第10話 この男前な衛兵の様に強く生きたい
ブックマーク・評価して頂いた方々、このシリーズを読んで下さっている方々、ありがとうございます!
今回ほんの少しだけ痛そうな表現があります。苦手な方は一応ご注意下さいませ。
未だに夜闇は深く、身体に吹き付ける夜風は冷たい――。
俺は一本杉の立つ丘を降り、街へ向かい歩いていた。
正面には街が見えるのだが、坂道を降り切り平坦な道に入るとソレは大きく印象を変えた。丘から眺めていた時はそうも思わなかったが、同じ高さに立って見ると意外と高低差がある。建物の高さが揃っていて平坦なイメージだったアイルムと比べるとこちらは所々建物が高い位置に建っているのか凸凹な印象を受ける。元々丘陵地帯の様な地形に作られた街なのだろうか?
丘の上で確認した通り、街の前には橋が架かっている。その側に小屋の様な建物が建っているのだが、小屋には明かりが灯っており、建物の前で椅子に人が一人腰掛けて居るのが見えた。
「こんばんは、いい月夜ですね」
「おお、こんばんは。こんな夜更けに人が通るのは珍しいな。旅人かい?」
椅子に座っている人物と目が合ったので先に声をかけ挨拶をすると、その人物は椅子から立ち上がりながら少し驚いたように返事をした。
クラウス・ヘーネス 衛兵:Lv10
やや短く刈り込んだ金髪の若い男性だ。
歳の頃は二十代前半といった所だろうか? 少し眠そうな目をした猿顔で俺と目が合うとニカッと笑みを浮かべた。"猿顔"とは言うが精巧な顔付きでむしろ男前だ。男女問わずモテそうな良い笑顔の好青年に見える。
「ええ、少し道に迷ってしまって。街灯かりが見えたので急いで此方まで向かって来ました」
「そうかい……ってアンタ、その足大丈夫か?」
「え?」
猿顔の男、クラウスにそう言われて自分の足を確認すると……膝から下は泥だらけであちこち擦り傷や裂傷で血が滲んでいた。
ソレを確認した途端、思い出した様に足が痛みを訴え始めた。足裏にも鋭い痛みを感じたので足を上げ見てみると、木の破片や石の欠片が刺さり皮膚が裂け、血で真っ赤に染まっていた。
痛ってええ! くそ、見るんじゃなかった……。
そういえば俺はこっちに来てからずっと裸足だった。誰にも特に言われなかったし、良くも悪くも驚きの連続で意識する間も無かった……ハズだ。そして墓地へ転送されてからも裸足のまま無我夢中で走り回り今に至る訳だ。我ながらマヌケな話だとは思うが……。
大惨事状態の足を血の気が引いた顔で見つめていると、
「大丈夫か? ちょいとココに座ってな」
そう言い、クラウスは俺の手を引き椅子に座わらせ、建物の中へと入っていった。俺が椅子に座り、片足を膝に乗せ涙目になりながら足裏にめり込んだゴミを取り除いていると、クラウスが桶の様な物に入った水と瓶に入った赤い液体を持って建物から出てきた。
「ほれ、これで流した後に塗るといい」
「ありがとうございます。……所でコレは?」
礼を言い、水で足の泥やゴミを流しながら俺は赤い液体の入った瓶を指差し、尋ねた。瓶は透明な容器で中には透明度のある綺麗な赤色の液体が揺れている。
もしかして消毒液だろうか? 小さいころ怪我をした時にこんな色の薬を塗って貰った記憶がある。こんなに鮮やかな色ではなかったが。
「ん? 何って……回復薬だろ? 知らないのか?」
「すいません、辺境の生まれなので見慣れないものが多くて……」
物の名前を確認し、即座に言い訳を述べる。
当面はこの流れで行こう。全部嘘では無い、気兼ねする必要はない。
「そうかい、道理で変わった服装な訳だ。んで使い方は分かるか?」
「えっと、傷口に塗ればいいんですよね?」
さっきクラウスが言っていたが一応確認を取ってみると……、
「んーそうだな、外側の傷だし塗った方が早いだろうなぁ。まぁ……安物だしな」
そう言いつつ布切れを渡してくれたので頭を下げながら受け取り、足を拭った。
少し気になったので続けて質問をする。
「高級品だとまた違うんですか?」
「高級品だと飲んだ方が早いとかは聞くなぁ。オレは使った事無いから確かとは言えないけど」
ほうほう、外傷でも飲むと治るのか。前衛必須のPOT(回復薬・ポーション)って感じか。コレの場合「赤POT」とかの愛称で呼ばれてそうだ。
しかしどの程度の傷まで治る物なのだろうか……。
「最高級品になると腕とか生えたりします?」
「なんだそりゃ、聞いた事もねーな。面白い事言う旅人さんだな」
「ですよね、冗談です」
流石に生えないか。引っ付いたりはするんだろうか?
可能ならこの問題児の腕輪を剥がせるんだが。手首に黒く光る『魔封じの腕輪』を見ながら思う。もし可能であっても自分で腕を落とす勇気があるかはまた別の話だが。
クラウスと他愛の無い会話をしながら回復薬の蓋を開け、中身を手に出し傷口に塗り込むと傷口に触れた時にシュウウウという音が聞こえ、その部分の痛みが引くのを感じた。傷が有った場所を見ると綺麗に傷が消えている。"跡形も無い"まさにその言葉通りに癒えていた。
おお、凄いな。
安物って言ってたけど、それでもこれ程すぐに効果が出るのか。
実は高級品じゃないよな? そんな事を考えつつ俺は足の傷全てに回復薬を塗りこんだ。塗り終えると傷は勿論キレイに消え、心なしか足全体に感じていた疲労感も抜けた気がした。
ちなみに液体の匂いは消毒液の様な物ではなくハーブと果物を併せた様な、甘く清涼感のある物だった。確かにコレなら飲める気がする。
「助かりました。これで街へ迎えま――」
途中まで言った所で俺の腹からグゥ~と空腹を訴える音が鳴り響いた。
そういえばアイルムの食堂で食事をしてから結構時間が経っている。
空腹だけでなく喉の渇きも追うようにやって来た。
クラウスはキョトンとした表情で俺を見ていたがすぐに、
「なんだ……腹減ってんのか。残り物でいいなら有るけど食ってくか?」
そう言いながら再び建物の中に入って行き、すぐに盆の様な物にチーズとパン、そして肉を数切れ乗せて戻ってきた。片方の手には金属製の水差しとコップも握られていた。
「何から何まですみません、ありがたく頂きます……」
俺はこっちに来てから二回目の食事の施しを甘受する事にした。
_____________________________
~本日のお夜食~
「パン」
ごく普通の一般庶民に食べられているパン。純粋に麦の味のみが感じられる。
表面が乾燥しており硬く、中身も保存用の為ギッシリと詰まっている。
「チーズ」
ごく普通の市場で流通しているチーズ。その土地毎に風味や味が異なる。
表面は硬く、ボロボロとした食感。
慣れていない者には乳臭さが強く感じられるだろう。
「ボアの肉」
主に平原や森に出没するモンスターであるボアの肉。
癖が強く肉質も硬いが部分によっては柔らかく美味。
解体前の処理が大きく味を変える。
「水」
水。井戸水を煮沸した水。飲用にする分には問題は無い。
_____________________________
タダで食べさせて貰っておいて言えた事では無いが……。
正直余り美味しくはなかった。
パン硬てぇ……チーズ臭ぇ……。
俺はモソモソとした食感と乳臭さを口一杯に感じながら水で喉に流し込んだ。
空腹は最高のスパイスと言うがどうしてもアイルムでの食事と比べてしまう。
ああ、本当に良いもの食わせてくれたんだな……。
ふと昨日別れたばかりのアレフとミーアの顔を思い出し、俺は軽く涙ぐんだ。
「どうだ? 不味ぃだろ?」とクラウスが聞いて来る。
あ、不味いのは知ってたのか。でも……、
「いえ、タダで食わせて貰ってる身なので……」と曖昧に返した。
「だが、その肉は結構イケルぞぉ? ここらでは一番のご馳走だ」
そうクラウスが勧めるので肉の切り身を手に取ったが、一瞬酸い臭いを感じた気がしたので俺は手に持っている肉に意識を向け、『アイテム』として詳細を表示させてみると、
_____________________________
「ボアの肉」-3
主に平原や森に出没するモンスターであるボアの肉。
癖が強く肉質も硬いが部分によっては柔らかく美味。
解体前の処理が大きく味を変える。やや痛んでいる。
_____________________________
痛んでるじゃねーか!
逝けるだろうよそりゃ。主に腹を下す的な意味で。
この「-3」と「やや痛んでいる。」ってのが【アイテム詳細表記】のスキルに書いてた「品質」を確認する事が出来るって部分かな? おかげで助かった……。
「すみません、実は宗教上の理由で肉が食えなくて……」
勧めてくれている物をそのまま断るのも悪いので適当に理由を作って肉を戻し、盆をクラウスに手渡しながら「ごちそうさまでした」と言い、手を合わせた。
「そうなのか? うめーのになぁ……」
少し残念そうな表情を浮かべクラウスは盆を持ち、また建物の中に引っ込んだので俺は水差しからコップに水を注ぎ、チーズの風味の残る口をすすぐ様に水を飲んだ。
ふと、夜空を見上げると地平線の向こう側から、空がやや白んできている様だった。あちら側が東なのだろうか? こちらの世界も日が東から出て西に沈むとは限らないが……。
「もうすぐ夜明けだな……。ホレ、これやるよ」
いつの間にかクラウスは建物から出て来ており、スッと俺の手に何かを差し出してきた。
それは靴だ。木と皮で作られており、靴と言うよりはサンダルだろうか?
「いいんですか? 回復薬を頂いて飯まで食わせて貰って、その上に靴まで……」
気持ちはありがたいが貰ってばかりで少し申し訳ない。
俺が差し出されたサンダルを受け取りながらクラウスに聞くと、
「気にすんなって、どうせ全部この屯所の備品だ。誰も文句は言わねえし多分気付かねぇだろ」
この小屋は屯所だそうだ。そういえばクラウスの職業は衛兵だった。
街へ続く橋の側に建っている事も考えると、この場所が門の様な役割を果たしているのだろう。そして俺に気前よく施してくれた物は全部備品だったらしい。
……備品の管理は結構ザルな様だ。
だが助かった、正直裸足でこれ以上歩くのは辛かった。傷こそ治ったがまた再びあの痛みを感じるのは勘弁願いたい。もしやそれを察して履き物を用意してくれたのだろうか? そうだとしたらこの男、なかなかの精神的イケメンだ。
「重ね重ねありがとうございます」
イケメン・クラウスに俺は深々と頭を下げた。
「これから街へ行くんだよな?」
「ええ、一先ず街へ入って宿を確保したら必要な物を色々と揃えようかと思っています」
俺が受け取ったサンダルを履いていると、イケメンが聞いてきたのでそう答えた。とりあえずは当面の衣・食・住を先に確保したい。今後の方針は大体決まってはいるが、まずは準備からだ。
「そうかい、じゃあもう少し時間を潰してから向かった方がいいかもな」
「そうなんですか?」
「いくらなんでもどの店もまだ開いてねーよ」
それもそうだ。夜はまだ明け始めたばかりだ。この世界では二十四時間営業の店なんて少ないと思う。業種によっては早朝や深夜の営業も有るかもしれないが、今俺が求めている種類の店は営業していないだろう。
……しかしどうしたものか。
すぐにでも街に入るつもりだったのだが時間を持て余してしまった。
このままこのクラウスと会話でもしておくか?
だが彼は暇そうには見えるが一応仕事中だ。今更だが邪魔しては悪い。
少し考えていると、そんな様子を見かねたのか声がかかった。
「そうだな……屯所の裏に井戸があるから使っていいぞ。宿に入るにしても店に入るにしてもそんなドロドロじゃ追い出されちまうぜ?」
やはり空気の読める男は違う。そして、一晩中走り回ったせいか自身が酷く汗臭い事に気付いた。愛用の甚平も土埃で汚れている。自身の姿をコンソールに浮かべ、確認してみたが顔を始め全身も同様にヒドイ有様だった。これは入店拒否を受けてもぐうの音も出ない風体だ。
「わかりました、では使わせていただきますね」俺はそう応え、
「おう」というクラウスの返事を聞き、屯所の裏側へ向かった。
_____________________________
蒼く、冷たく、孤独だった夜はようやく終わりを告げた。
朝を迎え始めた空には白く、儚く、優しさを湛える様な丸い月が浮かんでいた。