ver.1:comer
「梶浦晴也……?誰?」
突然の出来事に戸惑いを隠せない、それよりも差出人が何者なのかということへの好奇心が大きかった。
それに、件名にある“ダウンロード”は何を意味しているんだろう。
この“未来を信じますか”ってことなのかな。
“梶浦晴也さん
こんにちは。なんで私のアドレス知ってるんですか?
あなたのメールで、私もあなたに会ってみたくなりました。
今どの辺りにいるんですか?
ケガしてるんだったら私が迎えに行くので場所を教えてください。
ちなみに私は今、3丁目にいて今から歩こうとしてるところです。
返信ください。”
「………えいっ」
“メール送信中”
“送信しました”
「…送れちゃった」
連絡の取れる人がいるから、なにより半ば興味本位で。
『てゆうか、“早まらないで”って何よ、近くにでもいるわけ?』
周りを見ても、該当しそうなそんな変人はいない。
なんだが自分が馬鹿らしくなって苦笑いしてしまう。
まあ、ただ気を紛らわす暇つぶし程度にはなるでしょ。
それにしても変な人、こんな非常時に、こんなおかしなメール送ってくるなんて。
「“未来”メールかあ……」
ケータイをポケットに突っ込んで、私は変わり果てた街の中を歩き出した。
どれほど歩いても惨い光景しか目に入らなかった。
逃げ遅れた人たちの哀しい姿、数時間経っても見つかることのない身内を捜す人たち。
中には、見つかっても助かりようのない状態の人がたくさんいた。
みんな泣いている。
怒っている。
嘆いている。
ただ呆然としている。
『私は、一体何をしてるんだろう』
突然、後ろから手首を掴まれた。
「やっ!な何っ!?」
急いで腕を引っ込めようとするも、力強くてそんなこと出来ない。
正体を確かめようと振り返ると、顔に皺の多い、50代くらいの中年であろう男がいた。
その額ははげ上がっており、目尻が下がっていて一見穏やかそうな人だ。
きっと、この街がいつも通りの平和なところだったら、そうだったろう。
その男は手首をきつく握ると目を細め、薄く笑った。
「お嬢さん、どこの子?君今ケータイ使ってたよね。
僕のやつ、もう繋がらないんだ……それ、くれない?」
そう一方的に言い終えると、その男は強引に私のポケットからケータイを抜き取った。
「やだっ、やめてよ馬鹿っ!返してっ」
盗った方の腕を一生懸命に掴んで引っ張る、でも力の大きさが違いすぎて負ける。
男は舌打ちして腕を振り解くと、私の瞼の上のあたりを殴った。
「あっ」
思わず両手で押さえると、男はそれを見るなり全力で逃走していった。
しまった、と思い手を離して顔を上げると、もう既に男との距離は広くなっていっていて、とてもじゃないけど追いつける速さじゃなく、私は唖然としてその後ろ姿を見つめていた。
全身から力が抜けて立っていられなくなり、その場でへたり込む。
「うそでしょ…ちょっと……」
ケータイを盗られたくらい、この崩壊した街ではどうってことない。
むしろあっても意味がないくらいなのだけれど。
「やだよ……返して…」
今まで持っていたたった一つの道具がなくなってしまい、
それだけで、こんなにも不安が大きくなるなんて思いもしなかった。
唐突に底知れない恐怖がこみ上げてきて、発狂しそうにすらなる。
今まで冷静にものが考えていられた自分が不思議で仕方ない。
「やだぁ………っ」
やっぱり、誰でも良いからすぐに捜せばよかったんだ。
一緒に側にいてくれる誰かを見つければよかった。
なんでひとりぼっちでいたんだろう。
涙が零れ落ちる。
体育座りのような体勢で、思い切り泣いた。
「………気が付いた」
疲れていたのか、気が付くと仰向けになっていた。
いつの間に寝てしまったんだろう、泣き疲れたのかな。
はっきりしないままの意識の中、視界に誰かの顔が映る。
「ごめんね、遅くなっちゃった」
「………」
輪郭がはっきり見えないのでよく分からない。
けどその人の声はとても自然で、活発そうな人柄を表していて、悪い人なんかじゃないとすぐにわかった。
次第にぼやけていた視界が晴れ、くっきりとその人が見えるようになる。
「ひどい有様だよね。みんな死んじゃったんだ……」
「………」
「俺の親戚とかも、家見に行ったけどみんな死んでたよ」
「………」
その人の髪は茶色で、それと同じ色の眉。
自分の年代の男と比較したら、比較的整っている顔立ちだと思う。
垂れた目がとても優しい。
「…ごめんね、いきなり一方的に喋られても困るよね」
「ううん、平気ですけど。ずっと居てくれてたみたいでごめんなさい」
「いや、気にしないでいいよ」
雰囲気の柔らかい人だな。
一緒にいて心地よくなる、そんな感じの人。
なんとなく、わかった気がする。
「………梶浦晴也さんですよね?」
「うん、俺だよ。あのメール送ったのも」
「やっぱり」
晴也ははにかんで鼻の頭を掻いた。
彼自身あのメールは送るのを躊躇ったのか、少し恥ずかし気だ。
私はゆっくり起きあがって彼をまじまじと見る。
晴也は自分の上着のポケットに手を突っ込んで、中から何かを出した。
「はいこれ。君のでしょ?盗られたやつ」
「あ!私のケータイっ、さっき通りすがりの人に盗られた…」
慌てて受け取り、しっかりしまい込む。
「ありがとう。どうしようかと思ってたの」
晴也は納得していない顔つきで唸った。
「やっぱし?歩いてたらどこかのオッサンが女の子っぽいケータイいじってるからさ。
こんな時にケータイ使える人間、まず居ないし。
たぶん君と俺ぐらいだしね」
「どういうこと……?」
疑問符を頭上に浮かべるように訪ねる。
晴也は静かに微笑んで、私の頭に掌を置いた。
そして、優しく撫でながら言った。
「たぶん、こんなこと言ってもすぐには信じてくれないと思う。
でも落ち着いて、しっかり聞いていて。
えっと……」
そうだ、晴也さん私の名前知らないんだ。
「藍崎陽友です」
「陽友ちゃん。珍しい名前だね」
「よく言われます。
……晴也さんって何歳なんですか?
私のお兄ちゃんと同じくらいに見えますけど」
晴也は釈然としない表情でこちらを見てくる。
「さっきから“さん”付けしてるけどさ、俺陽友ちゃんと同じ歳だからね?」
「うそっ!?」
「嘘じゃないけど。だからお互い呼び捨てで良いでしょ、陽友」
「う、うん………」
今までこんな出会いがなかったので、なんだかしっくりこない。
初対面の人間とタメ口でしゃべるのは初めてだ。
「晴也…は、なんで私の年齢とか知ってたの?」
「うん?」
晴也は一呼吸置いて、話を始めた。
よく分からない表現等ありましたらご報告をお願いします。