第5話 思い描いた自分の様に強く生きたい
冒険者ギルド――。
そこは様々な目的を持った冒険者達が集う場所。
夢を叶える為、自身の腕を試す為。
仲間との出会い、好敵手との巡り合い。
冒険、名誉、財宝、金、etc.etc……。
様々なモノを求め、各々の思惑を胸に彼等はソコに集う。
交易路の途上に栄える街「アイルム」の大通り。
その丁度中心に位置する場所に建つ冒険者ギルド「アイルム支部」。
建物の表側にはギルドと冒険者を象徴するシンボルである「通貨と剣」が描かれた旗が掲げられ、風を受けてゆらゆらと揺らめいていた。
アイルムでは珍しく石材を多めに使った建築をしており、周りの他の建物と並べるとやや浮いた印象がある。入り口の扉は木製だが背が高く、しっかりとした造りで、日差しによって黒く焼けた木材が年季を感じさせる。
時間帯は真昼を過ぎ、日がやや西に傾きかけた頃。
丈が短い黒い衣服を纏った一人の男が意を決してギルドの扉を開いた――。
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ああ……緊張する……。
動機が激しくなり、息切れを起こしそうになる。
どうもこういう人が多く出入りする場所は苦手だ。
緊張するのは最初だけですぐに慣れるものだと頭では分かっていてもこうなってしまう。
扉を開けギルドの中に足を踏み入れると正面にはカウンターの様な物があり、左右には木製のテーブルと椅子が列を成して並べられていた。幾つかのグループがその席を囲み話をしている。
大通りや食堂程ではないがギルド内も人が多く賑わっており、最初その中の幾人かがこちらを見たが、すぐに何事もなかったかの様に他の冒険者達との会話に戻っていった。人が多く熱気を感じそうなモノなのだが何故か空調が効いているかのように涼しく、外の様な熱さは感じない。
ギルドに入る直前と比べると少し緊張が解れた気がするので一通り周囲を見回し、正面に向けて歩き出した。
受け付けは多分あそこだよな?
もし違っていたとしても居るのはここの関係者だろうし場所は聞けばいいか。
そう思い、通路で立って話し込んでいる冒険者を避けつつカウンターに向かい歩く。
すれ違う冒険者や席に座っている者をそれとなく見るが皆それぞれ装いが違っていて見ているだけでも楽しい。
剣を提げた者、弓を背負っている者、やや大きめの盾を持った冒険者も居た。
流石にフルプレートの鎧や大剣を背負った様なのは居なかったが。
俺も冒険者になればああいう仲間達と冒険する事になるのだろうか?
自分のステータス的には後衛になるだろうから頼りになる前衛と出会いたいものだ。あるいは同じ後衛と組んだりしても悪くない。気の合う仲間と組めれば多少辛くても楽しいハズだ。
……可愛い女の子とお知り合いになれればさらに良い。
異世界に飛ばされる前は魔法使いへの転職が内定していたがこっちでは上手くやろう。やってみせる。コレは絶対だ。
色々と脳内で妄想している内にカウンターの前に辿り着いていた。
キリッと頬が緩んでいた顔を引き締め。眼鏡をかけた受付嬢らしき女性に声をかける。
「すいません、冒険者登録をしたいのですがここでいいですか?」
少し、ほんの少し声が上擦った気がしたが大丈夫、ハッキリ言えた。ハズ。
「はい! 新規での冒険者登録ですね? それではあちらの席までどうぞ!」
受付の女性に案内されカウンター沿いに設けてある席に向かう。
俺が背もたれのある椅子に腰掛けると紙の束の様な物と小さなプレート状の物を抱えてさっきの女性がカウンターを挟んだ向かい側の椅子に座った。
「では簡単な説明と、ギルドに加入するにあたっての規則、禁止事項等を御説明させて頂いた後ギルドカードの登録をさせて頂きます。ご質問や不明な点が御座いましたらその都度遠慮なく仰って下さい!」
ハキハキと喋る女の子だ、言葉が聞き取りやすい。
年齢は十代後半位だろうか?
綺麗な赤髪を二つ結びにしていてやや幼さが残る可愛らしい顔だ。
そして細い黒縁の丸眼鏡をしている。
少し雀斑があるがむしろそれが彼女の魅力を引立てている。笑顔がかわいい。
胸の方は魔法使いに操を立てていた俺には正確な数値は測れないが結構な戦闘能力を誇っていると思われる。俺のスカウターではこの表現が限界だ。
白いシャツの様な制服の上にぴっちりとした赤いベストを着込んでいる。
そして胸に掛かる二つ結びの赤い髪の毛がソレを強調する……。
素晴らしい。その一言に尽きよう。
「えっと、俺、字の読み書きが出来ないのですがその辺りは大丈夫でしょうか?」
ここで「貴女のお名前は?」と聞くのが選択肢の一つなのかもしれないが焦ってはいけない。
「はい、読み上げと代筆ですね。問題ありませんよ!
それでは他に御質問等ありませんか? ……もし、無い様でしたら今から私、"アメリア・ゴードウィン"が当ギルドに登録されるに当たっての御説明させて頂きますがよろしいでしょうか?」
――よし。「アメリアちゃん」ね。己の魂に刻み込む。
しかし、この世界は可愛い子が多いな。
ギルド内の冒険者にも割と可愛い子が多く居たから、登録を終えたら意外とすぐに出会いがあるかも知れないな……。そんな事を考えながら俺は、
「はい、ありません。よろしくお願いします、アメリアさん」と応えた。
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アメリアちゃんから受けた説明は大体以下の様なものだ。
――冒険者ギルドの規則――
基本的に冒険者ギルドに登録した冒険者はギルドを通してクエストを受け、
クエストを達成した後ギルドに成果を報告し報酬を得る。
クエスト達成が困難であったり不可能になった場合、つまりクエストに失敗した時はギルドに違約金を支払わなければならない。
また、ギルドに依頼を出している依頼主にギルドを通さず直接交渉した場合はギルドから罰金を始めとしたペナルティが課せられる。
そして冒険者にはその実績や実力に応じたランクが定められており、クエストに設定されたランクが自身のランクより上の場合は基本的にそのクエストを受ける事は出来ない。実力に見合わないクエストを受けて失敗したり、冒険者が命を落としたりする事を少しでも減らす為であり、「冒険者」「ギルド」「依頼主」それぞれの「命」「信用」「利益」を守る為でもあるだそうだ。主に特定のモンスターの駆除や素材の収集、物品の探索等のクエストがコレに当たるらしい。
少し条件が変わるのが以下の特殊なクエスト群だ。
「ダンジョンの攻略」「賞金首の討伐・確保」「緊急依頼」「大規模駆除・討伐」
等々で、不意に遭遇したり巻き込まれたりした場合でも成果に応じた報酬をギルドから受ける取ることが出来る。なのでクエストを受けずに参加する事も出来る。
だが、ギルドがクエストにランク付けを行い危険度やその他情報を提示したり、クエストによってはアイテムの支給や貸し出しを行う事もあるので参加する意思がある場合はギルドで参加申請を出しておくのがベターらしい。時と場合によっては複数PT (パーティ)規模での連携でクエストに挑む事もあるそうだ。
後は、禁則事項としてギルド内やメンバー間での暴力行為は原則禁止だが、相手側から手を出されたり挑発された場合は正当防衛が認められる。それも割と寛大な様で「武器を抜かれた」「不当に拘束された」「名誉を汚された」等、当人が明確に害意や敵意を感じたその時点で稀に例外はあるが「結果的に相手を死に至らしめても」ギルドは関与しないらしい。過剰防衛という言葉は存在しない様だ。
「ギルド内・メンバー間での迷惑行為、盗難行為、詐欺行為は禁止」など当たり前のような禁則事項がつらつらと説明されていた中、その部分は自分の知ってる倫理観とは大きくかけ離れていた。改めて自分は別の世界にいる事を実感させられた気がした。
極端に言うとちょっとしたセクハラ・パワハラからでも下手をすれば殺し合いに発展する訳だ。恐ろしい世界だ、気を付けよう。
「――以上が当ギルドに登録されるにあたっての規則、禁則事項になります」
この後続いて「御質問や御不明な点はございませんか?」と聞かれたのでギルドカードやパーティの事に付いて幾つか質問した。
ギルドカードについて。
ギルドに登録した際に支給されるカード。
持ち主のランクに応じて色が変わる特殊な素材で出来ているそうだ。
更に身分証明書の様な物でもあるらしく登録した本人の情報や、ギルドに手配されているモンスターや賞金首を倒した場合はその履歴まで残るらしい。
紛失した場合は再発行されず、金貨10枚で新規登録という扱いになる。
つまりカードを失うと積み上げたランクや実績も水の泡になる。
PT (パーティ)について。
PTリーダーが自身のギルドカードを持ってないと無いと組めない。
1PTの参加人数は最低2人、最大8人迄である。
2つ以上のPTをPT単位で統合して大きな規模のPTを組むことも可能。
PTを組むとギルドカードにPTメンバーの名前が表示され、死亡すると名前が消える。多少なら距離が離れていても有効なので生存確認が可能。
よし、大体わかった。アメリアちゃんとも沢山話せたので満足だ。
「今わからない事は全てわかりました。ありがとうございますアメリアさん」
と笑顔で言うと向こうも笑顔で「いえいえ」と返してくれた。可愛い。
「では続いてギルドカードの登録に移りますね。すぐに済みますのでこのカードに御手を重ねて頂けますか?」
そう言いながらさっき紙束と一緒に抱えてきたプレートの様な物をスッと差し出してきた。色は白いが光沢があって金属板の様だ。
こうかな? 俺はカードに右手を重ねた。
「あ、もっと……こう……手のひらをカードに密着させる感じですね」
不意にアメリアちゃんが白い手を俺の手に重ねて上から押す。
おっほおお!
や、柔らかい……そしてひんやりして気持ちいい……。
ふと顔を見ると真剣な表情で俺(の手)を見ている。
笑っている顔も可愛いけど真剣な顔もいいなぁ。
そんな事を考えつつアメリアちゃんを観察していると。
「あれ……? おかしいな」
アメリアちゃんが小さな声で洩らした。
何か問題でも起きたのだろうか?
「少しカードを確認させて頂きます、失礼致しますね……」
と言い俺の手をずらし、下からカードを引き抜く。
そして「むむむ……」と唸りながらカードを見ている。
「すみません、少しカードの登録が上手くいかないようで……ヒッ――」
ん? 一瞬驚いた様な声が聞こえたのでアメリアちゃんの顔を見るとカードを見ながら怯えた表情をしていた。
「あのー……、もしかして何か問題でもありましたか?」
と、恐る恐る声をかけてみると、
「い、いえ……その、実は名前の部分が表示されて、なくて。驚いてしまいました。すみません」
少し目を伏せがちにアメリアちゃんが申し訳なさそうに言う。
うん、可愛い。
なんだそんな事か。
怯えた様な顔をしてたから心配しちゃったぜ。
名前か、……名前?
……そこでようやく思い出した。
あー、しまった。
そういえば「名前:未設定」のままだったか。
やらかした。ステータスと職業、緊張とかアメリアちゃんに夢中だったせいですっかり頭から抜けてた。
確かギルドカードには本人の情報が表示されるって言ってたもんな。
これ、もしかして再発行扱いで金貨払わないといけないんだろうか?
名前、無かったらダメだよな多分。
「もしかして再発行になっちゃいますか?」
聞いてみるとアメリアちゃんが手を胸の前でぶんぶん! と大げさに振りながら
「い、いえいえ! きっとカードの方が粗悪品だったのだと思います。
こちら側の責任です。上の方に事情を伝えてすぐに新しいカードをお持ちいたしますのでこのままお待ちいただけますか?」
と言ってきたので「はい、大丈夫ですよ」とスマイルで返した。
「では……少々お待ちくださいませ。申し訳ありません」
アメリアちゃんがやや足早にカウンター奥の扉に消えていったのを見送り……、俺は急いで名前の設定に取り掛かった。
しかしいざ自分の名前を決めるとなると悩むな。
ゲームでも名前で悩む方だったけど今の状況だと殊更迷ってしまう。
勿論元の世界での実名を名乗るつもりはない。
引き摺ってるみたいで嫌だからだ。
この世界では新しい自分として生きる。そんな覚悟をしたばかりだ。
名前:未設定 死霊術士:LV1 種族:人族
どうするか……。んー。
……そうだ。
アレにするか。
俺にとってのもうひとつの名前。
元の世界に居た時もリアルの自分とは違うありのまま、理想の自分でいられた
名前。
それはネット上で愛用していたHN (ハンドルネーム) だ。
その名前を名乗っている時の俺は気取らず素直に思った事を人に伝えられた。
もちろん暴言や人を中傷する様な事をぶちまけたくなった時もあったが……。
その度にせめてネット上では理想の自分であろうと自分を納得させた。
他人を傷つける様な事をあえて伝えるのは何か違うと思うからだ。
キレイ事だとは自分でも思った。
それでも自分で付けたその名前だけは決して裏切らないように努めた。
俺にとっては本名より多く名乗ってきたかもしれない大切な名前だ。
うん、俺がこの世界で新しい名前を名乗るとしたらコレしか無い。
何を悩んでいたんだ俺は。
よし、決めた! 今日から俺の名前は「イ――「お待たせ致しました」」
名前を入力しようとした時にアメリアちゃんが戻ってきた。間が良いのか悪いのか。
アメリアちゃんの隣には黒いローブを着た白髪の老人が立っていた。
顔に深い皺を刻み込み、髭も白い。瞳は青く、眼つきは鋭く冷たい印象を与える。
結構な年に見えるが腰は真っ直ぐで背はアメリアちゃんより頭ひとつ高い。
厳しそうな雰囲気で俺の苦手なタイプだ……。
上に伝えるって言ってたし上司の人かな?
わざわざ上役の人が来るって事は意外と大きな問題になったのだろうか?
もしも俺が原因でアメリアちゃんが怒られたのなら悪い事しちゃったな。
でももう名前も決まったし問題な――、
「アメリア、この若者か?」
厳格そうな声で老人が問い、アメリアちゃんが口を開く。
「はい、支部長。この人です……、この人が死霊術士です!
……汚らわしい死霊王の使途ですッ!」
「え?」
思わず頭の中が真っ白になった。
アメリアが親の敵でも見る様な顔で俺を睨みつけている。
そして、チキッ……と金属が軋む様な聞きなれない音と共に首元に冷たい感触を感じたので、顔を動かし周りを見ると……銀色のフルプレートアーマーを纏った兵士達が俺を取り囲むように剣を突き付けていた――。