3話~道中~
町に向かう道中。
「そういえばまだ自己紹介していなかったな。俺は鈴木ショウタだ。短い間だろうけどよろしくな」
「ショウタね……私はヴィオレ。ヴィオレ・エヴィエニスよ。呼ぶときはヴィオレでいいわ」
呼び捨てで呼べと。
今まで女子と会話したの数えるほどしかないから呼び捨てで呼ぶのは恥ずかしいな。
別に?必要じゃないから離さなかっただけだし?緊張するとかそういうの無いし?……多分。
しかし、エヴィエニスさんってのは語呂が悪いから呼びにくい。
ここはヴィオレさんとかじゃダメかな。
「なぁ、ヴィオレさ」
ブン!
目前で拳が止まる。
「あらー私としたことが虫を仕留めそこなってしまったわぁ!それと、次からはさん付けで呼ばないでくださると助かりますわ!」
信じらんねー……暴力女なんて空想上の生き物だと思っていたのに。
というか普通正拳突きでブンって音ならないだろ!
こいつ怒らせるとヤベーやつだ。
俺のような非力な一般人は暴力には逆らえないのだ。
ここは素直に呼び捨て。
命より羞恥を捨てるべきだ。
チッ。
「あなた、熊に使った力はいつでも使えるようなものなの?」
「気づいた時には使えてたし、そうなんじゃないかな」
試しにそこらに落ちている棒切れを拾い、少し集中してみる。
すると棒切れは虹色の光を纏い始めた。
おおー!改めてみるとやっぱすげぇな。
ヴィオレはまじまじと見つめると
「へぇ……やっぱり初めて見るわね……色々な魔法を学んだけど、こんなの見たことないわ。付与系の魔法かしら?」
「は?魔法って?」
「魔法は魔法よ」
「魔法なんかあるわけないだろ?」
俺の発言を聞き、ヴィオレはきょとんしていた。
いやいや。魔法なんてゲームや異世界転生モノじゃないんだから。あるわけ……
まさか俺、異世界に来てしまったのか?
「あなた本当にどこから来たの?この世界の人?」
「この世界の人じゃないかもしれない……」
信じられない気持ちはわかるけど、かわいそうな人を見る目で見ないでください。
それはそれとして、腹が減ってきた。
町を目指してずっと歩いているので、そろそろ休憩したい。
「なぁヴィオレ、ちょっと休憩にしないか?」
「なに?もう疲れたの?しょうがないわね」
「悪い、助かる」
「それじゃ、私は少し外すけど、すぐに戻るわ」
そう言うとヴィオレは茂みの中へ入っていった。
俺はそこにちょうどいい岩があったため、腰かける。
「はぁ、水分たっぷりな美味い木の実とか果物が生ってないものかねー……」
一人呟くと、頭に乗っていたキツネが飛び降りて少し進み、こっちを向いて一声。
「きゅん!」
「お?その先に果物でもあるのか?」
思わず問いかける。
キツネはこくりと頷く。
「そっかそっかー」
わしゃわしゃと撫でて、ハッとする。
頷いたよな今。
いやいや、偶然なにかの動作がそう見えただけだろ。
確認のため、何か話しかけてみるか。
「もっと撫でてほしい?」
顔を激しく縦に振っていた。
うお、本当に言葉を理解しているみたいだ。
ただのキツネじゃないってことか。
ひとしきり撫で終わった後、キツネの案内で木の実を見つけ、岩の場所まで戻ってきた。
一人と一匹で木の実を分けて食べていると、何やら吠える声が聞こえる。
怖いなぁ。ヴィオレ、早く戻ってこないかな。
さっさと森を抜けたほうがよさそうだ。
すると、ふいに目の前の茂みがガサガサと音を立てヴィオレが飛び出してきた。
どうやら慌てている様子。
「急いで森を突っ切るわよ!ほら早く!」
ヴィオレに急かされて慌てて立ち上がる。
すると次の瞬間、狼が飛び出してきた!
どうやらヴィオレを追いかけて出てきたようだ。
しかし一匹だけじゃないらしい。
飛び出してきた狼に続いてぞろぞろと現れた。
まずい。
「町はどっちの方向だ!?」
「あっちよ!」
そういうなりヴィオレは走り出した。
後に続きながら、ヴィオレに問いかける。
「なんだってこんなに追われてるんだ!?」
「……」
黙り込むヴィオレ。
まさかこいつが原因だったりしないよな。
「実は……」
走りながら言い訳を聞く。
一瞬固まりそうになる。
あの茂みに入っていった後暇つぶしに寝ていた狼に忍び寄り、ちょっとした運動に戦闘でもと思ったらしい。
どつかれた狼は飛び起きて即座に群れを呼び、今に至る。
「馬鹿―!やること無いからって群れている生き物どつくなよ!戦闘狂なのかお前は!」
「だってしょうがないじゃない!群れているなんて知らなかったのよ!」
というか、群れてなくてもちょっかい出さないでくれ。頼むから。
また死にかけるのはごめんだ。
「おい、どうにかできないのか!?」
「流石の私でも群れは無理ね」
「じゃぁ町は後どれくらいだ!?」
「あと少し、半刻くらいかしら!」
三十分程か。
全力疾走で三十分はとても無理だ。
どうするんだこれ!
ここに来てからもう二回も死にかけている。
まったく異世界は地獄だぜフゥーハハハ―ハァー!
「あっ」
しまった、こんなとこで躓くなんて…!
振り向くと、狼が俺に飛びかからんとしているところだった。
今度こそ終わった――!
するとどこからか飛んできた投げ斧が狼の喉を切り裂いて地面に突き刺さり、狼は地面に崩れ落ちた。
喉元がぱっくりと切れている。
「オラッ、もひとつおまけだぁ!!」
謎の人物は迫る群れに何かを投げた。
すると群れの中心が爆発し、驚いた群れの狼たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
た、助かった!
「助けてくれてありがとうございます!お礼にヴィオレが何でもします!」
「ちょっと!なんで私が……あっ」
ヴィオレが何かに気づいたようだ。
謎の人物はこちらに振り向き、呆れた表情をしていた。
「お前さん、またモンスターに手を出したのか?何度も言っているだろうにまったく」
ヴィオレに問いかける。
「この人知ってる人?」
「屋敷でメイド長を務めている、ヘルスメイド長よ」
すげぇ体格してるから猟師とかだと思ってたけどメイド長だったのか。
映画で弟子にひたすら家事をさせ、弟子本人は気づかない内にすごく強くなっていた、っての見たことあるけどわりとマジなのかもしれない。
「ハッハッハ!ご主人様から心配だから追いかけてくれと頼まれて追いついたら案の定だ!」
「うっ…」
今まで結構強気だったヴィオレが大人しい。
どうやら強気なヴィオレの苦手な人なのかもしれない。
ヴィオレの父ちゃん、ナイスアシストだ。
「改めまして、ありがとうございます!」
「おう、礼儀を弁えてるやつは好印象だ!こっからは安心していいぞ。俺が護衛についてやるからな!」
助かる。
人柄も明るくて悪い人じゃなさそうだし、安心だ。
……常識もありそうだし。
誰かさんをちらっと見やる。
ヴィオレは露骨に嫌そうな顔をしていた。
――――――ー
ヘルスが合流してからは、特に動物に襲われることはなかった。
というか、お嬢様がやらかさなければこうなることは無かったし。
暇を持て余した俺は、目的の町について聞いてみた。
なんでも始まりの町と呼ばれていて、旅の準備がしやすい大きな市場や冒険者のギルドが有名な町らしい。
冒険者かぁ……
異世界モノの定番だよな。一回は冒険者になってみたいと思うはずだ。
町に着いたらギルドに行ってみるか!
そういや、さっき狼のことをモンスターとか言ってたよな?普通の狼のようにしか見えなかったけど何か理由があるのだろうか。
「ところでヘルスさん、モンスターってどういう意味なんですか?」
「ん?モンスターを知らないのか?」
「あ、いや、モンスターってのがいない所から来たもので……言葉通り怪物とかそんな意味ですか?」
「んー、ちょっと違うな…曖昧だが、俺たちは敵意を持って襲い掛かってくる生き物をモンスターと呼んでいる。そうだな、例えばお前さんの頭に乗せてるキツネがお前さんに敵意を抱き、襲い掛かってくればモンスターと呼べるわけだな」
ふーむ、ざっくりしてるなぁ。
しばらく話をしてる間に、町へ到着した。
ヘルスさんは買い物をして屋敷に戻るらしい。
それじゃ、俺はギルドに向かってみるか。
そう考えていると、ヴィオレは言った。。
「ショウタ!あなた行く当てがないのでしょう?私と一緒にギルドに行かない?」
……。
異世界モノのテンプレから考察するに、一緒にってことは恐らくパーティとか組みたいんだろう。
正直なところ組みたくない。
さっきのアレを再現したくないし。
ことあるごとにちょっかい出して死にかけるのは嫌だ。
ここは適当にあしらってヴィオレがギルドから去るのを待ち、それからギルドに行くのがいいだろうな。
「あ!俺は他にやりたいことがあるから!ここでお別れだな」
「ふーん……そう、わかったわ」
「二人ともありがとう!また縁があったら会おうな!それじゃ!」
「おう、達者でな、坊主!」
「待ちなさいっ!」
「待てるか!あばよーっ!」
掴み掛かってきた腕を躱し、市場の入り組んでいる場所へ全力疾走する。
なんとかヴィオレを撒けたようだ。
こうして二人と別れた。
いろいろとトラブルはあったが、俺の新しい生活の始まりだ!