第82話 頭痛が痛くても強く生きたい
「――ところで、こいつらの名前は何ていうんですか?」
目の前で騒いでいる猫耳娘二人を無視して、ヒルデに質問する。
「あら、視えてるのではなくて?」
すると、ヒルデは俺の質問に対して、しれっと意外そうな顔で返してきた。
……案の定『殺人鬼』の名前をとぼけていた件はカマかけだったらしい。
だが、そこには敢えて触れない。
この女との言葉遊びは、もううんざりだ。
「何故か、この二人は名前が『クィント』って部分しか視えないんですよ」
俺は【ステータス表記】で名前や職業はおろかLvさえも確認出来る。
しかし、何度"視ても"双子の名前は『クィント』としか表記されない。
クィント 狩人:Lv5
クィント 狩人:Lv5
うむ。間違いなく姉妹揃ってクィントさんだ。
双子を眺めながら名前を再確認していると、
「そう。なら名簿で確認してあげる――」
ヒルデはそう言って机の上に置いてあった紙束を手に取り、めくり始めた。
その細く、白い指先で優雅に頁を捲る姿からは眼を離すことが出来ず、惹きつけられるものを感じさせられる。やはり、外見だけならば相当な美女だ。
まあ、それも彼女の本性を知らなければの話ではあるが……。
「――おかしいわね、こちらの名簿にも名前が無いわ。『クィント』というのは彼女たちのファミリーネームみたいだけれど」
紙束の確認を終えたヒルデは怪訝そうな表情で俺にそう告げた。
真剣な顔で名簿の裏面まで確かめている彼女が、なんだか面白い。
「そうですか」
しかし、奴隷商人の名簿にもファミリーネームしか記されていないのは何故だ?
有名なファンタジー小説の"名前を言ってはいけないあの人"でもあるまいし。
……よく分からないが、これは本人たちに直接話を聞くしかないか。
「お前ら、名前は何て言うんだ?」
「あのですね、にゃ。ご主人様サマ?」
ついさっきまで騒いでいた双子に話しかけると、片方がたどたどしい言葉使いで返事をしてきた。彼女たちはいつの間にか俺の傍に移動してきており、ソファの側で二人仲良く寄り添って佇んでいる。
「アタシたちはですねにゃ、実はにゃ……」
それにしても、このおかしな喋り方はどうにかならないものか。
聞いていて調子が狂う。
「無理に『にゃ』を語尾に付けるな」
「「にゃ?」」
二人揃って首を傾げる猫耳×2。
うるさいのは困るが、檻越しに話していた時みたいな口調でも俺は構わない。
ああ、でも一応上下関係はハッキリとさせておこう。
シルベリアの手前もあるしな。
「俺は今日からお前たちの"ご主人様"だけど、呼び辛いのなら『サマ』も要らないよ。敬語も"それなり"でいいぞ?」
俺の言葉を聞いて、クィント姉妹は互いに顔を見合わせる。
そして、しばし逡巡した後、
「本当に?」
「うむ」
「本当の本当に? 怒らない?」
「悪いようにはしないよ」
二人交互に、おずおずと確かめる様に話し掛けてきた。
まだ、遠慮がちな雰囲気ではある。
けれど、語尾に「にゃ」は付いていないし、どこか肩の力が抜けたみたいだ。
姉妹の会話内容はアレだったが、彼女たちなりに緊張していたのだろう。
彼女らは今日見ず知らずの男に買われ、これからの人生を預けることになった。
それで当然だ。むしろ、俺の心証を良くしようと必死だったと思うと愛おしい。
「ご主人、ありがとう……ございます。実はアタシたち――」
鏡合わせの姉妹は堰を切ったかの様に、名無しになった理由を話してくれた。
この二人が言うに、彼女たちは名前を"剥奪"されたらしい。
故郷の村で家族と共に平和に暮らしていたクィント姉妹はある日二人で食事をしていたところ、突然村の大人たちに捕縛され、濡れ衣を着せられた。
そして、村の掟とやらに従い名前と名乗る権利を奪われたのだそうだ。
「みんなアタシたちの言う事を信じてくれなかったんだ……」
「すごく悲しかったよ……」
その後、姉妹は無罪を主張したが大人たちには聞き届けて貰えず、二人は追放処分――それも『奴隷商人』へと売り渡される事と相成った。そこからは"犯罪者奴隷"故か買い手もなかなか決まらず、街々を転々として今日に至る。との事だ。
悲劇なのはそれだけではない。
掟に従い姉妹から名前を剥奪したのも、
奴隷商人に売り払うことを提案したのも、
彼女たちの家族……実の両親だと言う。
この世界の価値観や常識はわからないが、その部分は聞いていて腹が立った。
理由はどうあれ親が子を信じてやらず、あろうことか売りに出すだと?
恥を知れと言うものだ。
なんだ、案外ハードな人生を送ってるんだなこの双子。
可哀想に……段々と同情してきてしまった。
よし、決めた!
この子達もシルベリアと同じ様に精一杯甘やかしてやろう!
辛い思い出なんて忘れてしまう位に、だ!
そうと決まれば、まずは……、
「お前ら。名前は?」
「「え?」」
「聞こえなかったのか? 名前だよ、名前」
「だからアタシたち、村の掟で剥奪されたから名前は無いよ?」
それは聞いた。
その上で俺はお前たち二人に聞いているんだ。
此処はこいつらの故郷では無い。何を気兼ねする必要があるのか。
「違う。形式上はそうかもしれないけど、生まれた時から呼ばれてきた名前は覚えているだろう?」
「お、覚えてるよ! でも剥奪されちゃったし……」
「アタシたちには名乗る権利が……」
俺の言葉に歯を食いしばる様に、ぐっと力を込めて答える二人。
姉妹の姿を見ていると、徐々に苛立ちが募ってきた。
この二人にではなく、彼女らは縛る村の掟とやらに対してだ。
「言え! 言わないと、お前たちは買い取るのはキャンセルだ!」
「「ええ!?」」
俺が威圧するように強く声高に言うと、二人は一緒に驚き飛び跳ね――、
「言う! 言うよ! だから、そんな事言わないでー!」
「ほら、さっさと言え」
「……マリィ」
「ミリィ」
――名前を教えてくれた。
多分、俺と最初に話した騒がしかった猫耳が「マリィ」。
マリィより先に商館に運び込まれて姿が無かった方が「ミリィ」。
双子らしい名前なのかは俺には分からないが、よく似た名前である。
日本名なら太郎、次郎みたいなものか?
うん、今はそんな事はどうでもいい。
名前が判ったのなら次は……、
「よし。なら今日からお前はマリィだ!」
「えっ?」
「で、お前はミリィ! そう名乗れ!」
「ええっ?」
俺はそれぞれに名前を言い渡す。
もちろん、彼女たちが自己申告してきた名前をそのままにだ。
で、事態が飲み込めていない様子なので俺は二人に説明してやる。
「いいか? 俺はお前たちの村なんて知らない、名前を奪う掟なんて糞食らえだ。でもって名前を剥奪されたっていうのなら、今ここで俺がもう一度名付けてやる」
少し感情が乗って偉そうな口調になってしまった。
だが、俺はそのままマリィとミリィに従う以外の道が無いかの如く強気に話す。
これは命令だと、そうする他は無いのだと。
そう思わせる様に高圧的かつ一方的に告げる。
「今日からは胸を張って『マリィ・クィント』、『ミリィ・クィント』を名乗れ。もしも文句を言うヤツが居たら――」
「ふぇぇー、ご主人ー!」「ありがとぉー!」
ドン! と胸を張り、自信満々で二人に話していると、ここからが見せ場だというタイミングで二人が飛びついてきた。男らしく決める場面を潰された気もするがまあいい。泣きついて来た女の子を受け止める度量も男児の嗜みである。
「よしよし――」
マリィ・クィント 狩人:Lv5
ミリィ・クィント 狩人:Lv5
うし、こっちも問題なしだな。
ステータスを表記させると、名前はきちんと表示されていた。
手続きなどを踏まなくとも、宣言するだけで命名出来るのか……覚えておこう。
二人の猫耳に目を奪われつつも頭を優しく撫でる。
俺は元来、犬派の人間だが猫も大好きだ。
それが獣人となれば尚更だ。
獣耳に貴賎は無い。獣人万歳、そして異世界万歳。
「ねぇ、感動に水を差す様で悪いのだけれど」
マリィとミリィを慰めながらも、至福のひと時を堪能していると無粋な輩が横槍を入れてきた。感動のシーンだと理解しているのなら空気を読んで欲しいものだ。
「なんですか? 少し待ってもらえませんか……」
「はぁ――ほら、"忠犬"。愛しのご主人様に読み上げて差し上げなさい」
俺が邪険に扱うと、ヒルデはため息をついてシルベリアに先ほど読んでいた紙束を投げて寄越した。
「わっ! ええと、犯罪者奴隷・クィント姉妹――」
シルベリアが受け取った紙束を凝視して読み上げる。
内容はマリィとミリィに関するものらしく、そこには彼女たちが奴隷になった理由と、此処に運ばれてくるまでの経緯が事務的に記されていた。
罪状『村の食糧保管庫への侵入、及び備蓄の盗難及び着服』。
備考、喪失した食料の補填に充てる為、一人最低二十金貨以上での売約を希望。
追記、前述の金額での売約が困難と予想される為、所有権を譲渡。
再追記、売約・維持が困難な為『白丘の花園』へ移送処分とする。
「――受取人、ヒルデ・グラナート。……だそうですよ?」
「はい?」
俺はシルベリアの読み上げた内容を聞いて、頭の中が真っ白になった。
読んでくれたシルベリアも目を丸くしている。
「くふふ……」
ヒルデは俺の顔を見て口元を手で隠して俯いている。
小刻みに震えているので、きっと笑いたいのを必死に堪えているのだろう。
「ふふ、補足しておくけど現行犯で捕まえられたそうよ?」
侵入?
盗難?
着服?
現行犯?
あれ……冤罪なんだよな?
おいおい、困ったな。言いたい事や聞きたい事が色々と増えたぞ。
「オイ、お前ら……」
「「は、はい!」」
俺は両手で撫でていたミリィとマリィの頭に手を回し、ガッチリと腕を巻きつける様にして二人と目線を合わせ、ニッコリと彼女たちに話しかける。
「村の食糧庫への侵入はともかく、備蓄の盗難と着服ってなんだ?」
笑顔だ、努めて笑顔。
ヒルデの言う事だ。俺を謀って弄ぼうとしているに違いない。
そう言い聞かせつつクィント姉妹の言葉を待つ。
「あ、あのね? ご主人。うちの家は家族が多くて――」
「そう! それで朝も夜もお腹いっぱい食べさせて貰えなくてさ?」
ミリィとマリィは固まっていたが、やがて観念した様に話し出した。
どうやら罪状に関しては、完全に否定はしないらしい。
頭痛が段々と鋭くなっていき、少し笑顔が崩れそうになるが踏みとどまる。
「それで? どうしたんだよ」
「毎日、狩りをしても足りなくて……少しずつ食糧庫から拝借してたの」
「小さい弟や妹たちと同じ量じゃどうしても満足できなくて」
ほう、面白いことを謳うじゃないか。
なるほどな。日々の食事が物足りなかった訳だ。
それで村の食糧庫から毎日ちょろまかしていた、と。
……徐々に笑顔が崩れ始めたのに気付き、全力で維持する。
「で、でも食べた分は次の日に狩りを頑張って返してたんだよ?!」
「ちょっと量は足りてなかったかもだけど――」
「ミ、ミリィ!」「むぐぅ!?」
マリィが俺の顔色の変化を察したらしく、姉妹の口を押さえて止めた。
ハハハ、何が失言か分かっている辺りは評価してやろうじゃないか。
頭痛が激しさを増してきた。
だが、最後にひとつだけ聞いておいてやる。
それ次第で今後、彼女たちに対して俺がどういう扱いをするか決めよう。
「冤罪?」
「だ、だって借りてただけでちゃんと返してたし……」
「そうだよ、無断だったけど……」
悪い事だと分かってはいたけど、こんな事になるとは思わなかった。
……そんな口振りだ。
子供みたいな言い訳をする二人に対して頭が酷く痛む。
頭痛は一気に俺の許容限界を越え、血圧は激しく上昇し始める。
きっと今の俺は見事なまでに"顔真っ赤"に違いない。
「ぐぬぬ……」
「ご、ご主人様?」
「ああ、もう! 頭痛が痛いー!!」
しかも格好をつけていた手前恥ずかしい。
俺はわき目も振らず、シルベリアの太腿に頭から倒れ込み、
「プピッ!?」
丁度、お手頃な位置に転がっていた"イイ感じのクッション"を両手で掴んでグリグリと顔を擦り付けた。柔らかく、お日様とハーブの香りがする"この毛玉"はジタバタともがいて保持が大変ではあるが、感触はとてもとても気持ちいい。
「ピ、プピィィ!」
――こうして俺はしばらくの間、現実から逃れる様にシルベリアの膝上で頭痛が治まるまで転がり続けた。
折角、格好をつけて名前も付け直してやったのに……あの猫耳娘共め。
彼女たちには一般的な常識が欠けているのかもしれない。
しかし、買うと宣言してしまった以上は俺の奴隷であり、仲間だ。
苦労しそうな気もするが、何とかして第一戦を張れる様に鍛え上げよう。
覚悟しておけよ……。
売り払った無責任な親御さんに代わって俺がしっかりと教育してやる。
どこに出しても恥ずかしくない立派な『狩人』にしてやるからな――。




