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07話 赤い世界

ちょっと長くなっちゃいました。

 『火竜・・シアンイストール』


 目の前の女性はそう名乗った。


 けれど僕には、どう見ても半獣の類にしか見えない。

 彼女の膝の上に乗っている子竜のような鱗も爪も牙もない。共通点といえば、額の辺りから後方に向かって伸びる二本角ぐらい。

 けれど角を持つ半獣なんて、それこそいくらでもいる。


 一応、敵意は無いみたいだからそこまで警戒はしていない。消し炭にならなくて安心したよ。

 けれど竜と言われても、どう見てもそうは見えずに僕とソラは困惑していた。


「――アァ。もしかして、竜に見えなくて不思議に思っているのカナ?」


 僕たちは頷く。

 シアンイストールさんは苦笑した。


「今は人化しているンダ」

「人化、ですか?」

「そうダ。人間の伝説の中にはまれに、人間の姿をとる竜の話があるんだガ。知らないカナ?」


 「いえ」と言うと何故かしゅんっとしてしまった。

 同族のカッコいいところを知られていなくて悲しかったらしい。


 気を取り直した彼女の説明を聞くと、竜種は人間に近い見た目に姿を変えることができるらしい。

 あくまで近いと言うだけで、殆どが彼女のように角など残る部分がある。また、何故か人間に近い姿だけであり、他の種族の姿はとれない。

 人間の姿をとると言っても、その本質は竜であり、あくまで主体は竜。剣で切り付けようが傷一つつかずに、逆に剣が折れるとか。


 そして一番重要な事なんだけど、人化ができるのは上位竜だけらしい。

 

 竜種は一般的に、他の種族から下位竜と上位竜に二分して認識されている。

 ちなみに上位竜はものすごく強い。下位竜と比べても。


 つまり、目の前にいる火竜さんは上位竜だと言うことなんだよ! 下手したら本当に僕たち死ぬかも知れない。


「と言うわけで、今はこんななりだが、我は火竜ダ」

「はあ。何でわざわざ人化を?」

「それについてなんだが、まずは礼を言おう」


 動いたかどうか分からないぐらい小さな動きだったけど、ほんの少しだけ頭を下げてすぐに元に戻った。

 その間、両目の瞼は閉じていた。

 

「え? いやその……」

「どうしたの、ルナ」


 僕は所在無げに上げた手を左右に振って慌てる。

 

「え、えっとね? 確か上位竜にとって、今のでもかなり礼儀正しいと言うかかなり感謝しているって聞いたことが……」

「ホウ。よく知っているナ」

「きゅう」


 と言っても、どこかで聞いたうろ覚えの知識だったんだけど、本当だったんだ。


 ソラは感心していたけど、考え込むように唇に人差し指を当てて首をひねった。

 

「へー。でも、火竜さんに何かお礼を言われるようなこと、したっけ?」

「この子を害そうとしなかっただろウ? 肉をくれていたシ」


 そ、それは確かにそうだけど……。後がとんでもないことになるのが分かっているのに、害する人はいないと思うんだけど。

 それに早く親竜のもとに帰ってほしかったから、肉をあげただけなんだけどなぁ。


 そう言うと、優しげな目で小竜の背を撫でながら語りだした。


「この子の親は我の知り合いでナ。孵化する前に……殺されてしまったんダ」

「えっ?」

「異変に気づいて駆け付けた時には、もう致命傷を負ってイタ。その時に卵を託されたんダ」


 い、いきなりすごい重い話になっちゃったよ……。


 ちなみに、ソラはこの時点ですでに泣いてる。

 僕? な、泣いてなんかいないからねっ。目から塩水が出かけているだけだよっ。


「だが生憎、我は若輩の身でまだ子育ての経験がなくてナ。それどころか、まだ伴侶を持ったこともナイ。分からないことだらけで、小竜の奔放さを甘くみていたんダ。それにどうにも甘やかしがちでナ。毎日が大変ダヨ。今日は目を離した隙に消えてしまい、探していたらここに辿り着いたんダ」


「ぞ、ぞうなんでずが~。ひっく」

「ヌオッ!? ど、どうしたんダ」


 ずっと小竜に向けていた顔を上げると、彼女の目の前にはソラの顔が広がっていた。

 どうしたのかと言うと……ソラが泣いてる。それも号泣。

 二人とも気づいていなかったけど、話を聞く内にどんどんと身を乗り出すようにして、近づいていたんだ。


「うぅ~。づらいめにあっだんでずね~」

「きゅっ!? きゅー!」


 ソラはそのまま小竜に飛びかかって抱き着いた。

 抱き着かれた小竜は、いきなりのことに必死に逃げようとして、ソラを引きずるような形になってしまっていた。





「ひっく。ぐすっ。たいへん……ごめいわくを、おかけしました」

「ア、アァ。気にしなくていいゾ」

「……きゅん」


 ソラが落ち着くのには十分ほどかかってしまった。

 小竜に引きずられてしまったから服がちょっと汚れてしまっている。

 肝心の小竜は若干ソラに怯えて、シアンイストールさんの後ろにいる。


 まったく、ソラのおてんばには困ったものだよ。

 行く先々で色々なことをして、たまに問題が起こったり。そして僕はそれに振り回される日々。

 もう、慣れたものだけどね。


「マァ、託された子なんでナ。害することもなく、優しくしてくれたことに感謝する」


 そうして神妙に目礼をする。

 わざわざ人化したのはそのためだと言う。

 ちなみに、そもそもこの洞窟の入り口の大きさでは、竜の体では通れないから人化したらしい。

 そんな簡単なことも思いつかなくて、ちょっと恥ずかしいよ。



 その後は打ち解けて、世間話や旅について話した。

 シアンさんは特に住処を持っているわけではないようで、あちこちを飛んでの旅暮らし。おかげで遠くのいろんな話が聞けた。

 ちなみに、「いちいちシアンイストールでは長いだろウ」と言うので、シアンさんと言うことにおさまった。


「今はどこを目指しているんダ?」

「エトワールっていう街だよー」

「きゅう」


 ソラは小竜のことが気に入ったみたいで、さっきからずっと膝の上に抱えている。

 小竜は逃げようとして暴れているのかと言うと、そうでもない。

 さっきのはいきなりのことに驚いただけで、今は小竜もソラに懐いたみたいだ。


 ソラが行き先を答えると、シアンさんが驚きの提案をしてきた。


「フム。それならわれが近くまで乗せてやろうカ?」

「へっ? シアンさんの背中に!?」


 ウム、と彼女は頷く。


 かの名高い何処の国か忘れた飛竜隊のワイバーンどころか、上位竜の背中に乗せてもらえるなんて……。まるで夢の様だよっ!

 

 竜種が背中に乗るのを許すのは親しい者だけ。それもただ親しいだけでは認めないって聞く。

 なのにまだ会ったばかりの僕たちを、何の遠慮もなく背中に乗せてくれるのはちょっと不思議だった。


「ン? 確かに会ったばかりだが、其方そなた達のことは結構気にいっているし、この子も気に入っているようだから、特に抵抗は無いゾ」

「ホ、ホントにいいの?」

「ウム」

「きゅう!」


 竜の背中に乗り大空を飛ぶことができるなんて、そう滅多にあることじゃない。

 それどころか大抵の人たちはそんな機会を得ることも無いって言うのに、僕たちは偶然にもその貴重な機会を期せずして手に入れてしまった。

 それはもう、空を飛ぶことのできない生き物にとって共通の夢だ。そう、ロマンだ!

 ソラも目を輝かせて何度も聞いてしまっている。



 結局、ソラは興奮して眠るのも一苦労だった。かくいう僕もそうだったけど。

 

 焚き火はシアンさんが一応警戒ついでに見てくれている。

 一応交代しようかと言ったんだけど、寝ながらでも辺りの気配は分かるし火が消えそうになったらすぐに気付くと言っていたので、任せることにした。


 何せ竜だからね。僕たちがやるよりも良いかなって思った。


 ちなみに、ソラは小竜を抱きしめながら丸まって寝ている。

 小竜もぴったりとくっついて、とても暖かそうだった。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 そして翌日の日が昇ってから三時間ほどな現在。


「あははははっ。わたしは~風になる~!! あははははははははは」

「わー!? 手を離したら危ないよ。早く手を下ろしてー!」


 風で髪が暴れてしまっている中、ソラは両手を横に水平に上げて笑っている。

 僕たちに配慮してそれなりに速度を落としているとは言え、ここはシアンさんの背中の上であり遥か上空。


 つまり……風、すごい。


 鞍なんて便利なものは当然ないから、足で首を挟んでたてがみを掴むだけ。ちなみに竜には鬣を持つ者持たない者、両方がいる。

 僕たちはまだ十四になるかならないかぐらいの子供だ。しかもソラは女の子。ただでさえ体重が軽いのに、足で挟む力だって僕より弱いはず。

 そんなソラが鬣から手を離したら……


「ってソラ!? ちょっと浮いてる浮いてる! 早く鬣掴んで!」

「きゃーー! ちょっと浮いてるー! なんか楽しいよ・・・・・・・ー、ルナー! あっはははははは」


 ご覧の通り、だんだん浮いてきちゃうんだよ……。

 というか楽しいって、会って一日目なのにどれだけシアンさんのこと信頼しているのさ!?



 今朝も僕のことをすっかり忘れていたのに、シアンさんと小竜のことはきちんと覚えていてちょっと落ち込んじゃった。

 僕って……もしかしてソラに信頼されてないのかなぁ……?


 僕もシアンさんの背中に乗せてもらうことにはすごい興奮していた。

 けど、ソラが物凄いはっちゃけて、さっきからソラが落ちないようにするのにすごい忙しい。

 自分より我を忘れている人がいると冷静になってしまうのだと、僕は今日、学んでしまったよ。たはは。


 あ、浮いてしまったソラは、きちんと後ろから抱きとめて元に戻したよ。

 慌てていて気付かなかったけど、その時……えっとー、ねえ? ちょっと、と言うかもろに……回した腕に触れちゃったんだけど! その……ソラの胸にさ! 

 ソラって着やせする方なんだね、っとか思っていたりしないよ!? 違うからね!? 


 うぅ~。ソラは全く気付いていなかったみたいだけどさ、すっごい恥ずかしいよ。と言うかソラも大概無防備、無警戒、天然すぎるよ!






 その後、何度か休憩のために地上まで下りた。


 ソラも僕も下りる必要はあまり感じなかった。けど、いざ下りてみると体が思うように動かなくて、プルプルとシアンさんから降りる結果となった。

 ただ乗っているだけでもすごい体力を使ったらしい。

 いや、まぁ、はしゃぎ過ぎたからなのもあるけど。

 ちなみに、小竜はシアンさんの頭の上に乗っていた。

 まだまだ飛ぶ練習中だってさ。


 そして何度か休憩をはさみ、今は空が鮮やかに赤くなり始めた頃。


「わぁ~。すごい綺麗だね」


 ソラがうっとりと、赤く染まった空を見ている。

 最初ははしゃいでいたけど、今はただ赤い空を見つめている。


 本当に綺麗な空だ。

 僕たちは言葉もなく、ただ見つめることしかできない。

 普段見ることのできない空からの景色は、驚きと感動で満ちていた。

 静寂が漂う、赤く染まった世界は、心を優しく穏やかにした。

 


 実は小竜も結構騒いでいた。けど今は、緩やかになった風の音と、シアンさんの羽ばたく音だけしか聞こえてこない。

 ただただ、静かにそして緩やかに、景色と時が流れていく。


 まるで、それだけで世界が満ちたようだった。



『アァ、見ると良イ。エトワールが見えてきたゾ』


「え!? もう近くまで着いたの!?」

 


 いきなりの報告に僕と一緒にソラも驚く。いくら竜の背中に乗って空を飛ぶとは言え、たった一日で着くだなんて思いもしなかった。

 シアンさんの言う通り、遠くの方に小さく街が見える。

 それにしてもこの距離だって言うのに、すでに大きな街だと分かるくらいに城壁が長い。もうあれ、大都市ってレベルじゃないか疑いたくなるよね。


『ハッハッハ。エトワールの周りは森林や山脈が多いから時間がかかるんダ。逆を言えば地形的な問題なのだから、空から行けばそれは早いサ』


 「それに仮にも竜の背に乗っているのだからナ」とシアンさんは苦笑する。


 僕はジャックさんにしたのと同じ質問をした。

 ジャックさんからはエトワールに行くと良いとしか言わなかったから、他にも情報を知るためだった。

 変な人に目をつけられる危険性を考えると、そう簡単に聞けることでもなかった。けどシアンさんは竜だし信じて良い存在だとわかっている。


「……シアンさんは、高名で隠居してるけどすごい力を持った叡智にあふれる魔術師って知りませんか?」

『……ずいぶんと、難しい注文ダナ……』


 全く同じ答えを返されてしまったよ。


『それは、其方等のアレに関係する事なのカ?』

「はい」


 今日も今日とてソラは僕のことをしっかりと忘れて、開口一番に「あなたは誰?」って言ってきた。


 その時、シアンさんもその言葉を聞いてしまった。

 まるで初対面の様なソラの態度に、違和感を感じてどういうことなのか聞いてきたのは、ある意味当然の反応。

 仕方ないから体質のことを少し話した。

 幸いなことに、シアンさんと小竜は僕のことを忘れていなかった。


 彼女は少し考え込むようにしてすぐに答える。


『フム。それならティア・ハーヴェストと言うエルフを探すと良イ。おそらく今も、エトワールの冒険者ギルドで働いているはずダ』

「冒険者ギルド、ですか?」

『アア。我の知っている中で最も賢者の名にふさわしい者と、家族のように親しい間柄なのダ、彼女自身も強く賢いがナ。我の知る中では、かの賢者殿が先ほどの条件に最も該当スル』


 僕とソラはその言葉に何も言えなかったけど、その心は喜びで踊っている。

 ここまで具体的な情報は一度もなかったんだ。


 だが、とシアンさんは続ける。


『生憎、旅好きなお方でいつも同じ場所にいるわけではないのダ。だが彼女ならおそらく知っているだろウ。少なくとも、長い間留守にするときは教えているようだからナ』


 「忘れる時も間々あるらしいガ」とからから笑う。



 その後、それなりに街に近づくと、僕たちは完全に日が暮れる前に地上に降りて野営をした。

 完全に暮れる前に街に着くこともできたけど、そうはしなかった。

 シアンさんはエトワールに行ったこと自体は無いので、上位竜が何らかの理由で襲ってきたのかと勘違いされないようにするためらしい。


 もっとも、街の方もワイバーンやら竜が来ることもあるので、勘違いすることは無いだろうとは言っていた。

 一応念のためと、小竜が万が一の事態にならないようにするためだとか。


 そして翌朝、ここまで乗せてくれたシアンさんと小竜と別れた。


「本当にありがとうございます、シアンさん」

「ありがと。すっごい楽しかったよ!」

「ウム。達者でナ」

「きゅー! きゅきゅ!」


 ここはエトワールのすぐ近くの森の中。この森を抜ければついにエトワールに着く。

 僕とソラは何度も振り返りながら、森の出口を目指して歩き始る。そんな僕たちに小竜の見送るような声が何度も届いた。

 随分と遠くなるまで、シアンさんと小竜に手を振り続けた。



 どうにかこの街で、僕たちの体質について何か分かると良いな。


ちなみに小竜は今のところオスの予定です。

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