第14話 ふと頬を染めても強く生きたい
この度なんと初レビューを頂きました!
日頃から読んで下さっている方々、そして新たにブックマーク、評価してくださった方々、ありがとうございます! これからもよろしくお願い致します!
「お客様、こちらの品などいかがでしょうか?」
「いいですね。……これも内側が丁寧に仕上げられていて履き心地が良さそうです」
俺はアルベルトが勧めてきたインナーを受け取り、それを手で触れながら感想を述べた――見た目は丈の短い紐結びのステテコと表現するのが近いだろうか? 外側は滑らかでしっかりした生地なのだが内側はしっとりとした柔らかい感触の生地で作られている――彼はそれを聞くと、無表情な顔に薄っすらと微笑みを浮かべ、やや熱の入った早めの口調で語り始めた。
「やはりお分かりになられますか。
この下着は三種類の布地を部位に応じて使い分けておりまして――」
アルベルトとエイミーに招かれ、店内から再度入店した俺は用向きを尋ねてきた彼らに「衣服を一通り揃えたいので見繕ってほしい」と伝えた。すると俺の目の前に次々と靴下、パンツ、そして薄手のシャツの様な下着が数枚ずつ運ばれて来た。
今はそれを一着ずつ確認していた所なのだが……どれも文句のつけようが無い出来だ。俺自身そこまで衣類に詳しい人間ではないが、どの品物も雑貨屋で手に取ったものとは比べるまでも無い。そしてすかさずアルベルトが商品について丁寧な説明を挟んでくれるので尚更納得してしまう。
……少々その説明が長く、まるで俺がそこに居ないかの様にヒートアップしながら熱弁を振るっているのが珠にキズだが……案外"変わり者"とはこの辺りが由来なのかもしれない。
ふと、窓から見える景色に目をやると、強い日差しが街並みに降り注ぎ、白く輝いていた。砂漠地帯が近いからか、俺がこの店に入った時よりさらに日射が強くなっている様に感じる。
現在時刻は正午をまわった辺りだろうか? 時計が無いので詳しい時間は分からないが……。
「――と、この様な経緯もありまして当店で扱わせて頂いている品の中でも最高峰の仕上がりとなっております」
商品の説明が終わった様だ。
決して無視している訳では無いのだが毎回この調子で説明が入るので途中から
店内に展示してある衣服や窓の向こう側に視線を遊ばせながら聞いている。
ちなみにエイミーはその間、ずっと衣服について語るアルベルトを眼を輝かせながら見つめ、時折拳をギュッと握り締め「流石です先生!」と頷いていた。
……彼女はもはや俺など眼中に無いらしい。
「なるほど。では靴下と下着の上下を各三着ずつ買わせて頂けますか? ああ、
出来れば三着全て別の色でお願いします。細かい組み合わせはお任せします」
三着別色というのは特に深い理由は無い。
ただ単に日替わりで色を変えることで同じ衣服を連日着るのを避ける為だ。
毎日は無理でもなるべく衣服はこまめに洗濯して清潔にしておきたい。
「かしこまりました。それではその様にご用意させていただきます。
……エイミー、次は上着をご用意なさい。サイズは一番奥の棚から五番目の物、デザインは今年最初に出した物が良いですね。勿論一式揃えてですよ?」
「はい、先生。すぐにお持ちいたします」
アルベルトから指示を受けたエイミーが一礼をしてからパタパタと駆けていく。
腰に付いた少し大きめのリボン状に結ばれた帯を揺らしながら走る姿は彼女の低めの身長も相まって大変愛らしい。本人の前ではちょっと言えないが小動物的な可愛さを感じる。
エイミーがその場から離れ、俺とアルベルトの二人になったのだが、アルベルトは何やら手帳に書き込んでいる。邪魔しては悪いと思ったので少し待ち、彼が手帳を胸元のポケットにしまったタイミングで声をかけた。少し聞きたいことがあったのだが――、
「あ「お客様、失礼を承知で少しお尋ねしたいことがございます」」
――見事にアルベルトとかぶってしまった。
いや、むしろ向こうに遮られた形か。
「な、なんでしょうか。アルベルトさん」
相変わらずの無表情な顔でじっと見つめられ思わず硬直する。
なんだろう? いきなり俺に何を聞きたいのだろうか?
身なりや金の有無、もしかしたら腕に付いてる腕輪か?
思い当たる節は山ほどある。
少し心臓の鼓動がバクバクと加速しているのが分かる。
「お客様がお召しになられていた黒い衣装なのですが」
「はい、甚平の事ですか?」
どうやら聞きたいのは着ていた服についてらしい。
「ジンベイ……なるほど、そういう名なのですか」
少し緊張してしまったが単に甚平が珍しかったのだろうか?
確かに俺以外にああいう意匠の服を着た人はまだ見かけていないが……。
「ジンベイ……ああ、ジンベイ。なんと素晴らしい響きだ……!」
「あ、あの?」
アルベルトが胸に手を当て恍惚とした表情でなにやら唱えている。
顔は天を仰ぐように上を向き、目は瞑られている。
その異様な光景にさっきまでとはまた違った意味で俺は硬直した。
「失礼致しました。ジンベイ……あの衣装は素晴らしいものですね」
こちら側に戻ってきたアルベルトはコホンと咳払いをし、普段の無表情に戻りながら答えた。そんな彼に俺は……
「……分かりますか?」と、一言だけ返したのだが。――それが薮蛇だった。
「ええ……。ええ! 分かりますとも!! 素材は植物から作られた繊維ですね?
しかしあの様な布地を今日まで私は見た事が無かった! そしてあの裁縫技術……おそらくは長年その道に殉じておられる熟練した職人の手によるものに違いありません! デザインにしても洗練された機能的かつ美しいモノだ……ああ、まさしく機能美とはこの事だ――」
その一言に彼は堰を切ったかの様に熱く、身振り手振りを交えながら語り、最後には再び向こう側へと旅立ってしまった。
……ああ、うん。確信した。やっぱり間違いなく"変わり者"だこの人。
「せ、先生……?」
声がした方へ振り向くと、木製の盆に衣服を乗せ、抱えたエイミーがトリップ中のアルベルトを見て固まっていた。気持ちは分かる。まぁ、そうなるよな。
だが助かった。ちょっと一対一で話すにはこの人は……なんというかコワイ。
「……エイミー、上着は用意出来ましたか?」
エイミーに気づいたアルベルドがスーハー、と深呼吸をしながら尋ねる。
少々興奮気味だったせいか、やや息が荒い。
が、顔は既にポーカフェイスに戻っている。
「はい、先生。ご指示通り一式揃えてお持ちいたしました」
「よろしい。……お客様この続きはまた後ほど。本題に戻りましょう」
――甚平の件は先送りになっただけの様だ。
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その後エイミーが持って来てくれた衣服に袖を通し、裾を上げたりと細かい調整をしたのだが不思議なことにそれ程大きな修正が必要な箇所は無く、どの衣服も
最初から俺用に仕立てたかの様にフィットした。
時々小声で「やはり……私の見立て通りの身体――」「さすが先生です」等と聞こえてきたが、もう迂闊に藪はつつかないと決めていたのでスルーした。
そして現在は靴の採寸や調整をしてもらっている。
ここは洋裁店のハズなのだが靴やベルトといった革製品まで扱っているらしい。
アルベルトにその件について聞いてみたが、
「当店で扱う品は全て私が手がけておりますのでご安心してお任せください」
との事だった。少し噛み合ってない気がするが大丈夫とのことだ任せておこう。
ツッコミは無粋だ。次は何が飛び出すか分からない。
しかし、靴のデザインもシンプルだが秀逸な物ばかりだった。
最終的に選んだのは革製の靴だったのだが、所々に金属製の輪が装飾の様にあしらってあり、それが非常に格好良かったので、そのデザインの物を選んだ。
「お手数をおかけしました、採寸は終わりましたのでどうぞ楽にして下さい」
俺の足に紐の様なものを巻きつけ、メモを取っていたアルベルトから声がかかったので一歩前に踏み出していた足を下げた。
「ありがとうございます。靴の方は普段使い用に一足、予備でもう一足お願いできますか?」
「かしこまりました。エイミー、アルフレッドにコレを。一足はすぐに用意する様に伝えてください」
アルベルトが採寸中に書いていたメモをエイミーに渡すと「はい、先生」と返事をし、また店内をいそいそと駆けていった。
そして再び俺とアルベルトの二人きりの時間がやって来た。
だが次は俺のターンだ。
……悪いが先制させて貰う!
「ア「先ほどの続きなのですがあのジンベイ――」
また被せられた。
同時に声を出すと、思わず相手に譲ってしまう自身の精神が疎ましい。
だが負けるな俺!
「――よ「アレは俺の故郷に伝わる製法で作られたものでして、本麻という素材を熟練した職人達がその手で時間をかけて縫い上げた逸品なんですよ」
今度は逆に俺がアルベルトの言葉を遮る様に言った。
少し大人気無いやりとりかもしれないがお互い様だ。
何を張り合ってるんだろうか俺は。
……内容はさっきアルベルトが聞いて来たことへの答えなのだが。
ちなみに素材や製法云々は甚平を購入したサイトに書いてあった謳い文句なので間違いでは無いハズだ。
「なるほど。"ホンアサ"ですか、聞いた事の無い素材ですね。そしてソレを熟練の職人達が仕上げた逸品と。やはり素晴らしい……製作された職人の方々とは是非一度お会いしてみたいものです」
言葉をさえぎられたことに対してアルベルトは別段気にしていない様子だった。
むしろ俺の言葉に即座に食いついて来た。
いや、食いつかれても困るんだけど。
残念だが俺は本麻の原料や作り方すら知らないし、こっちの世界に居ない甚平を作った職人達に会わせる事もできない。
――でも正直そこまで甚平を気に入って貰えて少し嬉しい気持ちもある。
自分で作った訳では無いが、自身が良いと思っていたものを"その道のプロ"に褒められるのはなんだか誇らしい気持ちだ。
んー、毎回質問攻めにされるのもアレだしそんなに気に入ってくれてるなら――
「珍しい様でしたらあの甚平、差し上げましょうか? 使い古しですけど」
――俺はアルベルトに提案した。
服を扱う店で服を扱うプロに自分の着ていた服を譲渡する宣言。
なんだこの状況。芸能人やプロスポーツ選手じゃあるまいし。
俺の発言に対しアルベルトは一瞬驚いた表情を浮かべたが即座に顔を無表情に戻し、
「よろしいのですか? では相応の額で買い取らせて頂きます」と言ってきた。
断らない辺りアルベルト自身も手元に置いておきたかったのかもしれない。
「いえ、それなりに使い古した服ですし、差し上げますよ?」
買い取るとまで言ってくれるのはありがたいが……それでも俺が着ていたお古だ。古着を売るというのは別に変なことでは無いと思う。が、目の前に居るアルベルトの入れ込み具合だと服一着とは思えない価格を提示して来そうな予感がして気が引ける。
手持ちの資金が増えるのに越したことは無いが、金銭面で困ってる訳では無い。
「では本日お買い上げになられる品の代金から差し引くというのはいかがでしょうか?」
「うーん、それは結局売りつけた様なものですよね? それでは納得できません」
変に欲は出さない。
頑なに金銭で取引したくないのには古着だとかいう以外にも一応理由がある。
"この先の展開まで見越した上で全て計算づくだ"とか頭のいい理由では無いが。
「アルベルトさんは純粋に探究心や向上心から甚平が気になっているんですよね?
それなら大切に扱ってくれそうですし、俺としては是非受け取って貰いたいんです」
要は俺の気持ちの問題だ。
一部言動や行動こそ奇怪だが彼の衣服に対する情熱は本物だ……と思う。多分。
扱っている品物や衣服に関する想いの乗った説明がソレを証明している。
それ程真摯に仕事と向き合っている人に対して、足元を見て私物を売りつける様な真似はしたくない。それが例え相手から言い出した話だとしてもだ。
「ですが――」
「俺の故郷には昔から大切に扱った物には命が宿る……なんて考え方がありまして、あの甚平も大事に愛用してきた物なんですよ。人に譲るつもりは無かったのですが、アルベルトさんの情熱に負けました」
「きっと服や作るのに携わった職人さん達も喜んでくれますよ」
更にそんな一言を付け加え、笑顔でアルベルトの方を見据えた。
「お客様――!」
「うお!?」
不意にアルベルトにガシッと手のひらを掴まれ、ズイッと近くから顔を見つめられた。アルベルトの方が身長が高いので自然と俺の顔を覗き込むような形だ。
相変わらずの無表情、そして氷の様に冷たく鋭い眼差しが向けられる。
近い! 近いって!
しかも手を掴まれたまま、引き寄せられる様にしてアルベルトの顔が段々と近づいてくる。
接近してくる彼の顔に思わず鼓動が高まり、頬が赤――いやいやいや!
待って。違うの。そうじゃないの!
わた……俺にそっちの気は――
焦りと驚きで頭の中がグルグルと回り思考がまとまらない。
誰か――……!
「せ、先生……!?」
困惑や驚愕、その他色々と入り混じったような声が店内に響いた。
エイミーだ。
エイミーがアルベルトに迫られつつあるこの状況に一石を投じてくれた。
呆然とした顔で口をパクパクとさせていて、お世辞にも淑女とは言えない様子だったが今の俺には彼女が女神にさえ見える。
「……エイミー。アルフレッドには伝えてくれましたか?」
アルベルトは俺の手を掴んだままの体勢で顔だけをエイミーの方へと向き、
さも何事も無かったかの様に彼女に話しかけた。
……手、離して欲しいです。
「はい、先生。滞りなく――じゃなくて! お客様と何をなさっているんですか!」
エイミーが少し声を荒立て、"先生"に向かってやや強めの口調で言い放つ。
何故か俺も共犯の様に聞こえるのは気のせいだろうか?
「見ての通りですよ、エイミー。お互いの想いを確かめ合っていただけです。
そんな事よりお茶の用意を頼めますか? お客様も私も少々喉が渇きました」
「お互っ――想い?! 確かめ合う!?」
「エイミー、早くなさい」
「は、ひゃい!」
茹でタコの様に真っ赤な顔になり、ふらふらと揺れていたエイミーはアルベルトに促され、やはり少しふらふらとしたおぼつかない足取りで店の奥へと歩いていった。その姿を見送るアルベルトの表情はほんのり微笑んでいる様に見える。
……この人、わざとやっているんじゃなかろうか?
「お客様」
「ひゃい!?」
ふらつきながら歩いていくエイミーの後姿を見つめていた俺は不意に声をかけられ、思わずエイミーの様な声を上げた。
ガッシリと掴まれていた手はいつの間にか離されている。
――距離は依然近いままだが。
「先ほどのお話、ありがたくお受けさせて頂きます」
「そ、そうですか。……それなら良かった。着古したものですがお役に立つようでしたら幸いです」
「服飾に携わる者として素晴らしい教材を得られた事に感謝と敬意を。
それに大切に扱った物には命が宿る……その考え方には共感するものがございます。よろしければ少しばかり詳しいお話を聞かせていただけないかと」
「ええ、構いませんよ。そこまで詳しい訳では無いですが、知っている範囲で良ければ。……そうですね、例えば俺の故郷では"付喪神"なんて言い伝えも――」
エイミーが戻ってくるまでの間、俺とアルベルトは「物には命が宿るのか?」「言い伝えから学ぶ教訓とは?」等、少しこの場には似つかわしくない内容の話をまるで"親しい友人同士"の様に語り合った。