4年後に会いにくる話
『次は青砥、青砥です。日暮里、上野方面へお越しのお客様はお乗り換えです。青砥の次は、高砂に止まります。』
無機質な車内アナウンスが、もうすぐ目的地であると告げてくれる。
電車と新幹線を乗り継いで6時間以上、やっとたどり着いた。
穴水から遠いなあ……普段乗らない特急能登かがり火なんて乗っちゃったし。
初めて乗った東京の地下鉄を降り、駅から出ると近くに車が止まっていた。
その車の中には……。
「古也ー!久しぶりー!」
「おう泉希、久しぶり」
私の幼なじみであり恋人が、迎えに来てくれていた。
「古也っていつもこんな時間をかけて帰って来てたんだねー」
「そうだぞ、遠かっただろ?」
「確かにちょいちょい帰ってくるのは面倒かもねー」
運転している車の中で、泉希が体を伸ばす。
泉希との付き合いを始めてからは毎年俺が石川の方まで帰っていたが、今年は泉希が東京に来たいとのことで、案内することになった。
「古也が運転してるのって、なんか新鮮だね」
「まあそっち帰った時にはしてないからな……泉希は免許取ったのか?」
「うん、一応取ったよ。まあ、オートマだけだけどねー」
正直泉希の運転の方が想像できないんだけど……。
「でもザ・安全運転って感じだねー」
「そりゃ彼女乗せて危険な運転なんてするわけないだろ」
「うーんよいよいー」
助手席に泉希を乗せて運転するのって、ちょっとやってみたかった。
そのために、結構運転の練習をしたんだけど。
「それにしても、東京の夏は暑いねー」
「都心は暑いんだよ」
「これじゃ私は暮らせないなー」
「俺は毎日耐えてるんだよ」
「古也、すごいねー」
えらい間延びした声だなと思って泉希の方を見ると、首をかくかくさせていた。
「泉希、ここまで疲れたろ。眠かったら寝てていいからな?」
「うーん……じゃあお言葉に甘えてー……」
泉希が寝た。
この間に夕飯の買い物も済ませてしまおう。
「泉希ー、家に着いたぞ」
「あと一週間……」
「絶対起きてるだろ」
「うーん……」
渋々といった感じで泉希が目を開いた。
そして家を見て、
「なるほど、今から私はここに連れ込まれるわけだ」
「人聞きの悪い言い方しないでくれる?」
確かに泉希を家に招く訳だけど。
「あぁ〜、エアコン効いてて涼し〜」
泉希がソファに飛び込んだ。
その衝撃でスカートがめくれ上がり、泉希のパンツが見えてしまう。
「スカート直して」
「ん〜〜?あ……もう、古也くんはすけべですね〜」
「泉希が無防備なだけだろ……」
「私は……別に古也に見られたって気にしないもん」
「俺が気にするんだよ」
「ふーん、私のことはもうぜーんぶ見ちゃったのにね?」
「……」
そりゃあ……まあ、付き合いも長いし。
「んふふ、古也くん顔が赤くなってますよ~」
「う、うるさいうるさい」
想像なんてしてないぞ、何もしてない。
泉希はソファであぐらをかいて座ると、部屋を見まわした。
「古也、結構いいところで一人暮らししてるよねー」
「そうか?」
無事大学に合格した後、下宿させてもらっていた母さんのお兄さん、健司さんの家を離れ、一人暮らしを始めた。
大学までは電車で30分なので、結構いい場所に住めたなーとは思っている。
「ここならいろんな人を連れ込み放題……って、浮気してないよね」
「するわけないだろ」
「分かんないよー?東京から穴水までは6時間かかるような遠ーい場所だからねー。遠距離恋愛を続けていたと思ったら彼氏が浮気していた……なんてことも!」
「ないよ。泉希が一番大切なんだからな」
「……あぅ」
泉希が黙った。
実際そんなことをする勇気もない。
「じゃ、じゃあさ。そ、その……その、証明を、だね」
「はいはい」
泉希に近寄り、そのまま軽く口づけをする。
高校の時は恥ずかしくてできなかったけど、なんとなくできるようになった気がする。
「これでいいか?」
「……い、ぃぃょ」
泉希が顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
こっちの方が耐性ねーじゃんか。
「よしよし」
「……くぅー。私の扱いばっかり慣れちゃってー」
「何年の付き合いだと思ってるんだよ」
頭をなでてやると、泉希が抱き着いてきた。
付き合ったばっかりの頃を考えるとすげえ変化だ。
「飲み物用意するから、ちょっと待ってて」
「はーい」
待っててといったのに、泉希はキッチンまで付いてきた。
「わー、キッチンひろーい」
「待ってろって言っただろ」
「えー、古也の住んでるところだもん、いろいろ気になっちゃうよー」
「特に変なものもないだろ、ほら戻った戻った」
「あ~~~~~」
くるくるしながらソファに座る。
こういうところは変わらないな。
「麦茶でいいよな?」
「うん!暑いときにはやっぱり冷たい麦茶だよねー」
「ほれ」
「ありがとー!あ、古也も隣に座ってよ」
「えー?」
「いいからいいから!」
隣に座ると、泉希が肩を寄せてきた。
「大学は、どう?」
「まあ勉強は大変だけど、うまくやってると思うよ」
「そっかそっか、頑張ってるんだね」
「そっちはどうだ?」
「私も頑張ってるよー。あの大学面白いしねー」
「俺も地元の大学で良かったかもしれないなあ」
「なあに言ってんの、古也は東大生なんだから、誇っていいんだよ~?」
そういって、泉希が頭を撫でてくれた。
手つきがなんだか優しくて、そのまま頭を泉希に預けてしまう。
「お、なになに、古也甘えたくなったの~?」
「……まあ」
「いいよ~、泉希ちゃんのお膝の上へおいでー」
頭を倒し、膝枕の態勢をとる。
「えっへへー、あー、ちょっとちくちくする」
笑いながら、泉希が頭を撫でてくれる。
「古也は本当によく頑張ってるよね~。小学校の頃からずっと頭よかったもん」
「そう、かな」
「そうだよー。だから東大にだって合格できたんでしょー?私は一緒に見ることはできなかったけど、古也がすごく頑張ったんだなっていうのは分かるよ」
そういってもらえると、なんだかうれしい。
「おー?太ももに頭ぐりぐりしちゃってー。そんなにするとスカートめくれちゃうよー」
「……ごめん」
「いいんだよー。私は頑張ってる古也が大好きだからねー」
高校の頃だったらこんなに甘えることもなかっただろう。
あんまり甘えすぎるのもよくないと思い、泉希の膝の上から頭を上げる。
「お、もういいの?」
「ああ、ありがとな。なんか元気出たよ」
「そっかそっか、じゃあ……えいっ!」
今度は泉希が俺の膝の上に寝転がった。
「俺の太ももなんて硬いだけだろ」
「そんなことないよー。なんかね、安心する」
泉希が太ももに頭をすりつける。
「ね、頭撫でて」
「はいはい」
頭をなでてやると、泉希が笑った。
「……私ね、やっぱりちょっと寂しかったんだ」
「そうなのか?」
「うん、地元だと西張くんと双葉ちゃんとか、カップルが一緒にいるのをよく見るんだ」
「あー……」
「私の彼氏は、すごく頑張ってて、でもなかなか会えないから。正直言うと、もっと会いたいし、もっと一緒にいたいんだ」
「……寂しい思いさせてごめんな」
「ほんとだよー」
俺だって、もっと泉希に会いたいんだ。
でも、あと1年。
卒業するまで泉希には待ってもらうしかない。
俺もそれまでの辛抱だ。
「古也、就活ってどうしてるの?」
「そろそろ始めるよ。もちろん、そっちの方でね。泉希は?」
「私も仕事を探してるよ。一応事務とかできるように、パソコン系の資格も取ってるんだ」
「お、頑張ってるじゃん」
「えへへ」
泉希も満足したのか、頭を上げた。
そして、俺と目を合わせる。
「古也、提案」
「なんだ?」
「古也が能登に戻ってきたらさ……」
「うん」
「……どっか、一緒に住まない?」
「……おおう」
同棲ってやつですか。
な、なるほど……。
「泉希と一緒か」
「そう」
「理由を聞こう」
「り、理由なんていらないよ。古也と、一緒にいたいだけ」
……。
「いいかもな」
「だ、だよね!?」
そもそも、離れていた時間が長すぎた。
東京から遠いのが悪い。
「私楽しみにしてるからね」
「じゃあ、俺も」
「おおー!」
泉希が関心の声を上げる。
「古也、料理できたんだねー!」
「まあ一人暮らしだからね。これくらいは」
「すげー!頭もよくて料理もできるとか私の彼氏ハイスペックじゃん!」
「おう、ありがとう」
泉希は褒めてくれたけど、俺が作ったのは人並みなものだ。
確か泉希はもっと料理ができたはずだ。
「泉希、酒は飲むか?」
「飲む飲む!何がある?」
「ビールかチューハイ」
「んじゃチューハイで!」
「ほーい」
レモンのチューハイを泉希に渡す。
俺はビールで。
「じゃあ古也、乾杯!」
「乾杯」
お互い手に持った酒を飲む。
ああ、いいねこの感じ。
「ぷはっ!いいねー!お酒おいしー!」
「泉希、結構飲むんだって?ゆきちゃんが言ってたぞ」
「お母さんが?そんなことないよー」
うーん、たぶんこいつは強いタイプだろう。
「古也、髪の色は変えないの?」
「興味ないかな」
「そっかー」
「泉希は、若干明るくなったな」
「そー!少しだけ茶色にね!」
黒髪の泉希もよかったが、これはこれでいいもんだ。
「高校の頃に比べてだいぶ伸びたよな、髪」
「髪は女の命だからねえ」
今はふわっとした感じのローポニーだが、ストレートに戻せば腰くらいまでの長さがある。
手入れが大変そうだ。
「せめて髪くらいはきれいにしておきたいよねー。私だって一応乙女なわけですし」
「髪以外もきれいだから安心していいぞ」
「さ、さらっと褒めてくれるところ、私は好きだよ」
酒の製菓は分からないけど、泉希の顔が赤い。
「んー、古也の作ったごはん、なかなかいけるねー」
「そういってもらえて何よりだよ」
「でも私の方が上手かなー」
「一人暮らし始めてからやり始めたんだから勘弁してくれよ」
さすがに中学のころから母親の手伝いをしている泉希には敵わない。
「明日は私がキッチンに立って古也に何かご馳走してあげようかなー」
「お、楽しみだなー」
「古也、何が食べたい?」
「イカと大根のいしる煮」
「それはあっちに帰ってからかなー。こっちで郷土料理は難しいわ」
東京にはいしるがないんだよな。
小さいころから慣れてたものだから全国にあるもんだと思ってた。
「じゃあ、蓮蒸し」
「だから」
東京にいると故郷の味が恋しくなっちゃうんだよな。
こっちでは無理みたいだから帰ったときに泉希に作ってもらおう。
「古也がそんなことばっかり言ってると私が勝手に作っちゃうからねー」
「それは楽しみだな」
「じゃあ……明日は、期待してて」
「そういえばさー」
「ん?」
「私、成人して結構せくすぃーになったと思わない?」
「……うーん」
夏なのに露出が少なめな格好でそう言われてもな……。
スカートも若干長めだし、ニーハイだし。
「ちょっとちょっとー、古也くん?女のせくすぃーっていうのはね、何も胸だけじゃないんだよー?」
見てなかったのに。
「まあ確かにあれからほとんど大きくならなかったけどー……」
「嫌いじゃないよ」
「あー、古也がヘンタイだー」
「ちなみにどのくらいがよかったの?」
「……下向いたときに足元が見えないくらい」
「なるほど?」
「まあ、見えるんだけどさ。Cくらい、欲しかったなあって」
そういえば膝枕をしてもらった時に見えた視界が、高校の時と変わらなかった気がする。
「って!そんな話がしたいのではないのだよ古也くん!」
「ああごめんごめん」
「いーい?胸だけじゃなくてもさ、背中からお尻にかけてのラインとか」
「ほう」
「首元がゆるーいTシャツを着た時の鎖骨のあたりとか」
「ほうほう」
「脚のラインとか!」
「なかなかにフェティッシュな感じだな」
「多種多様のせくすぃーがあるんだよー」
まあその言い分は分からんでもない。
俺も泉希のロングヘアからちらっと見えるうなじはなかなかにくるものがあると思ってるし。
「俺は?」
「うーん」
「男性としての魅力がないということか」
鍛えた体をしているわけではないけども。
「古也の魅力はもっと別のところにあるねー」
「なるほどね」
「で、どうどう?私はせくすぃーになれたかなー?」
「……まあ、そうだね?」
「えっへへー」
その笑い方はセクシーとは程遠いが。
いや、セクシーな笑いってなんだろう。
「そういえば、明日ってどうするんだ?どっか行きたいところとかある?」
食器を片付けて、テレビを見ながらゆっくりしていたが、ふと思い出した。
泉希は行きたいところがあって東京まで来たんだった。
「明日ねー。あるよー」
「どこだ?連れてってやるよ」
そういうと、泉希の顔が一気に明るくなった。
「やったー!明日はね、東京の水族館に行きたいんだー。あのほら、プロジェクションマッピングとか使ってるやつ!」
「品川の水族館か。分かった」
「そんで、明後日は浅草のお祭り。その前に浅草の観光もしたいなー!」
「おう、じゃあ一緒に行こうな」
「うん!」
泉希が心底うれしそうに笑う。
「久しぶりに古也とデートするの、楽しみだなあ」
「なんだ、高校の時は一緒に初詣に行くのも恥ずかしがってたのに」
「あ、あの時はまだ古也とお付き合いってあんまり実感がなかったから……え、遠距離だったし、舞い上がっちゃって」
「へえ」
「い、今は私も成長したんだよ」
「そうなのか」
まあもうあれから4年も経ったし当然か。
俺も、泉希とのデートは楽しみなんだけどね。
と、その時。
『お風呂が沸きました、お風呂が沸きました』
風呂が沸いたことを知らせてくれるアラームが鳴った。
アラームが鳴った方を向いた泉希が、若干赤い顔でこちらに向き直る。
「じゃあ……そうだね、成長の証にさ。今から一緒にお風呂に入ろうか」
えっ。