闇魔法占い3
ノワールさんは椅子から立ち上がると、姿を現した僕たちの方に近づいてきた。
「ジゼル。あなたも来なさい」
ノワールさんがジゼルにそう声をかけると、ジゼルもその言葉に従い「はい」と返事をして、僕たちの所にやって来た。
結果、僕たちは輪になって角をつきあわせる形になった。
「あの娘。殺されるわよ」
そう小声で怖いことを平然と話し始めたのはノワールさんだ。
「そのゴルドーという男にか?」と師匠も小声で問い返した。
「ええ」
「確率としてはどのくらいじゃ?」
「確率としては十中八、九といったところね。もしも、運良く殺されなくてもゴルドーってヤツの暴力に抑えつけられるでしょうね。もしも、何も手を打たなければの話だけどね」
「先生。なんとかしてあげられないのでしょうか? このままじゃ、あの女の人があまりにも可愛そうです」
ジゼルが言葉の端から同情をにじませるようにして言った。
「ふーむ」
師匠はしばらく考え込むように、ため息をついた。
「どうするの、グレゴリー。あなたが乗り気じゃないなら今からでもあの娘に断ってくるけど? 私はどっちでもいいわ。あなた次第よ」
「そうは言っても、お主はあの娘に任せておけと言ったのじゃろう?」
「まあ、そうだけど。断るだけならなんとでもなるわ」
「アルバート。お主はどう思う?」
唐突に師匠が僕に話を振ってきた。
「僕も、師匠があの人のことをなんとかしてあげられるなら助けてあげてほしいです」
僕は正直に答えた。
「ふーむ。アルバートとジゼルもこう言っておることじゃし、しかたがないのう。何か手を打つか」
「やっぱりね。あなたならそう言うと思った」
ノワールさんは少し嬉しそうだ。
「ふん」
師匠はわざとらしく少し不機嫌そうにして鼻を鳴らして、ノワールさんの言葉に答えた。多分、自分がノワールさんの思い通りに行動することになったのが照れ臭いのだろう。
「それでは。あの娘にそのゴルドーという者の居場所を聞いてきてくれ」
「わかったわ」
ノワールさんは早速ヒーリングさんの前に戻り、ゴルドーという人の住所と立ち寄りそうな場所を聞き出した。
「もう安心して。あの闇魔法使いたちが、ゴルドーってヤツに話をつけてきてくれるから」
ノワールさんはヒーリングさんにそう言葉をかけた。
「でも一応、あなたを保護するためにあの人たちが話をつけてくるまで私たちの側にいなさい。アルバート、そのグレゴリーが座っていた椅子を私たちの近くに持ってきて」
僕がその指示に従うと、ノワールさんはヒーリングさんをさっきまで師匠が座っていた椅子に座らせた。
「でも、その闇魔術師さんとゴルドーの話が上手くいかなかったら、私は、いえ私たちはもっとひどい目にあわされませんか?」
ヒーリングさんが卑屈そうに言った。
「大丈夫よ。私たちはこういうことに馴れてるから、もしグレゴリーの要求を突っぱねることができる人がいるのなら、そっちの方がむしろスゴいことだわ」
「そう、ですか」
ヒーリングさんはまだ不安そうにしている。
「では、行ってくる。行くぞアルバート」
ノワールさんとジゼルが再び椅子に座り直したのを見て、師匠はそう言った。
「いってらっしゃい」
「ちょうど夕闇が空を覆い出してきたし、頃合いも良いじゃろう。アルバートよ、闇魔法使いというのは闇の中にいたり夜の暗さの中にいるほど有利になるのじゃ」
「はい。師匠」
師匠は、僕にさっきヒーリングさんから聞いたゴルドーの家の住所に、先行して向かうように伝えると、再び“闇潜伏”を使い影の中に姿を隠した。
ゴルドーの家を目指して僕たちは、歩いていく。
僕は日雇い仕事をしていたときに街中を歩き回るお使いの仕事もしていたため、この街の地理住所には人よりも明るいのだ。
それにしても、師匠の“闇潜伏”は見事なものだ、街にある建物の影を伝うようにして歩き、その姿を完全に消し去っているようだった。
僕ですらも“魔力探知”を使わなければ、師匠の存在を把握できない。
恐らく師匠が、その気になれば僕の“魔力探知”など無効にすることもできるのだろうが、わざと僕に存在感を示すためにそうしないのだろう。
しばらく歩いていた僕たちは、ゴルドーの家へと着いた。
師匠はその家の壁に身を寄せるようにして立つと、僕に「アルバート“魔力探知”と“魔力感知”を使って中の様子を探れ」と言った。
「中に誰か一人いますね」
「良し。良くできたぞ、アルバート。どうやら一回目で当たりを引いたようじゃ。では、これから儂の言うとおりにせよ」
「はい。師匠」
僕は、師匠の指示通りにゴルドーの家のドアをノックした。
「誰だ?」
家の中から威圧的な野太い声が聞こえてきた。
「ゴルドーさんですか?」
「そうだ」
「メリィ・ヒーリングさんから大切な言伝てを預かって来ました」
「メリィから? 良し、そこで言え」
「それがとても大切なお話なので、直接お会いしてお伝えするようにと言われております」
と、僕が言うと中からゴルドーが何事かに毒づきながら立ち上がってこちらに向かって来る様子が僕の“魔力探知”で伝わってきた。
確かに僕のこの役目は師匠がやれば、相手が警戒してしまって上手くいかなかった可能性が高い。
掛け金が外れる音が聞こえ、ドアが開いた。
ゴルドーは身長180cm前後の大柄な男で厳つい顔をしていて、師匠に弟子入りする前の僕だったら、話をするだけで怯えていたであろうと思わせる容貌をしていた。
ドアが開くと師匠は姿を現してから、驚いているゴルドーの隙をつくように強引に開いたドアの隙間から家の中に入りこんだ。
ゴルドーが師匠に気を取られている間に僕も、指示通り続いて家に入り部屋の中からドアの掛け金をかけた。
まだ状況を把握しきれていない様子のゴルドーをよそに、師匠は部屋の中を素早く見回し、壁に剣と盾と鎧兜が立て掛けてあるのを見つけると一瞬でそれらを“闇の刃”を使い、使用不可能と思われるまで破壊した。
それを見ていたゴルドーは、「何しやがるんだ! テメー!」と怒声をあげながら師匠に殴りかかった。
しかし、師匠はゴルドーの攻撃を容易く“闇の盾”で防ぐと、ゴルドーの存在など眼中にないかのように僕に話しかけてきた。
「アルバートよ。戦いにおいて、敵が有利になるような武防具や兵器は先手を取って可能な限り破壊、もしくは奪取するのが鉄則じゃ」
「はい。師匠」
「それでも、今回のように確実な力量差があると判断した相手にはいきなり致命傷を与えても構わんが、なにしろ今は戦時中ではない。なので必然的にこういう手段を取らざるをえん」
「はい」
「とは言ってもやはり油断は禁物じゃ。戦場では何が起こるかわからん。可能な限り自分の脅威となりそうなものは、排除しておかんとのう」
「はい」
僕はさっきから「はい。師匠」か「はい」しか言っていないようだが、それはゴルドーが師匠の“闇の盾”に対して何度も放たれる攻撃が、暴力的な現場に立ち会ったとき特有のピリピリとした肌を針で刺すような緊張感を含んだ雰囲気を起こさせていて、その雰囲気に僕が呑まれていたからだ。
師匠はそんな僕の様子は気にもならないように、ゴルドーの方を向いた。
「さっきから、うっとうしいのう。そんなに焦らんでも、お主の相手はしっかりやってやるわい」
そう言うと師匠は“闇の拘束”を使いゴルドーの動きを封じた。
ゴルドーは身動きどころか口もきけないほどに拘束されているようだ。
「さっき儂の弟子がメリィ嬢からの使いじゃと言ったじゃろう? 儂が来たことがメリィ嬢の返答なんじゃよ。さて、それではここからは、お主の大好きな暴力の時間じゃ。クェックェックェッ」
師匠は顔面に邪悪その物とでもいうような、笑みを浮かべてそう言った。
師匠のその態度が、あくまでも偽悪的なものであると知りつつも、僕は師匠のあまりにも真に迫ったその演技に思わず身震いし、鳥肌が立ちそうになってしまった。