2話~出会い~
――――執事視点――――
僕はお嬢様と共に、夕食の調達に屋敷の裏にある森へ向かっていた。
今回はご主人様のからお嬢様と一緒に向かうよう指示されていたのだ。
その為に今回は、予め小さな罠をたくさん仕掛けておいた。
お嬢様を危険に晒すわけにいかないからね。
それに大物を狙ってもしお嬢様に怪我なんてさせたらご主人様に合わせる顔がない。
「いいですか?お嬢様。狩りはなんでも必要最低限を心がけてください」
「どうしてかしら?」
そっけなく聞き返すお嬢様に、理由を話す。
「狩りだけではないですが、欲張ると碌なことがありません。狩りでは相手によっては命に関わります。なので例え大物がいても――」
「あぁ、もういい。わかっています。もういいわ」
こんな反応は何回も周りから同じ事を言われてうんざり、って感じだ。
まぁそこは仕方がないだろう。
このお嬢様、おとなしそうな外見とは裏腹に戦闘狂なところがある。
屋敷の皆が心配するのも仕方がない。
「まぁ、必要最低限も何も、この森には……っ!?」
「あら?大きい足跡ね」
大物なんてそうそういない。なんて続けようとした矢先、大きな足跡を見つけた。
最近目撃情報が多くなってきたと町で少し聞いたが、ここらにまで出現するようになったとは……
この足跡、図鑑で見たことがあるな。
Cクラスのモンスター、タイラント・ベアの足跡だろう。
全身が深紅の毛に覆われ、高い防御力と信じられないほどの怪力、それに加えて鋭い爪。
そんじょそこらの冒険者では歯が立たないだろう。
足跡とは反対方向に行くのが吉だ。
「お嬢様?」
気が付けば、お嬢様は足跡を追いかけ茂みの中へ入っていくところだった。
「早くしないと置いていくわよ?」
「しょうがないですね!でも見つけても絶対に手を出してはいけませんよ!」
「ええ、お父様が心配するもの、わかっています」
はぁ、罠の確認ルート変更だな。
―――――――――――
足跡を追いかけていると、どうやら仕掛けた罠の一つに向かっているようだった。
しばらく進んだところで、お嬢様が突然立ち止まった。
「どうしたんです?」
「しっ、あれを見て」
お嬢様の視線の先を見ると、一人の少年がしゃがみ込んでなにやらしていた。
目を凝らしてみると、どうやら罠にかかったキツネを外してやろうと、罠をいじっているようだった。
銀色のキツネとは珍しい。どこの誰だか知らないが、ただでくれてやるわけにはいかない。
「待って!あれ……!」
前に出ようとした僕をお嬢様が引き止める。
「なんですか?見ず知らずのやつに渡して……えっ!?」
少年の近くの茂みから、巨大な深紅の熊が現れたのだ!
マズいな、さすがにタイラント・ベア相手は殺されてもおかしくない。
「加勢しましょうお嬢様!」
「いえ、少し様子を見るわ。危なくなったら助けましょう」
大丈夫かなぁ。アレの攻撃だと一撃で死ぬなんてざらではないと思うのだが。
だが、少年は想像以上に善戦していた。
爆裂させる能力を持っているようだ。
だが、少年は熊にとどめを刺すことができなかったようだ。
とどめをさせなかった少年は熊の一撃をモロに受け、吹っ飛んだ。
少年は力なく座り込み、動けないようだ。
これ以上はまずい。相手は弱ってきているとはいえ、あのままでは少年が死ぬ。
お嬢様にアイコンタクトを送る。
うなずくお嬢様。
「お嬢様!行きますよ!援護しますから!」
「ええ!きついのぶち込んであげるわ!」
熊と戦うこと数分。
お嬢様と僕はそこそこ強い。
少年が弱らせたタイラント・ベアを2人がかりで倒し、
僕たちは、気絶した少年を背負い屋敷に戻った。
ついでに倒した熊を回収してもらおう。
――ショウタ視点――
ふと、気配を感じる。
目の前に誰かがいる。
「……………」
目の前の誰かは俺に何かを問いかけているが、聞き取ることができない。
もっとはっきり言ってほしい。すごくモヤモヤする。
「なんだ?もっとはっきり言ってくれ!」
しかし、変わらず聞き取ることはできない。
ふいに頬を舐められるような感覚で、俺の意識は覚醒した。
あれ、たしか俺は無謀にもあのデカい熊と戦って……
大きく息を吸い込んでみる。
すこしズキッとしたものの、怪我はないようだ。
俺、死んだのか?いやいや、ズキッと来たし生きてる生きてる。
というか、今気づいたがベッドの上だな、誰か助けてくれたのか。
治療までしてくれて、親切な人も居るもんだ。
何かお返しができるわけじゃないけど、一言お礼だけでも言っておくか。
起き上がると、黒髪が美しい少女の姿があった。
「あら、お目覚めかしら?」
「……。君が助けてくれたのか?」
「そうよ。少し見ていたけれどちょっと強い力があるからってタイラント・ベアを一人で相手取るなんて無謀じゃないかしら?」
「タイラント・ベア?」
「知らないで挑んだの?命はもっと大事になさいな」
「うぐ…」
確かにそうだった。先に仕掛けたのは俺だ。
あの時はまだ襲ってきていなかったのだから、ゆっくり後ろに下がることだって出来たかもしれない。
集中すると他のことに考えがいかないのは俺の悪い癖だ。
不思議な力が使えるようになったからって少し調子に乗っていたのかもしれないな。
反省。
突然手に幸せな感触が広がる。もふもふだぁ……
もふもふ?
視線を下へやると、見覚えのある銀色のもふもふがあった。
ついつい撫でる。
「ほれほれ」
「きゅーん」
可愛いなぁ。
思わず顔がだらしなくなる。
気持ち悪いものを見るような視線で我に返る。
「その子、あなたが森で気絶している時からここに運んでくる間もずっとくっついて離れないのよ」
「そうか……ん、そういやまだお礼言ってなかったな、助けてくれて、そして介抱してくれてありがとう」
「構わないわ。その代わりといってはなんだけど私の質問に答えてくれるかしら?」
「まぁ、答えられる範囲でなら」
なんだろう、嫌なこと聞かれないといいな。好きな幼女とか友達の数とか。
戦々恐々と構えていた。
「あの虹色の光、あれはなんの能力なの?見た感じ炸裂させてたわよね?」
「あれは……よくわからないんだ。気づいたら使えるようになっていたんだ」
「そう、それじゃあなたはどこの出身?あなたの格好、見たことがないわ」
あれ、そんなに可笑しいかな?
自分の服装をざっと確認してみる。
濃いブルーのジーパンに、半袖Tシャツの状態だ。さっきまで着けてたお気に入りの赤と白のスタジャンは壁に掛けられている。
しかし、見たことがない?
もしかしてこの中央にデカデカと不屈の二文字がプリントされたTシャツがおかしいのだろうか。
「え?この格好、どこも可笑しいところは無いような」
「……。それであなた、生まれはどこの国?」
「国?えっと、日本だけれど」
「そんな国あったかしら……?」
少女は本棚から一冊の本を取り出し、ページをめくり始めた。
なんだか長くなりそうだな。
―――――――――
キツネと戯れて待つこと数十分。
調べ物は終わったようだ。
「やっぱり日本なんて国はどこにもないわ。」
は?日本がない?
何かの冗談だよな?
少女から世界地図を受け取り、確認してみる。
なんじゃこりゃぁ!?
俺の知ってる世界地図と全然違う!
顔が青ざめる。嘘だ……。
これからどうしよう。
「……」
「……」
俺の表情から心境を読み取ったのか、少女は何も言わない。
……あまり迷惑かけるのも悪いな。
地図見ながら近くの町にでも行ってみるか。
ベッドを降りる。
「ありがとう、玄関はどっち?」
「待ちなさい。あなたの表情からして、まだ目的はないんでしょう?」
むっ、なかなかいい観察眼を持っている。
「ないけど……町に行ってどうにかするさ」
「無計画ね。ちょっと待ってなさい」
隣の部屋で少しガサゴソガチャガチャした後、少女は戻ってきた。
腰にはポーチ、手には指抜きグローブが装着されていた。
「待たせたわね。それじゃ町に行きましょうか」
「へ? 一人で大丈夫」
「私も町に用事があるから平気よ。ついでに案内してあげるから気にしなくていいわよ」
ついでならいいか。
「よしよし、ほーら行くぞー」
「くわん!」
「……しかしよく懐いてるわね」
「罠外してあげたからかな?」
そして屋敷を後にした。