第1話 蒼い空の下で強く生きたい
―――蒼い。
意識が戻って最初に思った事はソレだった。
雲一つ無い突き抜けるような蒼い空。
サラサラ……、と草を風が鳴らす音と共に心地良いそよ風が身体に吹き付ける。
風と一緒に草と土の香りも運ばれてくる。
ああ……気持ちいいな。
と、しばらくの間ぼんやり思いふけっていると意識がハッキリとしてきた。
あれ? 何してたんだっけ。……確かボムさんとチャットしてて――、
――その後が思い出せない。
"チャット中に瞬きしたら今だった"そんな感じだ。
なんでこんなトコで寝てんだろ俺。
頭の中を「?」で一杯にしながら周りと自分の身体を確認する。
服装は部屋着にしている愛用の黒い甚平。
地面に倒れていたからか所々土が付いている。
少し手足の肌色がいつもより悪い気がしたが……まぁ気にならない。
「よいしょっ!」
勢いを付けて起き上がり、土を手で払い落としながらぐるっと周囲を見渡す。
草原、草原、壁、草原。
草原の中一箇所人工物らしき物が見えたが自分の知っている場所や景色ではない。
あの壁、砦みたいに見えるけど街だよなアレ。
よくファンタジー系で見かける壁で囲んだ感じの……。
そこまで思い至った所で興味も出てきたので街の様な場所へ向かって歩き出す。
とりあえず人の居そうな所へ行こう。他には何も見あたらないし。
少し歩くと開けた場所に出た。
道だよな? 舗装もされていないし踏み均しただけみたいな感じだけど。
街に向かって伸びてる様なのでそのまま道沿いに進む事にした。
壁の近くまで行くと門らしき物があり、その付近には長物を持った兵士の様な格好の人間が二人見えた。
壁は高さ三メートル程だろうか? 石材と木材で組み上げたいかにもな造りだ。
門は開いているが両端に一人ずつ兵士らしき人物が立っている。
コスプレ……には見えない。素材がなんというか本物だ。
装備は上下に金属製の鎧、腰に剣を提げ片手には槍を持っている様だ。
背には赤い布地のマントを羽織っている。
近づいても大丈夫かな?
いきなりあの槍持って走ってこられたら多分俺泣いちゃうぞ。
恐る恐ると距離を詰めていく……。
ある程度の距離まで近づいた時、自分の視界に違和感を感じた。
「アレは……何だろ……?」
アレフ・スタンゼン 門番:Lv15
ガルド・ヴァーディ 門番:Lv16
門の側に居る2人の頭上には文字と数字。
そして恐らく……HPバーの様な物が見えていた。
戸惑いつつも門と兵士の方へ向かって歩いて接近して行き……、
「こ、こんにちわ!」
意を決して門の左側に立っていた兵士に声をかけてみると――、
「おう、……旅人か? 変わった格好だが」
――返事をしてくれた。
一瞬俺の格好を見て訝しむ様な顔になったが言葉は通じるらしい。
顔付きは西洋系にしか見えないが普通に日本語だった。
少なくとも俺の耳にはそう聴こえた。
「はい、そんな所です。日本という所から来ました」
そのままの流れで「日本」という単語を出してみる。
「ニホ……? 俺は知らんな。ガルドお前知ってるか?」
向かい側に立つもう一人の兵士"ガルド・ヴァーディ"と表示されているスキンヘッドの人物に今まで話をしていた兵士が声をかけた。
「いや? 俺も聞いた事が無いな。
少なくともそんな地名はこの大陸には無いはずだ」
「小さい村や集落なら知らんがな」と付け加えてガルドは肩を竦めた。
「まぁ見たところ服装意外は怪しい所も無い、通っていいぞ」
怪しいけど通してくれるのか。
俺はありがたいけど門番としてどうなんだソレは。
「ありがとうございます。所でアレ見えますか?」
不意にガルドの頭上、名前やHPバーらしき物がある場所を指差し、アレフに尋ねてみる。
「ん? おう、見えるぜ。アレだろ? 慣れるまで目障りだよな」
ニヤリとアレフが笑いながら答える。
あれ? この人達もみんな見えてるのか。少し意外――、
「今日みたいに天気のいい日は光が反射して特にな。ガルドのハゲ頭は……プフッ」
「アレフ! テメェッ!!」
――な事もなかった。
門を抜けると最初に木材で造られた趣のある街並みと街の中心を通る大きな道が目に入った。自分が入ってきた門から向かい側の門まで道は続いてる様だ。
足元は土だが流石にここに来るまで歩いてきた街道よりは平坦で所々石や木材で舗装もされている。道沿いには露天が並び、荷馬車や人がせわしなく行き交っているのが見える。
近くに丁度良さそうな段差があったので腰掛けて今の状況を考えることにした。
ホントに日本じゃないのか……。いや、日本どころか現実なんだろうか?
実は俺はPCの前で倒れていて夢でも見ててるんじゃないだろうか?
それとも病院のベッドの上で意識不明――。
考えれば考えるほどネガティブ方向へ向かってしまう。
ダメだ、頭を切り替えないと落ち込む一方だコレ……。
道行く人々の頭上には門番の2人と同様に「名前:職業(多分):Lv」と
緑色と青色のバーが表示されている。緑色がHPで青色がMP的な物だろうか?
名前は門番の二人のやり取りからして表示通りで多分間違いない。
そしておそらく職業らしき表記も「商人」「衛兵」「平民」等々概ね歩いている人達の格好と一致している様に見えるのでその通りだろう。
しかし人が多い場所を見ると、名前とバーがゴチャゴチャしていてどれが誰の物なのか判別出来た物ではない。
「そんな所までゲームと同じじゃなくてもいいじゃないか」
独り言を呟きつつ「邪魔だから表示消えろ」とか思っていると。
消えた。
なんとなく思ったらホントに表示されなくなった。
逆に「表示しろ!」と意識するとあっさり元に戻った。
何度か表示したり消したりしている内に目で追っている人物のみ表示、
表示項目を選択して一部のみ表示という調整も出来ることが分かった。
意外と融通が利く様だ。
コレは普段、非表示にしておこう。
ずっと表示したままだと自分がまるでゲームの中に居る様で頭がおかしくなりそうだ……。
視界がスッキリし、やや気分が晴れてきたので次は自分自身に意識を向けてみる。すると――、
名前:未設定 職業:未設定 性別:男 種族:人族
各種パラメーター、そして今の自分らしき姿が頭の中に映し出された。
「え?」
誰だコレ……?
――ソコには……薄っすら黒色が混じった様な軽くウェーブがかった暗い銀髪に、金色の瞳を持ったやや鋭い眼つきの、色白な肌の男が座っている姿が映っていた。
思わず自分の顔に触れる。すると腰掛けている男も自分の手で顔に触れた。
そして驚いたような表情をしている。
コイツもしかして……俺か? 服装はそのままだけど。
服装はいつも家で愛用している甚平なので見間違えようが無い。
しかしこの顔は――。
脳内で自分の姿を角度を変えたりズームしてみたりして改めて確認してみる。
指で口を拡げてみると歯並びは良いがやや大きめの犬歯が見えた。
そしてようやく確信した。
――あぁ……間違いない。
違和感を感じない無いレベルで現実的な姿に落とし込まれてはいるけどあの時に自分が直前まで作っていたキャラクターだコイツ……いや、俺は……。
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自分は「あの時」ゲームの世界に飛ばされたのだろうか?
しかしゲームの世界と言うにはあまりにもリアルだ。匂いだって風だって感じる。
自分の頭では理解出来る範疇の事柄では無い。
信じられない。
――それでもこれが現実なんだろうと胸の内では既に納得してしまっている。
訳が分からない。
――それでも自分はもう遠い所に来てしまったんだと分かっている。
こんなこと認められるハズがない。
――それでも認めるしかない。
別の世界、いわゆる異世界に飛ばされてしまったことを――。