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精霊の唄  作者: 若林晴樹
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赤夜

イルム帝国とフラン皇国の国境である、ライフィ渓谷付近の森の中で、ハヤテは深い眠りについていた。

今日は年に一回の赤夜の日で、あたりは赤い月の光に染められていた。赤夜の日は火の精霊の力が強まると言われていて、冬の野宿だというのにハヤテは火を熾すことなく油紙と熊皮に包まって眠っていた。

ハヤテの持霊である風の精霊シルフは、火を熾さないことに対して散々文句を言っていたけれど、風は火に分が悪いと最後には納得して共に眠っていた。

日が変わって2時間ほど経った頃だろうか、あたりの森の精霊たちがざわめき始めた。それと同時にシルフもハッと目を覚ました。

シルフは心の臓を直に握られているような不快感に襲われた。

(この嫌な感じ……何か良くないことが近づいている気がする)

シルフは自分とハヤテを包んでいる油紙と熊皮を風の力で切り裂いて飛び起きた。

「ハヤテ!起きよう。そしてここから離れよう。すごく嫌な感じがする。」

シルフの緊張感をよそ目にハヤテは眠い目を擦っている。

「いつまで寝ぼけているんだ!早く!」

あまり大声を出して怒ることのないシルフの剣幕にハヤテは目を覚ました。

「何があったっていうんだい?森の精霊たちもひどく怯えているようだけど。」

ハヤテが荷物をまとめながら尋ねた。

「イルムの方からすごく嫌なのが近づいてきている。とにかくここから離れよう。」

怯えに似た表情を浮かべるシルフを見てハヤテは驚いた。シルフは風の精霊の長で大精霊と呼ばれている。そのシルフが怯えているということは余程のことなのであろうと悟った。

その場を離れようとした時に、ハヤテは煙の匂いを感じた。

(赤夜…まさか火の精霊の力を高めたイルムがまた戦争を…!?)

ハヤテは煙の匂いがした方向を振り返った。

「シルフ、もしこれがイルムによる侵攻だとしたら、民を守るためにも、なんとかしてフランの帝にそれを告げなくてはいけない。渓谷まで行って何が起きているのか確かめよう。」

「僕たちは風の魔法しか使えない。風は火の力を強めてしまう。」

「わかってる。だから何があっても絶対に戦いはしない。頼む。」

「…わかった。」

シルフは頷いた。



ライフィ渓谷にはイルムとフランを繋ぐ一本の小さな吊り橋がある。互いの国へ行き来するには、水の国サヤシを通るか、この吊り橋を通るしかない。

しかし両国は休戦してはいるが敵対関係にあるため、貿易をするときもサヤシを介し、両国の国境には進軍することのできないほどの、小さな吊り橋を1つ掛けておくだけにしたのだった。

イルム帝国からその吊り橋の方向に駆ける馬が二騎、そしてそれを追う数騎がいた。

森の中をひたすらに駆けているが追っ手の勢いは凄まじく、少しずつ距離が縮まってきていた。

ようやく吊り橋にたどり着いた時には追いつかれてしまった。

逃げていた二騎は綺麗な白髪を後ろで束ねた、身体のたくましい老人と、16,17ほどの少女であった。

「サクラ様。先に行ってくだされ。ここでこの老いぼれとはお別れでございます。」

深く皺の入った威厳のある顔に老人は笑みを浮かべ、"サクラ"と呼んだ少女に背を向けた。

「嫌ですお祖父様。一緒に逃げられないのなら、私はここで共に戦います!」

目に涙を浮かべサクラは必死に叫んだ。

「サクラ様。私は70年ほど生きてきましたが、もう二度と戦争というものを見たくない。そしてあなたの美しい瞳に見せたくないのです。吊り橋の先にはフラン皇国があります。フランの帝に知らせるのです。」

サクラはそれでも首を振りその場に残ろうとした。その時、追ってきた武人が刀を抜いた。

それを見て老人はサクラの方を振り返った。

「ご無礼をお許しくだされ。そして、民をお救いください。」

そういうと老人はサクラの乗った馬の腹を蹴った。馬は泣き叫ぶサクラを乗せ吊り橋へと駆けて行った。

武人たちはジリジリと老人との距離を詰めてきた。

「久々の戦じゃのぅサラマンダーよ。」

老人の後ろに炎を纏った龍が現れた。

「今日が最後の戦にならなければいいなクソジジィ。」

火龍は笑みを浮かべた。

「こいつらをのしてサクラ様の元に向かわねばならんのでな…殲滅するぞ。サラマンダー憑依じゃ!」

火龍の身体が老人の左胸に吸い込まれていった。すると老人の身体が炎を纏った。

「さっさとカタをつけさせてもらうぞ。火龍炎連弾!」

老人は炎の弾を武人たちへと放った。防御に遅れをとった武人は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。残った武人は刀に炎を纏わせ切りかかった。老人も同じく炎を纏わせ斬撃を刀で受けた。

「武具憑依しかできないような若造には負けられんのぅ。火龍炎斬!」

老人の刀を包む炎は勢いを増して大太刀となり、武人たちをなぎ払った。

「陸軍の若い衆も大したことないのぅこんな老いぼれにのされてしまうとは。サクラ様をおうかのぅ。」

老人が吊り橋へと歩を進めようとしたその時背中に悪寒が走った。

「こ、この霊力は…バルサ様…」

振り返ると緋色の眼をした10代に満たないほどの小さな少女が炎の巨人の肩に座っていた。少女は満面の笑みを浮かべている。

「ねえねえお祖父様。サクラはどこ?もしかして今吊り橋を渡ってるのがサクラなの?おーい!サクラー!」

老人は震えていた。その圧倒的な霊力差に。そして今まで乗り越えてきた修羅場よりも絶望的な状況に。


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