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第35話 互いに囁き合いながら強く生きたい

 月下の中庭――。

 その中心で水を滴らせる物体の付近には現在二人(・・)の人影が在る。


 一人は黒服を纏った金色の鋭い眼をした青年。

 彼は今、この世界ではありふれた日用品である『キシルトの小枝』を用いて歯の手入れを行っている。

 もう一人は白い夜会服を纏う紅い眼の少女。

 彼女は青年が歯の手入れを行う姿を、立派な毛並みの尻尾を緩やかに振りながら一心に眺めていた。少女の美しい銀色の髪は薄暗い中庭であっても月明かりの加護を受けて淡く光を放ち、その頭部に生えている三角形の獣耳は時折、周囲の音を拾うかの様に小さく動いている。



 ――シャクシャクと、ただひたすらに歯を磨く。

 歯の前面から始まり、奥歯の裏側までしっかりと丁寧に。

 『キシルトの小枝』で歯を磨いていると、清涼感のある香りが枝から染み出してきて口の中がさっぱりとしていく。シャノン先生曰く、これが殺菌・消毒効果のある樹液らしい。市販の歯磨き粉にありがちな舌が麻痺するような感覚が無く、なかなかに良いものだ。先端を潰す手間さえなければ俺の元いた世界でも売れるんじゃないだろうか。

 潰した部分の繊維も程よく柔らかく、ストレスなく歯を擦れる。

 最初は歯茎にささくれた部分が刺さる心配もしていたがそれも大丈夫そうだ。

 うーん、"森の嫌われ者"だなんて呼ばせておくには惜しい素材だなこれは。

 


「ご主人様は丁寧に歯を磨かれるんですねー」

「冒険者は歯が命だからね」


 枝先を素手で捻り潰した少女、シルベリアが楽しそうに話しかけてくる。

 俺が歯を磨き始めてからずっと見つめてくるのだが……面白いのだろうか?

 何やら少し気恥ずかしい。


「私にはよく分かりませんけど大事なことなんですね!」

「そう、大事なことだよ。シルベリアも手を抜いて虫歯にならない様にな」

「はい!」


 俺の適当な返答にも真剣に応えてくれるこの健気な女の子とは、まだ出会って一日も経っていないというのに、もう自分にとっては心の拠り所の様な存在にも思える。

 異世界(こっち)に来てからは自分の気の多さに驚いていたが、彼女ほどストレートに好意をぶつけて来られると他の女の子よりも特別に強く意識をせざるを得ない。


 まあ……要するに俺はシルベリアに惚れているのだ。

 しかし、彼女にこの想いを伝えても良いものなのか……。

 シルベリアは俺が想いを告げたら拒絶することなく受け入れてくれるだろう。

 だが、それは彼女の本心からの気持ちなのだろうか?

 未だに見捨てられることを恐れてのものだとしたら……。

 そう考えると俺は怖くなる。怖くて彼女には伝えられない。


 頭の中でそんなことをグルグルと逡巡していると、シャノンの姿が見えた。

 彼女はシルベリアが小枝を捻り潰したのを目撃した後に、フィリアさんの手伝いをする為に一足先に屋敷へと戻っていた。

 その彼女が戻って来たということは――


「――お客様、お部屋の準備が出来ましたのでいつでもお戻りいただけます」

「お湯の用意も出来てる感じですか?」

「……はい、ご用意してあります」


 ――準備は万事整っているらしい。

 何のことは無い、お湯は体を拭う為の用意なのだが……一組の男女が同じ部屋で、となると少し意味合いが深くなってしまう。

 いよいよ覚悟を決めるしかないのだろうか?

 まぁ、ここで俺が取るべき手段はとりあえずは……、


「よし、シルベリアは先に戻って湯を使っていいぞ!」

「えっ……ご主人様より先になんて使えません!」


 時間稼ぎだった。

 正直もう少しだけ覚悟を決める時間が欲しいというか。

 いきなりお互い裸で身体を拭うのはハードルが高いといいますか。

 一度シルベリアの全裸を見ているとはいえ、俺にはまだ刺激が強い。

 シルベリアだって恥ずかしいだろう。これは彼女への気遣いでもある。

 

「俺は熱いのが苦手なんだ。水浴びで済ますからいいよ。

 ――シャノンさん、シルベリアを手伝って上げてもらえませんか?」

「――かしこまりました。シルベリアさん、行きましょうか?」


 シャノンに目配せをすると、月明かりの下にも関わらず俺の意を察してくれたらしく、快くシルベリアの手伝いを引き受けてくれた。

 うむ。空気が読めてしっかりと気配りも出来る女の子だ。

 きっと良いお嫁さんになるぞ。


「ご主人様、でしたら私も――」

「駄目だよシルベリア。女の子が身体を冷やしちゃいけないよ」


「……分かりました。お部屋でお待ちしていますね」

「俺も少ししたら行くよ。ではシャノンさん、シルベリアをお願いしますね」


 シルベリアが言い出すであろうことは、なんとなく予想が付いていたので途中で割り込んでキャンセルさせて貰う。

 やや強引だったが今回は引き下がってくれた様だ。

 ほんの少しだけ不本意そうなオーラを出している気もするが……。


「お任せください。……あの、これをどうぞ――」


 シャノンが俺に手拭いを手渡してくれた。

 まさか……ここまでの展開を読んでいたというのか!?

 やはりこの子は侮れない。というか、俺の行動が読みやすいのかな……。


「ありがとうございます、シャノンさん」 

「いえいえ、もう寒くなってきてますのでお早めにお戻りくださいね」


 彼女は俺にそう告げると、シルベリアの手を引いて屋敷へと戻っていった。

 言われてみれば肌寒い。

 これは選択を誤ったかもしれない。

 ここから湧いてる水、さっき口に含んだら結構冷たかったんだよな。

 

 だが、既に退路は無い。

 そんなものは自分の手で潰した。

 ――いざ、参る。


 俺は覚悟を決めて衣類を全てインベントリに格納し、手近にあった桶で水を汲み一気呵成に頭からそれを浴びた。すると全身を冷たい刃で斬りつけられたかの様な感覚が襲い掛かる――。


 この後、中庭に俺の奇声が響き渡ったが幸いにも誰も駆けつけては来なかった。

 屋敷内まで声が響かずに気付かなかったのか、憐れに思ってそっとしておいてくれたのかは定かではないが……。


_____________________________



「さ、寒ぃいー」


 身を清め終え、全身を念入りに拭ってから俺は屋敷へと戻った。

 インベントリから取り出した服が暖かく感じられるほど俺の身体は凍えている。


 屋敷に入ってからは偶々なのか自分以外の人間を見かけていない。

 とは言っても元々フィリアさんとシャノン、そしてアイリしか居ない様だが。

 少数精鋭主義にしてもこの広さの屋敷を回すには少なすぎる気もする。

 まだ俺が会ったことの無い人物が居たりするのだろうか?

 

 しかし、寒い。こんなことならば素直に一緒に部屋に戻れば良かったか。

 ……いやいや、あそこで気遣いが出来なくてどうする。

 俺は間違っちゃあいない。きっと。

 ガチガチと歯を鳴らし、自分の体を抱き震えながら俺は部屋へと向かった。


 

 部屋の扉の前で止まり、コンコンと数度ノックする。

 いきなり開けてシルベリアがまだ身体を拭いている最中だったりしたら駄目だ。

 そうなれば俺が身を裂く思いをして水垢離をした意味が無い。


「――俺だけど、入っても大丈夫かな?」


「は、はい! 大丈夫ですよ、ご主人様!」


 中から数瞬遅れてシルベリアの声が聞こえてきた。

 入っても良いそうだ。

 では、許可が下りたので遠慮なく……。


 手入れの行き届いた扉を音も無く開き、部屋に入るとそこには――、


「あれ……?」


 ――誰の姿も無かった。

 未だに湯気を放つ湯が張られた桶のみが俺を出迎えてくれた。

 おかしいな、確かにシルベリアの声がしたハズなんだけどな。


 ……さては扉の裏に隠れて俺を驚かせるつもりか?

 悪いが、その手には引っ掛からないぞ。

 そう思いソッと扉の裏側を確認するが彼女の姿は無かった。



「あのー、ご主人様……こっちです」

「ありゃ、そっち側に居たの――か」


 声がした方を向くと其処にはシルベリアが居た。

 居るには居たのだが、場所がその……天蓋付きのベッドで。

 しかも、シーツにインした状態で……多分、何も着ていない。

 薄い上等なシーツなので彼女の身体のラインがくっきりと浮かび上がっている。

 ――準備は万端らしい。


「……早くこっちへいらして下さい」

「は、はい。ただいま」


 シルベリアに言われるままにフラフラと俺はベッドへと誘われていく。

 まるで炎に向かって飛び続ける蛾の様に。

 例えこの先にデストラップが仕掛けてあっても俺が止まることは無いだろう。


「……ご主人様も服は脱いでくださいね」

「あ、ああそうだよな! 俺だけ着ている訳にはいかないよな!?」


 ベッドの前まで辿り着き、天蓋から垂れる薄手のカーテンを潜ろうとしたらシルベリアに注意されてしまった。

 うむ、シルベリアの言う通りだ。

 彼女が脱いでいるのに俺が着たままでは駄目だよな。

 そういうのもアリなのかもしれないが、今回は基本に忠実に行こう。


 俺は衣服を脱ぎ、インベントリに格納する。

 手で触れて直接格納すれば早いのだが敢えて一枚ずつ脱ぐ事にした。

 ……少しでも気持ちを落ち着ける時間が欲しかったからだ。

 ついでにシルベリアには俺の肉体美を披露しておくとしようか。


 帽子をモザイク代わりに引っ掛けるお茶目なパフォーマンスも考えたが今回は自重しておく。折角のムードをぶち壊してはいけない。それで彼女の緊張が和らぐのなら喜んでやらせて貰うが、今そんなギャンブルをする勇気は俺には無い。


 全てを脱ぎ終わり、俺はカーテンを潜ってシーツにするりと滑り込んだ。

 シルベリアは胸元までシーツを被っているのだが、入り込むときにチラリと隙間から彼女の白い肌が見えてしまい、思わずゴクリと喉を鳴らす。


 どうしよう。

 緊張のあまり彼女の方を向くことが出来ない。

 仕方なく俺は正面を向き、薄いシーツの下で出番を待つ"分身"と暫し対話する。


『ようやくの出番だが、準備は出来ている様だな相棒』

『ああ、任せておいてくれ。今回こそ決めてみせるさ』

『頼むぜ――』



 現実逃避をキメていたら、腕にピトリと柔らかいものが当たる感触を感じた。

 視線だけで横を確認すると、シルベリアが不安そうな表情で俺の腕を抱いている。……そして彼女は意を決した様に口を開き、

 

「あの、私……こういうことは初めてで、ご主人様に満足していただけるか……」


 緊張した声色で自身の純潔を告白してきたのだが……。


 ごめん、シルベリア。それは知ってたんだ。

 あの悪い商館の女主人がペラペラと話してくれたからな。

 だけど、このままじゃ不公平だよな。


「ああ、そんなことか……安心してくれシルベリア。何を隠そう俺も初めてだ!」


 俺も胸を張って事実を彼女に述べる。

 俺はもうすぐ魔法使いへと転職出来る可能性さえ秘めていた男だ。

 むしろ今日までこれは誇りだったんだぜ?

 

「え……ご主人様もですか?」

「……嫌だった?」


 が、少し意外そうな反応をされて俺の心は打ちのめされた。

 すまない。……やはり経験の無い男では駄目なんでしょうか?

 そうだとしたらとても辛いです。

 

「いえ、そんなことはありません。よろしくお願いします――」


 彼女的には大丈夫だったらしい。

 一安心と言いたい所だが……これはこれで疑問が浮かんでしまう。

 やはりここで彼女に聞いておくべきだろうか。

 このまま押し倒して有耶無耶にしてしまうのは後味が悪いよな。


「な、なあシルベリア、どうしてそこまで俺にしてくれるんだ?」


 俺も覚悟を決めて聞いてみることにした。

 何故彼女がここまでするのか。建前でなく真意が……本音が知りたい。

 それを話してくれるかも分からないが真摯に向き合うことしか俺には出来ない。


「それは……私がご主人様の奴隷で、全てを捧げますと誓ったからで――」


 尚、従い尽くすと言い放つシルベリアに俺は思いの丈を一気に吐き出す。


「いや、そうじゃないんだよ……俺はシルベリアの本心が聞きたいんだ。

 もし、俺に抱かれなければいけないとでも思っているんなら安心してくれ。

 別にそんな事しなくても、俺はシルベリアと今日みたいに過ごせるだけでいい。

 俺はその……アレだよ? シルベリアのことはイイなって思うし……いずれ親密な仲になれたら、とも思う。だけどさ――今じゃなくてもいいんだよシルベリア。もっと話をして、時間をかけて互いに知り合ってからでも俺は平気なんだぞ?」


 彼女は紅い瞳で俺の顔をじっと見つめたまま、言葉に耳を傾けていた。

 今のシルベリアは銀色の髪がしっとりと濡れている様に見えるせいか、今日俺が見た色々な印象の彼女の中でも一番大人びた雰囲気に見える。今の彼女は"少女"とは呼べない。自分と同じか、それよりも年上の女性ではないかとさえ錯覚させられてしまう。そんな大人びた表情と色香を纏っていた。


「私はご主人様のことが大好きですよ? ――それではいけませんか?」

 

 いえ、滅相もない! 大歓迎ですとも! でも……、

 

「何故、君は今日会ったばかりの俺をそこまで好いてくれるんだ?」


 大好きだと言われて心の内では飛び跳ねたい程に嬉しい。

 しかし、彼女には悪いがまだ納得するには足りない気がする。

 彼女は俺の質問に少し考え込む様な仕草をしてから意外な答えを出してきた。


「――そうですね……ご主人様は銀狼族みたいですから。髪も眼の色も同じです」


 確かに俺の外見は銀髪で金眼だと言えなくもない。

 詳しく見れば銀髪は少し暗めだし、瞳の色も少し違うだろうけど。

 パッと見は似た様なものかもしれない。だが決定的に足りないものがある。


「俺がか? 確かにそうかもしれないけど……耳はこんなだし、尻尾もないぞ?」

「ふふっ、当たり前ですっ……それに銀狼族の男性はもっと堂々としていますし」


 ぐっ……それは言い返せないぞ。

 俺の言葉に眼をぱちくりとさせてから、シルベリアはクスッと微笑み、意外と鋭い切れ味のツッコミを見舞ってきた。この子、実は結構いいモノを持ってやがる。


「そうか……でも牙なら俺も負けない。――見てくれ、コイツをどう思う?」


 悔しかったので負けじと指で口の端を引っ張り、自慢の犬歯を見せ付ける。

 コレはキャラメイクで苦労した部分の一つだからな……バランスが難しかった。

 故に出来栄えは完璧だ。彼女たち銀狼族にもおそらくは負けないであろう。

 しっかりと磨いておいたからケアもバッチリだ。


「わっ! 本当ですね……凄く立派な牙だと思います。

 ――これで女の子に襲われても抵抗出来ない人で無ければ完璧なんですけど」


 自慢の犬歯は認めてくれたらしいが、更なるカウンターを決められてしまった。

 アイリの件か……そうか、シルベリアはそんな風に思っていたのか。

 腕を振りほどけなかった時点で諦めたのは良くなかったのかもしれないな。

 でも、ちゃんと本音を話してくれてるみたいだ。いい事だ……心が痛いけど。


 けどさ? アレは仕方無いじゃないか! だって――、

 

「アレは不意打ちだったからね!? ノーカウントだ! ノーカウントッ!」


「冗談ですよ? ご主人様は何でも真に受け過ぎです――」


 ……もしかして今のはからかわれたのか?

 大人気なく抗弁したらシルベリアに冷静にあしらわれてしまった。

 なんだか今のシルベリアは本当に俺より年上のお姉さんの様だ。

 上手く手のひらで転がされている気がする。

 でも悪い気はしない。俺の中で新たな扉が開かれたのだろうか……。


「――けど、そんなご主人様が私を助けてくれました。

 病気だった頃の記憶は朦朧としていてハッキリと覚えてはいませんが……。

 気が付いたときには苦しんでいた私を抱き起こしてくれていました。

 そして……『シルベリア・セルス、今日から俺が君のご主人様だ!』って!」


 続けてシルベリアは地下牢での出会いを彼女の視点で話してくれたのだが、後半部分は俺の声真似なのか、少し声色を変えていた。

 なんか、補正かかってないかな? ソレ。そんな凛々しかった覚えは無いぞ。

 ……でも彼女には俺の姿がそういう風に映っていたのかと思うと照れくさいな。


「ご主人様、ご存知でしたか?

 あの言い方だと銀狼族の女性にとっては求婚されたのと同じ意味になるんです。

 お前は俺のものだ! 一生一緒に居てくれ! と、言う意味になります」


 更に続けて語られる衝撃の事実。

 俺は知らない内に彼女にプロポーズしていたらしい。それも出会ってすぐに。


「マジっスか」

「はい。マジなんです……ですから責任を取って下さいね?」 


 いいですとも!

 自分を助けてくれた人物にいきなり求婚されたとか……これはもう彼女の主としてだけではなく、一人の男として責任を取るしかあるまい。

 しかし、そうなると俺からシルベリアに話しておかなければいけない案件もある。これは今後もついて回る重要な事柄だ。


「な、なあシルベリア……落ち着いて聞いて欲しいんだが」

「……やはり私では駄目ですか?」


 俺が話を切り出すと彼女は目を潤ませてこちらを見つめてきた。

 違うんだ、そうじゃないんだ……ああもう! 可愛いな!


「いいえ! 駄目なんかじゃありません!

 でも、その前に話しておかないといけないことがあるんです!」


 少し大きな声で俺がそう告げると、シルベリアは黙ってコクリと一度頷いた。

 あのまま泣き出されたらどうしようかと……良かった。

 


「……俺はさ、『死霊術士』なんだ。で、多分、冒険者ギルドから追われてる」


 コホン、と咳払いをしてから彼女を見据えて俺は本題を話した……のだけど。


「そうですか。大変ですね、それは」


 きょとんとした表情でそう言われてしまい、逆にこちらが困惑してしまった。

 

「それだけ……? 『死霊術士』は怖くないの?」

「はい、ご主人様は怖くなんてありません!」


 彼女にとって『死霊術士』が禁忌でないのか、俺だから大丈夫なのかはハッキリとは分からないが怖がられてはいないらしい。

 仮にもし、ここで手のひらを返されたら俺は立ち直れなかったかもしれないが。

 覚悟の上だったハズなのにそれを想像すると寒気がする。


「他にもまだ幾つかあるんだけど、一番問題なのはこの腕輪だな」


 次は今一番の悩みの種の一つ、『魔封じの腕輪』についてだ。

 俺は黒曜石の様な漆黒の腕輪をシルベリアの前にかざした。

 この忌々しい黒い腕輪さえ無ければ――。


「これは――綺麗ですね、格好良いですよ?」


 一瞬だけ、「知っているのかシルベリア!」と期待してしまった。

 ――格好良いのか。言われて見ればシンプルでなかなかにカッコイイ気もする。

 それにこの腕輪のせいで苦労しなければ俺はシルベリアにも出会えなかったのかもしれない。……忌々しいのは変わらないがこの際、アクセサリーとしては認めておいてやろう。


「俺はコイツのせいで魔法が使えないんだよ。

 だからもしかすると、戦闘ではあまり役に立てないかもしれない」

「では、私がご主人様の分も頑張ります。それで何も問題はありませんよね?」


 俺の分もか……。

 確かにそうかもしれないけど決して彼女だけを戦わせたりはしない。

 当然、俺も一緒に戦う。『理力の剣』だってある。

 役に立てるか分からないが、自分で出来ることをしっかりと模索していこう。

 後は仲間だ。これから仲間を増やして、彼女の負担を減らしていくのだ。


 うん、それでいいな。何も問題は無い。

 真剣な悩みだったハズなのだが……シルベリアに話すと、俺の悩みが次々と解決していってしまう気がする。何をこんなに簡単なことで悩んでいたのか。悩むにしても一人よりは二人と云うことなのかもしれない。

 


「ご主人様、他には何があるんですか?」


 彼女は俺の抱えている事情に興味深々の様だ。

 これから自分が仕える相手でもあるし当然といえば当然か。

 隠し事をするつもりも無いけど、そろそろ明るい話題も出しておこうかな。

 真剣なシルベリアもいいけどやっぱり――、


「そうだな、他には……こんな事が出来るぞ」

「わっ、凄いですね! 何も無い所から帽子が出てきました!」


 パッと握りこんだ手を開いてインベントリから帽子を取り出す。

 傍目には俺の手のひらから帽子が生えて来た様にしか見えないだろう。

 シルベリアも驚いてくれているみたいだ。

 突然のことにびっくりしたらしく、帽子をしげしげと見ている。

 続きましては――、


「ふふふ……この帽子にはタネも仕掛けも御座いません――しかしこの通り!」


 ズボッと帽子に空いている手を突っ込み、『キャウットの実』を取り出す。

 縦に筋の入った緑色の果実が房ごと帽子の中から姿を現した。……様に見せた。


「今度は帽子からキャウットの実が……!」


 わぁ! とシルベリアが両手を合わせて驚いている。

 表情と雰囲気はすっかり明るい無邪気なシルベリアだ。

 思いのほか、いい食い付きなので俺も彼女につられて笑顔が零れてしまう。

 ――うん。やっぱりこの子は笑顔だよな。確信した。


 そして案外、俺はこの世界で大道芸人としてもやっていけるのかもしれない。

 【インベントリ操作】様々といった所だ。

 ステータスは悲惨だがスキル各種の使い勝手はいい感じだと思う。

 ……まさかこんな状況前提のバランスのスキルなんじゃないだろうな。


「ほら、喋って喉が渇いたろ? 食べてもいいぞ」

「ありがとうございます。ご主人様、私はこれも大好きなんですよ」


 帽子を格納しながら手にぶら下げた房をシルベリアに手渡すと、彼女の笑顔はより一層輝いた。相変わらず不気味な果実だがシルベリアの好物の一つでもあるらしい。

 確かに味は良かったよな。

 見た目で俺はアウトだったが。


「それは良かった。取っておいた甲斐があったよ」

「んんっ……甘くて美味しいです! ご主人様もおひとつ如何ですか?」


 シルベリアは房から次々と果実を捥ぎ取り、口に放り込んでいる。

 彼女に果実を一粒勧められたのだが……、


「遠慮しておきます。俺はソレが苦手なのです」

「こんなに美味しいのにですか?」


 チラッと『キャウットの実』を見ると。

 まるで助けを求めるかの様な視線を感じた気がしたので、即座に目を逸らした。

 やはり奴ら(・・)は好きになれない。俺とは相容れない存在だ。

 

「味は嫌いじゃ無いんだけどね。見た目がどうも……何か視られてるみたいで」

「あはは、確かに猫の眼みたいですよね。では、こうすればどうでしょう――」


 シルベリアは俺のことを可笑しそうに朗らかに笑い、そして――、


「ん……何を――んむっ!?」


 ――勧めてきていたキャウットの実を口に放り込むと、不意に唇を重ねてきた。

 そのまま両手を俺の首の後ろに回し、縋り付く様にして深く口付けをする。

 舌先で唇を割られ、甘酸っぱい果汁と果肉がシルベリアの口から舌と共に滑り込む。そして果実と互いの舌を何処かぎこちなく絡ませ合い、実が完全に蕩けてしまうまでそれを続けた。

 



「――いかがでしたか……?」


 最初は動揺してしまったが、気が付くと彼女の懸命な接吻を受け入れていた。

 

「いいね、悪く無い。シルベリア……俺はおかわり(・・・・)が欲しい」

「はい、喜んで……――ん」


 再度、彼女にソレをねだるとシルベリアは残っている実を一つ口に入れ、先程と同じ様に心のこもった接吻をしてきた。今度は最初から彼女を迎え入れ、互いに貪り合う様にして果実を舐め蕩かす。

 果実が無くなると更にもうひとつ、それが消え失せると更に残りの果実を……いつしかキャウットの実は全て無くなっていたが、二人の愛撫は終わることが無かった。



 が――、



「――んっ!? 痛てっ」

「ああっ! ご主人様大丈夫ですか!?」


 舌先に鋭い痛みと鉄の味を感じて俺は唇を離した。

 別れを惜しむように互いの口と口から赤みを帯びた唾液のアーチが架かる。

 

「……大丈夫。少しびっくりしたけど平気だよ」

「すみません……私、牙が鋭いから……」


 どうやら舌が彼女の牙に当たってしまったらしい。

 痛みと共に口内は鉄の味で満たされている。

 シルベリアは俺に申し訳なさそうな顔をしているが――、


「いや、俺が慣れていないのがいけないんだ。シルベリアは悪くない。

 ……それに口の中の傷はすぐに治るから大丈夫だよ」

「本当ですか?」


 理由は知らないがそんな話を聞いたことがある。

 本当かどうかも判らないが今は真実になってもらおう。

 実際に悪いのは慣れてない俺だしな。

 こんなときに泣け無しの甲斐性らしいものを見せないでどうするというのだ。


「らしいね。どうしてそうなのかまでは知らないけど――んぐ……!?」


 俺が適当な理由をでっち上げ様としているとまた唇が押し付けられる。

 思わず受け入れると、彼女はこちらの舌先を吸う様にして舌を絡ませてきた。

 果実では無く鉄の――血の接吻。

 それは口の中の血液の味が薄れるまで続いた。

 


「シルベリア……?」


 不意の口付けが終わりを告げると彼女は少し恥ずかしそうに、


「傷は舐めると早く治るんですよ……? 

 ご主人様は舌をご自分で舐められませんし――私がお舐めして差し上げます」


 顔を俯かせながらそう呟いた。

 俺の両肩に手を置き、彼女の頭は胸板に押し付けられている。

 耳はペタンと倒れているが、尻尾はシーツの下で衣擦れの音を立てながら大きく動いている様だ。彼女なりに精一杯の愛を囁いてくれているつもりなのだろうか?


 本当に――、


「――参ったな。シルベリアには敵わないよ」

「ご主人様にお褒めいただいて光栄でございます。

 ……本当はすごく恥ずかしいのを我慢した甲斐がありました」


 そう言いながら、シルベリアが顔を上げた。

 頬は紅く染まり、眼は潤み、何処か切なそうな表情を浮かべている。

 彼女を見ていると自分も切なさに胸が突き上げられてしまう……。

 

「シルベリア――」

「ご主人……様――」


 互いの指と指を絡ませ合い、確かめ合う様にして一度だけ呼び合う。

 もう、言葉は要らない――俺は自ら彼女に唇を重ね、舌を交わらせた。

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