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第16話 夢の中で抱きしめて強く生きたい

「おっと――」


 購入した物の精算を終え、扉をくぐり店の外側に踏み出すと、乾いた風が全身に吹き付けてきた。

 やや暖かに感じるが湿気が無くカラッとした風で、眼前の坂道を駆け上がるように少し強めに吹きつけてきて気持ちが良い。

 買ったばかりの帽子が飛ばされない様に手で押さえながら空を見上げると、太陽が天頂から傾き始めていた。割と長い時間店内に居たらしく、店に入る直前とは位置が違う。


「今日は風が強いですね、先生」

「この時期になると毎年です。砂漠側の乾燥した風がティオールまで届きますからね」


 振り返るとアルベルトとエイミーが店先まで出て来ており、扉の前に二人共並んでいた。


 こうして並ぶと凄い身長差の二人だ……。

 遠目で見ると大人と子供が並んでいる様に錯覚してしまうだろう。

 ホッソリとしたシルエットで高身長のアルベルトと、スラッとスマートなメイド服で色々と控えめなエイミー。この組み合わせなので余計にそんな印象が強く感じる。見事な凸凹コンビだ。


「――それでは、色々とありがとうございました」

「ええ、またのご来店をこころよりお待ちしております」

「はい、また近いうちに顔を出させてもらいますね」

「きっとですよー!」


 軽く挨拶を済ませ、俺は二人に見送られながら『ラ・トワール』を後にした。



_____________________________


 ――十数分後――


 坂の上。丘陵地帯に建てられた街ティオールで最も高い位置に建つ建物。その内の一軒の前に俺は立っていた。


 えっと、……ここだよな?

 アルベルトに紹介された宿は彼の仕切る洋裁店前の坂道を更に登った場所に建っており、周囲と比べると一際目立つ大きなものだった。


 目の前の建物を見上げる。

 それは大きな洋館の様な建物で、外観は多分に漏れず白基調の二階建てなのだが屋根だけは三角屋根で、"いかにも"な洋風のものだ。

 正面には屋根付きの玄関があり、その上部はバルコニーになっている。


「うへぇ……」


 こんな建物を実際に見るのは初めてだ。

 特にバルコニー部分はなんとなく"結ばれる事を許されない男女の悲恋を描いた歌劇"のワンシーンを連想してしまう。


 まぁ、それはともかく……さっさとチェックインを済ませるか。

 俺は頭を切り替え、玄関の扉の前まで進み、


 これは確か、こうするんだったかな?

 ドアに獅子頭の飾りが付いていたので、俺はその飾りが口にくわえている輪っかを掴み、何度か扉に打ち付けた。

 木製の扉に金属製の輪がぶつかり、ゴンゴンと低い音が鳴り響く……。



「どちら様でしょうか?」


 すると、しばらく間を空けて扉が開き、中から声と共に女性が顔を出した。


「アルベルト・ベルティーニさんからこちらを紹介されて来たのですが……」

「あら、アルベルト様からですか? 失礼ですが紹介状か何かはお持ちですか?」

「あ。それでしたらコレが」


 俺はアルベルトに書いて貰った『紹介状』をインベントリから取り出し、目の前の女性に手渡した。

 すると彼女は紹介状を開くと表、裏と念入りに確認し呟いた、


「これは……確かに。珍しい、あの方がここまでするなんて」

「そうなんですか?」

「ああ、失礼しました。こちらの話ですのでお気になさらず」

「はあ」


「では、ようこそ当宿へ。アルベルト様のご紹介という事ですので相応の持て成しをさせていただきます」


 そう女性に告げられ、俺は宿に入り二階奥の部屋まで案内された。

 特にこれといった問題や手続き等もなく、紹介状を見せただけでスムーズに事が進んでいる。これはアルベルトに感謝するべきだろう。


 ちなみこの女性、宿の女主人で名前はフィリアさんというらしい。

 グラマラスな妙齢の女性なのだが割と気さくな性格で、今はこの宿を使っているのは俺だけだとか、普段はあまり客が来ないから暇だとか、宿の案内がてら色々と世間話もしてくれた。

 

「ああ、連れ込みは自由だし門限も特に無いんだけど、あんまりハメをはずし過ぎないようにね?」

「……しませんよ、そんな事。なんせまだ相手も居ませんし」

「ああ、勿体無い。せっかく良い格好してるんだから少しは遊ばないと損だよ?」


 少し会話をしたら急に口調が砕けた喋り方になったのだが、俺としてはこっちの方が話しやすくていい。

 見た目は美人なお姉さんなのだが、親戚のおばさんみたいに少し下世話な話もぶっ込んでくるのは好みが分かれる所だろうか?

 そんな調子で話をしているとすぐに目的の部屋に到着した。


「うお、この部屋ですか?」

「そう、ウチで一番良い部屋だね」


 天蓋付きのベッド、花の生けられた高そうなテーブルと背もたれの長い椅子。元居た世界の自室が丸々二つは入りそうな広さの空間に見るからに高級そうな家具達がセッティングされている。部屋の奥は大きなガラス窓になっていてバルコニーに繋がっている様だ。玄関上にあったバルコニーとは違い、もっと広くソコにもテーブルと椅子が置かれている。

 

 この内装、もしかしたら宿代がとんでもなく高額なんじゃなかろうか?

 一番良い部屋らしいし。こういう時でもドンと構えていた方が男らしいのかもしれないが、庶民派の俺にそこまでの度胸は無い。リスクコントロールはしっかりしておくべきだ。


「あー、すみません。……宿代はお幾ら程なんでしょうか?」

「宿代? 気になるの?」

「はい、少しの間滞在したいので一応確認しておきたいんですが」


 恐る恐るフィリアさんに聞いてみたのだが……。


「そうねぇ、普段は一日三金貨で食事代は別なんだけど――」


 一日三金貨。

 十日で三十、一ヶ月でほぼ百金貨近い出費になるのか。しかも食事代は別らしい。これは、早い内に安宿にでも逃げた方がいいのかもしれない。

 ただ、紹介してくれたアルベルトの顔もあるので今すぐという訳にはいかないが。


「――アルベルト様からの紹介だし? 食事とその他込みで一日二金貨でいいよ」

「え。いいんですか?」

「まぁ、お客さん一人なら宿の管理の片手間で面倒みれるから大丈夫だよ。知り合いの紹介以外では滅多にお客さんが来ないから半分趣味みたいなものだしね」


 趣味で高級宿を経営してるのか……。

 アルベルトに違わずこの人も結構な変わり者なのかもしれない。

 しかし宿泊料が少し軽くなったのはありがたい。決して安いとは言えないかもしれないが積み重なれば馬鹿にならない額になる。まだ安定した収入も望めないので尚更だ。結局は俺が生活費を稼げる様になるしか無いのだけど……。

 一先ず今は心の中であの少し変り者な仕立て屋の友人に礼を言いつつ、目の前の女性には言葉で感謝を伝えよう。出来る男はこういう所で気配りが出来なくてはならないのだ。


「ありがとうございます。お姉さん愛してます」

「……私を口説いてもこれ以上安くはならないよ?」

 

 ――色々な期待を込めた渾身のジャブはフィリアさんに笑顔であしらわれた。



「――じゃあ、何か用向きがある時はテーブルの上にある呼び鈴を鳴らしてくれれば私なりメイドなり誰かしら来るからね」

「はい、分かりました」


 テーブルの上を見ると棒の付いた小さなベルが置いてあった。

 コレも映画やアニメでしか見た事の無い様な……いや、小さい頃に親と買い物に出かけた時、商店街やスーパーの福引で見かけた事があったかもしれない。自身がそれを鳴らしてもらった事は無かったが。

 商品の箱や袋に小さく付いていたり、某ロボットアニメの独立部隊のシンボルマークになっていそうなデザインのベルをイメージすればきっと近いだろう。そんなデザインの物だ。

 

「ああ、ウチのメイドは可愛い子も居るけど口説いちゃ駄目よ?」

「しませんよそんな事……保障は出来ませんけど」

「あはは、気をつける様に言っとくよ。それではおくつろぎ下さいませ、お客様」


 そんな事を言い彼女は部屋から退室した。

 心配しなくても俺に初対面の女の子を本気で口説く甲斐性なんて無い。

 というか余裕が無いんだよな……他にやる事や潰さないといけない問題が多すぎる。

 俺はマントを外し、椅子の背もたれに掛け、天蓋付きのベッドに飛び込んだ。

 背中に心地良い弾力を感じ、体が軽く沈む。

 シーツはサラサラとした上等な感触で、枕もフカフカとした眠気を誘うものだ。


「そういえばこっちに来てからまともに寝てなかったな……」


 もう、結構前の出来事に感じるが昨晩は散々だった。

 牢にぶち込まれ、墓場に落とされ……その先はあまり思い出したくない。


 ベッドに体を預けながら考えていると段々とまぶたが下がり、キュルル~と胃が空腹を訴えているがどうやら睡眠欲の方が勝っているらしく、俺はそのまま意識を手放した。

 

_____________________________

 


 ――意識が朦朧とする中、夢を見た。


 昔飼っていた愛犬の夢だ。

 小さい頃から狼が好きで、成人して間もない頃に俺は狼犬の仔犬を飼った。

 値段は張ったが銀灰色で金眼の愛らしい仔犬だった。

 超大型犬に分類される大きさの犬種らしく、彼はすぐに大きくなり世話には随分と手を焼かされた。俺は仕事があったので一日の半分も相手をしてやれなかったが……。


 しかし彼は六歳の誕生日を迎える前にこの世を去った。心臓の病だった。

 立派だった身体はやせ衰え、最後の半年は立つ事も出来ずに抱き抱えて病院に通う日々を過ごした。こんな事ならもっと構ってやればよかった……そんな都合の良い想いが未だに頭をよぎる。

 

 ――これは夢だ。

 今、目の前にその愛犬が居る。

 別れの間際のやせ衰えた姿ではない。一番元気だった時の姿でブンブンと大きな尻尾を振りながら俺の眼前に座っている。


 ――ッ!

 俺は言葉も出せずに彼を力いっぱい抱きしめた。

 柔らかくも芯のある抱き心地を感じる。



「――あのぅ、お客様……苦しいです」


 む? 

 

 腕の中から訴えかける様な声が聞こえ俺の意識は覚醒した。

 まだ半分夢の中の心地だが。


 しょぼしょぼとする目を開けると其処には……。


 俺の腕にがっしりとホールドされて胸板に押し付けられているメイド服姿の少女が居た。髪はブロンドのセミショートで困った顔をして俺を見上げている。

 

 シャノン・ウェルス メイド:Lv8


「……何してるんですか?」

「こ、こっちの台詞ですから!」


 思わずステータスを表記しながら顔を見つめ、質問すると真っ赤な顔でしどろもどろに弁明してきた。


「お、お客様のお部屋からお返事が無かったので、ご就寝されている様だったので……あの、その――」


 うん、分からん。

 どうやら軽くパニックになっているらしい。

 俺が手を離すと彼女は素早くベッドから降り、その場でオロオロとしだした。


「はい、落ち着いて。深呼吸してー」

「え? あ、ハイ!」


 俺も仕事に慣れない時はこんなだったっけなぁ。

 すぅー、はぁーと胸に手を当てて深呼吸するシャノンを見ながら思わずフフッと笑ってしまう。


「ふぅ……、あのですね――」


 落ち着いてきたシャノンの言い分を要約するとこうだ。

 夕食の支度やメニューをどうするか俺に聞きに来たが部屋からは返事が無く、心配して中を確認すると夕方にも関わらず俺が眠っていたらしい。

 そして俺がベッドの上でそのまま大の字で寝ていたので上から毛布をかけようとしたら、急に抱き寄せられて脱出できなくなったそうだ。


「なんだ夜這いじゃなかったのか」

「違いますよ! お客様にそんな失礼な事致しません! それに――」

「それに?」

「……いえ、なんでもありません。それよりご夕食はどう致しましょうか?」


 何かをはぐらかされた様な感じもしたが気になる事でもない。

 夕食ね……確かにお腹も空いているのだけど、どうにもまだ眠気が強い。疲れているのだろうか? 今すぐに何かを食べたいとは思わない。


「ええと、実は少し疲れているのでもう少し眠りたいのですけど、次に起きた時にすぐつまめる様な物を用意しておいてもらえませんか?」

「はい。でしたら遅めの時間にご用意して、お部屋まで運ばせていただきますね」

「助かります」


「メニューの方はご希望の物やお嫌いな物等ありますか?」

「出来たら肉や魚以外で軽めの内容だと嬉しいです」

「かしこまりました。ではその様にご用意させて頂きます」

 

 流石に寝起きに肉料理やフルコースを出されても辛い。

 贅沢を言えばサラダやサンドイッチみたいな軽食があれば嬉しいんだけど。


「ありがとうございます。……それとさっきはすみませんでした」

「あ、あのこちらこそ申し訳ございません。……出来ればフィリア様には内密にして貰えると嬉しいです」


 どうやらシャノンはフィリアさんにこの事を伝えて欲しく無いらしい。

 まさか怒られたりするのだろうか? 明らかに彼女に非は無いのだが。

 俺は怒られたりはしないだろうが冷やかされるネタにはなりそうだ。元よりわざわざ告げ口をして人を困らせる趣味もない。


「実は自分も『メイドには手を出さない様に』と釘を刺されていたので内緒にして貰いたいです」

「ではお互いに秘密という事ですか……」

「そうですね、無かった事にしましょう」


 俺の提案に「はい……」と、そう言いながらシャノンは胸の前で指を合わせた。部屋が薄暗いのでよくわからないが頬は紅く染まっている様にも見える。


 何この子、可愛いんだけど。

 こんな子と……ならお近づき……に。


 唐突に頭にぼんやりしてきた。

 ……駄目だ、どうやらまた睡魔が帰ってきたらしい。

 目がガラガラとシャッターを降ろそうとしてくる。

 本日はもう閉店の様だ。


「では……すみませんがお願いしますねシャノンさん(・・・・・・)――」

「はい、お休みなさいませお客様」


 俺は再び意識を手放した――。



「――あれ? どうして私の名前を知ってるんだろ?」


 ふと疑問が浮かんだが自分の主人の奔放な性格を思い出し「きっとフィリア様が教えたのだろう」と納得し、シャノンは目の前の男性が眠りに落ちていくのを見届けた後、自身の仕事へと戻った。

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