは私のそんな言葉に従わず、むしろ天才である私のそんな謙虚な言葉に更に尊敬の念を強める。


 教師もそうだ。皇立魔導学園の教師という魔導のエリートでありながら、学生である私に魔法の実力で追い抜かれていることを自覚しながらも、それを隠してなに食わぬ顔をして私に接している。その事実を他の凡人生徒たちに気づかれないように、裏では私のご機嫌を取りに来る。

 優しい私は、そんな教師たちの態度に同情して、できるだけ自分の真の能力を隠そうとする。

 だが学園中の凡人どもは既に私が教師よりも強大な力を持っていると気がついているのだ


 学園生活は、そんなものか。学園を卒業したらどうなっていただろう。

 卒業する前には、私が天才であることが周囲にバレてしまっている。

 卒業した後はやはり魔導関係の職業につくことになる。

 結果的に首席で卒業した、天才である私は引っ張りだこだ。


 天才である私にふさわしい職業は何だろう?。

 教育関連?

 医療関連?

 学術関連?

 商業関連?

 政治関連?

 軍事関連?


 いや、軍事関連は駄目だ。

 軍事関連に進めば嫌いな戦争に行かなければならなくなるかもしれない。


 でも第四一特殊魔導小隊ならば、どうだろう? と、私は思う。

 第四一特殊魔導小隊に所属している自分を想像してみる。

 あの魔術師たちのように強ければ、もっと戦争を楽しめるかもしれない。


 私はあのとき一兵士として、戦争に参加していた。天才である私が、ただの一兵士の地位に甘んじなければならないなどと、正に拷問に等しい。だが、私はその苦渋を堪え忍ばなければならなかった。

 私は魔導適正を持つ天才であると、徴兵検査のときにしっかりと検査官に告げたのに、私の魔導適正は小さすぎて魔術師としては不適格だと言われた。

 たが、そんなのは嘘だ。私は天才だ。そこには確かに悪意があったはずだ。誰か、私の才能を知る誰かが私の才能に嫉妬をして検査結果を改竄したのだ。


 嫉妬? いや違う。そんな生易しいものじゃない。それは愚かさだ、並外れた恐ろしいまでの愚かさだ。


 私は周囲を愚者に囲まれている。私ほどの才能の持ち主を見出だすことができないなんて愚者でなくてなんであろう。


 少しでも見る目があるのならば、私がただの一兵卒の器ではないことが誰にでもわかるはずだ。


 私は何を考えていたのだろうか、そうだ第四一特殊魔導小隊の魔術師たちについて考えていたのだ。


 戦場で第四一特殊魔導小隊の魔術師たちは凄まじいばかりの強さで敵軍を圧倒していた。

 私は共に戦うたびにあの魔術師たちのできるだけ、近くで戦えば生存率が高くなることを学んだ。


 近くで見る第四一特殊魔導小隊の魔術師の戦いぶりは、私がこうであるべき自分を思い出させてくれた。

 いつしか、私は第四一特殊魔導小隊の魔術師たちが受ける称賛の声は、本来なら私が受けるべきものなのではないかと思うようになった。


 だが、そんな第四一特殊魔導小隊の魔術師も必ずしも無敵でもなければ、不死身でもない。


 その魔術師は、私の目の前で敵兵士数十人からの突撃を受けて、槍で何ヵ所も刺されてしまった。魔術師は意識が残っているうちに周囲の敵兵士たちを皆殺しにして、敵が撤退していくのを見てから倒れこんだ。


 私は慌てて魔術師の元に駆け寄った。


 周囲に味方兵士も敵兵士もいない戦場の中に生じた不思議な空白の中で、私は魔術師の容態を確認した。


 息はすでになかった。


 私は急いで魔術師の死体から物を漁った。

 なぜとっさにそんなことができたのかは、わからない。

 私の魔術師に対する憧景の念がそうさせたのかもしれない。


 そして、私は魔術師が首からかけていた銀色のメダルを見つけた。メダルは掌に収まるくらいの大きさで、首からかけるためのやはり銀色の鎖がついていた。


 私はそれを奪い取ると、軍服のポケットに忍ばせて再び安全そうな第四一特殊魔導小隊の魔術師が戦っている場所を探した。



 戦争が終わった後、故郷に帰って来た私は職を探さなければいけなかった。

 それが今の職業だ。面白くもない誰にでもできる仕事だ。私にはもっとふさわしい高貴で才能を生かせる職業があるはずなのだが、私は相変わらず愚者に囲まれて生活している。私を見出だすことができる者はいない。


 私は苦り切った気持ちを鎮めるために夜の街に出掛けた。


 最近は夜の街で見かける人気(ひとけ)が少ない。私は少し落胆した。

 すると、目の前に酔っていると思われる女が佇んでいた。女の周囲には私しかいない。


 女は私を見ると一瞬驚いた顔をしたが、私が怪しい者ではないと説明すると、安心してしきりに媚びを売ってきた。


 この女も戦争の被害者なのだと思うと、哀れみの情が湧いてきた。この女も酔うことで現実を忘れるしかないのだ。


 私は、女を人気のない路地裏に誘った。

 女は素直についてきた。

 下半身の服を脱ごうとする女を止めて、私は女を路地裏の壁際に立たせた。


 そして、私は呪文を唱え女に向かって攻撃魔法を放った。


 私の体内を快感がかけめぐる。

 やはり、私は魔法の天才だったのだ。


 女の体は一瞬のうちに刃となった私の魔法に切り裂かれた。女の顔からは、さっきまでの媚びに満ちた笑みが消え、悲鳴をあげようとしている。


 私はそうはさせるかという気持ちと、更なる快感を求める感情に突き動かされて、呪文を唱え二発目の攻撃魔法を放った。


 今度の攻撃魔法は私が狙った通り喉笛を切り裂いた。

 女は悲鳴もあげずに倒れこんだ。恐らく死んだのだろう。ピクリとも動かない。今度も体に快感が走る。


 私は快感の余韻に浸って立ち尽くした。


 戦争から帰った私は、私が新たに得たこの魔法の力を誰かに使ってみたいという衝動に襲われるようになったのだ。

 魔導の修行はしたことがないが、本を買って独学で呪文を習得した。

 そして、今のように自らの力を思うままに他人に使って、死に至らしめるほどの力を自分が持っていることを確認して自尊心が満足し、快感を覚えるのだ。

 その時、私はあの第四一特殊魔導小隊の魔術師たちのように称賛のを受けるのにふさわしい力をもっていることを自覚する。

 戦場で多くの死を見てきた私がこの行為に罪悪感を感じることはない。


 戦争に行きさえしなければ、こんなことにはならなかったのに。


 戦争に行く前の私は虫も殺せないほどの優しい人間だったのに。


 戦争が私を変えてしまった。


 私は何も悪くない。戦争が悪いのだ。


 私は戦争の被害者だ。


 私は戦争が嫌いだ。

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