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第11話 その日、朝から震えても強く生きたい

――バシャア……と、まだ完全には夜が明けきっていない時間帯、小さな屯所の

裏手にある井戸の近くで水が落ちる音が周囲に響く。


「うっは、冷てぇ!」


 俺は全裸で井戸水を頭から被り思わずそんな声を出した。

 まだ朝日も差していない時間帯に汲みたての井戸水は流石に堪えるものがある。

 比喩でなく本当に氷の様に冷たかった。

 再び井戸に桶を落とし水を汲み、次は体の汚れを落としていく。

 自身の姿をコンソールに映しながら洗えば抜かりは無い。


 甚平と下着はどうしたものか。

 汚れと汗でドロドロ状態なので洗うしか無いのだが……。


 俺の甚平は自慢だが割と良い物だ。

 普段のお洒落にはあまり金を使わない方だったがコレに関しては入れ込んでいた自信がある。通気性と肌触りが良く、水捌けも良い。

 水で濯いでしっかり水を切ればすぐに乾くだろう。


 問題は下着だ。

 誰得情報だか分からないが俺はボクサーパンツ派だ。

 一度穿いてからあのフィット感の虜になった。

 こっちは別に拘りのない市販品なのだが、それ故に洗って水を切っても直ぐには乾かないだろう。乾ききっていない状態で履くのは個人的にはありえない。


 ……やはり時間はかかるだろうが干して乾かすしかないか。

 俺はそう考え至り、近くにあった金属製の大きなタライの様な物に水を貯め、洗濯に勤しむ事にした。

 

 満足がいくまで衣類を洗い終えた頃には空はすっかり明るくなっており、丁度そのタイミングにクラウスもやってきた。様子を見に来てくれたのだろうか?

 ちなみに今の俺は着ていた物を全てを脱衣キャストオフしている。

 生まれたままの姿だ。だが、何も恐れる事は無い。

 何故ならばこの身体はキャラメイクで作り上げられた素晴らしい肉体美を誇っているのだから。

 内部数値(ステータス)こそ低いが、外見は見事な黄金率だ。

 むしろ魅せ付けて行きたい。


「よう、……全部洗っちまったのかい?」

 

「ええ、少しばかり汚れていたので……」


 そんなやり取りをしながら全裸のまま井戸の近くにあった棒切れに服を干していると……。


「へへっ、じゃあちょっとイイモノ(・・・・)見せてやるよ」


 クラウスがそんな事を言い出した。

 俺と競い合おう・・・・・とでも言うのか?

 よろしい。受けて立とう。


 俺はクラウスに向き直り腕を組み、仁王立ちした。その時、少し腰を捻り己の太腿に打ちつけ、ペチッと音で威嚇する事も忘れない。


「まぁ、見てなって。多分驚くぜ?」


 余程自信があるのだろう、顔には笑みを浮かべている。

 では……お手前拝見と行こうか。


 クラウスは肩の高さに掌を上げ、人差し指を立てる。そして……、


「我が手に炎を……、ファイアボール!」


 そう唱え、指先にこぶし大の火球を生み出した。

 

 おおお! 魔法だ。こっち(・・・)に来て初めて見た!


 身構えていた展開とは違ったが確かに驚かされた。

 俺は不発だったしな……、今も使えないしな……。


「どうだい? (すげ)ぇだろ?」


 俺の反応を見たクラウスは得意げな顔をしている。

 職業が衛兵でも魔法は使えるものなのか。

 こういうのは魔法職の専売特許だと思っていたんだが。

 しかしバーを確認するとクラウスのMPは全体の約二割程が減っていた。

 流石にMPはそこまで多くはない様だ。


「ええ、驚きました。魔法使いには見えませんでしたから」

 

 俺は素直に感想を述べた。


「ハハッ、そうだろ? まぁ、本当に驚くのはここからだぜ?」

「……『停滞(ステイ)』・『浮遊フロート』」


 そう続けて唱えると、クラウスが手を移動させても火球はその場で浮遊し、已然燃え盛っていた。そしてその火球の前に手のひらを突き出し、再び唱える。


「風よ……我が手より彼方へ。フォローウィンド!」

 

 すると何所からともなくヒュォォォ……と、周りには風も吹いていないのに風鳴りが聞こえ出した。

 どうやらクラウスの手から風が吹き出しているようだ。

 火球が風に煽られ激しく揺らめいている。

 しかし位置はそのまま、消えることもない。

 更にその先には俺の服と下着があり、干していた甚平とボクサーパンツが揺られている。



「……っと、こんなもんかな? 確かめてみな、乾いてるハズだぜ」


 クラウスに促され干していた衣服に触ると、さっきまで水で濡れていたのが嘘の様に乾いていた。"天気のいい日に干していた洗濯物"というよりは"乾燥機から出したて"といった所だろうか? 甚平もパンツも少し熱い位に温められている。

 なるほど、炎と風の魔法を組み合わせてドライヤーの様に熱風を起こす。こういう使い方も出来るのか……コレは勉強になった気がする。主婦の知恵みたいな使い方だが。


「バッチリ乾いてます。こんな魔法の使い方もあるんですね……」


「ま、初級の簡単な魔法なんだけどな。ちょいと工夫しただけさ」


「他にも使えたりするんですか? こういう魔法を」


 俺はクラウスに尋ねながらボクサーパンツを穿き、甚平を着込んだ。

 朝の空気はやや冷たかったが熱風で乾いた衣服は丁度良い温かさだった。


 うん、汗と汚れも落としたし服もカラカラに乾燥していて最高にスッキリした気分だ。


「いや? オレが使えるのはこの二つだけだな。冒険者の知り合いに遊びがてら教えて貰った程度のモンだよコレは」


「『停滞(ステイ)』とか『浮遊(フロート)』とかは魔法とは違うんですか?」


「アレは魔法を制御する『追加詠唱』ってヤツだな。

 『停滞(ステイ)』は付け加えると手から放してもしばらく維持出来る。

 で、『浮遊フロート』ってのは発動した魔法をその場に固定する。

 ……他にも色々あるが全部説明してたらまた日が暮れちまうぞ?」

 

 しっかりと釘を刺されてしまった。続けて「俺は別に構わないけどな」とクラウスは言っていたが遠慮させて貰う事にした。気にはなるが俺には他にやるべき事がある。


 しかしこの人、本当に衛兵が本職なんだろうか? 

 俺のイメージする衛兵と比べるとえらく芸達者な気がする。

 これがこの世界の兵士の水準なのかもしれないが……。


 この後、俺はクラウスと周辺や街の地理について少し話し込み、昨晩から世話になった礼を改めて述べ、河に架かる橋を渡り街へと入った。


_____________________________


 白壁の街「ティオール」


 ティニルス王国の西方に位置する貿易都市「イムタート」の眼前に位置する丘陵地帯に建てられたこの街は、主要都市同士を結ぶ大きな交易路からこそ外れているが、砂漠を越えてイムタートに持ち込まれる『絹』や『希少鉱物』を中心とした交易品を加工する技術に古くから長けており別名「職人の街」「裁縫と鍛冶の街」とも呼ばれている。


 街の北側には北方の山岳地帯から脈々とこの街の目前にまで流れて来ている河があり、比較的砂漠が近いにも関わらず水源が豊富で緑が多く、農業も盛んなのだそうだ。


 俺はアイルムから随分遠くまで転送されていたらしい。

 『ランダムワープスクロール』の説明に記載されていた「発動場所を中心に一定範囲内」とは一体どれ程のスケールでの話なのだろうか……。

 しかし、よくもまぁピンポイントでアンデッドの(ひしめ)く夜の墓地に落としてくれたものだ。おかげで俺は地獄を見た。だが死ぬような思いはしたが結果的に街にはこうして辿り着けた……この幸運には感謝すべきなのだろう。もう二度はゴメンだが。


 石造りの橋を越え、街に入ると俺の目の前には石畳が敷かれた大きな道と、朝日を受け白く光り輝くような街並みが拡がった。


"白壁の街"を称するだけあって街の景観は白を基調とした物が多い。

 屋根部分が平らで四角い形の建物が並び、全てでは無いが壁も白塗りの物が殆どだ。そして街がある場所の土地柄、坂と階段が多く見られる。坂は緩やかなスロープ状の物ではあるが。


 おお……凄ぇ。区画毎に建物がキッチリと揃えられた高さで並んでいて

まるで街自体が巨大な白い階段みたいだ……。


 外側から見ていた時とはまた違って感じる街の印象に感動しながら歩いていると、道沿いに並ぶ建物の中に雑貨屋らしき店を見つけた。

 周りと同じ四角い形の一戸建てで俺には読めないが文字の様な物が書かれた木製の看板が掲げられており、店の前では女性が一人、箒を持って掃除をしていた。店内に設置してある棚には衣類らしき物や、色とりどりの液体の入った瓶、縄束等色々な物が陳列されている。


「すいません、このお店の方ですか?」


 明らかにそれ以外はあり得ないとは思うのだが一応……。


「ん? そうだよ。お客さんかい?」


 声をかけると女性は箒を動かしていた手を止めこちらを向き、そう答えた。

 年の頃は二十台半ば頃といった所だろうか。頭に三角巾をかぶっており、茶色い布地のエプロンを着けていた。なかなか豊満な身体の持ち主でエプロンが更に身体のラインを強調している。


「あ、はい。少し欲しい物が有るんですが……俺、字が読めないので口頭でも良いですか?」


「ああ、構わないよ。いらっしゃい、お客さん。何が欲しいんだい?」


 女性は箒を壁に立て掛け、笑みを浮かべながらそう言った。

 良かった。実はここでも通用するか少し緊張していた。

 では聞いてみよう。


「えっと、回復薬はありますか?」

「勿論。どの種類が欲しいんだい?」

「傷を治す物と……他にはどんなのがあるんですか?」


 出来ればMP回復用のPOTがあれば助かる。

 理力の剣の燃費が今のままだと辛過ぎる。せめてMPの回復手段が確保出来ないと運用は難しそうだ。MPが急激に減った時あの吐き気と眩暈に襲われるのも敵わない。他に手段があるのなら正直封印したいレベルだが残念ながら今の俺にはそんなものは無い。


「他だとウチに置いてあるのは『魔力回復薬』だけだね」

「『魔力回復薬』は魔法使いが魔法を使いすぎた時とかに飲むヤツですか?」

「そうそう、よくローブを来た冒険者なんかが買っていくね」


 よしよし、どうやらMP用のPOTも確保できそうだ。


「そうだ、お客さんが探してる物とは違うかもしれないけど毒を治すヤツもあるよ」


 解毒用もあるのか。

 この手のものは一応揃えておこう。状態異常の解除手段がいざという時に有るのと無いのでは大違いだ。……しかしこのお姉さん、中々に商売上手だ。自然な流れで商品を追加してきた。だがソレの存在自体知らなかったのでありがたい。


「じゃあ全部下さい」

「はいよ、『体力回復薬』『精神回復薬』『解毒薬』だね。値段と数はどうしようか?」


「値段は単品だとお幾らですか?」

「値段は一律で一番下から銀貨一枚、銀貨三枚、銀貨五枚。一番上はそこから飛んで金貨一枚だね」


 なるほど。クラウスの言っていた安物とそうで無い物か。

 どの値段の物が屯所で貰った物にあたるのかは分からないが……安物でもなかなかの効果だったのは実証済みだ。折角なのでこの店の一番良い物で揃えておこう。


「じゃあ全部一番上等のヤツで十個ずつ下さい」

「え……」


 お姉さんが驚いたような表情のまま口を開け停止している。

 何かおかしな事を言ったのだろうか?


「あ……、すまないね。少し驚いちまったよ。アンタ見掛けによらずお金持ちなんだねぇ」


 ああ、俺がそこまで金を持っている様に見えなかった訳ね。

 確かに今の服装にサンダルじゃ金持ちには見えないよな……。

 俺だってそう思う。だがその心配は御無用。

 実は俺、この世界では多分それなりに金持ちだ。


「すぐに用意するよ。裏から出して来るから少し待っててくれるかい?」

「はい。大丈夫ですよ」


 俺は雑貨屋のお姉さんが店の奥に慌しく駆けて行くのを見送りながら意識を

インベントリに集中させ、ある(・・)アイテムを取り出した。

 グッと手を握りそのアイテムを手のひらに出現させるイメージを浮かべる。

すると閉じた指を押しのける様に少し大きめの布製の巾着袋が手の中から現れた……。

_____________________________

『万能金貨・特大』

状況に応じて形、材質を変える金貨。いかなる状況でも均一の価値を発揮してくれる。一度取引を介して人の手に渡るとその形で定着する。

特大は袋の中におおよそ千枚分の量がある。

_____________________________


 まだ詳しく物価は分かってはいないが、雑貨屋の女性の反応を見る限り金貨千枚はそれなりの資産と考えて大丈夫だろう。この手の資金系・換金系アイテムは基本的にガチャではハズレ枠の残念賞扱いな事が多い……しかしコレに関しては助かったかもしれない。勿論安定した収入が得られるまで無駄遣いは避けたいが……。

 だが最初の下準備に手を抜きたくは無いので多少の浪費になったとしても授業料だと思って割り切っておく事にする。今、俺の持っている数少ないアドバンテージだ。存分に使おう。


「待たせたね、すまないんだけど……在庫が各八個ずつしか無かったんだ。それでもいいかい?」


 お姉さんが木箱を抱えて店奥から戻り、申し訳なさそうにそう言った。

 どうやら品物の在庫が足りなかったらしい。しかし、とりあえず「十個」と言っただけなので何の問題も無い。もし本当に必要になりそうなら後で他の店も周って買い足せばいい。


「ええ、構いませんよ」俺は笑みを浮かべながらそう返した。


_____________________________



 ――??????の近況――


 同日、同刻。とある地下牢。


 暗闇の中、彼女(・・)は鉄製の枷に手足を繋がれ、虚ろな瞳で虚空を見つめていた。

 今居る場所は石で囲われた四角い空間で、彼女が繋がれている壁の正面側だけが

鉄格子になっている。

 牢獄。まさにその言葉が相応しい。


 鉄格子を挟んだ向こう側には松明が灯っており完全な暗闇では無いが、牢の中には灯りと呼べる物など一切無く。時折天井から滴り落ちる水滴が床で弾け、石で造られた空間に虚しく響き渡る。


 彼女は全体的に布地の少ない身なりをしており、上半身は胸の周りだけを包み込むチューブトップの様な袖の無いノースリーブ、下半身はホットパンツの様な丈の短いものを着用している。


 容姿はやや長いめのショートヘアに燃える様な色の赤髪、そして深い藍色の瞳を持ち、整った端正な顔立ちをしている。耳は少し長く尖っており、それは典型的なエルフを想起させる。


 ――しかし今、彼女の表情は暗く生気は感じられない。


 体形は細く華奢で、決して豊満とは言えないが女性らしい体つきをしており、

無駄な肉が無く引き締まったその身体は、程よく日に焼けた様な肌色と相まって

健康的な美しさを感じさせる。


 ――だが、その身体には幾つもの痣が浮かんでおり、時折身体の芯にまで通る様な鈍い痛みが走る。


(つう)っ……」


 苦痛に顔を歪ませながら彼女は考える。

 どうしてこんな目に遭っているのだろうか?

 自分はここでこのまま朽ちていくのだろうか?

 あるいは――。


 そこまで考えた所で石の階段を下りる足音が彼女の耳に届いた。

 それはどうやら複数人の様だ。

 足音は自身の居る場所へ段々と近づいて来る……。


 この牢に繋がれる直前の出来事(・・・)を思い出し、その眼には怯えと涙を浮かべ、

 彼女は震えながら足音の主達が近づいてくるのを待った――。

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