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第6話 自業自得かもしれないけれど強く生きたい

「オラ、そこで大人しくしてな!」


 そんな言葉と共に俺は背中に衝撃を受け、前のめりに頭から石畳に突っ込んだ。

 声らしい声を上げることさえ叶わず、俺は冷たい床と口付けを交わす。

 そして、背後からはガシャンと扉が乱暴に閉められた音が響き、続いてカチャカチャ……と金属音が聞こえてきた。きっと扉を施錠されたのだろう。


「うえっ、ぺっぺっ……」

 

 口の中に砂利の様な物が入ったので吐き出した。

 両腕は体の前面で長方形の木の板にはめ込まれていて自由が利かない。

 よく映画で見る囚人が付けられている様な手枷だ。


 此処は冒険者ギルドの地下階。おそらく倉庫だろうか?

 二メートル四方の四角い部屋で隅には木箱が積み上げられている。

 部屋は暗く俺が放り込まれた扉の隙間から光が漏れている。

 それが唯一の光源だ。


 ギルドでフルプレートの集団に剣を突きつけられた俺は引き摺られる様に建物の奥に連行され腕に木製の手枷をはめ込まれた後、石の階段を降り地下まで連れて来られて今に至る。

 

 なんなんだよ……。 


 説明もなくいきなり罵られた上に剣で脅され、囚人の様な扱いを受けた。

 驚きで気が動転していたが、自分の置かれている状況を整理していくに連れて

理不尽さに腹の底から怒りがこみ上げてきた。

 

「クソッ! 俺が何かしたかよッ!!」


 思わず大声で叫んだ。

 どうしようも無いと分かっていても叫ばずには居られなかった。


「うるせえぞ! 静かにしてろ!」


 ガンガン! と扉を叩く様な音と共に反応があった。

 俺をここに叩き込んだ男の声だ。


「なぁ、訳が分からないんだ!

 俺、何もしてないんだ。何かをしようとも思ってない!」

 

 縋り付く様に扉の向こうに話しかけた……。

 きっと何かの間違いだ、お願いだから話を聞いてくれ。

 と、そんな思いを込めて。


「だから、うるせえ!

 死体を弄ぶ屑野郎が何を言ってやがる! 話しかけんな!」


 取り付くしまもなかった。返ってくるのは怒声だけだった。

 しかし気になる言葉を聞いた。


 「死体を弄ぶ屑野郎」……どうやら俺の事らしい。

 少し引っかかるものを感じ、アメリアの言葉を思い出す。

 彼女は俺にこう言っていた。「汚らわしい死霊王の使途」と。

 その言葉と共にあの時のアメリアの表情と白髪の老人の人を見下した様な青い眼が脳裏に浮かび、背筋が寒くなる。だが首を振り、それらを頭から消し去る様に自身の職業をイメージし、表示する。



 死霊術士:LV1


 ああ……、コレ(・・)か。


 恐らくだがこの世界では俺の職業は疎まれているらしい。

 考えてみればそうだ、「死体」を「利用」するのだ。

 そのことに関して、この世界のどこか非現実的な雰囲気に呑まれて俺は軽く考えていたのかもしれない。


 元の世界でも個人が私用で他人の遺体を弄んだりしていればそれは犯罪だ。

 法律的にも世間的にも重く罰せられるものだ。

 ゲームやアニメの世界でも死霊使い、ネクロマンサーといった職業は大抵の場合は敵か狂人、いいトコ嫌がらせ担当のデバッファーかダークヒーローだ。

 堂々と正義を名乗れるものではない。

 

 しかし俺にはこれしか無かった。今更な言い訳だが……。

 正直少し捻くれていてカッコイイとか思った事も否定出来ない。

 だが、この現状はあまりに酷い気がする。


「あの……俺、これから……どうなるん……ですか?」


 ゴンゴンと手枷で扉を叩きながら、声を抑え目に扉の向こうに居るであろう人物に話しかけた。


「だから静かにしてろつっただろうが! 心配しなくても三日もすれば王都から使者が来る。その時には出られるだろうよ」

 

 あれ、三日我慢すれば出してもらえるのか? なら――、


「まぁ、その日がお前の最期の日だろうけどな。

 精々地獄(むこう)で仲間と仲良くやってくれや!」


 ハハハ! と見張りの男が嘲笑う。


 ――思わず呆然となった。


 膝が崩れて石畳にへたり込み、手枷が大腿の上に落ちる。


 嘘だろ……このままだと俺、殺されるのかよ。

 異世界(こっち)に来てまだ一日も経っていない……。

 ほんの数時間位前にはまだこれからの新しい生活に胸躍らせていたと言うのに。


 ありえないだろ。

 そう思ったがこれが現実らしい。



 少しの間、放心してしまっていたが時間が経ち、ようやく頭がまともに動き出したのでギリッと奥歯を噛み締め思考回路を切り替える。


 どうする? 「もしかしたら」に期待して三日待つなんてのは有りあえない。

 ここからどうにかして出なければ……それも自分の意思で……!

 

 考えるんだ! 今、この場で自身が出来る事を考えろ!


 何か、ここから逃げ出せる手立てはないものか。

 囚われている部屋を見回すが、一面が石で造られており、当然の事ながら抜け出せそうな窓なんてものは無い。


 不意に空気の流れを感じた気がしたので、ソレを頼りに足元を調べると通風孔の様な物があった。だが、そこにはガッシリとした鉄の格子が取り付けられていた。とてもじゃないが簡単に取り外せる様な代物ではない。それに、そもそも穴が小さすぎて俺の体では通れそうにもなかった。


 他には部屋に積み上げられている木箱にも目を付けたが重く、頑丈な造りで手枷を付けられた今の自分にはどうにも出来なさそうだった。こういう時には木箱や宝箱の中に脱出の助けになるような気の利いた道具でも入っているのが相場だと思うが、そこまで優しくはないようだ。……当たり前か。

 

 残すは俺が入って来た木製の扉だけだが……。

 施錠されている上に見張りが少なくとも一人は居る。

 他に気配はしない気がするが自信は無い。

 

 ふと死霊術士のスキルを確認する。

_____________________________

 【ボーンランス】 

 鋭く尖った肋骨を召喚し相手に撃ち出し貫く。

 周囲に死体・支配下のアンデッドが存在していれば追加詠唱を行う事でそれらからも同時に発生させる事が出来る。


 【低位アンデッド作成】 

 低位のアンデッドを作成、使役する。作成には生物の死体が必要。

 素体に応じた低位のアンデッドが作成される。

_____________________________


 もしかしたら俺のINTなら【ボーンランス】で扉を破れるかもしれない……。

 でも見張りはどうする? 続け様のボーンランスで倒すか?

 いや、MPの総量が把握出来ていないから無駄撃ちは避けたい。


 ……そうだ、大声を出して扉の前に呼び付けて扉ごと串刺しにしてしまえば。

 あるいは大声で喚けば扉を開けて入ってくるかもしれない。

 ソコを狙えば一石二鳥だ。

 そして死体さえ出来れば低位アンデッド作成が俺にはある。

 それを味方につけてギルドに放てば混乱が起きるハズ。

 パニック物のお約束だ。予想外の場所からモンスターが出てくればすぐには対応出来ないだろう。混乱に乗じて死体が増えれば尚いい、そのままアンデッド作成で手駒を増やせるだけ増やせば……。

 脳裏に再び支部長と呼ばれていた白髪の老人とアメリアの姿が浮かぶ。

 歯を強くかみ締め。二人を蹂躙する光景を想像する。思わず口元が歪んだ。

 暗い感情が頭の中を塗り潰していく――。

 いい気味だ……見ていろ。今から――、



 ――『頑張れよ』



 ――不意にアレフの声が頭に浮かんだ。

 アレフとミーア、この街で自分に優しく接してくれた二人の姿を思い出す。


 今、俺が暴れる事に成功すればギルドを壊滅させて脱出する事が出来るかもしれない。だが上手くギルドを壊滅させる事が出来たとして次は街だ。街からも脱出しなければきっとまた今の状況に逆戻り、いや、その場で殺されるだろう。

 しかしそうなれば門番のアレフは間違いなく街側だ。アンデッド達と戦う事になるだろう。もしかしたらミーアだって巻き込まれるかもしれない。


 あの二人を傷付ける様な事なんて俺には出来ない……。

 そんな事……考えたくも無い。

 

 ああ――、俺は何を考えていたんだ。

 スッ、と頭から熱と毒気が抜けるのを感じる。

 自分の中のドロドロとした暗い部分が落ち着いていく。


 頭が冷えてくると、さっきまでの考えの浅慮さにも気付いた。

 そもそもLv1の俺が作成した低位のアンデッド一体でドコまでやれるのか?

 不意打ちで戦闘が苦手な非戦闘員を何人か倒せたとしても此処は冒険者ギルドだ。自分の身一つでモンスター達と戦い、しのぎを削り合う荒事に慣れた連中の集まる場所だ。俺を捕まえた時のフルプレートの連中も居るだろう。

 MPだって心許ない。なんせ「MND」が1しか無い。

 まだスキルにどの程度のMPを使うかの把握も出来ていない。

 下手をすれば死体があってもアンデッド作成もボーンランスも使えなくなってそのままジリ貧の内に殺されるだろう。

 耐久面でも「VIT」(生命力)も「DEF」(防御力)も1の俺だ。不意討ちでも貰えばそれで終わるかもしれない。

 

 壁にもたれかかり、ふーっと息を吐いた。

 どうしたもんかな……。

 いっそ『武神の極意』を使って知性派物理職でも目指すべきだったか……。

 今からでも使って職業変えられれば「俺は死霊術士じゃない! 何かの間違いだ!」とか主張出来るだろうか? いや『死霊術の理』にも別の職業には転職不可になるって書いてたから怪しいよな。これは最終手段だ、完全に手詰まりになってから祈りながら試そう。


 他は……他に使えそうなアイテムは――。

 インベントリのアイテムを確認して行くと一つのアイテムに目が留まった。


 ……有った! でもコレは――、

_____________________________

『ランダムワープスクロール』

 使用すると一度だけ発動場所を中心に一定範囲内の

「ワープ後に使用者が生命活動を維持可能な場所」へランダムで転送する。

 消耗品では無いが再使用するにはMPを消費しての魔力充填が必要。

 PTで使用することでPTメンバー全員に効果を及ぼすことも可能。

 上位の魔法職が使用することで大量のMP消費と引き換えに「ワープスクロール」として使用可能。

_____________________________


 ――正直賭けだ。


 「発動場所を中心に一定範囲」というのはどの程度の距離なのか……。

 しかもランダムだ。下手すれば冒険者ギルドの建物内か最悪この部屋に再び出る可能性もあるのかもしれない。

「ワープ後に使用者が生命活動を維持可能な場所」と表記してあるからには壁の中や水の中には飛ばないとは思うんだけど、もし急に高所とかに放り出されたら俺は潰れたトマトの様になるだろう。手枷のせいで腕の自由が利かないし。


 しかし他に事態を変えてくれそうなアイテムも見当たらない。

 コレか『武神の極意』の二択だ。


 ええい! ままよ(・・・)

 

 俺は『ランダムワープスクロール』に賭ける事にした。

 インベントリからアイテムを選出し、意識を手に集中させる。


 何かを握るような感触を感じ、確認すると丸めた紙の様な物を手で掴んでいた。


 どうやって使用するのだろう?

 開いて確認しようとするが、手枷で腕が固定されているので思うように広げる事ができない。


 くそっ、ホント邪魔だなコレ。

 虜囚の自由を奪う為の物だろうから当然なんだろうけど!

 床に押し付けるようにしてやっとの事で開き、扉から漏れる光で照らし出す。

 そこには丸い円状の図形に三角形の図形を上下逆に二つ合わせた様な模様が描きこまれてあった。いわゆる「六芒星」だろうか? 

 他にも細かい文字や図形も描きこまれている様だが暗くてよく見えない。


 それとなく掌をスクロールに書き込まれた図形に押し当て力を込めると、六芒星を中心に書き込まれた文字が淡く緑色に輝きだした。

 真っ暗だった地下室を光が照らし出し幻想的な光景が広がる。


 おお? これでいいのか?

 でもこのままだと見張りに気付かれるかもしれないな。

 頼むぞ……。


 掌に意識を集中させ「飛べ!」と強く念じると図形が大きく拡がり俺がすっぽり収まるサイズになった。更にスクロールはより一層輝きを増していき……。

 浮遊感と共に俺の視界は光に包み込まれた――。

 

_____________________________


 翌日、アイルムの冒険者ギルドから冒険者達に向けて発表があった。

 その内容は以下の様なものである。


「昨晩、当ギルドにて拘束していた死霊術士が脱走した」

「万全の拘束を施していたにもかかわらずその人物は煙の様に消え失せた」

「特徴は銀髪・金眼で男性、黒く染められた異国の装束を纏っている」

「逃亡した人物は最低位である『死霊術士』であった為、現状では脅威度は低いと予想されるがギルドとしては冒険者各位に警戒を呼びかけるものである」

「当該人物を発見した場合は即座にギルドに報告する事」

「身柄の確保に貢献した冒険者にはギルドより褒賞が与えられる」

「尚、やむなく当該人物との戦闘に発展した場合は対象の生死は不問とする」


 そしてこの日からアイルムを中心に王国全土に手書きの人相書きが出回ることになる。そこに描かれた人物像はお世辞にも上手いとは言えない出来の物であったが……。

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