暗黒神と闇魔法使い3
それから、グレゴリーは何かを思い付くたびに私を召喚した。
「友達というものは、一緒に食事に行くものらしい」と言うと、私を高級なレストランに連れていった。
ところが私はその時初めて高級レストランに行ったのでマナーも何もわからずに、それこそ手づかみになりそうな勢いで興された美食の数々を味わった。
すると、周囲の客から私の無作法を嘲笑うかのような失笑の声が聞こえてきた。
しかし、グレゴリーは私の食べ方を見ても動じた様子も見せず「淑女がそんな食べ方をしてはいけない」と言うと。
「私の手元をよく見て同じように食べるんだよ」と言って優美とも言える所作でナイフとフォークを操り、目の前の料理を口に運んだ。
そんなことを何度か繰り返して、私も何とかテーブルマナーを学ぶことができた。
また、ある時は「友達とは一緒に観劇に行くものらしい」ということで、一緒に芝居を観に行った。
ところが、そのとき劇場にかかっていた劇は愛し合う恋人同士が悲しい別れをするという内容だった。
それを観ていたグレゴリーは、感極まって人目も憚らずに号泣してしまって、こちらが困ってしまった。
思えば、私が恋愛小説に興味を持つようになったのは、あの出来事がきっかけになったのだろう。
「友達とは、一緒にピクニックに行くものらしい」とグレゴリーが言ったときは、食堂で二人分の昼食を作ってもらい、それをバスケットに詰めて出掛けたのだけど、私がそれが面倒になって異空間を通って目的地まで行ってグレゴリーを待っていると言うと、グレゴリーは怒って「こういうのは自然の景観を楽しみながら歩いて行くのがいいのだ」というので私は渋々、一緒に歩いた。
でも、確かにあのピクニックは楽しかった。うん、楽しかった。そう言えば、私とグレゴリーがじゃれ合いのような言い争いをするようになったのは、あの頃あたりからだったはずだ。
その他にも色々な所に行った。
博物館、美術館や音楽会、他にも面白そうな所には何度も行った。もちろん、先に挙げた所にも何度も行った。
グレゴリーはいつも優しかった。暗黒神である私に対してもまるで、人間の淑女に対するように接してくれた。
その頃には、私はグレゴリーに召喚されなくても自分の意志でグレゴリーの部屋を訪れるようになっていた。
時には二人ともすることが思い付かずに、公園に行き二人で何時間もボーッとして時間を過ごすことも少なくなくなった。
多分、あの時間が人間臭く言えば私にとっての幸せだったのだろう。
その頃の私は、既にグレゴリーに対して友達以上の感情を抱いていたのだ。でも、彼は人間で私は暗黒神だ。そこには越えられない壁が厳然として存在する。だから私は自分の本当の気持ちに気づかないフリをして自分に嘘をつき続けた。
このままの関係でいいのだと、それはグレゴリーの寿命が尽きるまでのものだと思いこもうとした。
そんな関係が数十年も続き、グレゴリーは旅に出たり、闇魔術の研究に勤しんだりしていたが、時々私が遊びに行ったりすると嬉しそうに迎えてくれた。
そして、あの戦争が起こった。
グレゴリーは「私には守りたい人々、守るべき人々がいる」と言って自ら兵役に志願したが、私は反対した。
当時のグレゴリーは既に若くなかったし、何よりグレゴリーの言う“守りたい人々、守るべき人々”がグレゴリーに何をしてくれたというのか? 皆グレゴリーを怖がって、忌避するような態度をとるような者だってあったじゃないかと私が言うと、グレゴリーは「それでも私がそうしたいのだ」と言って戦地へと赴いた。
皇国では、戦力となり得る魔術師が、いつも不足していたしね。
長く続く戦争の戦場で時間を過ごしていくうちに、グレゴリーの顔には強い険が刻まれていき、体には無数の傷痕が残り、雰囲気も荒んでいき、目は段々と鋭くなっていった。間違いなく、その目は幾百、幾千の死を見てきた目だ。
そして、その死の中にはグレゴリー自身の魔法によって、もたらされた物も少なくないだろう。
それでも、グレゴリーは絶体絶命とも言える窮地に陥った時にしか私を召喚しようとはしなかった。
私を召喚して助力を乞えば、私がその願いに応えて敵兵をいくらでも殺すことができるということが、わかっていたはずなのに、である。
恐らく、グレゴリーにとって私はあくまでも対等の友達であり、敬愛すべき淑女だったのだと思う。その友達が目の前で数千人にも及ぶ敵兵を殺戮して、手を汚すのを見るに耐えられなかったのだろう。
グレゴリーは私の持つ神聖さ──女性としても暗黒神としても──を誰よりも信じていて私が人を殺すことで、その神聖さが汚されれば自分が何よりも大切にしているものも汚されると考えたのだと思う。だからこそ私を召喚して殺戮を命じるという行為が誇り高いグレゴリーにとっては死にも勝る屈辱だったのは想像に難くない。しかし、それでもそれを為さねばならない時があったのが彼にとっての戦争だった。
私は、そんなこと気にしないのに。それでも私は、そんな、グレゴリーの気持ちが嬉しくて、戦場ではグレゴリーに召喚されるまで異世界から、じっと戦況をうかがっていた。
皮肉なことに、あの戦争が私にどうしてもグレゴリーを死なせたくないという気持ちを強く自覚させた。
「私が殺すべきだったんだ」
私は、暗闇の中で小さくそう呟いた。
私が召喚されるのを待たずに、グレゴリーの前に立ちふさがる敵を皆殺しにすれば良かったんだ。
そうすれば、グレゴリーも今ほど心に傷を残さなくて良かったのかもしれない。
しかし、それでもグレゴリーは私に手を汚させたことに対して自責の念に駆られていたかもしれない。
どうすれば良かったのか、何が正解だったのか暗黒神である私にもわからない。
とにかくグレゴリーは、私に負い目を感じていて、そのことが原因で私に愛の言葉を告げることができないと考えているようだ
さっき、リビングでグレゴリーが言いかけた言葉。
「儂は昔からお主のことを、暗黒神としてではなく一人の女性として──」と言いかけた、その続きが『愛している』だったならば、私は私のすべてをグレゴリーに捧げていたのに。私がグレゴリーに望む供物はその言葉だけだ。
そこまで考えて、私は隣で眠っているジゼルの頭を軽く撫でてから、眠りに落ちた。