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エルフの願い

 私の前に倒れている美しい細身のエルフの少女は、怯えるような目付きで私を見上げている。


 体も震えている、間違いなく寒さのためではなく私に恐怖を感じて震えているのだろう。


 このエルフの少女が、私に捧げられる供物かー。

 どちらかと言えば、今はエルフの少女よりもチョコレート入りの焼き菓子をもらった方がありがたいかもしれない。


 でも、お菓子を供物として貰ったとして、それをグレゴリーに渡してもグレゴリーの機嫌はなおらないだろうなー。

「物の問題ではない。気持ちの問題なのじゃ」とか言って。


 それにしても、この目の前のエルフの少女は、どうしよう。供物として捧げられても扱いに困るわ。


 そもそも、私は願いを叶えるために、別に供物などは必要としていない。


 昔、私を召喚した魔術師たちが、いつも勝手に私に供物を捧げるので私もそれを習慣化しただけなのだ。


 タダで、願いを叶えられると思われたら暗黒神の権威も薄れるだろうし。


 とりあえず、エルフの少女に話を聞くために“闇の刃”を使って、少女の猿ぐつわを切り裂いた。


「これで、話ができるでしょう?」


 エルフの少女は、怯えた様子で何度かコクコクとうなずいた。


「ところで、ここはどこなの?」


 私は近くにいた魔術師に聞いた。


「ここは、皇都のさる場所にある地下室でございます。我々の会合に度々、利用しております」


「ふーん、そう」


 ここが皇都だとすると、グレゴリーたちが住んでいる辺境の町外れまでは、かなり遠いわね。まあ、私だけなら距離なんか関係がないけど。


「じゃあ、とりあえず、あなたの名前を教えて」


 私は目の前のエルフの少女に聞いた。


「ジゼルです。ジゼル・バーネットです」


「少しあなたの話を聞かせてもらおうかしら?」


「はい」


 ジゼルはうなずきながら言ったが、私に対する恐怖心は隠しようもない様子だった。


「大丈夫よ。取って食べたりはしないから」


 私はそう言って安心させようとしたが、ジゼルは相変わらず私に怯えている。それこそ実際に取って食べられるかもしれないと、考えているのかもしれない。


 まあ、無理もないか。こんな状況だし。


年齢(とし)はいくつなの?」


「46歳になります」


 長命なエルフにしては、若い部類に入るわね。本当にまだ少女のようだ。


「それで、ジゼル。あなたは、どうしてこんなところにいるの?」


「わかりません。突然縛られて身動きもできずに、ここに連れてこられました」


「連れてこられる前は何をしていたの? 家族はどうしているの?」


「家族は父と母がいました。私たちは前の戦争で住んでいたエルフの村を焼かれ、父と母と私はそこから何とか逃げ出して、新たに定住できるエルフたちが住む村を探して、人目を避けながら旅をしていました」


「それで?」


「そして、私たち家族が森の中にいたところを、この人たちに襲われて、父と母は殺され私だけが生かされて、ここに連れてこられたのです」


「本当なの、あなたたち?」


 私はその場にいた魔術師を見た。魔術師たちは目をそらしたが、私には嘘が通用しない。


 どうやら、ジゼルの言っていることは本当のようだ。


 グレゴリーがこの話を聞いたら怒り狂うだろうなー。


 どうしたものか、と考えていた私は突如としてひらめいた。

 エルフって手先が器用だからレシピと材料さえあれば、お菓子が作れるんじゃないかと。

 他にも料理なんかも色々できるんじゃないの? そう考えてみればこれは、なかなか悪くない供物かもしれない。


「では、ジゼル。汝は我に何を望むか」


 今さら遅いかもしれないけど、改めて私ができるだけの威厳をこめて、ジゼルにそう尋ねると室内にいた魔術師たちは動揺したような、かすかなどよめきの声を口々にあげた。


「ろしてください」


 ジゼルがかすかな声で言った。


「なんて言ったの? もう一度言ってみて」


 私は再び聞いた。


「殺してください」


「誰を殺せばいいの?」


「この人たちです! 今、この場にいる魔術師たち全員を殺してください!」


 ジゼルは悲痛な声で叫ぶように言った。


 魔術師たちのどよめきの声が更に大きくなり、ジゼルの口をふさごうとして、何人かの魔術師がジゼルに襲いかかろうとした。


 だが、私は彼らに闇をまといつかせて、その場にいるジゼルと私以外の者の動きを拘束した。


 何人かは、魔力や体力を使って拘束を解こうとしたが、その力は私にとっては微々たるもので、“闇の拘束”に何の影響も与えることができなかった。


 私の“闇の拘束”を自力で退ける者が人間の中にいるとすれば、グレゴリーくらいだが、グレゴリークラスの魔術師はこの場にいない。


 まあ、あのレベルの魔法使いがそこらに、ホイホイいたら暗黒神もお手上げなんだけどね。


「何故、この場の者たちの死を願うのですか?」


「この人たちは、父と母を殺しました。その上、父の死体が見えるところで、全員で母の体を何度も(けが)して」


 ジゼルは、そこまで言うとジゼルは涙声になり、わけのわからない言葉、というか変な音を口から出した。


「それから、どうしたの?」


 ここら辺はちゃんと、聞いておかないと。場合によっては、後でまたグレゴリーに怒られる。


「それから、気がすんだと思ったら、そのまま母を殺しました! だから、お願いです。この人たち、いえ、こいつらを皆殺しにしてください。それが私の願いです!」


 その場にいた魔術師たちは何か弁解の言葉を口にしようとしていたみたいだが、あいにく私の“闇の拘束”に阻まれて声が出せないようだった。


 それに、私には人が嘘をついているかどうかを、判断できる能力がある。

 それによるとジゼルは嘘をついていないようだ。


「わかりました。ジゼル。それならば、あなたは、私にどのような供物を捧げられますか?」


「私を捧げます。私の全てを捧げます。血も肉も骨も命も、魂すらも全てを捧げます。だから、どうか父と母の仇を討ってください」


 ジゼルは泣きながら、ややしゃくりあげて言った。


 私は魔術師たちを見回しながら言った。


「あなたたちは皆、先の戦争で大切な人を失ったと言っていたけど、自分の大切な人を戦争で奪われたら、戦争のために他人の大切な人を奪ってもいいと思ったの?」


 相変わらず、私が“闇の拘束”を解かないので、魔術師たちは身動きもできず、口をきくこともできない。


 まあ、最初から回答を期待して発した問いではなかったが、もしも私の“闇の拘束”を一部でも退けて言葉を発することができるほどの魔力を持った魔術師がこの場にいるならば、少しだけ、その回答を聞いてみたいと思っただけだ。


「それじゃあ、これであなたたちとはお別れね。もしも供物がエルフの少女じゃなくて、お菓子だったらあなたたちの願いを叶えたかもしれないけど残念だったわね」


 驚いたことに、私は少しばかりの怒りを感じている自分に気がついた。グレゴリーの影響か、私も人間臭くなったものだ。


 魔術師たちの表情に恐怖の色が広がってゆく。もしも、“闇の拘束”に捕らわれてなければ、悲鳴をあげていただろう。


「では、ジゼル・バーネット。供物は確かに受け取りました。その代償として暗黒神の名において汝の願いを叶えましょう」


 私がそう言うと、その地下室にいた私とジゼル以外の者は、崩れ落ちるように昏倒し、やがて皆死んだ。


「眠りの中で死なせてあげたのが、せめてもの慈悲よ」


 ジゼルは小さな悲鳴をあげると、しばらく放心したように回りを見回して、これ以上自分を虐げるものがいなくなったことに少し安心したようだった。


「ありがとうございました。邪神ゾルディア様」


 また、勘違いされた。これじゃあ本当に私もグレゴリーに偉そうなことを言えないわね。


「私は、邪神じゃなくて暗黒神なの。ただ闇を司っている存在にすぎないわ。邪神っていうのは人間たちとかが勝手に勘違いしてるだけだから」


 まあ、この周囲の有り様を見れば邪神と勘違いされるのも無理ないか。


「それから、私のことはゾルディアじゃなくて、ノワールと呼びなさい。わかった?」


「はい。ノワール様」


 さて、一仕事終わったところで、このジゼルはどうしよう? 私が世話をするわけにもいかないし、なぜなら面倒くさいから。


 となると、答えは一つ。まあ、最初から決めていたことだけど。


 グレゴリーたちに面倒を見させることにしよう。

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