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闇魔法占い1

 ジゼルは、師匠に仕事を与えられるようになってから、日々目に見えて明るくなっていった。

 もちろん、本人の内心はそんなに単純なものではなかったと思うけど。


 最初は、食後の食器洗いから始めて、今では炊事、洗濯、掃除など僕と師匠が庭で畑仕事をしている間に、屋敷内の家事一通りのことをしてくれている。


 そのため、料理の当番は僕と、師匠と、ジゼルの三交代制となった。


 ジゼルが僕たちの暮らす屋敷で働き始めて、数ヶ月くらい経った頃のある朝のこと。


 それは、僕、師匠、ノワールさん、ジゼルのみんなで朝食を摂っていたときのことだった。


「占いじゃ」と、師匠が唐突に言った。


「占いと言いましたが、何のことですか。師匠?」

 僕は意味がわからずに師匠に尋ねた。


「占いをするのじゃ」


「と、言いますと?」


「前々から思っておったのじゃが、闇魔法使いというのは、どうやら街の人間たちから良い印象を持たれておらん。そこで儂は考えたのじゃが街中で闇魔法占いや人生相談を行い、闇魔法に対しての印象を向上させることにする。特に恋占いなどは巷間の婦女子に好まれることは、世情に疎い儂でも流石に知っておる」


「はあ、そうですか。でも、師匠は占いもできるのですか?」


「できん」

 師匠は、そう言い切った。


「え? それならば、どうやって占いをするのですか?」


「ノワールの能力を使う。何しろノワールは、他人の未来の可能性について、ある程度見通すことができるからのう」

 そう言うと師匠は、ノワールさんを見た。


 突然、話を振られたノワールさんは、一瞬キョトンとした顔をした。


「嫌よ。そんな面倒臭いこと。それに私は一応、暗黒神なのよ。安易に俗人なんかが話せるほど、軽々しい存在じゃないわ」


「ふん。暇なときリビングの長椅子に寝転がって、菓子を頬張りながら恋愛小説を読んでおる暗黒神が、今さら自分を軽々しい存在ではないなどと、聞いて呆れるわ。お主もたまには自分が、ただの無駄飯食らいではないことを証明したいなら儂らに協力せよ」


「何よ。言うに事欠いて無駄飯食らいって。それは暗黒神である私に対してあまりにも失礼な言葉じゃない?」

 ノワールさんは、少し気色ばんで言った。


「事実じゃろうが」


「な、それなら私も言わせてもらうけど、さっき、あなたは街での闇魔法の印象が悪いって言っていたけど、印象が悪いのは闇魔法じゃなくて、あなた個人のことじゃないの?」


「なんじゃと。それなら言わせてもらうが、大体、お主は──」


 と、こんな感じでいつものように師匠とノワールさんの言い争いが始まった。


 最初のころは、この師匠とノワールさんのいつものように行われる、このようなやり取りを見て、どうしたらいいのか、わからずにうろたえていたジゼルは、今では落ち着いたように二人の様子を見ると朝食後のお茶の準備をするために席を立ち、厨房へと向かった。


 結局、ノワールさんによる闇魔法占いが行われることが、決定したのは師匠とノワールさんの言い争いが一段落して、ジゼルが入れたお茶を皆で味わっていたときのことだ。


 それにしても、師匠とノワールさんは不思議な関係だと思う。

 どちらかが頼み事をすると、もう一方は時々は文句を言いながらでも、最後には相手の頼み事を聞いてしまう。

 それに、お互いにどんなに言い合いをしても、結局、離れられないことをお互いが自覚しているようだ。


 そういう訳で僕たち四人は、午前中に日課である仕事を大体の所で切り上げて街に向かった。


 ジゼルは「私は、闇魔法は使えませんけど。お役に立てるのでしょうか?」と師匠に聞いていたが、師匠は「お主は看板娘みたいなものじゃ。ただノワールの隣に座って相談者の話を聞いておれば良い」と言った。


 そう言えばジゼルは風属性の魔法が少し使える程度なのだと、前に話したときに聞いたことがある。


 街に着いた僕たちは、まず街の中にある広場に向かった。街中を歩いている最中ノワールさんとジゼルの美しさに人々からの注目が浴びせられているのを感じたが、同行している師匠の姿を見つけると恐れをなしてしまったようで、二人は誰からも声をかけられることはなかった。


 広場の中の木が生い茂る木陰に行くと、師匠が「ふむ、この辺りでよいじゃろう」と言った。


「ここで、占いをされるのですか?」


「そうじゃ。そういうわけで、これから机と椅子を借りに行くから、ついてこいアルバート」


「はい。でもどこで机と椅子を借りるのですか?」


「冒険者ギルドじゃ。あそこなら、頼めば余っているのがあれば貸してくれるじゃろう。では、少しばかり待っておれノワール、ジゼル」


「はーい」


「はい」


 師匠は、二人のその返事を聞くと僕を後ろに引き連れて冒険者ギルドに歩を進めた。


 僕はこの街で十数年暮らして来たが、未だに冒険者ギルドに行ったことがない。

 単純に用事がなかったといえば、そうなのだが何だか冒険者ギルドに出入りする冒険者たちは、僕には怖そうに見えたので近づきがたかったのだ。


 それに強い魔物が近辺に出現して、冒険者ギルドから師匠に依頼がある時は、直接冒険者ギルドから屋敷に使いの人が来るので、わざわざこちらから冒険者ギルドに出向く必要もなかった。


「ここじゃ」

 師匠は冒険者ギルドの建物の前で足を止めると緊張している僕をよそに、無造作にその扉を開けた。


 冒険者ギルドの中に入ると、今ギルドに併設された酒場の卓に座って賑わっていたと思われる二十数名ほどの冒険者たちの声がピタリと止み、その場にいる全員の視線が師匠に注がれた。


 その視線には、街の人々が師匠を見るときに感じられる恐れの感情が含まれていたのは勿論だけど、冒険者たちの師匠を見る眼にはどこか畏怖とも言うべき感情も込められているようだった。


 冒険者たちの沈黙はやがて、小さな囁き声の連鎖となり僕たちを見ながら何やらヒソヒソと話し合っていた。


 師匠は、そんな妙な緊張感に満ちた周囲の様子には眼もやらず、まっすぐに冒険者ギルドの受付カウンターで勤務している女性に向かって歩いて行った。

 恐らく師匠にとってはこんな状況は日常茶飯事のことなのだろう。


 受付カウンター越しに、清潔感の感じられる短い髪の毛のギルド嬢の女性が座っていた。

 僕は普段ノワールさんや、ジゼルと接する機会が多いため、女性の美しさには麻痺している傾向があるのだが、目の前のギルド嬢も充分に美しかった。

 恐らくこのギルド嬢を目当てに酒場に通っている冒険者も少なくないだろう。


 師匠がギルド嬢の前に立つと、ギルド嬢は師匠を見ても怯えた様子も見せずに柔和に微笑んだ。

 このギルド嬢は師匠が兵士に連行されたときに何度か冒険者ギルドを代表して身元保証人なってくれて、屯所に師匠を迎えに来てくれたことがあるので、師匠とは顔馴染みなのだ。


「今日はどのような、ご用でしょうかブラッグス様」

 ギルド嬢が師匠に尋ねた。


「何、少しばかり机と椅子を貸してほしいのじゃ」


「机と椅子? 何に使うのですか?」


「広場で闇魔法による占いや人生相談などをするのじゃ」


「はあ。ブラッグス様の頼みとあればギルド長に報告すれば、余っている机と椅子を貸し出せると思いますが、闇魔法を使っての占いや人生相談となると、また怪しまれるのではないでしょうか……」

 女性の口から出た言葉は気まずそうに段々と小さくなっていった。

 明らかに、また師匠が通報されて兵士の屯所に連行されるのではないかと心配しているようだった。


 師匠も、ギルド嬢のその様子に気がついたようで一言「ふむ」と不本意そうにうなずいた。


「今回は心配無用じゃ。直接応対をするのは儂ではない」


「では、誰が占いや人生相談をされるのですか?」


「うちで働いているエルフの娘と、半分居候みたいな者じゃ」


「あー、なるほど。そう言えば最近ブラッグス様のお宅にエルフの女性が住み始めたと噂になっていましたね。もうお一人はよくブラッグス様のお側にいる例の女性ですね」


「うむ。そうじゃ。儂らは隠れて二人の様子を見ておることにする。これならば誰にも怪しまれないじゃろう」


「なるほど。そういうことなら安心ですね。それならば早速ギルド長に相談してきます」と女性は本当に安心したように軽く微笑むと席を立って奥の部屋へと入って行った。


 結果的に僕たちは小さな机と椅子四脚を借りることができた。ついでにそれらを運ぶための荷車まで借りることができた。

 ギルド長は、よっぽど師匠に借りがあると考えているようだった。


 師匠と僕は机と椅子を積んだ荷車を引いて、ノワールさんとジゼルが待っている広場に戻って行った。

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