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第15話 お茶を濁さない様に強く生きたい

「なるほど、"ギジンカ"ですか。敢えて人ならざるものに人の姿を与え、畏怖あるいは尊敬の念を抱かせるといった所でしょうか?」


「うーん、少し違いますかね? 俺の知っている範囲だと、どちらかといえば親しみやすくしたり愛される様にする意味合いの方が強いかったですね」


 時はティオールの昼下がり、場所は洋裁店『ラ・トワール』

 現在、俺はアルベルトとエイミー・・・・に日本の言い伝えや世界に誇るお家芸についてそれなりに熱く語っている。"それなりに熱く"というのは読んで字の如く、俺がそこまで詳しくないにも関わらず必死にそれらしく話しているからだ。


「えっと、その"ギジンカ"というのは人の形になる事らしいですけど、喋ったりご飯を食べたりもするのですか?」


「明確にそうだと決まっている訳じゃないですけど……人と同じ行為を出来る様に描かれているものは多いですね。中には持ち主と恋愛したり添い遂げる結末の話もありますよ」

「恋愛ですか!? そ、それはどういうモノなんでしょうか!」

「え? ええーと……」


 エイミーが首を傾げながら聞いてきたので、なんとなく彼女が興味を持ちそうな方向に話を振りつつ返答すると、彼女はそれが気になったらしく矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。

 ちなみにエイミーはお茶を用意してくれた際にアルベルトが「後学の為に貴方もお聞きしておきなさい」と彼女に言い放ち、半強制的に席に着かせた。最初は何の話かもわからない様子だったがアルベルトの考察や俺の話を聞いている内に趣旨が分かってきたらしく、いつの間にか自前のティーカップを用意し、お茶菓子に手を伸ばしながら会話に参加している。


 にわか知識での会話なので言葉に詰まる事もあるが、二人とも熱心に話を聞いてくれるのでついこちらも頑張ってしまう。

 仕事以外でこんなに人と話すのはいつ振りだろう?

 ネット上でチャットはしてたけど……それはノーカンだ。

 俺はボイスチャットも聞き専門だった。こっちに来てからはそういう訳にもいかなくなってしまったが。


 さて、エイミーが聞きたいのは擬人化+恋愛物か。

 色々とそれらしい作品は記憶にあるが、ここは二次創作の全年齢向け薄い本でも例えにだして話しておこう。そう決めて語りだそうとした時、店内の奥側の扉が開かれ茶色のハンチング帽を被った金髪の少年が入ってきた。その手には白い布に包まれたものが抱えられている。


「アルベルト先生。靴の調整が終わりました」


 少年はアルベルトの前まで進みそう伝えると、包みを差し出した。

 声は少しあどけなさが感じられるが声変わりを終えた少し低いものだ。


「アルフレッド。早かったですね」

「一足はお急ぎとの事でしたので……ご確認して頂けますか?」

「わかりました。――お客様、彼はアルフレッド。

 当店の革細工を担当させております。若いですが腕の良い職人です」

 

 アルベルトが包みを開き、中身を確認しながらそう紹介してくれたので俺は少年のステータスを表示させながら軽く会釈すると、彼は帽子を手に取り俺に頭を下げた。


 アルフレッド・アニージェ 革細工師:Lv18


 俺はともかくエイミーよりもレベルが高いだと……。

 明らかに彼女よりも若いのに――いや、年齢で比べるのは双方に失礼だな。

 おそらくこれは彼が相応の努力と苦労をした結果なのだろう。

 そしてアルフレッドは略式ながら綺麗な形の礼をしていた。エイミーといい彼といいまだ年若いだろうに礼儀作法をしっかりと躾けられている様だ。これもアルベルトが指導しているのだろうか? 俺も社会人として最低限の作法は弁えているつもりだったが彼ら程キレイな所作が出来ているかは分からない

 ……今度コンソールに姿を映しながら練習しておこう。


「アルフレッド、この短時間で良く仕上げられましたね。

 当店の品として胸を張ってお客様にお出しすることが出来ます」

「ありがとうございます。アルベルト先生」


「アルフレッド、良かったじゃない。先生に褒めて貰えるなんてなかなか無――」

「エイミー、貴方は接客から再指導です。同じ職人としてアルフレッドを見習いなさい」

「ふぇ!?」


 俺はそんな彼らのやりとりを見て少し笑みをこぼしながら、冷めて丁度いい温度になったハーブティーをグイッと飲み干した。


_____________________________


「いかがでございましょうか?」


 アルベルトにそう聞かれ、俺は全身を軽く動かしながら確認する。

 袖丈よし。胴周りよし、首周りもよし。

 股下、尻周りもよし。


「うん、丁度いいですね」


 そう答え、コンソールを開き自身の姿を確認すると――、


 上半身は白いシャツの上に暗色のベスト。襟元には深い紅色のタイを巻き、黒い背広を着ている。形はメスジャケットと呼ばれる略式礼服に近いだろうか? 袖と裾が少し折り返されていて、その部分と襟の裏地にはシンプルな草紋模様が刺繍されている。

 下半身は黒いスラッとしたシルエットのズボンを履いているのだが、こちらは装飾が一切無く、しっかりとした丈夫そうな布地で仕上げられており、スマートな印象のものだ。足元には黒い革靴。靴を挟む様に革帯で固定された二枚の金属製のリングが格好良い。


 ――見違えた姿の自分がそこに居た。


 ……うん、誰だコレ。

 少なくとも少し前まで甚平を着ていた人と同一人物とは思えない。

 というか見慣れた衣服でなくなったせいで完全な別人になっちゃったな。


 靴が届いた後、俺は下着と最初に試着させて貰った衣服をその場で身に着けさせて貰った。……甚平をアルベルトに譲ってしまって着る物が無いので当然といえば当然なのだが。

 そして実際に全て着てみると改めて品質の良さが分かる。上半身、下半身共にまるで高級ホテルのシーツでも纏ってるかの様な感覚だ。

 靴もアルベルトが太鼓判を押していただけあり、初めて履いたにも関わらず長期間履き慣らしたかの様に足に馴染んでいる。アルフレッド……素晴らしい仕事振りだ。


「お似合いですよ。お客様」「まるで高貴な身分の方みたいです!」


「ありがとうございます。これならもう入店拒否は受けなくてすみそうですね」

「うう、もう気にしてないって言ったのに……」

「あはは。あの……冗談ですよ?」


 エイミーが褒めてくれたのでお礼に小粋なジョークを挟んだのだが、アルベルトがギロリと擬音が付きそうな眼差しで彼女を睨んだので即座に撤回した。


 そして「じゃあ、そろそろお会計を――」

 と、途中まで言いかけた所で窓から外の景色が目に入った。

 窓の外ではさんさんと降り注ぐ日差しに影が黒く、くっきりと照らし出されている。もしかしたら今が一番日当たりのキツイ時間帯ではなかろうか?


 あの直射日光に晒されたら流石に暑そうだな……。


「あー、何か帽子の様な物もお願いできますか?」

「かしこまりました。でしたらあちらの品等いかがでしょうか」


 アルベルトが即座に対応し、近くに展示してある衣服の方へと案内してくれたのでそちらに向かうと、黒い色の帽子が外套とセットで飾られていた。色は共に黒系なのだが真っ黒ではなく少し深みのある色彩で"漆黒"とでも呼んだ方が良いかもしれない。

 帽子は中折れ帽だ。お洒落な人や紳士的な人が身に着けていたり、ワイルドやハードボイルドといった言葉が似合う人が好みそうなデザインのアレだ。

 外套の方は所謂マントそのものだ。元の世界では映画や漫画・ゲームの中以外では珍しかったが、こっちに来てからは門番や冒険者、道行く旅人風の人など色々な人達が着用している。今まで見てきたマントと違うところがあるとすれば、襟部分が首元を隠す様に立っているのと、肩から肘上付近までの丈が短いケープが二重で付いている位だろう。しかし、それもまたカッコイイ。

 帽子、マント共になんというか心の奥底がくすぐられるような格好良さだ。


「これも帽子とマントの両方を三着ずつ下さい!」


 俺は即答した。

 こんなのセットで見せられたら買うしか無いじゃないか。

 きっと今の服装にも合うだろう。


「かしこまりました。きっとお客様でしたらお気に召していただけると思っておりました。帽子と外套も上着と合わせた配色で揃えさせていただきます」


 ここまで織り込み済みか……。

 この男、仕立て屋:Lv46はやはり伊達ではない。

 こちらの好みを的確に突いて来る。

 

「完璧です。アルベルトさん」

「お客様にご満足いただけた様で何よりでございます」


 アルベルトに称賛を送ると、彼はスッと左手を右胸に添え礼を述べた。

 いちいち立ち振る舞いがクールで美しい。

 俺もいつか自然とこんな動きができる様になりたいものだ。


 よし、これで衣類は万端だ。

 少し長居してしまったけど今度こそお勘定して貰おう。


「では、そろそろお会計をお願いします」


 俺がそう伝えるとアルベルトはエイミーに指示を出し彼女をカウンターに向かわせた後、彼自身は一度店の奥に消え、すぐに展示してある物と同じ帽子とマントを抱えて戻ってきた。そして彼は俺に帽子を手渡し、マントの着け方や扱う上での注意点を説明しながら肩にかけ、続けて今日購入する商品の受け渡しについて話してくれた。


「お客様。本日お買い上げになられた品物の内、幾つかは靴と同様に少々調整が必要な物がございます。よろしければ仕上がり次第、お客様がお召しになられていた下着と履物と一緒にご滞在になられている宿までお届けいたしますがいかが致しましょうか?」


 宿! そういえばまだチェックインすら済ませて無い。


「ああ、実はまだ宿は取ってないんですよ。今朝方この街に着いたばかりでして」

「左様でしたか」


 最初は宿を確保してから買い物をするつもりだったんだけど、流れで雑貨屋から直接この店まで来たもんなー。仕方ない、どこか適当な宿を探して後日場所を伝えに来るか、もしくは商品を直接受け取りに来ればいいか。等と考えていると――、


「私の知己の宿が一件ございますが、よろしければご紹介致しましょうか?」


 ――アルベルトが気を利かせた申し出をしてくれた。

 渡りに船とはこの事だろうか?

 内心ではもう答えは決まっているのだが……。

 一応、少しだけ遠慮がちに聞き返す。


「え、それはありがたいんですけど。本当にいいんですか?」

「はい、私の紹介であれば喜んで迎えてくれるでしょう。

 それに当店の大切なお客様を他の安宿に宿泊させる事など出来ません」


 後半部分にやや不穏なフレーズが感じられるが。

 まぁ、ある程度の高級宿ならしばらくは問題なく泊まれるハズだ。

 俺には『万能金貨』という心強い味方が付いている。過信は禁物だとは思うが……少しくらい頼っても罰は当たるまい。


「そうですか、それではお言葉に甘えさせて貰いますね」

「かしこまりました。それでは紹介状を一筆したためさせていただきます」


 そんなやり取りをしているとエイミーがカウンターから駆け寄って来た。


「あの、お会計の用意が出来てますけどよろしいですか?」

「ああ、はい。お願いします」


 どうやら会計の準備が整ったらしい。

 俺はマント下で『万能金貨』をインベントリから出しながらカウンターへと向かった。アイテムの出し入れを隠すのにもこのマントは調度良さそうだ。


「お幾らですか?」

「えっと、二十三点のお買い上げになりまして……計七十六金貨になります」

「うわぉ」


 思わずおかしな声が出た。

 "結構な金額"とは聞いていたんだが……。予想以上だった。

 コレは割と大きな買い物になったのかもしれない。

 POT代の二十四金貨と併せると今日だけでぴったりと百金貨の出費か。


 少し使い過ぎただろうか?

 いや、消耗品の薬はともかく衣類はこれからしばらくは使えるものだし「身なりを変える」という目的の一つに必要なものだ。決して無駄使いでは無いハズだ。

 これは必要経費であり授業料でもある。そう思っておこう。


 俺は動揺を隠しながらも極めて平静を保ち、巾着袋から何度かに分けて金貨を掴み出しお会計を済ませた。――少し手が震えていたが気付かれてはいまい。


「……本当にお金持ってたんだ」


 ボソッとエイミーが不敬な事を呟いてくれたがもはやご愛嬌だ。

 ここは大人の対応で返してやろう。


「今なら相応の格好に見えるでしょう?」

「ええ、まぁ。当店の最高級の品ですし当然ですね」


 ――コンソールで確認しながら精一杯の爽やか笑顔で言ったのだがやや塩対応で悲しかった。


「エイミー、衣服はあくまで人の魅力を引き立たせるものです。

 あまりお客様を蔑ろにしてはいけませんよ」

「はい、先生がそう仰るのなら。――お客様、とてもお似合いですよっ!」

「むう」


 アルベルトに軽く注意され、エイミーはしれっと手のひらを返した。

 ちょっぴり納得がいかないが、いちいち気にする程のものでは無い。どちらかといえばコレは気兼ねのない和やかなやり取りだ。エイミーにいたっては台詞の後半部分から片手を口に添えて悪戯っぽくニヤけていた。それを注意しない辺りアルベルトもそのつもりなのだろう。

 二人とはお茶を飲みながら雑談してから少し気さくな雰囲気になった気がする。出会った直後はギスギスとしたものだったが、今はそんな風には感じられない。アルベルトは俺に対して常に平常運転なので主にエイミー絡みの話だが。


 ……俺はもう二人とは友達の様なものだと思っている。

 彼等の方はどうだろうか?

 少し気になったのでそれとなく聞いてみよう。


「そうだ、そういえばまだ"人になった物とその持ち主の恋愛譚"を話していませんでしたよね?」

「あ、そういえばまだでした。どんなお話なんですか?」

「エイミー、お客様にもご予定がお有りです。無闇に時間を割かせてはいけません」

「はぁーい……、先生」


 エイミーは勢いよくカウンターに上半身を乗り出しながら聞いて来たのだが、アルベルトに窘められガクっと肩を落としてカウンターの内側に引っ込んだ。


 そう、あくまで俺は今この店の「お客様」としてここに居る。

 ではそれ以外、例えば「知人」としてならどうだろうか?


「じゃあ、今度時間が空いてる時に改めてお二人を訪ねて来てもいいですか?」


 思い切って聞いてみると、二人は互いに一度顔を見合わせてから笑みを浮かべ、


「ええ、勿論です。是非お越しください、その時は私達の……そうですね――友人として歓迎いたします」

「本当ですか……! じゃあ美味しいお茶とお菓子、ご用意しておきますね!」


 嬉しい事を言ってくれた。

 二人が俺をどう思っているか。そんなことは杞憂だったらしい。

 ――本当に良かった。


 思いの外、エイミーも歓迎してくれている様だ。

 よし、今度彼女には笑いあり涙ありのとっておきを語ってやろう。


 この日、俺に行きつけの洋裁店と異世界(こっち)に来て初めての友人が出来た。

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