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第17話 その視線に射抜かれても強く生きたい

「んん――」


 薄ぼんやりとした明かりの中、俺は目を覚ました。

 視線の先にはベッドの天蓋が見える。少し見えにくいが色鮮やかな絵画が描いてあるようだ。剣を両手で掲げた少女が竜と向かい合い、見様によってはまるで両者が会話をしている風にも見える絵だ。

 メルヘンな気分に浸りながら身を起こすと、テーブルの上にランタンが置いてあるのが目についた。それはガラスの中でゆらゆらと火を揺らめかせており、部屋を照らし出している。窓の外はすっかり暗くなっていた。


 もう深夜なのだろうか?


 伸びをしながらベッドから降り、テーブルの上を確認すると銀色の蓋を被せた皿が置いてあった。皿の下には紙が挟み込んであり、何やら文字が書いてあるのだが……無論読めない。

 

 気は進まないが文字の勉強もするべきかもしれない。

 そんな事を思案しながら銀色の蓋を持ち上げると、概ね予想通りなのだが食べ物が皿の上に並べられていた。内容は野菜を挟んだパンとブドウに似た果物の二品。どうやらこれが眠る前、俺がメイドの少女に頼んでおいた食事らしい。思っていたよりも自分好みな軽食が用意してあって満足だ。


「シャノンちゃん……だっけ、いいチョイスじゃないか」


 空腹に耐えられずにパンに噛り付くと、シャキシャキとした食感の野菜と共に、何か少し歯応えのあるものが挟んであることに気づく。それが野菜と一緒にドレッシングで和えてあり、スパイスの効いたドレッシングと絡みあってなかなかに食い出がある。


 コレは……鳥のササミかな?

 確か肉類は避けて欲しいと頼んだハズなんだけど、コレはグッジョブだと言わざるを得ない。あっさりとしていて寝起きで空腹の胃にもすんなりと収まる。


 で、お次はこのブドウみたいな物体か。

 緑色の実がまさにブドウ状の房になっている。若干大粒なマスカットと表現すればいいだろうか?

 いつまでもブドウ(仮)というのも良くないので名前と詳細を表記させてみる事にしよう。

_____________________________

「キャウットの実」+2

 熟すと美しい緑色に変化する果物。

 実は甘酸っぱく、ワイン等の材料にもなる。

 別名:ネコの眼 十分熟した実は皮が縦に裂け、まるで猫の眼に見える事からこの呼び名が付いた。この果実は充分に熟している様だ。

_____________________________


 へぇ……変わった実なんだな。

 実を毟り取り、口に含むと爽やかな香りが口内を満たし、歯を立てるとプツリと皮が弾け甘酸っぱい果汁が溢れ出てきた。皮はかなり薄いらしく、ブドウの様な渋みも感じさせないので皮ごと食べても問題なさそうだ。


「うん、ウマイ」

 

 思わずそんな感想を口に出し、房を見つめながら持ち上げると……。

 俺は実と目が合った(・・・・・・・・・)

 決して比喩なんかじゃ……いや半分は比喩だろうか?

 ランタンの灯りに照らされたその実は綺麗な緑色をしているのだが、"ネコの眼"というその別名の通り、熟した果実の皮が中心から縦に裂けており、残った実が一斉に俺を見つめている……様に見えた。


 しばしキャウットの実と見つめ合った後、俺はソッと果実をインベントリに格納した。そこまで食が細い訳でもないのだが……なんだか食べる気が失せてしまったのだから仕方が無い。



 食事を終えたので、椅子に座りなんとなくランタンの火を眺めながら、俺は明日以降の行動について予定を立てることにした。

 

 まず当初の目標だった「身なりを変える」「宿の確保」は完了した。次は「ソロでLv上げ」なのだがコレに関しては金策も付け加えなければいけないと思う。準備で色々と出費がかさんだのもあるが、やはり生活する為には収入源が必要だ。今はまだ『万能金貨』に助けられているがこのままではいずれ尽きるだろう。そんな状況になるまで何もしないつもりでは無いが……。


 とりあえず、日が昇ったら町の周辺に足を伸ばしてみよう。

 普通のモンスターがどれ位の強さで、どの程度の資金源になるか調べないとな。

 モンスターが軒並み手が出せないレベルの強さで詰まない事を祈るばかりだ。そうなったら何か別の手段でも探さないといけない……。


 色々と考え耽っていると――。

 ランタンの火が揺らめきながら小さくなっていき、遂には消えてしまった。

 つい先程まで灯りに照らされていたので目が慣れていないせいもあり、室内が真っ暗闇に見える。


「ああ、消えたか……――ッ!?」


 部屋が闇に包まれると同時にまるで全身に突き刺さるかの様な視線を感じた。


 コレには覚えがある……。

 そうだ、墓場であの時感じたアイツ(・・・)の視線と同じ……いや、アレほど強烈なものでは無いが同質なモノだ。それも一方向からではなく四方八方から感じる。


 そして今回は視線と一緒に――、



『『キャハハ!』』『『……クスクス』』『ウフフ』『『キヒヒッ』』

 


 ――数多の声が重なり、耳に囁きかけてきた。


 あの時(・・・)と同じ様に呼吸が激しくなり、鼓動が加速していく。

 まだ視界が真っ暗なので自身の呼吸音と鼓動をハッキリと感じてもおかしくないハズだが、耳に響く止まない笑い声にかき消されて何も判らない。


「う、ああ……!」


 俺は少し慣れてきた視界を頼りにベッドに飛び込み、隅でシーツを被り縮こまった。手には咄嗟にインベントリから出した『理力の剣』が握られている。


 何だよ……何処に居るんだよ……。

 シーツから顔を出し周りを見回すが――ナニも居ない。

 確かに視線を感じ、声も聞こえるが部屋には自分以外の何者も居なかった。

 

 そのまま時間が経ち、完全に目が暗闇に慣れた頃、次はナニカの気配を感じ始めた。ベッドの下に、天蓋の上に、扉の向こうに、バルコニーに、天井裏に……そして自身の背後に得体の知れないモノが蠢いている。ソイツ等が俺に囁きかけ、視線を向けている。



 ――気が狂いそうだ。


 だが狂ってしまう事などさせて貰えず、視線と声と気配を感じ続け、柄をその手に強く握り込んだまま俺はその日の朝方まで過ごす事となる。


 夜が明け、外が明るくなり始めた頃。

 視線と声、そして気配は一斉に消え失せた。


 ――ようやく開放されたらしい。

 そう安堵すると同時に俺は気を失うように再び眠りに沈んだ。



_____________________________




「あの、お客さん……?」


「んう……?」


 眩しい。

 声が聞こえ、意識が覚醒すると同時にそう感じた。


「そんな面白い寝方してると風邪ひいちゃうよ?」


 俺はベッドの頭部分で丸まるようにして眠っていたらしく、目を開くと不思議そうな顔をしたフィリアさんが俺を見下ろしていた。


「――フィリアさんおはようございます」

「はいはい、おはよう」


 即座に笑顔を作り応対する。体勢はそのままなので格好はつかないが……。


 だがこれで良い。このままが好い。

 なんせこの角度は絶景なのだから。

 ここから見上げる彼女の双丘には如何な名峰すら――、


「ほら、私の胸なんて見てないで顔でも洗いなさいな」


 ――お見通しだったか。だが、


「正直、もう少し眺めていたいです」

「……これ以上は宿代に上乗せするよ?」


 ……どうやら今回は退くしか無いようだ。


 フィリアさんに言われた通り、俺は顔を洗う事にした。

 彼女が小さい桶に水を汲んで持って来てくれたらしく、それで洗ってしまっていいそうだ。


 顔を洗いながら昨晩の出来事を思い出す。

 なんだったんだろうかアレは?

 怪奇現象とでも言うべきか。

 テレビで観たラップ音やポルターガイストの類に似ていなくも無いが……。


 最初に視線を感じた瞬間、俺は最悪の事態を想像した。

 もしかしたら墓場で出くわしたアイツが追って来たのでは無いか?

 あるいは同じ類の危険な何かを呼び寄せたのではないか? と。

 だが幸いにもその予想は外れてくれたらしい。この通り、逃げ出すまでもなく俺は無事だ。――恐怖で腰が抜けていたので逃げ出す事なんて出来なかったとは思うが。


 一眠りして頭が冷えたので一応の仮説を立ててみた。

 まず、ランタンの灯りが消えるまでは何も感じなかった、そして夜が明けると同時にピタリとその全てを感じなくなった。この二点から恐らくあの視線や声、気配は暗闇あるいは夜になると発生するのではないだろうか?

 それに加え気配は感じていたが、俺に直接危害を加えてくる様子が無かった。なので基本的には無害なのかもしれない。肉体的な害は無かったが精神的にはかなり参ったので完全に無害とは言えないが。


 今、いくら考えても答えは出ないのだが……どうしたものか。

 好きだったTRPG風に言うとSAN値(正気度)が削れるとでも表現すればいいか。毎晩ああいう事態に陥るとしたら近いうちに俺は気が触れてしまうぞ。



「ぷふぅ」

「はい、これで拭きなさいな」

「ありがとうございます」

 

 顔を洗い終え、手ぬぐいを受け取りながら礼を言うと、それとほぼ同じタイミングで部屋の扉がコンコンと数回ノックされ澄んだ声が室内に響く。


「お客様、ご朝食をお持ちいたしました」


「シャノン? いいよ、入っておいで」


 その声にフィリアさんがそう告げると扉が開き、メイド服を着たセミショートの少女がサービスワゴンを押しながら部屋に入って来た。昨日俺が目を覚ました時、腕の中に居た少女"シャノン・ウェルス"だ。

 入室してきたシャノンと目が合ったので笑いかけると、彼女もにこりと微笑みを返してきた。しかしその直後、俺とフィリアさんの顔を交互に見て彼女は少し困惑した様な表情を浮かべ始める――


「シャノンさん、おはようございます」

「お、おはようございます!」


 朝の挨拶を交わすと彼女はサッと顔を背け、テーブルに朝食を配膳し始めたのだが……緊張しているのだろうか? どこか動きがぎこちない。


「シャ~ノ~ン? 今日はあなた、給仕の当番じゃなかったと思うんだけど?」


 そんな姿を見てフィリアさんがシャノンに声をかけた、なんだか意地悪そうな声色に聞こえたのは多分気のせいではないだろう。腕を組み、威圧する様にシャノンの真横に移動している。


「あの、その――フィリア様ごめんなさい! アイリに頼んで交代して貰いました」

「……まぁ、いいんだけどね。ただし自分の仕事に差し支えない様に」

「はーい」


「それとコレ(・・)は私が預かっておくから。入れ込むのはいいけど程々にね?」

「へ? なんでフィリア様がソレを持ってるんですか!?」


 フィリアさんの手には見覚えのある紙がひらひらと揺れていた。

 確か昨日食べた夜食の皿に挟まっていた紙だ。内容は読めなかったが。

 ソレを見てシャノンがえらく動揺している。


「……朝お客様を起こしに来たらテーブルの上に置いてあるんだもん、嫌でも目に入るでしょう?」

「え? ええ?! フィリア様! お願いですから返してください!」

「ダーメ。コレは勝手に当番を代わった罰として私が預かりま~す」


 顔を真っ赤にして必死に紙切れを取り返そうとするシャノン、ヒラヒラと紙切れを見せ付けながら彼女に渡すまいとするフィリアさん。

 なんだこの微笑ましい光景は。

 でも、気になるな。あの紙には何が書いてあっただろうか?

 

「その紙、何て書いてあるんですか?」

「あれ? 読んでなかったの?」

「ええ、恥ずかしながら俺、字が読めないんですよ」

「あらあら、それは意外だ」


「そうだったんですか……」

「はい。シャノンさん、ごめんなさい」


 俺が切り出すとフィリアさんは意外そうな、シャノンは少し残念そうな反応をした。これは……彼女たちの期待を裏切ってしまったのだろうか? よし、文字の勉強は脳内の"いずれやる事リスト"の上位陣に加えておこう。

 

「なるほどね、ならここで私が読んで差し上げ――」

「フィリア様ッ!」


「ごめん、ごめんって。悪ふざけが過ぎたよ……お客様、残念だけど手紙の内容はご想像にお任せ、という事で勘弁してあげて? ほら、シャノンも仕事仕事!」


 紙面を読み上げようとしたフィリアさんに対してシャノンが抗議の声を上げ、ジッと彼女を睨みつける。するとフィリアさんは即座に謝り、そそくさと逃げるように部屋から退散した。――ちゃっかりと紙切れは持ち去った様だが。


「もう!」


 フィリアさんが出て行った扉の方を見ながらシャノンがむくれている。

 ぷくーっと頬を膨らませた彼女は思わず指で突きたくなる可愛さだが、そろそろこっちの相手もして貰おう。一応、夜中に食事はとったのだが、あのおかしな現象に襲われたせいか――どうにも腹が減った。


「えーっと、シャノンさん。……もう食べてもいいですか?」

「――ハ、ハイ! 支度は出来ておりますのでどうぞ!」


 シャノンに聞くと彼女は慌てた様子でテーブルの椅子を引いてくれた。

 俺が席に着くと今度は朝食と一緒に運んで来たティーポットから茶を注ぎ、そのまま横で待機している。どうやらこのまま朝食の世話をしてくれるらしい。どんなご馳走でも一人きりで食べるのは味気無い、例え給士という形でも人が居てくれるのは嬉しい事だ。

 ――それに彼女には言っておかなければならない事もあったので丁度いい。


「シャノンさん」

「はい、何でしょうか?」

「昨日の夜食、美味しかったです。可能なら毎日でも食べたい位です」


 昨晩の夜食の礼と感想を伝えると、彼女はあふれんばかりの笑顔を浮かべた。


「本当ですか! 良かったぁ……。また腕によりをかけてお作りしますね!」


 むくれてる様子も面白――可愛かったが、やっぱりこっちのが良いな。

 見ているとこちらも自然と笑みがこぼれる。そんな素敵な笑顔だ。


 というかあの夜食は彼女の手作りだったのか。

 実家以外で手作りの料理なんて食べたのはいつ振りだろう?

 味も良かった。アイルムの食堂で食べた物にも負けない味だと俺は思う。

 折角なのでお言葉に甘えてまた作って貰うとしよう。


「……でもキャウットの実だけは勘弁してください」

「お気に召しませんでしたか?」

「アレは一身上の都合で口に出来なくなりました」

「……?」

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