第8話 遅れて気付いたとしても強く生きたい
――――――――。
瞼を閉じると視界は黒く染まった。
月明かりはあっても夜だ。昼間の様な光は一切感じない。
暗闇の中、俺は自分の最期の瞬間を待つ。
せめて苦しませず一瞬で終わらせて欲しい。
俺のステータスなら心配する必要は無いかもしれないが。
――――――――。
しかし、その瞬間はいつまで待ってもやっては来なかった。
――――――……?
スケルトン達の気配は依然感じるが何も起こらない。
俺は閉じていた目を恐る恐るゆっくりと開いた。
同じだ。
目を瞑る前と何も変わっていない。
息を呑む様な美しい星空。
綺麗だがどことなく冷たさを感じさせる蒼い月。
月明かりを受け鈍く光る無数の墓標。
そして時折カラカラと音を立てながら揺れる夥しい数の人骨の群れ。
彼等は立ち尽したまま暗い眼窩をこちらに向けている。
これは一体どういう事だろうか?
どのスケルトンも明らかに俺の居る場所に顔を向けている。
しかしそれだけだ。
時折唸り声の様な物を発したり骨が擦れる様な音が聞こえるが、俺に何かをしてくる様子は一向に無い。
助かった……のか?
未だ予断を許せるような状況では無いが……。
その後しばらくの間スケルトン達と睨み合っていたが何も進展はなかった。
不意に心の奥底から堪えていた物が押し寄せて来た様な感覚を覚える。
「ううっ……、ぐっ……ぅ」
緊張の糸が切れたのだろうか?
それとも死なずに済んだ事に対しての喜びだろうか?
俺はその場で一人、泣き崩れてしまった。
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ひとしきり泣いた後、ようやく気持ちが落ち着いてきたので考える。
スケルトン達は依然大量に俺の周りにいるが襲ってこない。
理由は分からないが俺の周りに集まって立ち尽くしているだけだ。
もしかして俺の居る場所か?
墓石に触れていると手が出せないとか?
いや、それは流石にオカシイ。理由としては無理やり過ぎる。
それでも念の為に墓石からは離れない様にしておく。
それとも……。
コンソールを思い浮かべ自身のステータスを表示。
職業である死霊術士の項目を選択し、スキルを表示する。
使用可能スキルは2つ。
【ボーンランス】と【低位アンデッド作成】だ。
使用可能とある割には【ボーンランス】は発動さえしなかったが……。
そういえば……今まで特に気にはしてなかったがこの二つのスキルは自身で発動するタイプのスキル。所謂【アクティブスキル】だ。
通常、大体のゲームに措いてスキルの系統は大きく分けて二種類に分類される。
一つは前述した任意のタイミングで発動することが出来るタイプのスキル。
【アクティブスキル】そしてもう一つは――
再びコンソールを意識し死霊術士のスキルを表示する。
同じだ。表示される使用可能スキルは二つだけ。
俺は最初に自身のスキルを確認したとき、表示されたスキルが【ボーンランス】【低位アンデッド作成】の二つのみだったのでそれだけだと思っていた。……いや、思い込んでいた。
コンソールに自身の望む情報を表示する様に意識を向け、念じる。
内容は「スキルを表示、選択するスキル項目は――
――【パッシブスキル】」
……結果はすぐにコンソール上に表示された。
やはりあった。どうしてもっと早くに気付かなかったのか。
ソコには習得しているだけで常時発動し、その効果の恩恵を受けるスキル
「パッシブスキル」が複数表示されていた。
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発動中の習得スキル
【ステータス表記Lv1】
【スキル表記Lv1】
【アイテム詳細表記Lv1】
【インベントリ操作】
【低位アンデッド敵対無効】
【深淵からの寵愛】
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表示されたスキルに目を通していく。
【ステータス表記Lv1】
自身とそれ以外の対象の名称・生命力・精神力、職業、Lvを表示する。
特殊な効果や状態異常が発動している場合はそれらも表記される。
Lv1では自身のステータスのみ詳細を確認することができる。
【スキル表記Lv1】
自身の習得済みの使用可能スキル・発動中のスキルを表示する。
Lv1では自身のスキルのみ詳細を確認することができる。
【アイテム詳細表記Lv1】
アイテム、装備品等の詳細を表示する。
Lv1では基本的な効果と情報、品質のみ確認することができる。
【インベントリ操作】
アイテムインベントリを使用することができる。
今まで何の疑問も持っていなかったが名前やHPバーの表記、自身のステータスやスキル・アイテムの詳細が判るのもどうやらスキルの恩恵だったらしい。
考えてみればそうだよな、他の人には見えていないみたいだし。
インベントリもスキルか。他に比べて説明が雑な気もするけど。
まぁ、説明が短いってのはそれだけシンプルな効果ってことだ。
その手の物は単純に強力であったり扱いやすい物が多い傾向がある。
表記系三種のLv表示は気になるな。
恐らくLvに応じて効果が良くなっていくのだろうけど。
自身のLvが上がるとスキルも一緒に上がるんだろうか?
あるいは使用回数に応じた熟練度的なものか?
まぁどちらにせよいずれ分かるだろう。今考えても仕方がない。
さて、残すスキルは二つだ。
一つはもはや答えが出ている様なモノだが……。
【低位アンデッド敵対無効】
低位迄のアンデッドに敵対されない。
うん。シンプルイズベスト。
俺がスケルトン達に襲われなかったのはどうやらこのスキルのおかげらしい。
ありがとう。心の底からそんな言葉をこのスキルに送りたい。もし習得してなければ俺はあのスケルトン達の仲間入りを果たしていたかもしれない。
初めて死霊術士になって良かったと思った。
が、今の状況に陥ったのも死霊術士になった結果だと思い出し、少し複雑な気分になった。
このスキルの効果を確認していた時、少し心に引っかかるものを感じた……。
だが次のスキルがソレに答えを出してくれた。
【深淵からの寵愛】
死霊術の理を得た者に与えられるスキル。
自身の近くにいる闇に堕ちた存在を惹きつける。
説明からしておそらく『死霊術の理』を使用した際に習得したと思われるスキルなのだが……。
「自身の近くにいる闇に堕ちた存在を惹きつける」この一文を見た時、俺は心に感じていた疑問が解消されるのと同時に思わず頭を抱えた。
コレはきっとアレだ。俗に言う「ヘイト稼ぎ用スキル」だ。
まだ詳しくは分からないがそれなりの効果範囲でしかもパッシブだ。
【低位アンデッド敵対無効】の説明を見た時におかしいとは思ったんだ。
危害こそ加えられなかったがどうして俺は敵対されていないハズのスケルトンに大群で追い回され、包囲される事になったのか? と。
――どうやら敵対意思の無い周辺のスケルトン達をこのスキルが片っ端からかき集めていたらしい。【低位アンデッド敵対無効】が今回のMVPだとしたら、戦犯は間違いなくこの【深淵からの寵愛】だ……。
しかし当りのアイテムの付与効果とは思えないぞこのスキル。
下手すればデバフなんだが。
一応アンデッドを一箇所に集めてまとめて処理するような使い方は出来そうだけど……囮役、釣り役というのを実際に生身でやるというのはゾッとしない。
今回のような状況はもう懲り懲りだ。
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さて、いつまでもこうしてる訳にはいかない。
人の居る場所に行かないとな。もう墓と骨は腹いっぱいだ。
スキルの確認も済み、疲労感は感じるが少し休憩も出来たので行動を開始する。
地面に手をつき立ち上がりながら周りを見るが相変わらず大量のスケルトン達がこちらを見つめている。
しかし敵対意思が無いと分かれば怖いものでは無い。
人骨の持つ不気味さは変わらないが。
「ちょっとだけゴメンよ……っと」
呟きながら目の前に立っているスケルトンを手で押しのける。
あくまでそっとだ。もしダメージを与えた事で敵対無効が解除されたら敵わない。
胸骨の付近を押されたスケルトンは俺の顔を見ながら素直に後ろに一歩下がってくれた。よしよし、いい子だ。これなら大丈夫そうだ。
スケルトンの数が多く人垣の様になっているので、手枷で左右に掻き分けるようにして目的の方向へ進んでいく。ここから見える最初にいた丘の位置からしてこの方角で間違いは無いはずだ。
しばらくの間スケルトン達の群れの中を進むと集団に終わりが見えた。
――やっとか。
そんな想いでスケルトン達の包囲の外側に脱出し、少し早足に群れから距離を取って後ろを振り向くと、大量のスケルトンが一様にこちらを見ながら歩いて来ていた。
これが【深淵からの寵愛】の効果だろうか?
距離を離すとこちらに一直線について来る。
しかしこのまま人の居る所に連れて行くわけにはいかない。
間違いなく大惨事になってしまう。
スキルには「自身の近くにいる」と表記されていたので、あいつ等の追尾を切るにはスキルの効果範囲外まで距離を離すしかなさそうだ。
幸い動きは鈍い、小走りでも走り続ければいずれ振り切れるだろう。目指している灯りの見えた場所まではまだまだ距離があった……きっと大丈夫だ。
そう考え、前方に向かって走り出そうとした時だった――、
――ナニカが俺の事を見ている。
不意に視線を感じた。
ただの視線ではない。
何か感情の様なモノが篭っている気がする。
足が竦んでその場から動けない。
冷汗が体中から噴き出し、全身に鳥肌が立っている。
心臓が締め付けられている様な感覚に陥り、動悸が激しくなる。
フーッフーッと息を荒げながら首を動かし、視線を感じる方向を見るとソレは俺の右側、約十メートル程先に居た。
それは黒い塊だった。
人間大の大きさの黒い靄の様なソレが此方に向かって進んできていた。
なんだよアレ……。
正体は分からないが良くないモノだという事は何故か判る。
この視線はアレからのものだ。
そして今もソレを感じる。ずっと俺のことを見ている。
ソレは人の歩くような速さで近づいて来ていた。
散歩でもしているかの様な速度で一歩ずつ、一歩ずつ。
そして少し距離が縮まった時点で気付いた。
……黒い靄の様なモノの正体に。
蟲だ。
小さなハエの様な黒い羽虫が大量に群れていて靄の様に見えていた。
無数の羽音が聴こえる。
だがソレはアイツじゃない。
一歩、また一歩とソイツは近づいて来る。
そしてソイツのシルエットが序々に月明かりの下に浮かびる。
人だ。
人の形をしたナニカに蟲の大群が集まり、まるで黒い靄を纏っているかの様に見える。アイツが居る場所だけが風景を切り抜かれた様に黒い。
そして更に数歩近づいてソイツは足を止めた。
距離は約五メートルといった所か。
ソイツが足を止めるのとほぼ同時に俺の【ステータス表記】が有効になった。
ジョン・ドゥ:Lv60
「 ――ッ!?――――ッ!?!」
声が出ない……。
息も出来ない……。
ソイツはその場から俺のことを見つめ……。
黒い靄の合間から何故かハッキリと見える裂けた様な赤い口を歪ませ――、
――嗤っていた。
――ヤバイ――ヤバイ――ヤバイ――。
頭の中で警鐘が鳴り響く。アレに関わってはいけない、と。
本能が全力でここから逃げろと叫んでいる。
だが足が凍ったように固まって動かない。
このままでは俺は――、
「オォォオオォォォオオオッ!!」
突如として俺の背後から耳を劈く絶叫する様な咆哮が聞こえた。
スケルトンだ。
どこから声を出しているのか分からないがスケルトン達が次々と咆哮している。
そして咆哮をそのままに、凄まじい勢いで骨を軋ませながら駆け出し、あの得体の知れないナニカに次々と飛び掛って行った。その速度は俺を追いかけていた時の物とは比べ物にならない。そして彼らは夥しい数だ、恐らくあの墓地に集まっていたその全てだろう。
ジョン・ドゥ―― そう表記されていたあの存在はすぐにスケルトンの群れに飲まれて姿が見えなくなった。
俺は暫くその光景を前に呆然と立ち尽くしていたが黒いナニカが視界から消えてようやく我に返った。
未だにあの視線を感じる気がするが――、
だが足は動く。意識もハッキリしている。
――大丈夫だ。
今の内にこの場から離れなければ……、一刻も早く……。
今尚スケルトン達は凄まじい雄叫びを上げながらアレが居た場所に向かって襲い掛り続けている。もはや一欠けらたりとも姿は見えないがまだソコにアイツは居るのだろう。
俺は狂演を続けるスケルトン達の集団を一瞥し、灯かりの見えていた方角へ一度も振り向く事無く駆け出した。
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――とある冒険者ギルド関係者の手記――
先日近隣の住民達から看過出来ない内容の報告を受けた為、クエストを発行。
冒険者達のパーティを伴い現地へ調査に向かった。
現場である共同墓地に到着すると目を疑う様な光景が広がっていた。
墓地の中心からやや外れた場所で夥しい数の人骨が散乱しており、その何れもが激しく損壊していた。
同行した神官の鑑定に依るとその全てがアンデッド、スケルトン種の物であると判明。アンデッドの残骸という事で二次災害を防ぐ為、即座に周辺ごと魔術での
焼却処理を施した後、聖水での浄化を行った。
またスケルトン種の残骸が散乱していた地点の中心付近に、黒く変色した悪臭を伴う泥の様な物も発見された。こちらも鑑定を行おうとしたが悪臭が酷く、残骸の鑑定と処理に追われた為やむなく共に焼却処理を施した。
比較的アンデッドの発生しやすい墓地という場所とはいえ異常な数と状況であった為、無用な混乱を避けるという名目の下、報告を届け出た近隣の住民達と同行した冒険者達には緘口令を敷いた。
私個人の推測ではあるが前日にこの場所で何らかの魔術的な儀式が行われたのでは無いだろうか? そして大量のアンデッドと魔術儀式、この二つから連想されるものは限られてくる。
私は早晩この件を旧知の専門家に相談する事にしようと思う。
あの男であれば判る事もあるだろう。
願わくば彼が私の懸念を一笑に付してくれる事を祈る――。
――アルバート・ウォレスの手記より抜粋。