第2話 現実は残酷でも強く生きたい
「――――!――――ッ?」
何かが聞こえる。
「オイ……! ……兄ちゃん!」
俺?
「聞こえてるか? 大丈夫か? オーイ……」
ハッと目の前に意識を戻すと――、
「お、やっと気付いたか。」
見覚えのある顔があった。さっき話をした門番の片割れ、アレフだった。
「す、すいません、少し考え事をしていて。アレフさん……でしたっけ? 俺に何か?」
と、少し驚きながらも必死に平静を装うとする。
まさかいきなり人に声をかけられるとは思わなかった。
心臓の鼓動がバクバクと体内に響く。
「いや、交代が来たから昼飯でも食おうかと思ったんだがな? 兄ちゃんがンな所で座ったまま動かないからよ……。で、ちょいと近くで覗いてみたら全く生気の無い顔してやがる。てっきり座ったまま死んでるのかと思ったぜ!」
ガハハ! とアレフに盛大に笑われた。
それは言い過ぎだろ。
とは思ったけどそんな顔してたのかな俺。
確かに考え詰めてたし、あまり良い気分ではなかったけど。
「まだ若けーのに昼間っからどした? 悩み事か? 金か? 女か?
どうしてもって言うならこのアレフさんが相談に乗ってやるぜ?」
ほぼ初対面なのにグイグイくるな。この人。
……でも不思議と嫌だとは思わない。本人の人柄のせいだろうか。
折角だしここは好意に乗って相談してみよう。
何故かこの人は信用出来る気がする。
流石に「異世界から来ました!」とか「作ったキャラクターに姿が変わってました!」とは言えないけど……。
んー。取りあえずは。
「……実はアテもなくここ迄来たのでここが何処かも分からないんですよ。故郷とは色々勝手が違う様なのでこれからどう生活したらいいものかと悩んでました」
嘘は言ってないけど……ちょっと苦しいか?
ドキドキしながらアレフの顔色を伺う。
「そうか、まだ成人して間もないだろうに……。
うっ……く、苦労してるんだ……なぁ」
泣いてた。目頭を押さえながらボロボロと涙を流してアレフが泣いてる。
え? 待って、予想してた反応と違う。あ、なんか罪悪感が……。
「あ、あの。違――「いや、いい! 言うな! あえて詳しい事情は聞かん!」」
アレフが俺を手で制しながら言った。
そして取り出した白い手ぬぐいで鼻をかみながら、
「まずは腹ごしらえだ。昼飯でも食いながら話そう。すぐソコだついて来い!」
マントを翻し俺の手を掴み、引き摺る様にして歩き出した。
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門から門へと街を中央から分断する様に伸びている大通り。
その道沿いには幾つもの露天、商店が立ち並び大通りから枝の様に幾つもの支道が延びている。そしてその先には数多の居住区が所狭しと並んでいた。
アレフに連れられて歩き出して数分。軒先に酒の溢れたジョッキ型のマークの付いた看板がぶら下っている建物に到着した。
酒場も兼ねた大衆向け食堂。この大陸(世界)では一般的な店で一般人から
兵士、冒険者まで多くの人々が集う憩いの場だそうだ。
――そうアレフが教えてくれた。
西部劇を髣髴とさせる味わいのある木造で、丸い木製のテーブルと椅子が所狭しと並んでいる。店内には階段があり、その先は吹き抜けの二階まで続いていた。そこでも食事が出来るらしい。
カウンターにも丸椅子が並んでおりまだ昼間だというのに酒を飲んでいる者も居る。テーブル席も様々な格好をした多くの人達が卓を囲んでいて各々食事を楽しんでいた。昼時な事もあり盛況の様だ。
「まぁ、とりあえず座れよ」
椅子を引き、ドカッと豪快に座りながらアレフが言う。
アレフに促され椅子に座りメニューを眺めるが。
読めない。
字と数字らしき記号が書いてあるのだが全く読めない。
大通りを歩いている時にそんな気はしていたのだが……。
むむむ……。と唸っていると。
「ん? ああ。字が読めないのか。
ならオレが注文してやろう。特に好き嫌いは無いよな?」
アレフが察してくれたらしい。助かった――。
「はい、すいません……」
仕方ないとは思っていてもやはり気恥ずかしい。
まさかこの年齢で文字と数字で苦労するとは思わなかった。
そういえば俺って今肉体年齢的には何歳位なんだろうか。
リアルでは29歳だったが。
アレフには成人して間もないような言われ方をしたがまだこっちの成人の基準も分からない。国や時代によっても変わるしましてやここは異世界だ、見当も付かない。
「いちいち気にするな、お前の故郷では知らんがこっちでは字が読めない奴なんてそこらに山程居る。」
「そうなんですか?」
「ああ、さして珍しくはないな。故に大抵の店では頼めば文字を読み上げてくれるし書くのが必要な場所では代筆ってのもある」
「だから気にすることは無いぞ」そう言ってアレフはニヤリと笑った。
この世界では識字率がそんなに高くないのだろうか。
しかし面倒見のいい男だ。フォローと補足もありがたい。しっかり覚えておこう。
「ご注文はお決まりですか~?」
ウェイトレスらしき女性が丁度注文を取りに来てくれたのでアレフがメニューを注文をしてくれている。のだが……、
ふおおおおお!?
ウェイトレスさんになんとなく視線を移して驚いた。
彼女のお尻の上辺りからは、なんと尻尾が生えていた。
茶色いしなやかなモフモフがゆったりと揺れている。
そして頭には勿論。例の"アレ"が生えていた。
猫耳だ! 猫耳メイド! ……いや猫耳ウェイトレスか!
ああ! 耳がピョコピョコ動いてる! 本物だコレ!
この世界にはああいう人もいるのか……。
ファンタジー万歳。
「はあい、承りました~。ではしばしお待ちくださいませ~」
こちらを向いてニコッと笑った後、トトトッと調理場の方へ駆けていくウェイトレスさんを思わず目で追っていると……、
「どうした? ああいう娘が好みなのか?」
アレフがニンマリと笑みを浮かべながらこっちを見ていた。
「いえ、尻尾とああいう耳が生えてる人を初めて見たので。俺の故郷には居ませんでしたから」
見透かされている様で悔しかったので話をはぐらかした。しかし嘘は言っていない。
元居た世界でも装備とジャンルは在ったけど……流石に本物は居なかった。
でもあの笑顔に撃ちぬかれたことは否定しない。
トロンとした物憂げそうな目。
ふんわりとした栗色の髪の毛。
正直ドストライクでした! 実物は破壊力が違った!
是非お近づきになりたいです!
「獣人を見るのが初めて……か。
余程の辺境なんだなお前の故郷……ニホ?だったか? ソコは」
やべ、変なこと言ったかな?
こっちの世界、少なくともこの国で獣人はポピュラーな種族なのか。
意識して周囲を見回せば他のテーブルに着いてる人達の中にも尻尾が生えていたり獣耳だったりする人がチラホラ居る様だった。
「まぁ深くは詮索せんさ、事情なんざ人それぞれだ。
俺にだって人には言えない様なことや隠しておきたいことの一つや二つあるしな」
俺の様子を見たアレフはそう言いつつ腰に下げた皮製の袋から丸めた茶色い紙の様な物を取り出しテーブルに広げた。
「それよりも話の続きと行こう。まずは地理辺りからいっとくか」
おそらくは羊皮紙だろうか。茶色い紙の上に絵や図形などが書き込まれている。
「これは地図……ですか?」
「ああそうだ、この国と周辺の全体図だな。
まぁ俺もそこまで詳しくないからな、大雑把な説明になるが構わんか?」
アレフが「一応な?」と断りをいれてくるが大雑把な説明だとしても俺からすれば貴重な情報だ。断る理由なんて一つも無い。
「いえ、ありがたいです是非お願いします」と答えると、
では、とアレフの説明が始まった。
まず俺が今いる国の名は「ティニルス王国」と言うらしい。
現国王「ランドルフ・レイ・ティルニス」が治める王国で、
平原に囲まれた王都「ミエリティ」を中心に、
東に海に面した産業都市「カーマロイ」。
西に砂漠地帯との境に造られた貿易都市「イムタート」。
南に領地に広大な森林地帯を抱える商業都市「アルタート」。
北に険しい山岳地帯が連なる城塞都市「シューリオス」。
以上の各都市が複数の交易路で結ばれた領域国家だそうだ。
そして現在居る街の名は「アイルム」。
南の商業都市アルタートと王都ミエリティを結ぶ複数の交易路の内一本の途上に建つ街で、中央と南を行き来する商人達の休息地の様な場所なのだとか。
交易を商いとする獣人は南の森林地帯出身の者が多いので王都からの行き帰りの影響で比較的獣人が多い街らしい。
「大体こんなトコか。後は平原ながらダンジョンが頻繁に発生するから冒険者家業が盛んで出入りも激しいって所だな。そのせいで出没するモンスターの数も増減が激しいからオレみたいな門番一筋の男でも食いっぱぐれることが無い訳だが」
ムキッ! と右腕の筋肉を誇示しながら言う。体を使う職業に就いてるだけあって鍛えられた太い腕だ。俺の太もも位ありそうだ。
しかしダンジョンがあるらしいことは分かったが「発生する」とはどういう意味だろうか? 俺の知ってるダンジョンというのは決まった場所にあってそこに秘宝の探索に行ったりボスを倒したりする形式のものだ。
……レイド形式なんだろうか?
「ダンジョンですか。一般的にはどういうものなんでしょう?」
もし一般常識だったとしても今更恥ずかしがることも無い。この際聞いておく。
"聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥"ってヤツだ。
「うーむ、ダンジョンか。
実は俺もあまり詳しくは知らんのだ。なんせ門番一筋だからな……」
ポリポリと照れ臭そうに頬をかきつつも、
「それでも知ってることだけでいいなら……」と、アレフは話す。
基本的にこの世界のダンジョンは急に現れるそうだ。
ある日突然周辺のモンスターが凶暴化、増加する事を予兆にその付近に姿を現す。そしてそのダンジョンで最も力を持ったモンスター、いわゆる"ボス"を討伐するか力を持った物体『アーティファクト』を破壊、あるいはダンジョン外まで持ち出すことで消滅し攻略完了となるらしい。
ダンジョンは放置すると際限なく増え続ける為、定期的に攻略して間引かないといけない。発生したてのダンジョンは範囲が狭く攻略が容易だが近くに別のダンジョンがあると他のダンジョンを"喰い"取り込んで大きくなり、手がつけられなくなるそうだ。過去にはダンジョンに飲み込まれて滅んだ国もあったらしい。
「んで、そのアーティファクトってのが――」
「はあい、お待たせしました~。『アルタート牛のロースト』と『トアトのサラダ』、『ピヨ豆とお野菜のスープ』に『アイルムパン』、それとお飲み物になりま~す。」
注文していたメニューが来たようだ。
「お、きたきた! すまん、ちょっと待ってくれ」
アレフがテーブル上に広げっぱなしだった地図を手早く片付けると、さっきの猫耳ウェイトレスさんがメニューを配膳していく。
「アレフはいつものヤツね? はぁい、ボクにはこっちね~」
微笑みながら猫耳ウェイトレスさんが目の前に桃色の液体の入ったジョッキを置いてくれた。ジュースだろうか?
あ、いい匂い。もちろん猫耳ウェイトレスさんが。
でも「ボク」って……。
「あ、あの俺は!」子供扱いされた事を思わず訂正しようとすると、
「ダ~メよう? こんな時間からお酒なんて飲んだらあのオジさんみたいになっちゃうわよお?」
俺に顔を近づけながらアレフの方を見やり、クスッと笑い彼女は言った。
近い近い!
顔が赤くなってるのが自分でもわかるほどに急激に顔が熱くなった。
「オイ、『ミーア』!
門番一筋幾星霜の大ベテラン、このアレフさんに言ってくれるじゃあねーか」
アレフが腕を組んでフンスと鼻息を立てている。
猫耳ウェイトレスさんの名前はミーアさんと言うらしい。心に刻み込んだ。
「あらあら~、自称"アイルムの守護神"様がお怒りだわあ。
怖~いから私はお仕事に戻るわねえ。
じゃあね~ボク? ゆっくりお食事していってねえ」
にこやかに笑いながら、ミーアはトトトッと別のテーブルまで駆けて行ってしまった。そしてそのテーブルで注文を受けている様だ。
「ったくアイツは」
――その様子を見ながらアレフが呟く。
んんん?
「ミーアさんとはお知り合いなんですか?」
仕方ないヤツだという態度のアレフを見て思わず尋ねてしまった。
「ん? ああ、アイツがちっさい頃から知ってるよ。
昔っからなーんにも変わらねぇ。事ある毎に人をおちょくってきやがる」
感慨深げにミーアの方を見つめながらアレフは言う。
どうやら二人は昔からの知り合いらしい。
アレフの方が一回りほど年上に見えるが、お互いに気兼ねの無いやり取りをしている様に感じる。
そう、例えるならば親友。いや……、長年連れ添った夫婦の様な……。
嗚呼……。
コレはきっとそういう事だろう。俺なんて立ち入る隙もなくゲームセットだ。
どうやら俺の異世界での初恋はフラグすら立つ前に終わっていたらしい――。