初めてのクエスト1
「アルバート。あなた少し背が伸びた?」
とジゼルが僕に話しかけてきたのは1日の勤めを全て終えて、ラウンジでみんなでのんびりしていたときのことだ。
僕たちは夕食後に各々、その日にやることの全てを終えた後は眠る前の自由時間となる。
それぞれの自室に戻って一人でいてもいいのだか、僕たちは何となく暗黙の了解のように大抵の時間は皆、ラウンジに集まることが多い。別に何をするというわけでもないのだが、時々、他愛ないことを話したり、全員がほとんど話さないときもある。話さない時でも僕たちは別に喧嘩をしているわけではない。喧嘩をしているなら、そもそもラウンジには来ない。
僕の場合はただ、皆でこうして一緒に時間を過ごしていくのが心地良いのだ。
「え? そうかな。自分ではわからないな」
「どれ、アルバートこちらに来てみろ」
と師匠が僕を自分の方に招いた。
僕が師匠のそばに行くと師匠は僕の頭の登頂部辺りに手をかざしたりした。
「ふーむ。やはり毎日一緒にいると小さな変化には気がつきにくいのう。だが、アルバートのくらいの年頃だと、毎日少しずつ身長が伸びても不思議はないのう」
そうなのだろうか? それでも今の僕の身長は長身の師匠の肩までも届かない。
「アルバート。お主はこの屋敷に来てからどのくらいになる?」
「1年と少しくらいです」
「なんと、もう1年以上がたつのか。年々、時間が過ぎていくのが早く感じられるのう」
「いやね。年寄り臭い」
と、ノワールさんが長椅子に寝そべりながらこっちを見て言った。
「実際、儂は年寄りじゃからな」
「それもそうね」
「ということはアルバート。お主は、もう14歳になったというわけか」
「はい」
「えー。アルバートの誕生日のお祝いしたかったなー」
とジゼルが残念そうに言ったが、誕生日を母親以外の人間に祝われたことがないので気にもしてなかった。
「そうか。この屋敷に来てから1年もたつのか。ということはお主が闇魔法の修業を始めてから1年たつということになるわけじゃな」
「はい」
「当たり前でしょう」
と、ノワールさん。
「話を混ぜっ返すではない」
師匠がノワールさんの方を見ながら言った。
「はーい」
ノワールさんが生返事を返す。
「それならば、アルバート。修業の一環として明日はクエストに行くことにしよう」
師匠が、僕の方を再び見ながら言った。
「はい、え?」
僕は一度師匠の言葉にうなずいてから、その言葉の意味を頭の中で再確認して驚きの声をあげた。
「大丈夫でしょうか? 僕なんかがクエストに行っても。足を引っ張ったりしないでしょうか?」
「案ずるなアルバートよ。明日のクエストは冒険者ギルドで初心者用の簡単な依頼を請け負って、全て儂が対応する。お主はそれをそばで見ているだけで良い」
師匠は僕を安心させるために、いつもの唇を歪める微笑みを浮かべた。
「畑の方は、朝様子を見て何も異常がなければ、最低限の仕事だけをして、その後街へ行くことにしよう」
「はい。わかりました師匠」
と、言ってから一気に緊張が高まってきた。
「では、そろそろ良い時間じゃし儂はそろそろ寝るとしようかのう」
そう言って師匠はラウンジを後にした。
それが合図になったのかのように、皆それぞれ自分の部屋へと向かった。
次の日、朝食をとり終えると僕と師匠は前日の夜に決めた通り畑を見て回り、異常がないことを確認した後、最低限の仕事だけをして冒険者ギルドに向かうことにした。
屋敷を出る前にジゼルは二人分の手作りの弁当を僕に手渡しながら少し興奮しているように、しきりに「がんばってね」と僕に言った。
ノワールさんもついでのように「グレゴリーがついているから大丈夫だと思うけど、転んだりしないように気を付けてね」と言った。
屋敷を出て街に向かう途中、僕は緊張していたが、その緊張はやがてこれから向かう冒険への期待を思いめぐらせることにより、心地良い高揚感へと取って代わった。
師匠は街に着くとまず、冒険者用の道具や雑貨を扱う店へと入って行き僕もそれに続いた。
師匠は一度、軽く店内を見回すと薬品類が置いてある棚を指差した。
「良いか、アルバート。クエストをこなすに当たってこれらのポーション、傷薬、毒消しなどは必需品じゃ。必ずクエストに行く前に手持ちの数を確認して、足りなければ必ず補充するのじゃぞ。これらの数が生死を分けることもある」
「はい」
「それと、薬品類の相場はざっと把握しておくことじゃ。高いものはもちろん効果が高い、金をケチってあまり安い物を買わないようにな」
「はい」
「それでは今日はとりあえず、これを貰おうか」
と、師匠は棚に並んでいたポーションを5個、傷薬、毒消しを一つずつ手に取るとカウンターでそれらを購入した。
「師匠。なぜポーションだけ5個も買ったのですか?」
「このポーションは気付け薬としても使える。今日は余分に必要になるかもしれんしのう」
「そうなんですか」
店を出ると、師匠は「本来は武防具屋にも行った方がよいのじゃが、儂らは魔法使いじゃし、あまり関係がないのう。お主に必要な杖やローブなどはいずれ時がくれば、屋敷にあるものをお主にさずけてやろう」と言った。
「さて、それでは冒険者ギルドに行くとしよう」
冒険者ギルドに行くのは二度目なので、前に来た時ほどは緊張しなかった。師匠が入っていくとまた周囲が凍りついたように沈黙するのは相変わらずだったけど。
ギルドの受付に行くと、前回来たときとおなじように僕たちと少し顔見知りの受付嬢さんが応対してくれた。
「この子の冒険者登録をしてほしい」
師匠はちらりと僕を見ながら言った。
「はい。わかりました、でも随分若いみたいですけど大丈夫ですか?」
「何、しばらくは儂の後ろに連れて行くだけだから心配無用じゃ」
「それでは、こちらにご記入してください」
受付嬢さんは僕に紙とペンを手渡した。
紙を見るとそこには、様々なプロフィールを記入する欄があった。
僕はそれに記入した後、紙とペンを受付嬢さんに返した。受付嬢さんはその紙に判を押すと、それをさらに奥にある部屋へと持って行った。
「それでは、これでアルバート・シルヴィア様の冒険者登録は終わりました。これからは冒険者として活動することができます」
戻って来た受付嬢さんは僕にそう言った。僕は一応受付嬢さんにお礼をいって師匠とその場から離れた。
「アルバート、ではこちらへ来い」
「はい」
師匠は依頼書が何十枚も貼られている掲示板の前に連れて行って、その掲示板を指差した。
「この貼られているクエスト依頼書から、自分が達成できそうな物を剥がして受付へ持って行くのじゃ。報酬の高い物はそれ相応に達成難易度が高い。自分の実力に不相応なクエストを引き受けると命取りなるから気を付けるように」
「はい」
「それでは、今日はどのクエストを受けようかのう。うーむ、初心者向けにゴブリン退治でもあれば良いのだが、手頃なのがないのう」
「そうなんですか」
「おっ。これはちょうど良いかもしれんのう。西の森にある洞窟にゴブリン20匹ほどとオーガ1匹が棲み着いて近くに通りかかる旅人や、住人を襲っているので討伐を依頼、か。ゴブリンの群れにオーガが一匹混じっている中途半端な依頼なので他の者は二の足を踏んでいるのだろう。ふむ」
師匠は数秒考えているようだった。
「良し。この依頼にしよう。まあ、問題ないじゃろう」
そう言って師匠はその依頼書を剥がすと、それを受付嬢さんのところへ持って行ったので、僕もそれに続いた。
「依頼書を確認しました。それではクエストを開始してください」と、受け付け嬢さんが言うのを聞いてから、早速僕たちはギルドを出てゴブリンとオーガが巣くうという西の森の洞窟へ向かった。