18、マリヤの怒り
「たぶんシャナのことよ?」
マリヤが震えた声で囁く。あたしってそんな生意気だっけな。
「え、嘘。ほんと? オスカルさん、なんですか?」
「仮にも教師だぜ俺。先生とか呼べよ。良いかアングリャーナ、俺はな? お前みたいな天才が大嫌いなんだ。努力もしないで、のうのうと論文とか書いてるやつは特にな。努力家を蹴散らして咲き誇る天才、なんてものは吐き気がする」
あぁ。またあたしのことを理解してくれない人がいるみたい。自分勝手に人のことを恨んだりして、悲しい人だね。
「あたし、別に天才じゃないけど?」
「嘘つけ。お前は稀代の天才だから俺らのことなんて理解できないんだろうが!?」
オスカルさんは濁った眼で睨み付けてくる。みんな、反論もできずにしーんとしちゃって。やっぱり他人には解ってもらえないのかなぁ。むなしくて、心に何もなくなっちゃったような気分になる。
ふと周りを見るとメルとナシアは同意したように頷いちゃっていて、リュアは珍しく難しい顔をしている。だから、あたしはそんな天才なんかじゃないって。
そんな時、マリヤがふるふる震えているのが目に入った。怖がってる? ううん、これはものすごく怒ってるのかな?
「……シャナはただのお馬鹿……」
そんな言葉がマリヤからぼそっと漏れた。
「アングリャーナ君、今なんて?」
「シャナは確かに稀代の天才です! でも、本当は馬鹿で努力家なただの人なんです!! オスカル教授も努力家だから、仲良くなれるだろうなんて考えてた私が間違ってました。もう貴方とは。一生喋りたくないです!」
マリヤ、何してるの。
「何言ってるの、マリヤ。そんなことしなくたって良いでしょ」
信じられない。マリヤの言ってることが。マリヤがあたしを庇ってくれた? マリヤが、あんな大声で人に歯向かった? それもあたしのために?
「する必要性大ありじゃない。だってシャナは私のお姉ちゃん、傷つけられたくなんてないわ」
そんなことを思っててくれたなんて。さすがあたしの妹、としか言いようがない。
「リュ、リュイもシャナは天才じゃないと思うよぉ、オスカル。だってリュイと話が通じるのはシャナだけだもん。これってリュイと同レベルってことじゃないのぉ?」
リュアまでそんなこと言ってくれるだなんて。
二人の言葉に感動していたあたし。でもその感動はすぐに水を差されてしまった。
オスカルさんのあの目があたしに突き刺さっていたのだ。え、今度は何だろう。
「天才さんはお友達にも恵まれてるってわけかよ。なぁ、カラリウ君?」
カラリウはそっとオスカルさんから目を逸らした。そして、少しの間困ったように頭を掻く。動揺してるのかなぁ、度胸無いから反抗するの苦手そうだし。
「僕はまだシャナのことよく知らないからわかんないよ。でも、君の言っているような子じゃあないと思うよ」
カラリウも、そういう風に思ってくれてたんだ。くじ引きと面談で選ばれただけのあたしなのに。こういうのってやっぱり嬉しいよね、ありがとう。
あれ、メルとナシアは? あたしはゆっくりと二人に視線を向けた。メルは何も考えたくない、とでも言いたげな思考停止した顔で石板を睨み続けている。あの子は他人のために自分を犠牲にするタイプじゃなさそうだし、当り前かな。ナシアは考え込むふりをしているみたい。意外だ、こういう時は何か絡んできそうなのに。でも、普通はそんな反応だよね。あの三人が珍しいんだ。
「へえ、そういうわけか。俺は天才に盾ついた哀れな教授ってことか」
自慢じゃないけれどあたしは「悪意」に敏感な方だ。両親をひき殺されたあの日から。だから、解る。オスカルさんはあたしがきらいなわけじゃない。きっと、オスカルさんは「天才」という符号のついた人間が嫌いなんだ。たまたまそれにあたしが当てはまってしまっただけ。こういう時は引いた方が良いってマリヤも言ってたし、諦めよ……。
そんな時に突然、マリヤの怒声が耳に響いた。
「そういう事じゃないんです! 私、オスカルさんの教え方とか考え方とか、シャナみたいで大好きだったんです。分かりやすかったし。でも、肝心のシャナと仲良くしてくれないのなら、もう二度とあなたを見たくないです。さようならっ!!」
マリヤ、本当に何してるの? こういう時は引いた方が良いって、諦めた方が良いって教えてくれたのはマリヤでしょ? 気が弱くて人見知りなくせに、冷たく言おうとしても声が震えちゃってるのに。
あたしは呆然とマリヤを見つめた。マリヤは泣きながらあたしの手を掴み外へ飛び出していく。あたしの為にそんなにしてくれなくても、あたしは平気なのに。慣れてるし。
「大丈夫? ありがとうね」
学舎の前の芝生辺りについたとき、マリヤは足を止めた。涙が顎をつたって地面を濡らしている。
いつも引っ込み思案なのに、こういう時になると大胆だなぁ。姉思いの優しい妹で、いつもあたしを守ってくれる。
「大丈夫よ。あんな人でなしに泣くわけないじゃないの。こんな小屋の近くになんていたくないし、早く王宮に戻りましょう」
「うん、そうだね」
あたしたちはゆっくり歩き始める。
と、後ろから複数の足音が聞こえてきた。




