15、二人の悩み
あたしが部屋のドアを開けると、玄関にマリヤの靴がチョコン、と置かれていた。さすがマリヤ、ていねいに揃えられてる。
「ただいま、早かったんだね」
「シャナが遅いのよ。ずっと一人で暇だったんだからね?」
「ごめんごめんー!」
そう言いながらドアを開けるとマリヤが椅子に座ってこちらを見ていた。足をぶらぶらさせ、目を細めて睨み付けてくる。
「反省してないでしょう?」
「し、してるってば。それよりさ、ね、あの後なんか言われたことある?」
「こら、話題を変えないの。あ! 何だか、オスカルさんの授業を受けることができるようになるみたいよ」
……オスカルさんって誰だっけ。聞き覚えはあるんだけどなぁ。
「もしかしてオスカルさんのことも忘れちゃったの? さすがシャナね。前、馬車の中でお話ししたでしょ、ここに来る途中で私にいろいろ教えてくれた人がいるって。あの人、実は寮学校の先生だったみたいでね。こんど、花嫁候補全員に教えてくださるみたい」
「あぁ! その人か」
思い出した。会いたいって思ってたからよく覚えてる。名前は忘れちゃってたけど。
「楽しみだなぁ、この服も着なくっていいんでしょ?」
「そうね、このドレス素敵だけどお勉強にはあんまりだもの」
え……そんな素敵かなこの服。動きにくいだけだと思うけど。
「今度こそ同じクラスになれるといいよね」
前は違かったんだっけね。それにしてもあたしが固まってることに気づかないなんて、珍しいな。そんなこと口に出すつもりはないけど。
「確かにそうだね、いろいろと違った」
前の寺子屋では十歳からはクラスが二つに分かれてて、マリヤとリュアは下のクラスであたしだけ上のクラスだった。お昼は一緒に食べられたけど勉強中暇で暇で。あーつまんなかった。しょうがないのかもしれないけど。
考えてみたらあたしとマリヤって全然違うんだよね。似てるのは容姿ぐらいで。容姿だってちょっと似てる程度で双子にしては全然だし。
マリヤは紺色の髪の毛と目で。髪はいつもふわっとしてて三つ編みがすごく似合ってる。頭はそんなよくないかもしれないけど優しくて、家事の天才で。すごく大人っぽいし。
あたし、マリヤみたいな人になりたかった。お姉ちゃんらしくなりたいんだもん。
* * * *
「確かにそうだね、いろいろと違った」
そう言うとシャナは目線を遠くに飛ばした。前の時のことでも考えてるのかしら。
「今、エノー村ってどうなってるかな? リュアのお父さんとか、元気かな」
「エノー村? どうだろね。でもさ、エノー村で大事な人とかリュアのお父さんとお母さんぐらいじゃない?」
シャナはどうでもよさそうだ。そんな様子に少し、心が痛くなる。仕方ないのだけれど、つらい。シャナがああなってしまったのは誰も悪くない。でも、気になってしまう。
「そこまで冷たくしなくっても……。確かに、私たちのお母さんを殺したのは元村長のあの人だし思うところはあるけれど、いい人もいっぱいいたじゃない」
「まあ、それもそうだね。リアとリタナとメルクスもいるしね」
リアとリタナとメルクス。私はちょっと苦手なんだけどな。シャナは全く気付いていないけれど、あの三人は私のことを嫌ってる気がする。私はシャナより遥かにお馬鹿で、怖がりで、意気地なしで。家事しかできないくせにシャナの妹だから大きい顔してやがるって、そう思っているに違いない。私だってそう思うもの。
私はシャナの双子の妹なはずなのに、血がつながってるはずなのに全然似てない。顔しか似てないんだと思う。その顔だってシャナのほうがかわいい。
シャナは黒っぽいけど青い、そんな髪をしていて肩につくぐらいがよく似合う。眼は芽吹いたばかりの草の色。本当にきれいよね。天才で頭がよく回るし、楽器も、運動だって得意。あの三人組もいろんなことができるからお似合いだ。私はリュアとシャナのお世話係で十分。
カラリウだってシャナみたいに頭のいい人が好きに決まっている。私なんかいらないのよ。
シャナみたいな人になりたかったな。
「マリヤ、話聞いてる? また、自己嫌悪とかしてないよね?」
いけない、ぼおっとしちゃった。
「してるわけないでしょう? シャナの妹なんだから」
「そうだよねっ! もう、マリヤはあたしの大切な妹なんだから。優しいし大人っぽいし」
シャナの弾けた笑顔が心に沁みる。
「私もシャナが大切よ」
「へへー、やっぱり?」
こんなこと言ったのは初めてかもしれない。何だか恥ずかしい。
来年もよろしくお願いします。