闇魔法占い2
師匠と僕が、ノワールさんとジゼルが待っている広場へと戻ると二人は、四人の男性に声をかけられていた。
ノワールさんは男たちのことなど眼中にないかのように、適当に相手をして追い払おうとしているようだったが、ジゼルは困ったように顔を赤らめてうつむいていた。
すると、僕たちが二人に近づいていくのに気がついた、ノワールさんが僕たちに向かって手を振りながら「おっそーい。早く来てよ」と声をあげた。
ジゼルも僕たちの姿を見つけると安心したような表情になった。
それまでノワールさんとジゼルの関心を引こうとして、懸命に話しかけていたと思われる四人の男たちも師匠の姿を見つけると驚いたような表情になり、一人が「あの闇魔術師の仲間か」と呟いた。どうやら男たちも師匠の噂を知っているようだった。
師匠は男たちに近づくと、本人は優しげな表情と思っているだけにタチの悪い怖そうな笑顔を浮かべてリーダー格らしい男に向かって「儂の連れになにか用かの?」と問いかけた。
「いや、別に、そういうわけでないけど」
男たちは口々に何やら言い訳めいた言葉をたどたどしく言うと、その場を立ち去った。
男たちが居なくなったのを見届けた僕は早速荷車の荷台から、机と椅子を降ろした。
「師匠。この机と椅子はどこに置きましょう?」
「そうじゃな、そこに大きな木の林があるじゃろう。その木陰を背にするようにして置いてくれ。椅子のうち二脚は木陰に入るようにするのじゃ」
僕は師匠の言う通りに、机と椅子を配した。すると師匠はローブの中から『闇魔法占い及び、人生相談承ります』と書かれた紙を机に張り付けた。
「これで良し。それではノワールとジゼルはこの机の側に置いた椅子に座り相談者たちを待つのじゃ。儂とアルバートは木陰に置いた椅子に座り“闇隠れ”を使い影に同化して隠れて様子を見ていることとしよう」
“闇潜伏”というのは闇魔法の一種で、闇や影に姿を同化させることによって他人から姿が見えなくする魔法だ。
どうやら今回、師匠は本当に直接、相談者たちの応対をするつもりはないようだ。
まあ、今回は闇魔法の評判を上げるのが目的だと言っていたから師匠もさすがに弁えたのだろう。
「アルバートよ、お主も“闇潜伏”を使って隠れておるのじゃ。これはお主の修行も兼ねておるのじゃから、術を発動しておる間は集中力を途切れさせないようにするのじゃぞ」
「はい。師匠」
こうして僕たちの闇魔法占いと人生相談が始まった。
最初のうちは椅子に並んで座っていたノワールさんとジゼルを物珍しそうに、遠巻きに見ていた周囲の人たちも徐々に二人に声をかけてきた。
最初の方は予想した通りに二人の美しさに引き寄せられたように男性たち寄って来たが、ノワールさんがそういう人たち相手には鼻にも引っかけないような態度で接していたので、やがて冷やかしの相談者は数を減らし、真剣な態度で相談に来る人たちも少しずつ増えてきた。
相談の内容も色々だったが、やはりノワールさんの興味をひいたのは恋愛相談のようだった。
ジゼルの方は相談者が真剣な様子ならば、それに応えるように熱心に話を聞いていた。案外、ジゼルは聞き上手のようだ。
そうこうしているうちに、いつの間にかノワールさんとジゼルの前には人々が列をなしていた。
師匠と僕が初めて野菜を売るために街に来たときには、閑古鳥が鳴いていたことを思い出すと、すごい違いだ。
やはり、師匠には悪いけど、師匠が表に出ないでノワールさんとジゼルに任せて正解だったようだ。
相談者たちは、二人から真剣なアドバイスを受けたり、ノワールさんに占ってもらったりして、概ね満足して帰って行くようだった。
そうこうしているうちに、時刻はいつの間にか空に夕闇が近づく黄昏時に差し掛かろうとしていた
ノワールさんとジゼルの前で列を作っていた人たちも少しずつ、家路につくように段々と数を減らしていった。
そこに深刻そうな顔をした一人の女性が、相談者として現れた。
その女性は地味だけど清潔感を感じさせる服装をした中肉中背の若い女性だった。
でも、何よりも僕の目を引いたのは、その女性の顔に刻まれるようにして腫れ上がっている顔のアザだった。
それは明らかに誰かに殴られた跡だ。
よく見ると、その女性の顔には一番目立つその頬の腫れたアザの他にも、いくつか殴られたためにできたと思われるアザがあった。
ジゼルは、その女性の顔を見ると怯えたように少し肩を震わせたが、ノワールさんは何事もないように、その女性に声をかけた。
「どうしたの? 今日は占いをしてほしくて来たの? それとも人生相談の方かしら?」
「りょ、両方です」
女性が答えた。
「それじゃあ、まずはあなたの名前から教えて」
ノワールさんが言った。
「私の名前はメリィ・ヒーリングと言います」
「そう、じゃあ何があったか話してみて」
「実は私にはジョージという幼馴染みの婚約者がいます。昔から将来を誓いあっていた仲だったのですが、一年ほど前にこの街に流れてきたゴルドーという冒険者が私に言い寄り始めてきたのです」
「そう」
「勿論、私にはジョージがいるので断っていたのですが、最近では思い通りにいかない私に向かって自分の言いなりになるように、暴力を振るうようになったのです。もう、お気づきだと思いますが、この顔のケガもゴルドーに殴られた跡です。服で隠れてはいますが身体中にもいくつものアザがあります」
「それで、あなたの婚約者はどうしたの?」
「ゴルドーの暴力を止めようとしたジョージもゴルドーに殴られ、蹴られ今は起き上がることもできずにベッドで静養しています」
「それは、大変でしたね」と、ジゼルが心から同情したような声で言った。
「このままじゃ、私どうしたらいいか……。やはり、ゴルドーの言いなりになるしかないのでしょうか? 私だけならともかくジョージにまでひどいことがされるのは耐えられません」
そう言うとヒーリングさんは、顔を両手で覆って泣き始めた。
「そのジョージのことを愛しているのね?」ノワールさんが念を押すように聞いた。
「はい。心から愛しています」ヒーリングさんは泣きながらそう答えた。
「そう。それならば安心して私たちに任せて、悪いようにはしないわ」
「本当ですか?」
「本当よ。その代わりこれから少し魔法を使うから私がいいと言うまで、その場を動いちゃだめよ。これが多分あなたと婚約者にとっての最後のチャンスになると思うから」
「はい。わかりました」とヒーリングさんが言ったのを聞くと、ノワールさんは無造作に僕たちの方を向き「グレゴリー。アルバート。ちょっと出て来てー」と声をかけてきた。
その声を聞いた師匠が“闇潜伏”の魔法を解いてヒーリングさんの前に姿を現したので、僕も師匠に倣って同じように姿を現した。
闇魔法を知らない人が見たら確かに、師匠と僕が魔法の力で姿を現したように見えただろう。
急に現れた師匠と僕を見てヒーリングさんは一瞬驚いたような顔をしたが、さらに目の前に現れたのが街でも悪い評判を立てられている闇魔法使いだったので、恐ろしさのためか足を震わせていた。
それでも、ヒーリングさんはさっきノワールさんに言われた通り逃げ出そうとせずにその場に留まり続けた。