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第9話 七転八倒でも強く生きたい

「ハア……ハア……――」

 

 ――夜の森を息を切らせながら今出来る全力で駆ける。


「フーッ……フーッ……――」


 ――不自由な体勢のままで走り続けたせいで疲労が激しい。

 

 その場で立ち止まりたくなるが、肩で息をしながらも止まらない。

 ふらつきながらも歩み続ける。

 後ろは決して振り向かない。

 振り向いてしまえばソコにアイツ(ジョン・ドゥ)が居る気がするから。


 俺は闇に包まれた林道を木々の合間から漏れる月明かりを頼りに走り続けた。


_____________________________


 

 一体どれ程走り続けただろうか?


 俺があの場から駆け出してしばらくの間、後方からはスケルトン達の絶叫が絶え間なく響き。背中にはアイツのこびり付く様な視線を感じ続けていた。

 だが、ある程度走った所でスケルトン達の咆哮はピタリと止み、同時あの視線も感じなくなった。


 今、俺が居る場所は左右に杉の様な背の高い真っ直ぐな樹木が生い茂る林道だ。

 月光は木々に遮られ、まるで木漏れ日の様に道を照らしている。

 枝が風に揺られ、ゆらゆらと蒼い光が差し込むその様は酷く幻想的だった。


 道の真ん中付近には轍の跡があり、それは道のずっと向こう側まで続いている。

 足元も硬く均されており、比較的人の手が入った場所のようだ。

 おそらくは街や村からさっき迄居た墓地へ向かう為の道なのだろう。


 ぜえぜえと呼吸は荒く、俺はもはや歩いている様な速度で駆け続けていた。

 しばらくの間、緩やかなカーブが続く平坦な道を進み続けると、正面に小さな丘と其処に屹立する一際大きな一本の樹が見えた。墓地から此処までの間に生えていたどの木よりも太く、大きく、まさに一本杉と言う様相だ。

 道はその樹の下を横切るように伸びており、林道の左右に続いていた木々は丘の手前で切れている。


 ようやくこの暗い林道から抜けられる。

 そう思うと自然と足取りが軽くなり、俺は無意識に歩む速度を上げていた。

 左右から木々の壁が消えると、遮る物が無くなり月明かりに直接照らし出され、冒険者ギルドの地下室から墓地へ転送された直後よりも更に明るく感じられる。

 

 小さな丘のなだらかな坂道を駆け上がり、一本杉の足元まで辿り着く。

 すると丘を越えた先には複数の街灯りと、その灯りに照らされ夜闇の中に浮かび上がる街の姿が在った。


 ようやく辿り着いた……。

 胸の内はその想いで一杯だった。

 そしてその時、初めて自身が走ってきた道を振り返り――、


 もしかしたら……。


 そんな小さな懐疑心を抱きながら丘の上から林道を見渡すが何の姿も見えない。

 ほっ、と一息つき一本杉の根元に腰掛け、眼下に広がる街の夜景を眺める。

 規模はアイルムと同規模か少し小さい位だろうか?

 街を囲う様な壁は無いが街の手前には河が流れており、橋が架かっている。

 そして橋の手前には小屋の様な物が一軒だけ建っていた。


 今すぐに街まで行きたい。人に会いたい。話もしたい。

 そんな想いが次々と湧き上がってくるが――、


「その前にコレ(・・)を外さないとな……」


 ――腕にはめ込まれている長方形の木板を見ながら呟いた。


 流石に手枷を着けたまま街に入るのは捕まえて下さいと言ってる様なものだ。

 罪状等分からなくても人に見咎められたらすぐに衛兵辺りに通報されるだろう。

 間違いなく牢屋送りだ。もうあんな思いをするのは御免こうむりたい。

 俺は冒険者ギルドの地下室を思い出して小さく震えた。



 さて、手枷の処理だが実はアテがある。というかソレしか思い浮かばなかった。

 インベントリをイメージしアイテムを選択。

 そして意識を自分の手のひらの中に向ける。……この手順にも慣れて来た。

 握った手の中から指を押しのける様にソレが現れる感触と共に重量を感じる。

 俺の右手には円形で刃が無い剣の柄のような物が握られていた。

_____________________________

 『理力の剣』

 一見するとただの柄だがそこから生じる刃は振るう者の理力に応じて大きく切れ味を変える。自重が柄のみという軽さなのでどの職業でも装備可能。だがそれ故に扱いには習熟が必要。(要求ステータス:INT 抜刀時INTに応じてスキル追加+MPスリップ)

_____________________________


 コイツでぶった斬る!

 実に単純明快。やはりシンプルイズベストだ。


 今、俺ができる手枷を外せる可能性がある手段はコレだけだ。

 映画や漫画で、手の関節を外して手錠や拘束から抜け出すシーンを見た事はあるが……勿論俺にはできない。痛いのはイヤだし何かの間違いで関節を外せてもきっと元に戻せない。片道切符だ。


 手のひらを手枷ごと顔に近づけ『理力の剣』を眺める。

 月明かりの下なのでハッキリとは見えないが……。

 色は黒く、感触は金属に近いもので鈍く光を放っている。

 長さは約二十センチ強、三十センチは恐らく無い。

 握り込みは太過ぎず、細過ぎもしない丁度良い太さである。

 見た目は余計な装飾の一切無い剣の柄部分のみ、と言った所だろうか。

 柄の上部、おそらく刃が発生するのであろう部分は鍔の様な形になっている。


 この柄はそれほど重量が感じられず、見た目と質感とは裏腹にかなり軽い。

 例えるならばペットボトルの空容器やトイレットペーパーの芯。そういうレベルの異様な軽さだ。説明にある「どの職業でも装備可能」という謳い文句に偽りは無いらしい。



 ――よし、やるか。


 一通り眺めて気が済んだので立ち上がり、作業に取り掛かることにする。

 作業、という程のものでは無いが。

 

 まずは手首を動かしどの程度までの自由が利くかを確認する。手枷自体はしっかりと腕に固定されているが、手首を回したり軽く捻る程度には動かせるようだ。


 よしよし、これならいけそうだ。


 『理力の剣』の柄を手の中で回し、刃が発生するであろう場所を手枷の中心部分に押し当てる。格好的には刃を自分に向け切腹をする様な形だろうか?


 勿論、このままでは自分に刃が当たるかもしれない。

 どの程度の大きさの物が発生するかわからない上に、アイテムの説明に記載してある「理力に応じて大きく切れ味を変える」の理力とはおそらく「要求ステータス」のINTの事だ。そしてそのINT極振りの俺だ、多分刺さったら痛いじゃすまない。誰よりも紙耐久な自信もある。


 なので手枷に柄を当てたまま肘を目一杯自分側に曲げ、顔に近い距離まで持ち上げる。そして柄の当たってる位置の先に自分の体が重なっていない事を確認し、ふーっと深呼吸をしながら『ランダムワープスクロール』を使用した時の要領で柄に力を込めた。


 すると――あまり聞き覚えの無い高音が周囲に鳴り響き、空気が震える様な独特の音と共に、手枷に押し当てている柄からは光の刃が伸びていた。


 ……光の刃と言うには余りに赤黒い色だったが。

 禍々しい。そんな表現が似合うような紅い色だ。

 ソレはあっさりと手枷の真ん中を貫通していた。


 手枷と刃が接触している部分からも音が鳴り、凄まじい熱気を感じる。

 ジュウジュウと溶接用のバーナーで何かが焼き切られている様な音だ。

 顔の間近で刃を発生させたせいか火傷しそうな程の熱風が吹き付けて来る。

 それと同時に体から何かが抜け出して行くのを感じ、視界がグラつく……。


 あっちい! ……ヤベェ!!

 俺は思わず、咄嗟に『理力の剣』を手放してしまった。

 柄は地面に転がり、カランカランと軽い金属音を立てる。

 紅い光はもう見受けられ無い。光刃は手を放すと同時に消失した様だ。

 

 そして手枷の方を確認すると……。

 柄を押し付けていた部分を中心に木製の部分は炭のように黒く焼け落ち、金具は赤々と光と熱を放ちながらマグマの様に蕩けていた。

 直後に手枷はガシャンと音を立て崩れ落ち、土の上で細い白煙を立ち昇らせ始める。遅れて木と鉄の焼け焦げた不快な臭いが鼻に届き、顔をしかめたのだが――


「う……うっぷ、うぇぇ……」


 ――手枷の末路を見届けていた俺は不意に眩暈と吐き気に襲われた。

 嘔吐こそしなかったがヨロヨロと一本杉に寄りかかり座り込む。

 自分の心や頭から何かが喪われた。そんな喪失感と倦怠感を感じる。


 しかし今回はある程度予想はしていたので取り乱さない。

 吐き気を堪えながら自身のHP・MPバーを確認すると緑と青のバーの内、青い方が半分以下まで削れていた。


 やはり青い方はMPか。ようやく確信が持てた。

 初めてMPの減る感覚とMPの残りが少なくなった時の気分を体感したが、後者はもう二度と味わいたくは無い……。


 予想ではあるがMPが減った理由も分かっている。

 『理力の剣』の刃を発生させた直後、体から何かが抜け出していく様な感覚があった。抜け出していくと言うよりは柄を通して吸われている、と言った方が近いだろうか? おそらく使い手のMPを吸いあの刃を発生させているのだと、そう感じた。そしてそれはきっと『理力の剣』の説明に記載されている「MPスリップ」の部分だ。最初に説明を読んだ時、抜刀時攻撃した相手か自分かにデバフを乗せる様な効果だろうとは思っていたが……見事にデメリットの方だった。

 


 未だに気分は優れないが吐き気は収まってきた気がする。

 もう少しだけ休憩すれば快復するだろう。

 まぁ、威力と燃費の確認も出来た。今後に活かそう。

 そう思い、自由が戻った両腕を撫でつつ上向きに伸ばす。


 だが、手首付近に触れた時、何故か手のひらに違和感を感じた。


 ん? ……何だコレ。


 両腕の手首に何か、腕輪の様な物が巻かれていた。

 それは細い輪っか状の形をしている。あの手枷の一部だろうか?

 そんな風に考えながら……なんとなく――そう、本当に何気なく、その輪に意識を向けアイテムの詳細を表記した。



 そして――、

_____________________________

 『魔封じの腕輪』

 装備した対象に自身のMPの消費不可・当装備の取り外し不可を与える。

 腕輪に対して害を与えると自動的に反撃を行い、魔力を奪い再生する。

 外すには装備者の命を奪うか、腕ごと切り落とすしかない。

_____________________________


 ――俺の悩みがまた一つ増える事になった。


 

 俺はしばらくの間、両腕を上に挙げたまま手首に巻かれた『輪』を見つめ放心していた。……今回はこちら側に戻って来る迄に少しばかり時間を要した。


 いくら死霊術士が嫌われてるとしても念入り過ぎるだろうコレは……。

 嫌がらせにも程がある。この装備を作った奴は絶対に性格が悪い。


 MPを使えないというのは魔法職にとっては致命的な制限だ。

 物理職に比べて貧弱な身体能力を多彩な魔法系スキルと潤沢なMPを駆使して補うのが一般的なゲームにおける魔法職なのだが、コレはソレを封じるものだ。


 どうやらスケルトンに【ボーンランス】を使用した際に発動しなかったのはコレが原因らしい。冒険者ギルドで捕まった時に、さっき破壊した木製の手枷と一緒に取り付けられたのだろうか? 確かに手枷を着けられていても魔法なら使える気がしていたし、実際に使おうとした。それを見越してのことだとしたら当然なのかも知れない。しかも取り外し不可だそうだ。試しに腕から引き抜こうとしたが肌に吸い付いている訳でも無いのに微動だにしなかった。


 この腕輪もいっそのこと『理力の剣』で焼き斬ってやろうかとも考えたが……手枷に比べ刃を当てて切断する部分が細く、腕に近くて危険そうな上に「自動的に反撃を行い魔力を奪い再生する」の一文が怖くて断念した。命を奪う、腕を切り落とすってのは現状では論外だと思う。例え魔法を使えるようになったとしても失うものが大きすぎる。……コレについてはいずれ余裕が出来たら別の方法を探そう。


 ああ……なんだか踏んだり蹴ったりな状況だ。俺が一体何をした。

 まさかステータスのLUC(運)が1の恩恵なのだろうか?

 いい感じに落ち込んできたので頭を切り替え、現状の整理をすることにした。


 ・ステータスがINT以外ALL1。

 ・実質魔法が封じられて使えない。

 ・周囲のアンデッドを惹きつけてしまう。

 ・死霊術士として犯罪者扱い。

 ・冒険者ギルドが使えない。


 ……割と詰んでる気がしてますます落ち込んだ。


 他はともかくとして上二つの組み合わせが間違いなく致命的だ。

 不幸中の幸いなのは継戦能力にこそ不安が残るが『理力の剣』があることだろう。使用自体は問題無く出来たし威力も凄そうだった。

 今の所、唯一俺の長所であるINTを活かせる手段だ。

 Lvを上げてMPを増やせば希望はあるかもしれない。

 肝心の魔法は使えないが……。


 アンデッドを惹きつけてしまうのもこの際仕方がない。

 なんせパッシブスキルだ。

 これに関しては諦めるしかないな。

 自分の手に負えないアンデッドには近づかない様に気を付けよう。

 敵対無効が効く相手は可哀相だが、可能なら経験値にしてやるか。


 死霊術士の立場に関しては恐らくだが職業が調べられる様な場所に行かなければ問題は無いと思う。俺は現在魔法も使えないし、口を滑らせるか職業を確認する様なスキル持ちとでも出会わない限り大丈夫なハズだ。

 だが身なりは一応変えた方が良いかも知れない。

 アイルムの冒険者ギルドで俺の面は割れているハズだ。


 冒険者ギルドを自分で利用出来ないのは正直辛い。

 クエストも受けられず、PTも組めないとなるとソロプレイで細々と生きて行くしかないってことか……。

 他の冒険者達のPTに入れて貰うという手があるかもしれないが……何かの拍子に職業がバレる可能性が有りそうで怖い。

 

 この世界で思い描いていた夢を挫かれた様な気分だ。

 だが何時までもウジウジしてても始まらない。

 前向きだ、前向き。ポジティブに行こう。そう強引に自分を納得させた。


 そして、今の俺に出来そうなことを考える……。


 ・ソロでLv上げ。

 ・身なりを変える。


 今思い付くのはこの二つだけだ。

 一人で出来ることは限られている。それを一つずつやって行こう。

 そう思い、次の行動に移ることにした。


 ……まずは街に入ろう、話はそこからだ。


 ――じゃあ、行くか。


 俺は地面に放りっぱなしになっていた柄を回収し、目の前の街へ向け歩み出した。

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