第18話 釣り合わなくても強く生きたい
いつもお読みいただいている皆様方ありがとうございます。
今回、後半部分に汚い描写がございますので苦手な方、お食事中の方々はご注意下さいませ。
朝日の差し込む"白壁の街"その高台の中程に位置する坂道。
朝露にしっとりと濡れたその道を黒い装いの男がのんびりと下っている。
黒い帽子、黒いマント、黒いズボンと全身黒一色のその姿は白を基調としたこの街では一際目立つ存在であり、道行く人は皆、彼の姿を変わったものでも見るかの様に一瞥していた。
しかし当の本人にはそんな自覚など無いらしく、物珍しそうにキョロキョロと周りを見回しながら散歩気分で朝の街並みを満喫している様だ。
――朝食を終えた俺は身支度を済ませ、ティオールの街中を歩いていた。
世界が違っても朝は気持ちがいいものだ。
空気は澄んでおり、通りがかる家々からは朝食の支度中なのか美味しそうな匂いが漂い、少し離れた場所からは規則正しく金属を打つ音がカーン、カーンと鳴り響いている。
人通りはそれ程多くはないが、歩いている人々は荷物を抱えたり、荷車を引いたりと朝から誰も彼もが忙しそうだ。この辺りは元の世界もこの世界も似た様なものなのかもしれない。
坂を下りきり、大通りに出ると人の数はより一層多くなった。
馬車が行き交い、商人に混じって冒険者らしき格好の人達もチラホラと見える。
道沿いの店はどの店舗も店先の掃除していたり、商品を並べたりと開店の準備に追われている様だ。
そんな中に見知った顔を見かけたので、俺はその人物に声をかけた。
「お姉さん、おはようございます」
「おはよう――うん? もしかしてお客さん、前に私と会った事ある?」
雑貨屋の前で品出しをしていたエプロン姿の女性に挨拶をすると、彼女は挨拶を返しながら不思議な事を口にした。
まさかもう忘れられたのだろうか?
昨日、この店で少し大きな買い物をさせて貰ったというのに。
「ほら俺ですよ、俺」
「ごめん。声に聞き覚えはあるんだけど……」
昔、流行した詐欺の手口の様な口調で話すが思い出して貰えないらしい。
やはりお姉さんにとって俺はただの上客だったか……。
少し悲しいので帽子を脱ぎ、再度訴えかけてみた。
「ほら、昨日このお店で薬を買わせてもらった――」
「ああ! 昨日の変わった服装のお客さん!」
「そう! その変わった服装のお客さんです!」
ようやく思い出して貰えた様だ。
変わった服装で覚えられていた所にまだ悲しみが残るが。
「いやー、服装が立派になってるもんだから誰だか分からなかったよ。もし帽子を取ってくれなかったら良くない輩に言い寄られてるのかと勘違いする所だったかも」
「む、そんな悪そうな格好に見えますかね?」
自分の中では結構カッコイイ自信があったのだが……。
人から見れば悪党の様な姿にでも映るのだろうか? 軽くショックだ。
「こうして話せばそんな印象は無くなるんだけどねぇ……初対面の相手なら少し凄んでやれば竦むんじゃない?」
「良い事を聞きました。今後の参考にさせて貰います」
「悪い事を考えちゃ駄目だよ?」
「まさか。そんなつもりはありませんよ」
勿論、好んで悪事などに手を染める気なんて無い。
重要なのは他人から見て自分がどんな印象の人物なのか、だ。
今の俺は対峙した人間におかしな威圧感を与えてしまっているらしい。
相手にもよるだろうがこれから接する人達をみんな威圧していては良好な人間関係なんて築けはしないだろう。そんなのはゴメンだ。
折角の異世界、どうせならフレンドリーに和気藹々と過ごしたい。初日こそ躓いた感があったがこれからはそんな理想の生活を目指すのだ。
しかし、こんな事ならもっと人好きするような柔らかい顔付きにキャラメイクしておけば良かったか? ……どうも俺の内面とは不釣合いな気がしてきた。今更だけども。
「そうかい? ならいいんだけど。――ところでその服、アルベルトさんのお店で買った品物でしょ?」
「正解です。色々ありましたけど手に入れることが出来ました」
「あはは、なんとなく想像がつくよ。でも良かったよ、紹介した甲斐があるってもんさ。うん、ホントに立派な格好になった。どこから見ても上流階級の人間だ」
「ありがとうございます」
今度は服装を褒めて貰ったので素直に礼を述べた。
服を手に入れるまでの経緯はお姉さんも察してくれているらしい。アルベルトを"変わり者"だと言っていたのはこの人なので当然と言えば当然なのだが。
結果的には衣類等も揃えられた上に茶飲み友達まで出来た。
彼の店を勧めてくれたこのお姉さんには感謝している。
「で、今日は何の用だい? またウチに何か御用入りかい?」
「いえ、お姉さんを見かけたので挨拶をしただけです。なんだかすみません」
「そっか、それは残念だ。また、いい薬を仕入れておくから必要な物が出来たらいつでもいらっしゃいな」
「はい、そうさせてもらいますね」
うーん。本当にこのまま挨拶だけ、というのも少しばつが悪い気がするな。
そんな心境もあり、俺は近い内にまた買い物に来る口約束だけしておくことにした。
「実は今日から街の外まで足を伸ばすつもりなんですよ。なので薬は近い内に買い足しに来ると思います。もしかしたら他にも必要な消耗品や道具が出てくるかもしれませんし」
実際、今日は朝から散歩の為だけに出て来た訳では無い。
目的は「街周辺の散策」そして可能ならモンスターを狩って「レベリング」そして「金策」だ。
冒険者ギルドに登録こそ出来なかったが、俺の『冒険者』としての初仕事であり記念すべき第一歩だ。頑張ろう。
「ん? お兄さんもしかして冒険者家業だったの?」
「ぐっ……見えませんか?」
「そりゃ、全く」
心の中で決意を新たにしていると、すかさずお姉さんが痛い所にツッコミを入れてきた。姿は立派だと言ってくれたが冒険者には見えないらしい。
自分でも薄々そんな気はしていたが、いざ言われてみると精神的なダメージが割とデカイ。
「……冒険者の真似事をしている。といった所ですかね。その内堂々と名乗りたいですけど」
「ふぅん? 道楽みたいなもんかい? この辺は治安が良いから街の周囲だと危険は少ないと思うけど、気を付ける様にね」
「わかりました。お姉さんもお仕事頑張って下さい」
「ありがと。お兄さんもね」
道楽……か。
悔しいが今はそう言われてもぐうの音も出ない。
まぁ、いいさ。その内胸を張って冒険者だと言える様になってやろう。
そう胸に誓い、俺は雑貨屋から街の外へと再び歩き出した。
大通りを真っ直ぐ進むとやがて街の端側、大きな河とソレを跨ぐ石造りの橋が姿を現す。昨日、朝方に俺が渡った橋だ。
橋の中ほどから河を見渡すと、朝日が反射して水面がキラキラと輝いていた。
山間からは少し遠く平地に流れ込んでいるにも関わらず、水は清流の様に澄んでおり、橋の上から見下ろすと川底まで透き通って見える。広めの川幅に比べて、水深はそれほど無いらしい。
少し小振りな魚が泳いでいるのが見えたので、道具さえ揃うのならば釣りをするのも良さそうだ。
橋を渡り終えるとすぐ傍らには衛兵の屯所がある。
深夜に来訪した俺に色々と施してくれた衛兵クラウスと出会った場所だ。
彼の勤務時間は分からないが、もし夜勤ならばまだ朝の今なら会えるだろうか?
少し聞きたい事があるのと、この服装の感想も欲しいので居てくれると嬉しいのだが……。
屯所の前にたどり着いたのだが建物の前には人影は無かった。
さすがに常時外で座っている訳では無いよな。
「すみません! どなたかいらっしゃいませんかー?」
「……れぇ……ぁ」
「む?」
いきなり中に入るのもどうかと思ったので、外から呼びかけてみたのだが返事は無く、代わりに何か呻き声の様なものが聞こえて来た。
「助け……し……だ」
一瞬気のせいかとも思ったがどうやら人の声に間違いない様だ。
それも息絶え絶えといった声に聴こえる。
やべぇ。中で何かが起きているらしい。
でも、どうする? 人を呼ぶか……いや、もし一刻を争う事態で手遅れになる様な事があったらそれこそ本末転倒だ。
――まぁ、行くしか無いよな。
俺は覚悟を決めて屯所の中へと踏み込んだ。
手にはしっかりと『理力の剣』の柄が握られている。
開いたままの屯所の扉をくぐると、酸い臭いが鼻をついた。
思わず吐き気がこみ上げそうになるが目の前の光景に思わずソレも忘れ去った。
人が倒れていた。
うつ伏せで腹を押さえて倒れており、小刻みに震えながら力無い声で呻いている。
身に纏う装備から見ておそらく衛兵だ。
クラウスと同じ装備なので人目で分かった。
髪も短く刈り込まれた金髪でクラウスと同じ……というか、
「クラウスさん!? どうしたんですか? 大丈夫ですか!」
――クラウス本人だった。
「うう……ん? おお、昨日のお兄ちゃん……か? どうしたん……ヴォエェ」
クラウスの傍にしゃがみこみ、身体を揺すりながら声をかけると彼は力無く返事をしてきた。
無論、帽子は脱いでいる。そのおかげかクラウスはひと目で俺だと分かってくれたらしい。
しかし何があったのか。顔は血の気が引いて真っ青になっており、言葉の途中で近くに置いてあった桶に口から盛大に胃の中身をブチ撒けた。
んー……なんだろう? もしかして二日酔いか何かか?
だが、それにしては酒の臭いはしないし症状も重い気がする。
目の前の光景に眉をひそめながらクラウスのステータスを表記させてみるが、
クラウス・ヘーネス 衛兵:Lv10
この部分は特に変わり無し、と……いや、待て。
名前、職業、レベルには問題は無かったが、クラウスのHPバーが少し減っている。そして見慣れないアイコンが二つ程HP、MPバーの下に付いていた。
なんだコレ?
疑問に感じたので意識をその部分に集中させると、
状態異常:食中毒・衰弱
アイコンの詳細が表示された。
状態異常――クラウスは現在なんらかの原因でバッドステータスに陥っているらしい。それも食中毒、つまり食あたりになった上に衰弱しているそうだ。
応急処置でも施してあげたい所なんだけど原因が分からないとな。
とりあえず簡単な問診でもしてみるか。
「ええっと――今、クラウスさんは食中毒になっているみたいなんですけど、何か変な物でも食べましたか?」
「変な……物だぁ? ハハ、おかしなお兄ちゃんだな……昨日から『ボアの肉』以外食ってねぇよ……うぇっぷ」
『ボアの肉』……ね。
クラウスと初めて会った時に勧めてくれたアレか。
確かに変な物では無い。アイテムの説明にも「美味」だとか書いていたよな。
――出された物は痛んでいたので遠慮させて貰ったが。
ん……痛んでいた?
一瞬、嫌な予感が頭をよぎった。
いやいや、まさか……な。
流石にソレは彼の人間性を疑ってしまう。
聞くのも失礼なレベルだ。
でもなぁ……。
俺は敢えて彼に質問してみる事にした。
「クラウスさん」
「……なんだよ? 今オレは忙し……ヴォオロロェ」
「もしかして俺が残したボアの肉も食いました?」
「はぁ、はぁ……ああ、アレか。当たり前だろ? 食いもん粗末にしたら罰が当たるぜ」
嫌な予感は的中したらしい。
この男。気遣いが出来、空気も読める男前だが食い意地もかなりの物の様だ。
あの明らかに危険な香りの肉を口にするとは……。
正直、自業自得だと思うのだがそんな程度の事で彼を見捨てるほど恩知らずでも無い。
原因は分かった。とりあえずは応急手当からだ。
今出来るのは水分補給と薬でも飲ませて安静にさせる位のものなのだが、もし井戸水なんかが食中毒の原因だったら水分補給させるのにも一手間かかってしまう所だった。そこは不幸中の幸いなのだろうか?
「何か屯所の備品で食中毒に効く薬とか置いてませんか?」
「食中毒か……要は毒だろ? 確か解毒薬が前はあったんだけどなぁ……」
「『前は』って、今は無いんですか?」
「毒蛇に噛まれた旅人を見かけたから渡しちまった、その時はそのまま黙ってたからアレ以来この屯所には補充されて無……うげぇぇ」
他でもポンポンと屯所の備品を渡してるのか。
いや、でも人としては当然か。毒なんて放っておけないもんな。
この人、やっぱりお人好し……いや、善い人だ。
――『解毒薬』か。
彼から受けた恩はここで少しだけ返させて貰おう。
そう決め、即座にインベントリからアイテムを選択して取り出す。
手の中に硬く、ひんやりとした感触と重量を感じたので視線をそちらに向けると、俺の右手には鮮やかな緑色の液体が詰まった瓶が握られていた。
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『特上解毒薬』
毒・猛毒状態を始めとする毒全般に対して大きく解毒作用を発揮する。
使用時、短時間毒に対しての抵抗効果を付与し、多少の殺菌効果も与える。
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「クラウスさん、多分効くと思うのでこれを飲んで下さい」
俺はクラウスの額にコツンと瓶を当てる様に押し付けた。
「痛って。……オイオイ、これ高いヤツじゃねーか! こんなの……ウップ」
「ほら、そんな事言ってないで飲んだ方が楽になりますよ?」
「……だけどよぉ」
「あの晩のお礼だと思ってください、それに聞きたい事もあるんですよ」
クラウスは遠慮していたが、「今のままじゃまともに話も出来ないでしょう?」と、俺がそう伝えると少し考え込んだ後に頷き、グイっと薬を飲み干した。
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「くう~っ! 生き返ったー!」
「それは良かったです」
あの後、薬を飲んだクラウスはみるみる内に快復し、今は俺の目の前で汚れた屯所内をせっせとブラシで掃除している。
予想していたより『特上解毒薬』の効果は凄まじいものだった。
ステータスに表示されていた状態異常「食中毒」は瓶の中身を飲み終えると同時に消え、「衰弱」もクラウスが水分をしっかりと摂って顔色が良くなってきた頃には消え去っていた。
即効性があり、効果範囲もかなり広いらしい。
まさか食中毒にまで効くとは思ってもみなかった。この調子だと"毒"と付いていれば大抵の場合適用出来るのかもしれない。
もしクラウスの症状が良くならない様なら、街まで引き摺って行くことも考えていたので完治して本当に良かった。
「ありがとうな。実はもうあのまま死ぬんじゃないかと思ってんだよ」
「それは大げさですよ。でもクラウスさんが元気になってホッとしました」
「へへ、照れちまうよ。――そういえば、オレに聞きたい事って何だ?」
「この周辺のモンスターについて教えて欲しいんですよ」
「別にいいけど、理由を聞いてもいいか? ほら、一応オレは衛兵だしな」
クラウスに聞きたい事の内容を告げると、彼は不思議そうな顔でその理由を聞いてきた。
「理由ですか……金策と修行ですかね? 俺、こう見えて冒険者志望なんで」
「冒険者ぁ? 兄ちゃんがか?」
別に隠すことでも無いので正直に話したのだが……それを聞いたクラウスは驚いた様な表情を浮かべ、目を丸くしている。
今、彼が思っていることはなんとなく予想がつく。
似た様な状況を雑貨屋のお姉さんの所で既に経験済みだ。
ああ。クラウス、お前もか。
「マジか、冗談――じゃ無いか。いいぜ、教えてやるよ」
どうやら俺の真剣な想いは彼に伝わっていた様だ。
やはり人は真摯な態度で向き合う事で気持ちが通じ――、
「……だからさ、んな怖い顔してこっち見んなって! な!」
――怖い顔云々はこの際、聞かなかったことにしておこう。
少々不満が顔に出てたかもしれないが怖い顔とは心外だ。
うむ。クラウスに俺の心情を理解してもらえた様で何よりだ。
気持ちを切り替え、未だに身振り手振りを交えながら弁明をしてくるクラウスに笑いかけ、俺はまだ仄かに酸っぱい匂いの漂う屯所で彼を心おきなく質問責めにする事にした。